みそ文

大家さんの交替

 マンションの大家さんがかわった。これまでの大家さんはもともと左官さんだったらしいと聞いていてマンションの外壁内壁廊下床などの壁塗りはとても熱心な方だったのだけどそれ以外のことに関してはあまり熱心ではなかった。たとえば共用廊下の天井の電球が切れて暗くなった時に管理会社に電話して電球の交換をお願いしても一週間経っても二週間経っても交換してもらえず「まだでしょうか、いつごろ交換していただけますか」と管理会社に確認の電話をするとすぐに大家さんから「そんなに急ぐんですか!」と電話がかかってくることがあったくらいに壁塗り以外のことに関してはゆっくりとしているというかほぼ放置されていた。
 私にとっては共用廊下の電球がちゃんと点灯するかどうかはだいじなことなので切れたらすぐに連絡して交換してもらいたいほうだけど、大家さんと同じように共用廊下の電球はついていてもついていなくてもそれほど気にならない住人のひともいて、うちの両隣の部屋の前の共用廊下の電球はもう一年以上切れたままだけど切れたままでずっと交換されることなく、廊下電球の明るさがあるから帰宅した時にバッグから鍵を出すのもらくだし、宅配の荷物を受け取るときの伝票の内容を確認するのもらくなのに、あんなに薄暗くても平気なひとは平気なのだなあ、と感心しながら、今度うちの電球が切れたときには両隣の電球もずっとまえから切れています一緒に交換してくださいと伝えようと思っていた。

 それが、新しい大家さんにかわりました、という案内の紙が配布されてすぐに、その両隣の共用廊下電球が交換されちゃんと点灯するようになった。両隣だけではなくて、それまでは夜に外を歩いたときにマンションを見上げると共用廊下の電球がついているところとついていないところとが飛び飛びにあるのが見えて、なんとなくここのマンションイマイチだなあ感があった。それが全部の共用廊下の電灯がきちんとついているとなんとなく治安がよさそうというかきちんとメンテナンスされている良好物件なかんじがする。

 夫に「新しい大家さんやる気のあるえらいひとなんかもしれん。ずっと消えたままだった共用廊下の電灯が交換されて廊下が明るくなったんだよ」と話すと「えらくなくてもやる気があってもなくてもそこはきちんとするのが本来の大家だと思うけどな。共益費払ってるんやし」と言う。

 そして新しい大家さんは物置の屋根の修繕をされた。大家さんが直接屋根を交換するわけではなくて専門の業者さんが来て作業をされるのだが、これまでの物置の屋根では実は雨漏りがしていたらしく、工事に備えて各自の物置のだいじなものには工事中の鉄粉がかからないようにダンボールかビニール袋などをかけておいてください、の指示に従い我が家も新聞紙をかけに物置に赴いた時に物置のドアの内側が雨に濡れているのを見て、あら、うちの物置も雨漏りしていたとは知らなかったと気がついた。

 物置の屋根の修繕のあとはマンション外壁のクリーニングと塗り直しが行われるらしく、現在マンションの周りにはぐるりと作業用の足場が組まれており、足場の外側には洗浄剤等の建物周辺への飛散を防ぐためのネットが張られている。足場が組まれた状態では「気分は檻の中だなあ」と思っていたけれど、そこにネットがかかると「気分はカゴの中」になった。このネットがあるせいでベランダに干した洗濯物に当たるお日様が何割が弱くなり、ただでさえ日照時間の少ない地域でさらに日照が少なくなるのは一時的なこととはいえ少々残念ではある。しかしこのネットがあるおかげでちょうどよい雨除けにもなっていて、普段ならこれだけ雨が降ったらもうベランダに干していた洗濯物はベランダに吹き込んだ雨で全部濡れてるだろうなあ、帰ったら乾燥機だけで済むか洗濯し直しになるかどっちかなと思いながら帰宅しても雨除けネットのおかげで洗濯物はほとんど雨に濡れておらず若干湿気た程度で済むというメリットが生じている。ネットがある間はこのメリットをありがたく享受しつつ洗濯に励みたい。

 そして新しい大家さんにはまだまだやる気があるらしく、このマンションの一階入り口の扉がこれまでの手押しで開閉するものから自動扉にかわると工事予定表に記載されていた。これには夫も私も大喜び。特に夫は「山の遠征から帰ってきて両手に荷物をいっぱい抱えた状態で体でドアを開け閉めするのつらかったから自動ドアはうれしいなあ」と喜ぶ。

 ベランダ側の外壁の洗浄と塗り直しの時期にはベランダが使えなくなる日もあるらしくその日は洗濯物を外に干せなくなるけれど、今住んでいるところがどんなふうによくなるのかたのしみにしている。     押し葉

まごころを繰り返す

 自分としてはどちらかというとわりと日常的な繰り返しの話法で特段の変哲もない薬の説明だったのに、中学生の女の子と一緒に来ていたおかあさんが「わぁ、すごくわかりやすく説明してくださってありがとうございます。今の説明なら中学生のこの子でも自分の薬のことがよくわかります。(娘にむかって)な?」とおっしゃり女の子が「うん!」と大きく頷いてくれて、ああ、こんなふうにひとの仕事を肯定的に捉えてとっさにその場で感謝の言葉を述べることができるのはなんと聡いことであろうかとじんわりと感心する。そしてそんな母の柔軟で俊敏な対人対話の姿勢と術を見て育つこの女の子はきっと自分のまごころも他人のまごころも丁寧に取り扱うことができるひとに育っている最中なのであろうとまぶしいような気持ちがあたたかくなるようなそんな思いを懐きつつ「ありがとうございます」と伝える。

 日常的な繰り返しのなかでも自分の仕事と暮らしにできるだけ常にまごころを忍び込ませつつ生きてゆけますことを。     押し葉

結婚式のお菓子

 先週の日曜日に職場の同僚が結婚式を挙げた。彼女は今年21歳の医療事務で医療事務の専門学校在学中に実務研修という形で私達の職場に来た。そして卒業後そのまま入社。結婚相手の方は4年おつきあいしてきたひとだというから学生時代もしかすると高校生だった頃からの恋人なのかもしれない。

 彼女の結婚式に列席した薬局長が祝日あけの火曜日に「引き出物でいっぱいもらったからおすそ分け」と小さな個包装のおまんじゅうとスイートポテトを職場で配ってくれた。火曜日の夕方閉店後に翌日配達用の薬を調剤する前の血糖値補給に私がいただいたおまんじゅうは皮がしっとりもっちりとしていて餡までもちもちとした上品な味と食感のそれはおいしいおまんじゅうだった。

 このおまんじゅうは医療事務さん本人の好きなおまんじゅうなのかしら、それとも結婚相手の方の好みなのかな、あるいはどちらかの親御さんのセンスだろうか、まだ20歳そこそこなのにこんなふうに品物をえらんで用意して挙式できるなんてえらいねえ、と感心する。彼女がまだ20歳ちょっとということは親御さんだって私とそう年のちがわない同年代かちょっと年上くらいの方たちだろうにこういう品をセンスよくきちんと選んで我が子の挙式にあたれるなんてえらいなあ、とも思う。しかし彼女が20歳すぎということは彼女のおじいちゃんおばあちゃんもまだまだお若いはずで、ということは結婚式における各種作法についても求められればいくらでも口を出して指南してやれる立場でおられるのかもしれない。

 私がおまんじゅうをいただいたときに一緒にシフトに入っていた別の医療事務さんはスイートポテトをもらった。というよりはスイートポテトとおまんじゅう1個ずつを「ふたりで好きなのを選んで分けて」ともらったときにその医療事務さんが「どうぞ先に選んでください」と言うから「いつも私がチョコやチーズが食べられないからって洋菓子は優先的に選ばせてくださるので和菓子のときはどうぞお先に選んでください、これは私どっちでもいけます」と言うと「いやいや、お願いですから先に選んでください、私選ぶの苦手なんです、どっちにしようか迷い過ぎて疲れ果ててしまうんです、私はどっちも好きで食べられるものなのでどっちでもうれしいから、先に選んでー」と言われて、じゃあお言葉に甘えますと言いどっちにしようかなとちょっとだけ迷ったあと「ではこちらをください」とおまんじゅうをいただいた。

 私におまんじゅうを選ばせてくれた医療事務さんが翌日「昨日もらったスイートポテトめっちゃおいしかったんですよう」と仕事からの帰り道で話す。「わあ、そうなんですか、よかったですね、私がいただいたおまんじゅうもたいそうおいしかったです」と言うともうひとりの別の医療事務さんが「私がいただいたのもおまんじゅうでした、たしかにあれはおいしかった」と続ける。スイートポテトを食べた医療事務さんは「昨日仕事が終わって家に帰る前にお腹が空いて我慢できなくなって制服のポケットに入れてたスイートポテトを取り出して車の中で食べたんですね、うわなにこれおいしいスイートポテトー、とすっごく満足して、昨日はドラッグストアとかいろいろ寄って買い物しないといけない用事があったけどおいしいスイートポテトのおかげでちゃきちゃきと用事を済ませてうちに帰って手を洗うときに洗面台の鏡をふと見たら口の周りにスイートポテトのかけらがポロポロパホパホいっぱいついてて口の周りぐるっと泥棒の髭みたいについてて明らかに『あなた何か食べてきましたね』状態で、ドラッグストアでもスーパーでもレジのひとも誰もなんにも言わなかったけどきっと対面している間『うわ、このひと口の周りになんかいっぱいつけてる』って思っただろうなあと思ってひとりでうわーーーってなって」と言う。
 それを聞いた私達は口々に「うわーっ、それはー」とおののき、薬局長は「いったいどんな食べ方したらそうなるの? それ、さいあくやん」と言い、おまんじゅうをもらった医療事務さんは「ドラッグストアのひととか、ぜったい気づいてますよね」と言い、私は「お店のひと、教えてあげようか黙っとこうかどうしようどうしようと思いながら黙ってることにしたんでしょうねえ」と言う。
 スイートポテトの医療事務さんは「昼間なら車を出る前にささっと鏡を見て確認するのに、夜は暗くて見えないからってそのままにしたのがまずかった、見えなくても念のためにせめて口元を手で払うかティッシュで拭いておいたらよかった」と反省する。

 結婚した医療事務さんは医療事務や調剤助手としての仕事はとてもよくでき患者さんが少々なにかイレギュラーなことを言ってきても落ち着いて対処できて皆彼女ことを頼もしく思っているのだけれど、入社間もない頃は薬局業務そのものではない業務たとえば環境を快適に保つために灯油ファンヒーターに灯油を補給するであるとか洗い場のシンクの下水管に漂白剤を入れてしばらくつけ置きしそれを流したあとでシンクと排水口を掃除するなどの作業をお願いしたときに彼女は「はい」とすぐに取り組んでくれるのだけどファンヒーター内蔵の灯油タンクを取り出して持っていくのではなく灯油置き場の灯油がなみなみと入っているポリタンクを「お、重い…」と言いながら運んできてファンヒーターの横で給油しようとするなど『ああ、そうか、おうちではおとながやってくれるからこういう作業をすることがなかったのね、学校でも習わないよね、こういう作業をするのは今回が生まれて初めてなのね』と思うことがありその都度誰かが「これはこうやってするんやよ」と教えると「ああ、そうか、そうなんですね」と素直に瞬時にやり方をおぼえて今ではなんでもこなしてくれるようになりいつでも安心して任せられるようになった。
 そういう出来事があるたびに彼女よりも少し年下の子を持つ親である同僚は「そうやんなあ、考えてみたらうちの子もまだ自分で灯油入れたことないしシンクや排水管の掃除もさせたことないわ、今のうちからやらせといたほうがいいんやねえ」と言い彼女よりも少し年上の子を持つ親である同僚は「そういえばたぶんうちの子にもそういう仕事をさせたことがないままだったけどうちの子は会社に入ってそういうのちゃんとできたんやろうか、会社で教えてもらったときにこんなふうに素直に習えてたらいいけどどうだったんだろう」と言い、私にもしも子がいれば彼女と同じくらいの年の子がいてもおかしくないと思うとその子を彼女のように働き者で仕事が早く気が利く素直な子に育てることができただろうかと思い、皆がそれぞれにその医療事務さんのことは我が娘ではないけれどなんとなく娘を思うような気持ちで見守ってきたこともあり、そんな各自の感慨と慈しみの気持ちをこめて彼女の結婚を寿ぐのであった。     押し葉

新義母電

 お盆に帰省したときに義実家の電話が新しくなっていた。「わぁ、おかあさん、電話新しゅうしちゃったんですね」と言うと義母が「あれ以来わたしゃあ電話恐怖症みたいになってしもうてから、あんまり怖うて仕方がないけん、かかってきた電話番号がわかる電話を買うてきたんよ」と言う。

 あれ以来のあれとは「詐欺顛末」の一連。「うんうん、おかあさん、わかるわかる。ああいうことがあったあとは恐ろしゅうなるもんじゃけん。電話機の便利な機能で済むことはどんどん利用して恐ろしゅうないようにちいとでも(少しでも)安心なようにしときましょう」と言う私に義母は「でもおとうさん(夫の父、義母にとっては配偶者)は『そがあな(そんな)電話機は要らん。これまでの電話(薄緑色のダイヤル式の電話)に戻せ』いうて言うてんじゃけど私が『とりあえず一年使うてみようや。それでやっぱり元の電話のほうがええいうことになったら戻そうや』言うて前の電話はほらここに置いてあるんよ」と言う。

 ああ、そういえば、十数年前に、ある対人的なトラブルにより私がナンバーディスプレイ機能はもちろんのことそれを元に着信拒否設定ができるような電話機を買い求めたときに当時の夫(今の夫と同一人物だが)は「そんなもの要らんやろう」とひどく拒んだことを思い出す。あのとき私は「どうやらくんには必要ないならどうやらくんはその機能を使わなければいいよ。私は自分に必要だと思うから自分で買って使うから」と言い張り着々と購入設置設定した。そういうときのそのへんのとっさの一言がここの父と息子はよく似ているのかしら。結局今は夫も我が家のナンバーディスプレイ機能には随分とお世話になっていて、自分が用事のある電話(家族や知人からの電話や用事のある業者さんからの連絡たとえば山用品屋さんからの「ご注文の品物が入荷しましたよ」のお知らせなど)なら出るがそうでなければ出ないというふうに便利に使っている。

 そういえば私がおしり洗浄機能付き便座を買うことにしたときにも夫は「そんなもん要らんやろう」と購入設置に否定的だった。今住むマンションの便座にはおしり洗浄機能は付いておらずその便座を取り外して自分で買ったおしり洗浄機能付き便座を設置することにしたとき。あのときも私は「うん、私はおしりを洗って気持よく過ごすけど、どうやらくんはこれまでどおり洗わず過ごしたらいいよ。おしり洗い機能を使いさえしなければこれまでの便座と同様に使えるから」と言って注文した。夫は「いや、あるんなら使う」と言いよどみ、設置(設置作業には夫も協力してくれた)後は便座を温める機能など私はまだ冷たいままでいいなと思う時期でも夫は積極的にスイッチを入れて利用している。

 話を電話に戻そう。息子の名を騙る詐欺電話があったあと義母は実家にほど近い小さな家電製品店(大手家電製品店の出張所のような店舗)で「電話番号が表示される電話をください」と言って買い求めたという。お店のひとはナンバーディスプレイ機能がついた電話をつなぐだけでなく、NTTにナンバーディスプレイの申し込みをして月々の利用料金が必要となることを説明してくれる。そのときその店舗にあるナンバーディスプレイ機能付きの電話機はFAX機能もついている一種類しかなく値段も親機子機のセットで一万円ほどだったが義母はすぐに購入して持ち帰りナンバーディスプレイの申し込み手続きをした。

 新しく購入したナンバーディスプレイ機能付き電話を義母がどのように利用しているのか訊くと、FAXは使う気がないから紙もなんにも入れておらず、ただただかかってきた電話番号を電話の前のメモ用紙に書き留めてから電話に出る、という。もちろんそれでもいいのだが、「おかあさん、この電話機じゃったら、安心して出ていい電話番号の人は名前を登録してその名前が表示されるようにできますよ」と言うと義母は「え、そんなことできるん? 携帯電話じゃなくて家の電話なのに?」と言う。「この電話の取り扱い説明書ってありますか」と問うと「捨てちゃあいけん思うてここに取ってある」と出してくれる。「おとうさんが勝手に捨てたらいけん思うて『捨てるな』いうてメモも書いて入れてある」とも。

 取扱説明書をめくりながら「おかあさん、この電話機はナンバーディスプレイの電話番号表示はもちろんしてくれますけど、もしもどうしてもおとうさんがナンバーディスプレイなんか要らんって言うちゃってナンバーディスプレイを解約したとしても、ここの、このボタンを押すと電話をかけてきた相手のひとに『名前を名乗ってください』いうて機械の声が伝えてくれるけん、それで相手のひとが『誰々です』いうて名乗っちゃってからこの人なら安心して出ましょうと思って出ることもできるんですよ」と言うと「ええっ、なにそれ、そんなものがあるん?」と驚く。「うん、おかあさん、この電話機はこの機能が売りでそのぶんいいお値段がする電話機じゃけん。受話器をあげんでも相手の声は聞こえますよ」と言うと、「そんなこと全然知らずに買うて使いようた」と義母は言う。

「おかあさん、あとね、このボタンを押して相手に名前を名乗ってもらったとして、知っとるひとならそのまま出りゃあええけど、全然知らんひとじゃったりこっちには必要のないセールスなんかのときにはこの『おことわり』いうボタンを押すと機械が『恐れ入りますがこの電話はおつなぎできません』いうて電話を切ってくれるんですよ」
「えええええっ、そんなことまでしてくれるん?」
「それかこっちの『ストップ』っていうボタンを押すとそのおことわりさえも流さずに受話器をあげんでもぶちっと電話を切ることもできるけど、それは相手にあんまり気の毒かなと思うてんようなら『おことわり』ボタンを押してあげたほうが相手の人に対してもじゃけどおかあさんのこころが穏やかかもしれんけん」
「あはははは、ほんまじゃねえ、そりゃそのほうがええねえ。でもこのへんの年寄りは短気なけん、電話機の機械の声で名前を名乗れじゃことのいうたら怒ってしまうひともおるかねえ」
「ああ、この家はまだおとうさんが散髪屋さんしようてじゃけん、お店に用事があってかけてきてんひともおってですもんねえ。おとうさんがお店をしようてん(しておられる)間はナンバーディスプレイされるようにしといて、市外局番市内局番がここの家と同じところからじゃったら町内のひとからだと思ってもしかしたらお店のお客さんかもしれん思うて出ちゃったらいいんじゃないですかねえ。市外局番が親戚筋や知り合い関係で心当たりのない番号だったり知らない携帯番号からのときには名前を名乗ってもらってからでもいいんじゃないでしょうか。それでもしも実はお店のお客さんからだったときには『最近詐欺電話が多くて往生しょうるんです』いうて説明したらわかってくれてじゃと思いますよ」
「ああ、そうか、それなら電話番号を全部書き写さんでも番号の最初のほうだけ見て町内か市内じゃいうてわかったら出てもええねえ」
「うん、おかあさん、電話番号書き写そうとしてメモしとってじゃけど、途中で力尽きて最後の4桁まで書けてないのが多いし」
「そうなんよ。しかしこの電話機に電話番号表示以外にそんな便利な機能がついとるとは、わたしゃあ全然知らんかったわ」
「せっかく一万円出して買うちゃったんじゃったらFAXは使わんにしてもこの『名を名乗れ』ボタンは活用したほうがええですよ。この機能は他の電話機にはなかなか付いてない機能じゃけん」
「わかった、機械が言うてくれるんなら自分で言わんでええけん気がらくなわ」
「ほうでしょ。それに機械がそういうて『名を名乗れ』いうて言うだけでも面倒くさがりのセールスや詐欺は退散する傾向があるらしいですよ」
「それはそうなんじゃろうねえ、それだけでも助かるねえ」
「じゃ、あとは、おかあさんの携帯電話に入ってる登録電話番号はこの新しい電話でも名前が表示されるように登録しときますね。これでたとえばえりりちゃん(夫の妹)からかかってきたらナンバーディスプレイのところに『えりり』いうて名前が出るけん電話番号の数字は表示されんけど名前の文字を見てこの電話には『名を名乗れボタン』は使わなくていいなって判断できるでしょ」
「ありゃあ、みそさんはそんなこともできるんね、すごいねぇ、ありがとありがと。番号じゃなしに名前が出るんならそっちのほうがなお安心じゃわ」
「いえいえ、私がすごいんじゃなくて電話がすごいんですけどね。あとこの電話は親機も子機もワンタッチボタンがあるけん、ワンタッチボタンの1番を押したらうちにかかるように、2番を押したらえりりちゃんにかかるように、3番を押したらおかあさんの携帯電話にかかるように設定しときますね」
「え、そんなこともできるん? 私の年寄り向けの携帯とおんなじじゃが」
「そうそう、おんなじです、おかあさんの携帯とおんなじ感覚でこのワンタッチボタンを使うちゃったらいちいち番号調べんでも電話番号の数字のボタンを全部押さんでも電話がかけられるけんらくなですよ。ではさっそく練習におかあさんの携帯にかけてみますよ」

 そうして義実家の新しい電話から義母の携帯に電話をかけ、今度は義母の携帯から義実家の電話にかけて『あんしん応答』ボタンを押したときに「迷惑電話対応モードになっています。お名前をおっしゃってください」と流れる音声がどんなふうに聞こえるのか、『おことわり』ボタンを押したときの「おそれいりますがこの電話はおつなぎできません」が実際にどんなふうに聞こえるのかを義母に体験してもらう。義母は電話機の音声のその失礼のない話しぶりが気に入ったようで「これならこのへんの年寄りでも怒っちゃあないかもしれん」と言う。

 その後メモ用紙に「あんしん応答ボタン」と「おことわりボタン」の使い方、ワンタッチボタンの使い方を大きめの濃い文字で書き「使い方はどうだったかな、取扱説明書を開くのは面倒くさいな、というときにはとりあえずこのメモを見ながらやってみてください」と一通り復習するような流れで義母に電話機のボタンを触ってもらいながら説明し、そのメモを取扱説明書が入っているビニール袋に入れる。義母が実際にこれらの便利機能を使うかどうかはわからないけれど、私の立場で、年に一回の帰省の限られた滞在時間内に、できるだけのことはしたよね、これでもまだまた義両親が(主に義母が)詐欺電話で難儀するようなことがあれば次の対策を考えよう。しかしナンバーディスプレイ電話機を息子夫婦(夫と私)や娘(えりりちゃん)が買い与える前に自分で買ってきて設置したおかあさんえらい。     押し葉

洗濯機の内蓋

 洗濯機の修理に来てもらった。そして洗濯機の不具合は簡単に解決しまた元気に洗濯物を洗ってくれている。

 今の洗濯機を購入したのは2014年5月だから二年数ヶ月前のことになる。それまでは結婚したときに父が買い与えてくれた家電製品一式のうちの洗濯機『静御前』を二十年近く愛用していた。二十年前には作動音が少なく静かなのが売りの製品で名前が静御前だったが今にして思うとそれほど静かではなく今の洗濯機に買い換えたときに今の洗濯機の作動音があまりに静かなのに驚きこれまでの『静御前』での洗濯ではどれほど同じマンションの上下左右のお部屋の方たちにご迷惑をおかけしたのだろうかとよくぞ誰も何も言わず放置してくださっていたことだと申し訳なくありがたく思ったほどであった。

 今の洗濯機は『静御前』よりも作動音が静かなのはもちろん、静御前で仕上げた洗濯物は脱水によりのしイカのようにペターっとした布片になっていたのが、そして場合によっては洗濯物同士がからみ合って一部結ばれたようになっていることがありそれを干すときに一個一個取り外すのに手間がかかることがときどきあったりもしたのだが、今の洗濯機は脱水後にほぐし作業をしてくれるため脱水後に取り出した洗濯物は相互にからまることもなくそれぞれをつまみ上げて干せばよい。そしてそのほぐし作業をしてくれるおかげで洗濯物が乾いたあとの感触が以前はパリパリしていたのから今はふんわりにかわった。

 静御前も今の洗濯機も縦型全自動洗濯機。ドラム洗濯機の存在は知っているし何度かあちこちで利用したことはあるのだけれど私は縦型全自動洗濯機が好きなので買うときに選ぶとしたら縦型でドラム式は候補にもあがらない。縦型の機種の中で機能の内容と大きさその他を鑑みて選ぶことになる。

 今回の洗濯機の不具合は内蓋に生じた。静御前には内蓋はなく外蓋だけだったのだが今の洗濯機は乾燥機能付きにしたため乾燥時に洗濯槽を高温に保てるようきっちりぱっちり蓋ができるパッキン付きの内蓋がついている。静御前で洗濯していた頃にも他社の縦型全自動洗濯機には内蓋がついているものが既にあった。その他社製品には乾燥機能がついているわけではなく内蓋の存在は洗濯槽の水しぶきが飛び散らないようにする目的のものなのでパッキンなどはついていないわりと簡易なプラスチックの半透明のもの。

 静御前を使ってきたときはずっと乾燥機能なしでやってきたので買い替えのときに今後も乾燥機能はなくてもいいかなどうかなと考えながら店頭商品を見比べてみたのだがそのときには乾燥機能あるなしでの価格差があまりにも小さかったので冬に雪で洗濯物を外に干せないあいだサンルームで乾かすにしてもタオル類だけでも乾燥機で乾かせば他の衣類をサンルームで干すのにも空間に余裕ができて除湿機で乾かすのもこれまでよりも乾きやすくなるかもしれないと期待し乾燥機能付きを購入した。そうして縦型全自動洗濯機の乾燥機能を使ってみたらタオルのふんわりかんわりな仕上がりが高級ホテルのタオルみたいでそれはそれでたいそう幸福。だからといってタオルを毎回乾燥機乾燥するかというとそれはなく、外に干したものの雨で乾きがあと一歩二歩三歩なかんじでこれから除湿機に当ててもなんか雨臭いにおいが残りそうというときに半乾きのタオルを乾燥機で乾燥すると高温熱風により無臭の(高温熱風臭はする)ふかふかタオルが仕上がる。あるいは洗濯物が多いときに他のものはサンルームに干してコットンタオルだけを脱水後乾燥することも真冬には何度かある。これは半乾きから乾燥するよりも時間が多くかかるがこれまたふんわりかんわりといいかんじのタオルに仕上げてくれる。しかも冬に乾燥機を使うと洗濯機周辺がほんのり暖かくなりその暖気が屋内に流れほどよく暖房効果をもたらしてくれるのもよい。

 洗濯機の内蓋は洗濯物を出し入れしている間は外蓋とともに開けたままにしておくものなのだけど、ここ数ヶ月くらいだろうか、外蓋と内蓋を開けて洗濯カゴの洗濯物を洗濯槽に入れている最中に内蓋が勝手にパタリとおりてきて閉じたり、できあがった洗濯物を取り出している最中に内蓋が閉じてきてうっかりしていると洗濯槽と内蓋に手を挟まれたり、ということが頻繁におこるようになった。そんなだから洗濯物を取り出すときには洗濯機の横にぶら下げた洗濯バッグに洗濯物を移し替えつつもう片方の手で内蓋がおりてこないようにおさえたりおさえないまでもすぐに元に戻せるように片手を待機させておくことが続くようになった。それは毎日軽微ではあるが身体精神への負担となり私の洗濯のよろこびを日々毎回わずかに削ぐ。

 取扱説明書を熟読したがそういう不具合に関する案内はない。これは一度お客様相談室に電話してなにか家庭でできる対策があるかどうか訊いてみようと決める。取扱説明書の最終ページに記載されている相談先は「お問い合わせ」と「修理依頼」の電話番号が別々に書かれておりいきなり修理を依頼するわけではないからまずはお問い合わせ窓口に電話する。取扱説明書と購入時の領収証と期限の切れた保証書を手元に準備して。

 オペレーターの方に「洗濯機の内蓋の不具合について相談したいこと」「使用中の洗濯機の型式番号」「購入年月日と販売店名」「メーカー保証期間は切れており販売店の延長保証には加入していないこと」を伝えたあとで現状を説明する。オペレーターさんは「その状態でしたらまずお客様に確認していただきたいことは、洗濯機の操作パネルの左側のあたりにあります水平確認窓で液体の中の空気が水平枠の丸の中に入っているかどうか見ていただきたいんです」と言う。「はい、それでしたら確認済みですが、水平枠の丸の中の十字のちょうど真ん中に空気の球の中心がきているわけではないものの枠の丸のなかにはきちんと入っております」と伝える。「そうですか、そうなりますと、もうお客様にしていただけることはなにもないということになりますので、一度点検に伺い診断の上で修理が必要であれば修理ということになります、ただその場合はこちらではなくエコーセンターという修理専用窓口にあらためてご連絡いただくことになるのですが」と案内くださる。「水平窓口確認以外にはできることはないのですか、そうですか、わかりました、では、修理窓口の電話番号を、あ、取扱説明書のここに書いてあるこの番号がそうですね、ではまた修理をお願いするかどうか検討しまして相談してみることにいたします」

 夜帰宅した夫に「今日洗濯機のメーカーさんの問い合わせ窓口に電話して内蓋のこと相談したんだけどね、水平状態の確認以外にはうちでできることはないらしくて、あとは修理依頼するかどうかになるんだって」と話す。夫はどれどれと洗濯機の外蓋と内蓋を開けて閉めてまた開けて「内蓋たしかにふらんふらんしてるもんなあ」と言う。
「私もあちこち見てどこかネジを締めるときゅっとしっかり自立するかなとか見てみたんだけどネジで固定してあるわけじゃないみたいなんだよね」
「そうやなあ。でもこれやったら、内蓋を開けた時に背中側に折りたたまれた外蓋があるそこに内蓋と外蓋の両方にマジックテープかマグネットをつけて洗濯物の出し入れをしている間それで蓋が開いたままの状態を維持できるようにしたらいいんじゃないかな」
「うーん、それでもいいのはいいけど、でもそれだと今度は蓋を閉じるときに毎回マジックテープをべりべりっと剥がすとかマグネットの磁力の程度にもよるけどその磁力に抵抗して蓋を動かす力が私の手にかかることになるでしょ。手指の痛みが出にくいように手にかかる負担を減らすように努めている私としてはそれよりもやっぱり本来の内蓋を開け閉めすればいいだけのほうがいいな」
「でもそれで当面解決するんならそれでええんちゃうかな」
「どうやらくんがその取り付けをしてくれるなら止めないけど、自分でマジックテープやマグネットを買ってきて裏面を接着させる手間をかける気は私にはないなあ。まあ、内蓋も毎回必ずパタパタ閉まるというわけではなく洗濯物を出し入れする間くらいは自立してくれて出し入れできて出し終わって干してる間に勝手にパタンと閉じることのほうが多いから、急ぎではないけど、修理依頼するかどうか考えながら使ってみてるから、その間にどうやらくんも何かいい方策を講じられそうならぜひ協力してほしいの、我が家の洗濯の快適のために」
「おー。わかった」

 それから約ひとつき(もしかすると数ヶ月)が経過して昨日『ああ、もう洗濯機の内蓋の修理をしてもらおう』と思い立つ。洗濯機の蓋が勝手に閉まって来て洗濯物の出し入れに支障があるというのはやはり日々洗濯機を使ううえにおいて正常でも適切でも快適でもない状態だもの。

 取扱説明書の修理依頼窓口の電話番号にかける。洗濯機型式番号と状態と、以前相談窓口で水平確認をするよう教えてもらいそれ以上はもうできることがないので修理依頼窓口に連絡するよう案内いただいたことを伝える。オペレーターさんは「お客様がご購入になった販売店と年月日はおわかりですか」と問われる。ああ、そういえば前回は購入時の領収証とメーカー保証期間の過ぎた保証書も手元に用意して電話したけどあのあとあれはどうしたのだったかしら取扱説明書や保証書類を置いているここのどこかに片付けたのかしらと探しつつ電話を続けるが見つからず「申し訳ないのですが今すぐ手元にわかるものが見つかりません。ただメーカー保証期間を過ぎていることはたしかですし、販売店の延長保証に追加で加入はしておりませんので、修理に必要な出張経費と実費はこちらに請求してください」と伝える。前回電話したあとにもう保証もないものはなくていいかと思って領収証と保証書を私は捨てたのかしら、とも思うけど捨てたのかどこか別のところに片付けたのかの記憶もない。「販売店名と購入年月日がわからないと修理になにか支障がありますでしょうか」と訊ねると「いえ、そんなことはないんです。ただもしなんらかの保証があるのであればそちらで対応させていただければお客様にご請求差し上げなくてもよいものですから。販売店に延長保証の有無を確認することもできますし、もし延長保証の対象ということとなればメーカーに直接ではなく販売店さんのほうからご依頼いただくことになるものですから」と説明してくださる。領収証保証書類をどこにやったのかの記憶はない私ではあるが販売店の延長保証には加入していない記憶はたしかにあるのでその旨伝えて修理依頼する。オペレーターの方は「そうしますと、出張費用だけで四千円から五千円、あとは交換の部品によっていくらになるかは点検させていただいてからということになります」と言う。

「今回のケースの場合、部品があるものでその交換によって修理可能となりましたときにかかる金額の目安というのは現時点でわかりますでしょうか」
「ただいま確認してまいりますので、少々お待ちいだだけますでしょうか。いったんお電話保留にいたします」
「たいへんおまたせいたしました。内蓋まるごと交換になった場合で二万三千円となります」
「二万三千円ですか、それはまた高額ですね。でも一応いったん点検に来ていただいてそこまでの金額をかけて交換するかどうか修理担当の方に直接見ていただいた状態で相談させてもらってもよろしいでしょうか」
「はい、それは、もちろんでございます」
「ではまるごと交換だと二万三千円でまるごとでなく一部交換などであればそれよりも安い金額で済むこともあると思って算段しておいていいでしょうか」
「はい、そのように思っていただけましたら」

 昨夜夫に「明日洗濯機の修理に来てもらうことになった」と伝え上記の話をする。夫は「合計三万円弱もかかるのかー。なんだかなー」と言う。そして洗濯機の外蓋を開けてそのまま戻ってくる。

「どうやらくん、洗濯機の外蓋を開けたままにしてるけど、それはなにか意味があるの?」
「こうしてたらなんか洗濯機が元気になって内蓋直らんかなーと思って」
「いや、今になって直ったらだめなんだよ。明日修理屋さんが来てくれたときにちゃんといつもどおりに壊れた状態でぱったんぱったん勝手に閉じてくれないとそれを再現してもらわないといけないんだから下手に元気にしたらいかん」
「でもそんなに修理代かけるんならおれはやっぱりマジックテープかマグネットかなにかで固定して使うのがいいと思うなあ」
「そんなことは私が修理依頼の電話をする前にすかさずやっておかないと。それをしてないから私の手が何度も危険な目に遭ってこうして修理依頼したんだから」
「うちの洗濯機、延長保証に入ってないんだっけ」
「うん、入ってない。うちはまえにききそうできかない延長保証でがっかりすることがあって以来延長保証には入らないでやってきてるから。うちの家電製品いろいろあるけど、自分たちで買ったもので延長保証つけてないものは6個位はあると思うのよ。一個あたり延長保証料金が五千円として6個で三万円、今回三万円弱かかったとしても支払っていなかった延長保証料金貯蓄で払うと思えばまあいいかなと思う。それに自分たちで買った家電製品で修理屋さんに来てもらうのって結婚して初めてじゃないかな。二十数年暮らしてればそういうことは一回くらいはあってもよしとしようよ」

 そして今朝9時半に修理屋さんが来てくれた。「うちの製品がご迷惑をおかけしておりまして申し訳ないことです」と言いながら玄関に入ってこられる。洗面脱衣室の洗濯機を見てすぐに「ああ、これは内蓋を固定してある部分が擦れて弱くなったときにこうなるんです、よくあることなんです」との説明がある。

「ええっ、よくあることなんですか」
「はい、この内蓋はプラスチックの突起が本体にぎゅっと入れてあるだけの作りですので、何度も開閉していますとそこがだんだんと擦り切れてきて自立できなくなるんです」
「ええええ、洗濯機の内蓋なのにですか」
「そうなんです、昔のものであればそんなことはなかったんですが、最近の、そうですね、ここ10年以内くらいの製品はコスト削減が激しくなって、デザイン性は高くなっているんですが、こういう部分の作りが数年で劣化するようなものになっているんです」
「それは、なんというか、ものづくりとして、残念な気持ちになりますねえ」
「昔の洗濯機でしたら、こういう内蓋であってもプラスチックの突起ではなくちゃんとバネを中に入れてありましてそのバネがピシっとピタッと固定する構造になっていましたから、バネがダメになることは少なく、またもしダメになったとしてもバネだけ交換すれば元に戻せるようにしてあったんです」
「では、この蓋は、使用頻度にもよるのでしょうが、今回のように数年で自立しなくなるのが前提と考えるものなんですか」
「そうなんです、だいたい数年で自立しなくなります。長くもっても5年ですね、それ以上もつ場合もありますが」
「販売店の5年保証に入っていてちょうどよく5年以内でその不具合が起きてくれれば販売店の延長保証で対応していただけるんでしょうけど」
「ええ、だいたいみなさん、メーカー保証にしても販売店の延長保証にしてもそれぞれの保証期間が切れたころに不具合が起きることが多いですね。メーカー保証期間の一年以内はまだまだ新品ですからそんなに早く壊れたらいかんというのもありますが、延長保証の5年となると運良く4年7ヶ月の時点で不具合が生じたらちょうどいいタイミングでしたねえ、とお話しますがそういうことは稀です」
「内蓋が自立しなくなった場合皆さんどうしていらっしゃるんですか」
「これまでに別の修理で伺って内蓋もたたなくなっていますね、というところでああこれはよく工夫していらっしゃるなと思ったのは百円ショップやホームセンターなどで売っているS字フックっていうんですかね、それでひっかけて留めて、フタをするときにはフックを外して、ってしておられるところがありました」
「S字フックでしたら、うちにもちょうどここにありますが、これをこんなかんじでこうでしょうか」
「あら、S字じゃなかったですかね、長めのCの形のフックだったかもしれません」
「なるほど、しかし家電製品として数年経つとそういう本来の製品以外のものを持ってきて留めてやらないといけなくなるというのは製品として残念なかんじですねえ」
「そうなんですよ、ほんとうに。あとはお客様によっては、乾燥機能のついた洗濯機買ってみたけどやっぱり乾燥機能は全然使わないから乾燥のためだけに必要な内蓋ならこんなぱたんぱたん落ちてきて勝手に閉じる内蓋ならもう外して取っつんて(取ってしまってちょうだい)と言われることもあります。洗濯だけであれば多少飛沫が飛びますが内蓋なしで外蓋だけでも作動しますから」
「はー、なるほどー。うちは乾燥機能も使うときには使いますから内蓋はほしいですね」
「この内蓋自体は部品代が4200円ですので、なんでしたらなにかそういうフックで固定する方法でいかれることになさってもどちらでも」
「そのお値段なのですが、昨日お電話で部品交換した場合の金額の概算をお伺いしましたところ23000円程度と聞いていたのですが、4200円に何がどう加わると23000円になるんでしょうか」
「ええええっ、23000円って、内蓋だけでそんな高くはなりません」
「それでは23000円はなんのお値段なんでしょう」
「ああ、今部品代一覧見てみましたが、洗濯槽と一緒に一式まるごと交換した場合のお値段が23000円ですね、まちがってそちらをご案内したんですね、すみません」
「ああ、そうですか、でしたら、交換の方向でお願いしたいですが、お値段の合計を確認させてください」
「はい、出張費用が2400円、内蓋部品代が4200円、点検診断料金が1000円で」
「あと工賃はいかほど」
「工賃ですねえ、これが工賃をいただくほどの技術ではなくてですね、ほんとただたんに蓋を引っ張って外して新しいふたを押して入れるだけなんで、工賃をいただくのも申し訳ないくらいでして、うーん、どうしようかなあ、うーん、今回は点検診断工賃合わせて技術料という形にさせてもらいます、そうしますと合計で税込みで8200円ほどになるかと」
「わかりました、では交換してください」

 内蓋がパカっと取り外され「ここの部分が開閉が重なることで劣化してかちっととまらなくなるせいで自立できなくなるんです」と見せてくださる。取り外すときにドライバーのようなものをわずかに補助として使いはしたがほぼ素手のみで引っ張るだけの作業であった。そして段ボール箱から取り出した新しい蓋の蝶番部分を本体に噛みあわせて押し込めて完成。

「むかしの洗濯機であればご購入後20年くらいは使っていただけるのものだったんですが、今はもう長くもって10年と思っていただいたほうがいいと思います。それほど作りがなんというか昔に比べますと壊れやすくなっていますので」
「そうなんですか。うちはこの洗濯機の前はやはり日立さんの静御前を20年近くつかってまして本当によく働いてくれたいい洗濯機だったんです。あと冷蔵庫も電子レンジもうち日立さんのものなんですがこれももう20年以上経ちますがまだまだ現役でよく働いてくれて助かってるんです」
「ありがとうございます。あの頃の製品は本当にそうなんです」
「しかし、そんなに簡単に壊れるというのは、なんというか、やはり、ものづくりとして、特に家電製品では、残念なことですね」
「はい、まったく、おっしゃるとおりです」
「参考までに教えていただきたいのですが、内蓋は数年で自立しなくなるとして、他にはどんな不具合がこの洗濯機の場合には想定できるでしょうか」
「それはもうありとあらゆる不具合が起こりうるんです」
「そんなにですか」
「むかしの製品はそんなにそんなことはなかったんですが今のはそうなんです。まずそうですね、たとえばここの給水排水の蛇腹のパイプがありますよね、ここに亀裂が入って漏水するということもよくあります、その場合はこのパイプを交換します。あとは、ここに外蓋を閉じたときに脱水時や乾燥時などにロックがかかるカチッと留まる部品が入っているんですが」
「はいはい、ロックがかかるときにカチっていってます」
「その部品がですね、むかしはそう簡単には壊れないものでできていたんですが、今はわりと簡単に壊れる素材になっていまして、ロックしたままで壊れて蓋が開けられなくなるという不具合もあります」
「そ、それは、洗濯物が洗濯機の中に入ったまま取り出せないということでしょうか」
「そうなんです」
「すぐに干せないと修理に来ていただくまでの間に洗濯物がくさくなると思うんですが」
「はい、たいへんな不具合です。あとはそうですね、モーターはダメになることはないんですがベアリングが壊れて洗濯槽が回転しなくなることもあります」
「そうですか、そんなにいろんな可能性があるんですね、わかりました、よく覚悟しておきます。ところでうちの洗濯機の場合、この外蓋をもう少し向こう側に倒すことができたら内蓋も手前に落ちて来にくいのではないかと思うんですが」
「こちらの洗濯パンのサイズが洗濯機自体は入るサイズではあるんですがあと手前にもう5センチ本体をずらすことができるサイズでしたら外蓋が水道蛇口とぶつかることなくもう少し後ろ側に倒れることができるんですね、そうしますと内蓋もそのぶんぐっと向こう側に倒れた状態になりますので手前に倒れて来にくくなります。かんじとしては(洗濯機本体を手前にぐいと引き寄せて)こんなかんじでほら蓋がだいぶんうしろよりになりますよね」
「でしたら、たとえば洗濯機の足のところをぐりぐりと高さ調整して少し前傾気味にしてやってはだめなんでしょうか」
「それはだめですね。そうしますと水平ではなくなりますので洗濯槽の回転が不安定になります。今の水平状態がベストな状態なのでそこは保ったままでお願いします」
「あと水道の蛇口のこの接続の部品のこの角ばったところがあるのが洗濯機の外蓋をあけたときに微妙に手前に押し出すことになっている気がして。角ばったところを別の位置に移動させることってできるんでしょうか」
「それは簡単にこう回すだけで。念のためいったん水道蛇口閉めますね。これくらいの位置だとどうでしょう」
「ああ、そんなに動きますか。私の手では全然動かなくてあきらめてたんですけど。これなら突起部分が蓋に当たらなくてよくなりました」
「あ、水道の蛇口のところ、わずかに水漏れしてますね。これはうちの仕事ではなく水道屋さんの仕事になりますので、そのうちにパッキンの交換をしてもらってください」
「パッキンの交換でしたら、うちに予備のパッキンありますので自分でできると思います」
「いやご自分では難しいでしょう、元の水栓も止めないといけませんし」
「元の水栓止めて家中の蛇口のパッキンの交換はこのまえしたばかりですので、でもそういえばここはしていませんでした。また元水栓止めてここを道具で回して開けて中のゴムのパッキンを入替えて、ですよね」
「そうです、パッキン交換されたことあるなら大丈夫ですね、その手順でしてください。今はできるだけ水漏れしにくいように蛇口を最大まで開けておきますね」
「ありがとうございます」
「では、車に一度戻りまして、伝票を作成してまいりますので、お代金と印鑑のご用意をお願いいたします」
「はい、わかりました」

 ほどなく修理屋さんの携帯から電話がかかり「申し訳ないのですが、洗濯機の横に書いてある型番と製造番号を読んで教えていただけますか」と連絡が入る。「BWD85V」「4013574」と読み上げる。しばらくすると玄関に戻ってこられ「ではこちらの金額で端数は切り捨てまして8200円お願いいたします」と伝票を提示され10200円出し2000円のおつりをもらう。指定された場所にシャチハタ印を押して修理は完了。

 新しい内蓋は開けた時にカチッとしっかりと自立し落ちてこない。そのままずっとじっと開いたままでいてくれる。すごく快適。そして閉じるときにはこれまでよりもきゅうっとぴっちりと閉じてくれる。修理屋さんに「なんとなくカチッと押して閉じるのにこれまでよりも少し力が要る気がします」と言うと「新品のときはそうなんです。それがだんだんパッキンとこのカチッとなるところのプラスチックが劣化してきますとふやーんとしたかんじになってきます」と教えてもらいそういえば洗濯機が新品のころの内蓋はこんなかんじだったかもと思い出す。今の洗濯機のこともとても気に入っているからできることならまた二十年前後お付き合いできたらいいなあと思っていたのだけれども、今回いろいろ話しを聞いてそんなに長くはもたないのかもしれないと少しずつ思うようにしたほうがいいのだろうなと考えるようになった。家電製品の不具合相談と修理依頼と実際の修理の完了と支払いまでそれなりにじょうずにこなせてめでたしめでたし。     押し葉

赤イカに、さざえノドグロこだま貝

 先週の日曜日に魚を食べに出かけた。夫が「ボーナスが出たからご馳走するよ、なんでも好きなものを好きなだけ食べてくれ」と言ってくれるのでお言葉に甘えて。行き先はできれば春夏秋冬に訪れたいけど実際は年に2回くらいの頻度で出かける魚料理屋さん。一階の魚売り場で食材を選び二階の食堂でその食材を料理してもらう。

 今回は「夏だし、またおいしいアナゴがいたら天ぷらにして食べたいね」と話しながら出かけたのだけど魚売り場で「アナゴはありますか」と訊くと「今はアナゴの底びきはやってないから入らないねえ」と言われる。「以前夏にここにきていただいたアナゴの天ぷらがおいしかったからまたいただけたらと思ったんですけど残念」と言うとお店のひとも「アナゴの天ぷらおいしかったでしょう、何かアナゴに似たものを見繕ってあげられるといいんだけど、今うちにあるものはどれもアナゴとは全然ちがうものばかりだわぁ」と残念がる。

「では、赤イカをお刺身と天ぷらでいただきます、大きめの一杯を半分ずつで」と言うと「それなら小さいの二杯で一杯ずつ刺し身と天ぷらにしたほうがおいしいよ」と教えてくださり「じゃあ、そうします」と赤イカを二杯。
「それとコダマ貝を大きめのを4個ください、これは焼きで」
「それからサザエをつぼ焼きにしたいので2個」と言うと「大きさいろいろあるから好きなの選んで」と言われ水槽にサイズごとに分別されているサザエの中くらいのもの(お値段も中くらい)を2個選ぶ。
「あとは、ノドグロを一匹。頭は汁で、半身は焼きで、もう半身は煮で」
 ここで夫が「それと岩牡蠣を一個ください」と言う。夏の北陸は岩牡蠣の旬。冬が旬の広島の牡蠣とは異なるゴツゴツとした外観の貝の塊をお店のひとにひとつ選んでもらう。

 二階にあがり席に着く。それぞれの料理法を確認して注文する。単品でご飯を注文、夫は普通盛りで私は少なめで。おしぼりとお茶と箸と小鉢が三品供される。小鉢はバイ貝の煮付けとイカの塩辛とカニのほぐし身の酢和え。私はイカの塩辛が苦手なのだけど夫はふつうに好きなのですかさず私の小鉢の中身を自分の小鉢に入れて全部ひとりで食べてくれる。

 夫と「アナゴがなくて残念だったね」と話す。「こっちのアナゴは底びきなんじゃね」とも。瀬戸内海のアナゴは手に持った糸を垂らして釣る海釣り方式で夫は中くらいの子どもの頃夏になると海に出掛けてアナゴの海釣りしたなあ、と言う。私の父はむかし一時期船での海釣りに凝っていたことがあり夏の夜中に船(当時父は海遊びのために小舟を所有しており当時実家に住んでいた母と弟は父の趣味に付き合って小型船舶の免許を取得したので彼らは小さな船の操縦ができる、当時祖母も同居はしていたが祖母は小型船舶免許は取得していない)を出して海に出かけて行きアナゴを釣って持ち帰る。父は早朝それを台所でさばき、屋外で七輪に火をおこし、さばいたアナゴを焼き、タレを張った長方形の容器に焼き上がったアナゴを漬ける。私達家族が朝起きると食卓に父が焼いたアナゴがあり炊きたてのご飯と一緒に朝ごはんにアナゴをいただくのはことのほかおいしくて、大学の夏休みに帰省していた私は喜んで食べていた。高校の寮で暮らしていた妹も夏休みで帰省していると喜んでそのアナゴを食べる。だから瀬戸内海のアナゴといえば海釣り(あの漁法の正式な名前はなんというのだろう)だと思い込んでいたけれどそれは個人が趣味で釣るからであって商業的な漁として大量に捕獲するとなると瀬戸内海でも底曳き網や延縄漁で行われているのだろうか。

 今回赤イカをお刺身と天ぷらで注文したのはお刺身のほうが早く出てくるだろうからそれを食べている間に他の料理を待つとちょうどいいよねという思いでだったのだけど、実際には天ぷらのほうが先に出てきた。いつもなら天ぷらは天つゆがあってもひたすら塩で食べることが多いのになんとなく天つゆにくぐらせてご飯と一緒に食べたら天丼のおいしさがそこにはあり(あたりまえなのだが)、塩天丼とつゆ天丼を愉しむ形となった。

 夫の岩牡蠣は酢牡蠣で。他にもバター焼きやカキフライなどの調理法が用意されてはいるが夫は「せっかくの岩牡蠣をフライにするなんて」と拒む。

 サザエのつぼ焼きはとぐろの先っちょまでツルリンときれいに取り出せた。夏の海草をたくさん食べて鮮やかな緑色になったサザエは他の季節のサザエよりも一層おいしいような気がする。

 ノドグロは冬に食べた時にはその脂ノリノリの旨味が脳内麻薬を分泌促進しまくりだったが、今回夏に食べてみるとノドグロの身はどちらかというとスリムで脂はややさっぱりとしており冬に食べた時よりもずっと爽やかで清涼でこれはこれでまた冬とはまた異なる種類の脳内麻薬が分泌され食の快楽でラリり気味になる。夏のノドグロだからそうなのか、私達が今回食べたノドグロの個体がたまたまそういうタイプだったのか、どちらなんだろう、と思うけれど、どちらでもおいしいから詳細は求めない。

 すべてをおいしくいただいて、小雨の降る日本海を眺め、満足して店を出る。一階の魚売り場で「前回と今回はコダマ貝を焼いてもらっておいしかったんですが、もしかしてコダマ貝はお吸い物でいただいてもおいしいんでしょうか」と訊くと「汁もおいしいねぇ」と言われる。焼いたコダマ貝の殻の内側にたまった汁のじくっとしたおいしさがあれだけ口に広がるということはこれはハマグリともアサリともまた少しちがう貝のお吸い物になるのではないかと思いながらいただいたけど、そうか、やっぱりそうなのか、よし、次回は小さめのコダマ貝を複数個買ってお吸い物でいただこう。

 休日のレジャーお出かけの気持ちとしては帰りの高速道路でどこかサービスエリアに立ち寄りソフトクリームを食べたら完成度が高くなるよねと話はしたものの私達のお腹は魚で十分にくちくなっておりソフトクリームの入る余地はなかった。     押し葉

あじさいと結束

 日曜日のお昼にあじさいを見に行った。市内を一望できる小高い山の上にある茶屋までの坂道に連なるあじさいの群れと茶屋の周りに咲き乱れるあじさい。あじさいは花も立派だけれども葉っぱもいいと思う。その葉脈のぶりぶりとしたその様が。

 山頂の茶屋でお昼ごはんにおろしそばとカツ丼のミニセットを食べる。夫はソースカツ丼で私はおろしカツ丼。おろしカツ丼には大根おろしと水菜をのせてそこに醤油がかけてある。夫はソースカツ丼を食べながら「なんかそっちのカツ丼のほうがよかったな。水菜ものってるし」と言う。食後には黒糖わらび餅。

 食事を終えてお店を出て車に乗る。私達よりも先に会計を済ませ茶屋の周りのあじさいを見ていた女性三人が車の前を横切る。三人とも上半身の衣類の柄が横向きの縞模様なのを見て夫に「あのひとたち、三人ともしましま」と言う。夫は三人を見ると「しましまきょうだい」と言う。

「きょうだいではなくてたぶんあのひとたちは他人だと思うんだけど。たまたま今日当日会ってみたら三人ともボーダー柄だったんかな。それとも今日はボーダー柄を目印に集合しようという計画で各自衣類か持ち物のどこかにボーダー柄を持ってくることという掟のもと目印にしましまを着てきたんかな。それか今はボーダーが流行中なんだろうか」
「ああ、『しましまきょうだーい』って声をかけたいけど、そんなことしたら『あんたらだってチェック野郎やん』って言われるけんやめとく」
「チェック? 誰が?」
「おれら」

 そう言われて夫を見ると夫のシャツは細かいチェック柄で、そういえば私のスカートは夫のシャツよりは大きめのチェック模様。そんな話でもしなければその日に夫が着ているシャツがチェック柄だということを認識することなく一日を終えたかもしれない。私達がふたりともチェック柄の衣類だったのは別段今年の流行とはなんの関係もなく集合の目印にしたわけでもない、集合そのものもしていない、ふたりとも同じ家から出かけてきた。

 集合、といえば、半年か一年くらい前に永平寺より少し手前にあるお蕎麦屋さん風食堂に行った。本当は別のお蕎麦屋さんに行くつもりで出かけたのだけど目的のお蕎麦屋さんにはたくさんのひとが行列していて、行列に並んでまでそのお店のお蕎麦を食べたいこだわりを抱いていたわけではなかったからあっさりと別のところにした。どこにしようかと車を走らせながらお店をさがしているときに夫が「じゃあ、あそこ」と言ったところ(これまで見たことはあっても入ったことはなかったお店)に入ったのだが、そのお店はどちらかというと観光客向けのお店で、地元の人が好んで何度も通うようなお店に比べると一見(いちげん)の通りすがりのお客さんたちに地元の代表的なメニューを紹介するような内容と味。地元に暮らし同じメニューをいろんなお店で食べ比べてきた私達には味の満足度が低く、今度こういう展開になったときにはもう少しそのへんの勘を働かせて別のタイプのお店にしようね、ということになった。

 そのお店の味とは関係のない話なのだけど、そのお店の店員さんたちが制服として着ているTシャツが黒地に白の文字が書いてあるデザインで文字の内容は地元観光に関係のある語彙だったような気がする。店内で座っているときにそのTシャツのデザインを見て夫に「どうやらくんがときどき着ているTシャツとデザインが似てるね。どうやらくんのTシャツに書いてある文字は、なんだっけ、何かがぎゅっと集まって集合して固まるような、そんな意味合いの言葉で、集合? 凝集? 固着? なんかそんなやつ」と問うと夫が「もしかして、それは、それをいうなら、結束。だけど黒地に白文字という以外は似てない」と言う。「ああ、そうだ、うん、結束」と夫のその日は着ていないTシャツのデザインを思い出す。

 夫のそのTシャツは夫が卒業した大学のアメリカンフットボールチームのチームデザインTシャツ。夫は年に一度か二度OBとして試合の観戦に赴きそのときにチームへの寄付も兼ねてチームデザインのグッズを何か買ってくる。スポーツチームの団結と好成績を願うデザインの語彙としては、『集合』よりも『凝集』よりも『固着』よりも、『結束』のほうが適切だな。     押し葉

ナビの交替

 車のナビが新しくなった。これまで使っていたナビは今の車になる以前の車のときに購入し取り付けて使っていたもので今の車を購入した時にもナビだけそのまま付け替えてもらった。そのナビを購入したのは十年以上前のことで長年いろんなところに案内してもらった。

 西日本東日本それぞれの地図が入ったCD-Rを読み込ませるタイプだったのだが、今はもう当時の地図にはない新しい道があちこちにできていて、そういう新しい道を走るとナビ上の画面では道なき荒野を駆け抜けているような画像が示される。それでも目的地にはそれなりに近いところまで連れて行ってくれるし旅の道中が多少荒野でも実際の道路上の標識を見て進めばそれほど不便なこともなく頼りにしてきた。

 ときどきはナビのどこも触っていないのに画面が勝手に動いて現在地が野を越え山を越えしまいには海に飛び出してそのまま日本海を北へ北へと進んだり太平洋をどんどん南に走ったりすることもあったけれど通勤途中にそういうことがあっても通勤の道路はいつもと同じでナビの道案内は必要なく海の上をどこかへ突き進んでいても音楽はそれまで通り聴けるのでナビもどこか未知の世界に飛び出したいそんな気分になることもあるのだろうなくらいで放置して問題のないことだった。

 5月の連休の旅から帰ってきたときだったか、夫が「なにか音がする」と言う。音の発生しているところはどこだろうとあちこち探っていくとナビのCD-RやCDやDVDを入れるところから音がするとのこと。そこからナビのCD-Rを取り出すとカラカラというような異音は止まる。しかしCD-Rを取り出すと本格的な道案内をしてもらえなくなる。

 本格的でなくてもよければ、いったん地図CD-Rを入れた状態で行き先設定をしCD-Rを取り出すとメモリナビという簡易案内のナビが起動する。このメモリナビは画面の作りが簡易であるだけでなく音声もなんとなく偽物っぽい声色で『わたくし本物ではありませんので詳しいことはわかりません、一応案内はいたしますがそのつもりでよろしく』という雰囲気が漂う。

 私が訪れるようなところはそれでも十分に事足りるから別にいいやと思っていたのだが、夫は少し前からしきりに「新しいナビがほしいなあ」「そろそろ新しいナビにしたいよなあ」と言っていた。それが今回CD-Rを入れるとカラカラと異音がするようになり、その状態でどこかの百名山に行って帰ってみたら道中の不快がたまらなく不快に思え、彼が行きたいお山までの道をちゃんと知っているナビに変えたい、という思いが強くなったらしい。

 日曜日の午後に「今日ナビの交換に行ってくる。今度のナビは音楽CDを入れたらそのCDの内容をナビが記憶してくれるよ」と夫が言う。「そうなんだ。じゃあ、いつも私が車中で聴いているベートーヴェンの5番と7番のこのCDを持って行ってオートバックスからの帰りにCDを入れて録音しておいて。次に私が車に乗ったらこれまでどおりに聴けるように再生中の状態にしておいて」とCDを手渡すと夫は「わかった」と言って出かけた。

 オートバックスから帰ってきた夫が「新しいナビは画像がきれい」だと言う。「CDの録音はうまくできた?」と訊くと「録音していない」と言う。私が手渡したCDを彼は何故か持って行っておらず家に置いて行ったという。夫は「今度のナビはSDカードが中に入れてあってそのSDカードを持って帰ってパソコンにつないでCDのデータを入れてそのSDカードをナビに入れたら音楽が聴ける」と言う。

「そんな面倒くさい方法はいや。そんな方法じゃパソコンのない人はこまるじゃん。パソコンなんかなくても車中のナビとCDさえあれば録音できることなのに」と私が異を唱えると夫は「そういう方法もあるよ、ということでそうしようというわけじゃない」と言う。

「まだご飯を作るのに時間がかかるから、持っていくのを忘れた(のか置いていったのかは不明)CDを車に持って行って録音してきてよ」
「これから?」
「うん、これから。今のままじゃ次に私が車に乗った時に交響曲鳴らないでしょ。どうやらくんがナビを新しくすることには反対しないけど私は賛成の立場でもないの。私にとってだいじなのは日々運転の時に聴いている音楽がそのまま聴けることだから。それが失われるなら古いナビでこれまでどおりの音楽が聴けるほうがいい」
「わかった。行ってくる」

 そう行って夫は車に行ったがしばらくすると戻ってきて「CDを一度全部流さないと全曲録音できない」と言う。「そんなわけないと思うよ」と答えるがとりあえず夕食の支度ができたから食事をする。夫に「私が頼んだことが私にとってそれほどだいじなことだとは思っていなかったのかな」と尋ねる。夫は食事中なのに「そんなに言うなら今から行ってくる」と立ち上がろうとするが「食事を先にしよう」と制する。「CD1枚全部終わるまでおれ車の中におらんといけんのん?」と夫が言う。「録音そのものはそんなに時間かからないと思うよ」「どれくらい?」「さあ、もともとのCDの音質と録音側の音質設定にもよるんだろうけど、ちゃらい音質ならCD1枚で3分から5分、いい音質なら7分から10分くらいかな、パソコンに取り込むときのかんじは」

 夫は私からの依頼を軽んじた後ろめたさがあるからなのかそそくさと食事を終えるとCDを持って駐車場に行く。10分から15分弱程度で戻ってきて「3分では済まんかった」と言う。「でもずっと全部聴かなくても録音できたでしょ。オートバックスからうちまでが15分くらいだから帰りにCDを入れてくれたらそれでうちに着くまでに録音済んでたはずなんだけど」

 夫は自分の山へのナビ案内を新しくすることだけに夢中で私が日々の音楽環境に強いこだわりを持っていることには重きを置いていなかったのであろう。CDの録音は来週にでも気が向いたときにすればいいことでそれより早く聴きたいならみそきちが自分で録音すればいいことだと思っていたのかしらと言うと夫は「そのとおりです、すんません、わるうございました」と言う。夫には「私がCDを手渡して頼んだのにそのCDを置いて行くことも録音作業を来週以降に後回しにしようとすることもどちらも私のことや私がだいじに思っていることを蔑ろにしていることだと私には感じられてたいへんに残念な気持ちになることなんだよ」と伝える。

 夫が日曜日の夕食後に車の中で録音してくれた交響曲を次の出勤の時に聴くとこれまでのナビでMDで聴いていたものよりもこれまでのナビでCDで聴いていたものよりもずっとずっと音がきれい。夫が録音作業している間に私は新しいナビの取扱説明書のオーディオ部門を熟読した。それによると初期設定の標準音質録音よりもさらに高音質の録音ができ再生するときにも音の聴こえ方や臨場感を好みに設定できるという。

 夫がナビを付け替えてから一週間経った日曜に二人で野菜レストランにお昼ごはんを食べに行く。夫に運転してもらい、私は助手席でナビのオーディオ設定を行う。まず初期設定ではCDを挿入するととりあえずなんでもかんでも記憶していないものに関しては自動録音を開始するようになっているのを取りやめて手動で録音開始したときだけ録音するように設定する。録音音質を標準設定から高音質設定に変更する。一週間車の中で聴いていた交響曲をいったん消去する。持ってきたCDを入れる。録音を開始する。うちから野菜レストランに行くまでの半分くらいの時間(6分程度)で録音は終了する。オーディオを再生するときの音質や臨場感の設定をする。低音を強化するとティンパニやコントラバスがドスドスと響いてきてそれはそれで聴き応えがあるが長時間聴き続けるには向いていないかんじなので「聴き疲れしにくいナチュラル設定」というのを選ぶ。

 夫が「なにこれ今まで聴いていたのと全然ちがう。いや、ちがわんけど、これまで聴こえてなかった音が聴こえる。バイオリンの音に厚みと奥行きがある。バイオリンは弦で音を出してるんじゃなくてあの木のボディから音が出てきてるのがすごくよくわかる」と言う。

 そういうわけで新しいナビの道案内機能にはまだ私はお世話になっていないけれど、オーディオとはすっかり仲良くなった。このオーディオがあれば長時間の移動もぐんとたのしくなりそう。そして私は車の中でテレビを見る習慣も欲求もないのでこれまでのナビでは一度もテレビ機能やDVD再生機能を使ったことがなかったのだけど、今度のナビはドラマの音響や効果音を強化してダイナミックな迫力を味わえるような音を出す設定もあるらしいので、画面を見る目的ではなくドラマの音響を愉しむ目的で清盛のDVDを入れて聴いてみると自宅のテレビで再生して視聴するときとはまたちがう味わいがあるかもしれない。今度の夏の帰省のときのおたのしみおたのしみ。     押し葉

運動選手を応援する

 4月の後半に約1週間、夫は出張でアメリカ合衆国に行った。出張から帰ってきた翌日4月29日は祝日だったが夫の勤務先は日常の出勤日で夫もふつうに出勤した。翌日4月30日からはふたりで旅に出かける。

 旅の高速道路の道中で夫が「今回の出張で成田で乗り換えた時に山口茜選手に会った、バドミントン選手の」と言う。私は「名前までは知らないけどもしかすると私そのひとのこと知ってるかも。職場に貼ってあるポスターで見たことがある気がするの。ええと、どちらかというと小柄で体格のしっかりとしたショートカットの女子選手?」と問うと夫は「そうそうそのひとそのひと」と言う。

「でもどうやらくんはなんで成田で遭遇したそのひとがその選手だってわかったん?」
「いかにもバドミントン選手が遠征で移動中なかんじの服装だったし、まえにタウン誌かなにかで見たことのある写真とおなじ顔だったし」
「そうか、あのポスターの選手は地元の方だから今度の国体開催関係のポスターに起用されていたのね。それにしてもそれだけでそのひとだと特定できるなんてすごいねえ。私だったらきっとぜったいになあんにも気づくことなく素通りしてると思う」
「で、とっさに声かけて『山口茜選手、ですよね。僕も福井から来たんです。応援しています。握手してください』って言って握手してもらった」
「人違いじゃなかったんだ。それとも本当は人違いだけど『あー、よくそのひとと間違えられるんだよなー』と思いながらも握手してくれちゃったんかな」
「ちがうって。ちゃんと本人だったはず。でも『応援してます』って言いながら『あー、おれ、いま、嘘はついていないけど、これまでずっと熱心に応援してきたかというと全然そういうわけじゃないよなー、でも応援していないかっていうとそんなことはないから別に応援してますって言っても嘘じゃないよな』ってすごく葛藤した」
「大丈夫大丈夫それは嘘じゃないしそこで『特別応援しているわけではないんですけど握手してください』って言うよりはよっぽど失礼がなくて声をかけたからには適切な日本語表現だと思うよ。それにしても私がバドミントンの選手のことを知ってるなんてめずらしいじゃろ」
「うん、知っとるとは思わんかった、この話も、ふうん、で終わるかと思っとった」
「じゃろ。私の勤務先のトイレに貼ってある国体関係のポスターに女子バドミントン選手の写真がついてて、まえまえからこの方はどなたなのかしら、と思ってたの」
「うん、国体にももちろん出るやろう。でも、おれ、本人にそんなことよう言わんわ、『応援してます、うちの妻の職場のトイレにあなたのポスターが貼ってあるんです』だなんて」
「いや、そんなこと言う必要ないし実際全然言うてないやん。それに私の勤務先全店でトイレに貼ってあるわけじゃないのよ、ふつうになんかそのへんの壁にあんまりやる気のないかんじで貼ってあるところもあった気がする。あ、でも、ご本人には『やる気のないかんじで貼ってある』とかそんなことも言う必要ないよ。で、私が入るシフト先のうちの一個のお店はトイレが広くて快適でね、便座に座ったときにちょうど正面にそのポスターがゆったりと見えるから私の記憶にも残っていたの。でもそのポスターそのものは国体にむけてスポーツ関係のみなさんドーピングには注意しましょうね、スポーツファーマシストっていうドーピング知識に詳しい薬剤師のあたらしい資格もできましたから気になることがあったらスポーツファーマシストに相談してくださいね、って啓蒙するような内容で、そのバドミントン選手のことには細かく触れてなかったと思うなあ」

 旅から帰宅して数日後、夫が「応援してます、って言うたからにはプロフィールくらいは把握しておこうと思ってあのあとwebであちこち見たよ。名前も合っててよかったー、山口選手だとは思ったけど山崎だったが山田だったかうろ覚えだなーと思ってたからなー。この春高校を卒業して今は熊本の再春館製薬に就職したんだって」と教えてくれる。「実業団?」と訊くと「たぶんそうなんじゃないかな」と言う。ああ、じゃあ、どうやらくんとおなじ飛行機で成田に行って乗り換えたわけじゃなくて勤務先の熊本からの飛行機だったのかもしれないね。

 これで私も職場やどこかでまたあのポスターを目にしたら(今日の勤務先でも見てみたがやはりその選手の個人情報は名前もなんにもなにひとつポスターには記載されていなかった)そのポスターを見る限りにおいては「この方は山口茜選手、この春高校卒業後再春館製薬に入社してバドミントンを続けている」というデータが毎回脳内に打ち出されることだろう。しかし他の写真や映像や実物立体を見てもポスターのひとと同一人物だとは同定できない自信も満々。     押し葉

夫の五十のお祝いに

 本日のタイトルは『通りゃんせ』の『この子の七つのお祝いに』の歌詞を歌うメロディで読んでいただきたい。

 夫の誕生日プレゼントに予定していた蒟蒻キノコシャンプーが製造販売ともに終了になったため今年は何をプレゼントしようかと考えた。同じ会社の炭シャンプーのサンプルをもらって使ってみたら私が思いの外気に入ったので自分用に購入したが夫は「頭皮のかゆくならないにおわない感は舞健泉と同じくらいだけど洗いあがりが炭シャンプーのほうはちょっときしむなあ」と言う。シャンプーも相当実用的だけどさらにもっと実用的なものでなにかいいものがないかしらと思いを巡らす。

「どうやらくん、誕生日プレゼントね、コンドロイチンはどう?」
「やったー。それ大歓迎。毎日飲むし、買うと高いし、それをもらえるならうれしい」

 コンドロイチンZS錠という医薬品を夫と私はそれぞれに愛用している。購入するのは主に私の勤務先で従業員割引を利用して買い求める。夫に買ってきてと頼まれればお金を預かり職場で購入しレシートをつけて渡す。今回は誕生日プレゼントだから私の財布からお金を出すがいつもどおりラッピングもなにもなしで持ち帰る。職場で「コンドロイチン買いまーす」と言いながらレジを打っていると同僚の事務さんたちが「あれ、この前も買ってなかったですか」と言う。「この前のは私ので今日のは夫の誕生日プレゼントなんです」と答えると「ええええー、誕生日プレゼントにコンドロイチンですか」という声と「えええー、コンドロイチン共用じゃなくて各自別々なんですか」という声が。我が家ではコンドロイチンの瓶の蓋にそれぞれの名前の頭文字(ひらがな)が書いてあり自分の瓶のコンドロイチンを飲む。うっかり買い忘れてなくなったときには相手に頼んで数錠分けてもらったり分けてあげたりすることはあるがそんなことはめったにない。

 持ち帰ったコンドロイチンZS錠を夫に手渡すと夫は「ありがとう」と歓ぶ。「これまで毎年買ってもらってたシャンプーの約三倍の値段かー」と感慨深げだ。コンドロイチンを飲んでいると夫は山歩きをするときの関節がラクらしく私は腰痛になりにくい。もちろん膝関節足首関節首関節なども滑らかに作動しやすく眼球の潤いも飲んでいるほうが調子がよい。ただコンドロイチンは蒟蒻シャンプーに比べるとプレゼントを贈る側である私の気持ちのワクワク感のようなものが少ない気がした。しかし贈る私のワクワクが大きくても『フルート妖怪の参上と退散』のようなことになるとあとの落胆も大きいから、贈る側にももらう側にもいろいろとちょうどいい贈り物ができるといいなあ。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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