みそ文

洗濯機の内蓋

 洗濯機の修理に来てもらった。そして洗濯機の不具合は簡単に解決しまた元気に洗濯物を洗ってくれている。

 今の洗濯機を購入したのは2014年5月だから二年数ヶ月前のことになる。それまでは結婚したときに父が買い与えてくれた家電製品一式のうちの洗濯機『静御前』を二十年近く愛用していた。二十年前には作動音が少なく静かなのが売りの製品で名前が静御前だったが今にして思うとそれほど静かではなく今の洗濯機に買い換えたときに今の洗濯機の作動音があまりに静かなのに驚きこれまでの『静御前』での洗濯ではどれほど同じマンションの上下左右のお部屋の方たちにご迷惑をおかけしたのだろうかとよくぞ誰も何も言わず放置してくださっていたことだと申し訳なくありがたく思ったほどであった。

 今の洗濯機は『静御前』よりも作動音が静かなのはもちろん、静御前で仕上げた洗濯物は脱水によりのしイカのようにペターっとした布片になっていたのが、そして場合によっては洗濯物同士がからみ合って一部結ばれたようになっていることがありそれを干すときに一個一個取り外すのに手間がかかることがときどきあったりもしたのだが、今の洗濯機は脱水後にほぐし作業をしてくれるため脱水後に取り出した洗濯物は相互にからまることもなくそれぞれをつまみ上げて干せばよい。そしてそのほぐし作業をしてくれるおかげで洗濯物が乾いたあとの感触が以前はパリパリしていたのから今はふんわりにかわった。

 静御前も今の洗濯機も縦型全自動洗濯機。ドラム洗濯機の存在は知っているし何度かあちこちで利用したことはあるのだけれど私は縦型全自動洗濯機が好きなので買うときに選ぶとしたら縦型でドラム式は候補にもあがらない。縦型の機種の中で機能の内容と大きさその他を鑑みて選ぶことになる。

 今回の洗濯機の不具合は内蓋に生じた。静御前には内蓋はなく外蓋だけだったのだが今の洗濯機は乾燥機能付きにしたため乾燥時に洗濯槽を高温に保てるようきっちりぱっちり蓋ができるパッキン付きの内蓋がついている。静御前で洗濯していた頃にも他社の縦型全自動洗濯機には内蓋がついているものが既にあった。その他社製品には乾燥機能がついているわけではなく内蓋の存在は洗濯槽の水しぶきが飛び散らないようにする目的のものなのでパッキンなどはついていないわりと簡易なプラスチックの半透明のもの。

 静御前を使ってきたときはずっと乾燥機能なしでやってきたので買い替えのときに今後も乾燥機能はなくてもいいかなどうかなと考えながら店頭商品を見比べてみたのだがそのときには乾燥機能あるなしでの価格差があまりにも小さかったので冬に雪で洗濯物を外に干せないあいだサンルームで乾かすにしてもタオル類だけでも乾燥機で乾かせば他の衣類をサンルームで干すのにも空間に余裕ができて除湿機で乾かすのもこれまでよりも乾きやすくなるかもしれないと期待し乾燥機能付きを購入した。そうして縦型全自動洗濯機の乾燥機能を使ってみたらタオルのふんわりかんわりな仕上がりが高級ホテルのタオルみたいでそれはそれでたいそう幸福。だからといってタオルを毎回乾燥機乾燥するかというとそれはなく、外に干したものの雨で乾きがあと一歩二歩三歩なかんじでこれから除湿機に当ててもなんか雨臭いにおいが残りそうというときに半乾きのタオルを乾燥機で乾燥すると高温熱風により無臭の(高温熱風臭はする)ふかふかタオルが仕上がる。あるいは洗濯物が多いときに他のものはサンルームに干してコットンタオルだけを脱水後乾燥することも真冬には何度かある。これは半乾きから乾燥するよりも時間が多くかかるがこれまたふんわりかんわりといいかんじのタオルに仕上げてくれる。しかも冬に乾燥機を使うと洗濯機周辺がほんのり暖かくなりその暖気が屋内に流れほどよく暖房効果をもたらしてくれるのもよい。

 洗濯機の内蓋は洗濯物を出し入れしている間は外蓋とともに開けたままにしておくものなのだけど、ここ数ヶ月くらいだろうか、外蓋と内蓋を開けて洗濯カゴの洗濯物を洗濯槽に入れている最中に内蓋が勝手にパタリとおりてきて閉じたり、できあがった洗濯物を取り出している最中に内蓋が閉じてきてうっかりしていると洗濯槽と内蓋に手を挟まれたり、ということが頻繁におこるようになった。そんなだから洗濯物を取り出すときには洗濯機の横にぶら下げた洗濯バッグに洗濯物を移し替えつつもう片方の手で内蓋がおりてこないようにおさえたりおさえないまでもすぐに元に戻せるように片手を待機させておくことが続くようになった。それは毎日軽微ではあるが身体精神への負担となり私の洗濯のよろこびを日々毎回わずかに削ぐ。

 取扱説明書を熟読したがそういう不具合に関する案内はない。これは一度お客様相談室に電話してなにか家庭でできる対策があるかどうか訊いてみようと決める。取扱説明書の最終ページに記載されている相談先は「お問い合わせ」と「修理依頼」の電話番号が別々に書かれておりいきなり修理を依頼するわけではないからまずはお問い合わせ窓口に電話する。取扱説明書と購入時の領収証と期限の切れた保証書を手元に準備して。

 オペレーターの方に「洗濯機の内蓋の不具合について相談したいこと」「使用中の洗濯機の型式番号」「購入年月日と販売店名」「メーカー保証期間は切れており販売店の延長保証には加入していないこと」を伝えたあとで現状を説明する。オペレーターさんは「その状態でしたらまずお客様に確認していただきたいことは、洗濯機の操作パネルの左側のあたりにあります水平確認窓で液体の中の空気が水平枠の丸の中に入っているかどうか見ていただきたいんです」と言う。「はい、それでしたら確認済みですが、水平枠の丸の中の十字のちょうど真ん中に空気の球の中心がきているわけではないものの枠の丸のなかにはきちんと入っております」と伝える。「そうですか、そうなりますと、もうお客様にしていただけることはなにもないということになりますので、一度点検に伺い診断の上で修理が必要であれば修理ということになります、ただその場合はこちらではなくエコーセンターという修理専用窓口にあらためてご連絡いただくことになるのですが」と案内くださる。「水平窓口確認以外にはできることはないのですか、そうですか、わかりました、では、修理窓口の電話番号を、あ、取扱説明書のここに書いてあるこの番号がそうですね、ではまた修理をお願いするかどうか検討しまして相談してみることにいたします」

 夜帰宅した夫に「今日洗濯機のメーカーさんの問い合わせ窓口に電話して内蓋のこと相談したんだけどね、水平状態の確認以外にはうちでできることはないらしくて、あとは修理依頼するかどうかになるんだって」と話す。夫はどれどれと洗濯機の外蓋と内蓋を開けて閉めてまた開けて「内蓋たしかにふらんふらんしてるもんなあ」と言う。
「私もあちこち見てどこかネジを締めるときゅっとしっかり自立するかなとか見てみたんだけどネジで固定してあるわけじゃないみたいなんだよね」
「そうやなあ。でもこれやったら、内蓋を開けた時に背中側に折りたたまれた外蓋があるそこに内蓋と外蓋の両方にマジックテープかマグネットをつけて洗濯物の出し入れをしている間それで蓋が開いたままの状態を維持できるようにしたらいいんじゃないかな」
「うーん、それでもいいのはいいけど、でもそれだと今度は蓋を閉じるときに毎回マジックテープをべりべりっと剥がすとかマグネットの磁力の程度にもよるけどその磁力に抵抗して蓋を動かす力が私の手にかかることになるでしょ。手指の痛みが出にくいように手にかかる負担を減らすように努めている私としてはそれよりもやっぱり本来の内蓋を開け閉めすればいいだけのほうがいいな」
「でもそれで当面解決するんならそれでええんちゃうかな」
「どうやらくんがその取り付けをしてくれるなら止めないけど、自分でマジックテープやマグネットを買ってきて裏面を接着させる手間をかける気は私にはないなあ。まあ、内蓋も毎回必ずパタパタ閉まるというわけではなく洗濯物を出し入れする間くらいは自立してくれて出し入れできて出し終わって干してる間に勝手にパタンと閉じることのほうが多いから、急ぎではないけど、修理依頼するかどうか考えながら使ってみてるから、その間にどうやらくんも何かいい方策を講じられそうならぜひ協力してほしいの、我が家の洗濯の快適のために」
「おー。わかった」

 それから約ひとつき(もしかすると数ヶ月)が経過して昨日『ああ、もう洗濯機の内蓋の修理をしてもらおう』と思い立つ。洗濯機の蓋が勝手に閉まって来て洗濯物の出し入れに支障があるというのはやはり日々洗濯機を使ううえにおいて正常でも適切でも快適でもない状態だもの。

 取扱説明書の修理依頼窓口の電話番号にかける。洗濯機型式番号と状態と、以前相談窓口で水平確認をするよう教えてもらいそれ以上はもうできることがないので修理依頼窓口に連絡するよう案内いただいたことを伝える。オペレーターさんは「お客様がご購入になった販売店と年月日はおわかりですか」と問われる。ああ、そういえば前回は購入時の領収証とメーカー保証期間の過ぎた保証書も手元に用意して電話したけどあのあとあれはどうしたのだったかしら取扱説明書や保証書類を置いているここのどこかに片付けたのかしらと探しつつ電話を続けるが見つからず「申し訳ないのですが今すぐ手元にわかるものが見つかりません。ただメーカー保証期間を過ぎていることはたしかですし、販売店の延長保証に追加で加入はしておりませんので、修理に必要な出張経費と実費はこちらに請求してください」と伝える。前回電話したあとにもう保証もないものはなくていいかと思って領収証と保証書を私は捨てたのかしら、とも思うけど捨てたのかどこか別のところに片付けたのかの記憶もない。「販売店名と購入年月日がわからないと修理になにか支障がありますでしょうか」と訊ねると「いえ、そんなことはないんです。ただもしなんらかの保証があるのであればそちらで対応させていただければお客様にご請求差し上げなくてもよいものですから。販売店に延長保証の有無を確認することもできますし、もし延長保証の対象ということとなればメーカーに直接ではなく販売店さんのほうからご依頼いただくことになるものですから」と説明してくださる。領収証保証書類をどこにやったのかの記憶はない私ではあるが販売店の延長保証には加入していない記憶はたしかにあるのでその旨伝えて修理依頼する。オペレーターの方は「そうしますと、出張費用だけで四千円から五千円、あとは交換の部品によっていくらになるかは点検させていただいてからということになります」と言う。

「今回のケースの場合、部品があるものでその交換によって修理可能となりましたときにかかる金額の目安というのは現時点でわかりますでしょうか」
「ただいま確認してまいりますので、少々お待ちいだだけますでしょうか。いったんお電話保留にいたします」
「たいへんおまたせいたしました。内蓋まるごと交換になった場合で二万三千円となります」
「二万三千円ですか、それはまた高額ですね。でも一応いったん点検に来ていただいてそこまでの金額をかけて交換するかどうか修理担当の方に直接見ていただいた状態で相談させてもらってもよろしいでしょうか」
「はい、それは、もちろんでございます」
「ではまるごと交換だと二万三千円でまるごとでなく一部交換などであればそれよりも安い金額で済むこともあると思って算段しておいていいでしょうか」
「はい、そのように思っていただけましたら」

 昨夜夫に「明日洗濯機の修理に来てもらうことになった」と伝え上記の話をする。夫は「合計三万円弱もかかるのかー。なんだかなー」と言う。そして洗濯機の外蓋を開けてそのまま戻ってくる。

「どうやらくん、洗濯機の外蓋を開けたままにしてるけど、それはなにか意味があるの?」
「こうしてたらなんか洗濯機が元気になって内蓋直らんかなーと思って」
「いや、今になって直ったらだめなんだよ。明日修理屋さんが来てくれたときにちゃんといつもどおりに壊れた状態でぱったんぱったん勝手に閉じてくれないとそれを再現してもらわないといけないんだから下手に元気にしたらいかん」
「でもそんなに修理代かけるんならおれはやっぱりマジックテープかマグネットかなにかで固定して使うのがいいと思うなあ」
「そんなことは私が修理依頼の電話をする前にすかさずやっておかないと。それをしてないから私の手が何度も危険な目に遭ってこうして修理依頼したんだから」
「うちの洗濯機、延長保証に入ってないんだっけ」
「うん、入ってない。うちはまえにききそうできかない延長保証でがっかりすることがあって以来延長保証には入らないでやってきてるから。うちの家電製品いろいろあるけど、自分たちで買ったもので延長保証つけてないものは6個位はあると思うのよ。一個あたり延長保証料金が五千円として6個で三万円、今回三万円弱かかったとしても支払っていなかった延長保証料金貯蓄で払うと思えばまあいいかなと思う。それに自分たちで買った家電製品で修理屋さんに来てもらうのって結婚して初めてじゃないかな。二十数年暮らしてればそういうことは一回くらいはあってもよしとしようよ」

 そして今朝9時半に修理屋さんが来てくれた。「うちの製品がご迷惑をおかけしておりまして申し訳ないことです」と言いながら玄関に入ってこられる。洗面脱衣室の洗濯機を見てすぐに「ああ、これは内蓋を固定してある部分が擦れて弱くなったときにこうなるんです、よくあることなんです」との説明がある。

「ええっ、よくあることなんですか」
「はい、この内蓋はプラスチックの突起が本体にぎゅっと入れてあるだけの作りですので、何度も開閉していますとそこがだんだんと擦り切れてきて自立できなくなるんです」
「ええええ、洗濯機の内蓋なのにですか」
「そうなんです、昔のものであればそんなことはなかったんですが、最近の、そうですね、ここ10年以内くらいの製品はコスト削減が激しくなって、デザイン性は高くなっているんですが、こういう部分の作りが数年で劣化するようなものになっているんです」
「それは、なんというか、ものづくりとして、残念な気持ちになりますねえ」
「昔の洗濯機でしたら、こういう内蓋であってもプラスチックの突起ではなくちゃんとバネを中に入れてありましてそのバネがピシっとピタッと固定する構造になっていましたから、バネがダメになることは少なく、またもしダメになったとしてもバネだけ交換すれば元に戻せるようにしてあったんです」
「では、この蓋は、使用頻度にもよるのでしょうが、今回のように数年で自立しなくなるのが前提と考えるものなんですか」
「そうなんです、だいたい数年で自立しなくなります。長くもっても5年ですね、それ以上もつ場合もありますが」
「販売店の5年保証に入っていてちょうどよく5年以内でその不具合が起きてくれれば販売店の延長保証で対応していただけるんでしょうけど」
「ええ、だいたいみなさん、メーカー保証にしても販売店の延長保証にしてもそれぞれの保証期間が切れたころに不具合が起きることが多いですね。メーカー保証期間の一年以内はまだまだ新品ですからそんなに早く壊れたらいかんというのもありますが、延長保証の5年となると運良く4年7ヶ月の時点で不具合が生じたらちょうどいいタイミングでしたねえ、とお話しますがそういうことは稀です」
「内蓋が自立しなくなった場合皆さんどうしていらっしゃるんですか」
「これまでに別の修理で伺って内蓋もたたなくなっていますね、というところでああこれはよく工夫していらっしゃるなと思ったのは百円ショップやホームセンターなどで売っているS字フックっていうんですかね、それでひっかけて留めて、フタをするときにはフックを外して、ってしておられるところがありました」
「S字フックでしたら、うちにもちょうどここにありますが、これをこんなかんじでこうでしょうか」
「あら、S字じゃなかったですかね、長めのCの形のフックだったかもしれません」
「なるほど、しかし家電製品として数年経つとそういう本来の製品以外のものを持ってきて留めてやらないといけなくなるというのは製品として残念なかんじですねえ」
「そうなんですよ、ほんとうに。あとはお客様によっては、乾燥機能のついた洗濯機買ってみたけどやっぱり乾燥機能は全然使わないから乾燥のためだけに必要な内蓋ならこんなぱたんぱたん落ちてきて勝手に閉じる内蓋ならもう外して取っつんて(取ってしまってちょうだい)と言われることもあります。洗濯だけであれば多少飛沫が飛びますが内蓋なしで外蓋だけでも作動しますから」
「はー、なるほどー。うちは乾燥機能も使うときには使いますから内蓋はほしいですね」
「この内蓋自体は部品代が4200円ですので、なんでしたらなにかそういうフックで固定する方法でいかれることになさってもどちらでも」
「そのお値段なのですが、昨日お電話で部品交換した場合の金額の概算をお伺いしましたところ23000円程度と聞いていたのですが、4200円に何がどう加わると23000円になるんでしょうか」
「ええええっ、23000円って、内蓋だけでそんな高くはなりません」
「それでは23000円はなんのお値段なんでしょう」
「ああ、今部品代一覧見てみましたが、洗濯槽と一緒に一式まるごと交換した場合のお値段が23000円ですね、まちがってそちらをご案内したんですね、すみません」
「ああ、そうですか、でしたら、交換の方向でお願いしたいですが、お値段の合計を確認させてください」
「はい、出張費用が2400円、内蓋部品代が4200円、点検診断料金が1000円で」
「あと工賃はいかほど」
「工賃ですねえ、これが工賃をいただくほどの技術ではなくてですね、ほんとただたんに蓋を引っ張って外して新しいふたを押して入れるだけなんで、工賃をいただくのも申し訳ないくらいでして、うーん、どうしようかなあ、うーん、今回は点検診断工賃合わせて技術料という形にさせてもらいます、そうしますと合計で税込みで8200円ほどになるかと」
「わかりました、では交換してください」

 内蓋がパカっと取り外され「ここの部分が開閉が重なることで劣化してかちっととまらなくなるせいで自立できなくなるんです」と見せてくださる。取り外すときにドライバーのようなものをわずかに補助として使いはしたがほぼ素手のみで引っ張るだけの作業であった。そして段ボール箱から取り出した新しい蓋の蝶番部分を本体に噛みあわせて押し込めて完成。

「むかしの洗濯機であればご購入後20年くらいは使っていただけるのものだったんですが、今はもう長くもって10年と思っていただいたほうがいいと思います。それほど作りがなんというか昔に比べますと壊れやすくなっていますので」
「そうなんですか。うちはこの洗濯機の前はやはり日立さんの静御前を20年近くつかってまして本当によく働いてくれたいい洗濯機だったんです。あと冷蔵庫も電子レンジもうち日立さんのものなんですがこれももう20年以上経ちますがまだまだ現役でよく働いてくれて助かってるんです」
「ありがとうございます。あの頃の製品は本当にそうなんです」
「しかし、そんなに簡単に壊れるというのは、なんというか、やはり、ものづくりとして、特に家電製品では、残念なことですね」
「はい、まったく、おっしゃるとおりです」
「参考までに教えていただきたいのですが、内蓋は数年で自立しなくなるとして、他にはどんな不具合がこの洗濯機の場合には想定できるでしょうか」
「それはもうありとあらゆる不具合が起こりうるんです」
「そんなにですか」
「むかしの製品はそんなにそんなことはなかったんですが今のはそうなんです。まずそうですね、たとえばここの給水排水の蛇腹のパイプがありますよね、ここに亀裂が入って漏水するということもよくあります、その場合はこのパイプを交換します。あとは、ここに外蓋を閉じたときに脱水時や乾燥時などにロックがかかるカチッと留まる部品が入っているんですが」
「はいはい、ロックがかかるときにカチっていってます」
「その部品がですね、むかしはそう簡単には壊れないものでできていたんですが、今はわりと簡単に壊れる素材になっていまして、ロックしたままで壊れて蓋が開けられなくなるという不具合もあります」
「そ、それは、洗濯物が洗濯機の中に入ったまま取り出せないということでしょうか」
「そうなんです」
「すぐに干せないと修理に来ていただくまでの間に洗濯物がくさくなると思うんですが」
「はい、たいへんな不具合です。あとはそうですね、モーターはダメになることはないんですがベアリングが壊れて洗濯槽が回転しなくなることもあります」
「そうですか、そんなにいろんな可能性があるんですね、わかりました、よく覚悟しておきます。ところでうちの洗濯機の場合、この外蓋をもう少し向こう側に倒すことができたら内蓋も手前に落ちて来にくいのではないかと思うんですが」
「こちらの洗濯パンのサイズが洗濯機自体は入るサイズではあるんですがあと手前にもう5センチ本体をずらすことができるサイズでしたら外蓋が水道蛇口とぶつかることなくもう少し後ろ側に倒れることができるんですね、そうしますと内蓋もそのぶんぐっと向こう側に倒れた状態になりますので手前に倒れて来にくくなります。かんじとしては(洗濯機本体を手前にぐいと引き寄せて)こんなかんじでほら蓋がだいぶんうしろよりになりますよね」
「でしたら、たとえば洗濯機の足のところをぐりぐりと高さ調整して少し前傾気味にしてやってはだめなんでしょうか」
「それはだめですね。そうしますと水平ではなくなりますので洗濯槽の回転が不安定になります。今の水平状態がベストな状態なのでそこは保ったままでお願いします」
「あと水道の蛇口のこの接続の部品のこの角ばったところがあるのが洗濯機の外蓋をあけたときに微妙に手前に押し出すことになっている気がして。角ばったところを別の位置に移動させることってできるんでしょうか」
「それは簡単にこう回すだけで。念のためいったん水道蛇口閉めますね。これくらいの位置だとどうでしょう」
「ああ、そんなに動きますか。私の手では全然動かなくてあきらめてたんですけど。これなら突起部分が蓋に当たらなくてよくなりました」
「あ、水道の蛇口のところ、わずかに水漏れしてますね。これはうちの仕事ではなく水道屋さんの仕事になりますので、そのうちにパッキンの交換をしてもらってください」
「パッキンの交換でしたら、うちに予備のパッキンありますので自分でできると思います」
「いやご自分では難しいでしょう、元の水栓も止めないといけませんし」
「元の水栓止めて家中の蛇口のパッキンの交換はこのまえしたばかりですので、でもそういえばここはしていませんでした。また元水栓止めてここを道具で回して開けて中のゴムのパッキンを入替えて、ですよね」
「そうです、パッキン交換されたことあるなら大丈夫ですね、その手順でしてください。今はできるだけ水漏れしにくいように蛇口を最大まで開けておきますね」
「ありがとうございます」
「では、車に一度戻りまして、伝票を作成してまいりますので、お代金と印鑑のご用意をお願いいたします」
「はい、わかりました」

 ほどなく修理屋さんの携帯から電話がかかり「申し訳ないのですが、洗濯機の横に書いてある型番と製造番号を読んで教えていただけますか」と連絡が入る。「BWD85V」「4013574」と読み上げる。しばらくすると玄関に戻ってこられ「ではこちらの金額で端数は切り捨てまして8200円お願いいたします」と伝票を提示され10200円出し2000円のおつりをもらう。指定された場所にシャチハタ印を押して修理は完了。

 新しい内蓋は開けた時にカチッとしっかりと自立し落ちてこない。そのままずっとじっと開いたままでいてくれる。すごく快適。そして閉じるときにはこれまでよりもきゅうっとぴっちりと閉じてくれる。修理屋さんに「なんとなくカチッと押して閉じるのにこれまでよりも少し力が要る気がします」と言うと「新品のときはそうなんです。それがだんだんパッキンとこのカチッとなるところのプラスチックが劣化してきますとふやーんとしたかんじになってきます」と教えてもらいそういえば洗濯機が新品のころの内蓋はこんなかんじだったかもと思い出す。今の洗濯機のこともとても気に入っているからできることならまた二十年前後お付き合いできたらいいなあと思っていたのだけれども、今回いろいろ話しを聞いてそんなに長くはもたないのかもしれないと少しずつ思うようにしたほうがいいのだろうなと考えるようになった。家電製品の不具合相談と修理依頼と実際の修理の完了と支払いまでそれなりにじょうずにこなせてめでたしめでたし。     押し葉

赤イカに、さざえノドグロこだま貝

 先週の日曜日に魚を食べに出かけた。夫が「ボーナスが出たからご馳走するよ、なんでも好きなものを好きなだけ食べてくれ」と言ってくれるのでお言葉に甘えて。行き先はできれば春夏秋冬に訪れたいけど実際は年に2回くらいの頻度で出かける魚料理屋さん。一階の魚売り場で食材を選び二階の食堂でその食材を料理してもらう。

 今回は「夏だし、またおいしいアナゴがいたら天ぷらにして食べたいね」と話しながら出かけたのだけど魚売り場で「アナゴはありますか」と訊くと「今はアナゴの底びきはやってないから入らないねえ」と言われる。「以前夏にここにきていただいたアナゴの天ぷらがおいしかったからまたいただけたらと思ったんですけど残念」と言うとお店のひとも「アナゴの天ぷらおいしかったでしょう、何かアナゴに似たものを見繕ってあげられるといいんだけど、今うちにあるものはどれもアナゴとは全然ちがうものばかりだわぁ」と残念がる。

「では、赤イカをお刺身と天ぷらでいただきます、大きめの一杯を半分ずつで」と言うと「それなら小さいの二杯で一杯ずつ刺し身と天ぷらにしたほうがおいしいよ」と教えてくださり「じゃあ、そうします」と赤イカを二杯。
「それとコダマ貝を大きめのを4個ください、これは焼きで」
「それからサザエをつぼ焼きにしたいので2個」と言うと「大きさいろいろあるから好きなの選んで」と言われ水槽にサイズごとに分別されているサザエの中くらいのもの(お値段も中くらい)を2個選ぶ。
「あとは、ノドグロを一匹。頭は汁で、半身は焼きで、もう半身は煮で」
 ここで夫が「それと岩牡蠣を一個ください」と言う。夏の北陸は岩牡蠣の旬。冬が旬の広島の牡蠣とは異なるゴツゴツとした外観の貝の塊をお店のひとにひとつ選んでもらう。

 二階にあがり席に着く。それぞれの料理法を確認して注文する。単品でご飯を注文、夫は普通盛りで私は少なめで。おしぼりとお茶と箸と小鉢が三品供される。小鉢はバイ貝の煮付けとイカの塩辛とカニのほぐし身の酢和え。私はイカの塩辛が苦手なのだけど夫はふつうに好きなのですかさず私の小鉢の中身を自分の小鉢に入れて全部ひとりで食べてくれる。

 夫と「アナゴがなくて残念だったね」と話す。「こっちのアナゴは底びきなんじゃね」とも。瀬戸内海のアナゴは手に持った糸を垂らして釣る海釣り方式で夫は中くらいの子どもの頃夏になると海に出掛けてアナゴの海釣りしたなあ、と言う。私の父はむかし一時期船での海釣りに凝っていたことがあり夏の夜中に船(当時父は海遊びのために小舟を所有しており当時実家に住んでいた母と弟は父の趣味に付き合って小型船舶の免許を取得したので彼らは小さな船の操縦ができる、当時祖母も同居はしていたが祖母は小型船舶免許は取得していない)を出して海に出かけて行きアナゴを釣って持ち帰る。父は早朝それを台所でさばき、屋外で七輪に火をおこし、さばいたアナゴを焼き、タレを張った長方形の容器に焼き上がったアナゴを漬ける。私達家族が朝起きると食卓に父が焼いたアナゴがあり炊きたてのご飯と一緒に朝ごはんにアナゴをいただくのはことのほかおいしくて、大学の夏休みに帰省していた私は喜んで食べていた。高校の寮で暮らしていた妹も夏休みで帰省していると喜んでそのアナゴを食べる。だから瀬戸内海のアナゴといえば海釣り(あの漁法の正式な名前はなんというのだろう)だと思い込んでいたけれどそれは個人が趣味で釣るからであって商業的な漁として大量に捕獲するとなると瀬戸内海でも底曳き網や延縄漁で行われているのだろうか。

 今回赤イカをお刺身と天ぷらで注文したのはお刺身のほうが早く出てくるだろうからそれを食べている間に他の料理を待つとちょうどいいよねという思いでだったのだけど、実際には天ぷらのほうが先に出てきた。いつもなら天ぷらは天つゆがあってもひたすら塩で食べることが多いのになんとなく天つゆにくぐらせてご飯と一緒に食べたら天丼のおいしさがそこにはあり(あたりまえなのだが)、塩天丼とつゆ天丼を愉しむ形となった。

 夫の岩牡蠣は酢牡蠣で。他にもバター焼きやカキフライなどの調理法が用意されてはいるが夫は「せっかくの岩牡蠣をフライにするなんて」と拒む。

 サザエのつぼ焼きはとぐろの先っちょまでツルリンときれいに取り出せた。夏の海草をたくさん食べて鮮やかな緑色になったサザエは他の季節のサザエよりも一層おいしいような気がする。

 ノドグロは冬に食べた時にはその脂ノリノリの旨味が脳内麻薬を分泌促進しまくりだったが、今回夏に食べてみるとノドグロの身はどちらかというとスリムで脂はややさっぱりとしており冬に食べた時よりもずっと爽やかで清涼でこれはこれでまた冬とはまた異なる種類の脳内麻薬が分泌され食の快楽でラリり気味になる。夏のノドグロだからそうなのか、私達が今回食べたノドグロの個体がたまたまそういうタイプだったのか、どちらなんだろう、と思うけれど、どちらでもおいしいから詳細は求めない。

 すべてをおいしくいただいて、小雨の降る日本海を眺め、満足して店を出る。一階の魚売り場で「前回と今回はコダマ貝を焼いてもらっておいしかったんですが、もしかしてコダマ貝はお吸い物でいただいてもおいしいんでしょうか」と訊くと「汁もおいしいねぇ」と言われる。焼いたコダマ貝の殻の内側にたまった汁のじくっとしたおいしさがあれだけ口に広がるということはこれはハマグリともアサリともまた少しちがう貝のお吸い物になるのではないかと思いながらいただいたけど、そうか、やっぱりそうなのか、よし、次回は小さめのコダマ貝を複数個買ってお吸い物でいただこう。

 休日のレジャーお出かけの気持ちとしては帰りの高速道路でどこかサービスエリアに立ち寄りソフトクリームを食べたら完成度が高くなるよねと話はしたものの私達のお腹は魚で十分にくちくなっておりソフトクリームの入る余地はなかった。     押し葉

あじさいと結束

 日曜日のお昼にあじさいを見に行った。市内を一望できる小高い山の上にある茶屋までの坂道に連なるあじさいの群れと茶屋の周りに咲き乱れるあじさい。あじさいは花も立派だけれども葉っぱもいいと思う。その葉脈のぶりぶりとしたその様が。

 山頂の茶屋でお昼ごはんにおろしそばとカツ丼のミニセットを食べる。夫はソースカツ丼で私はおろしカツ丼。おろしカツ丼には大根おろしと水菜をのせてそこに醤油がかけてある。夫はソースカツ丼を食べながら「なんかそっちのカツ丼のほうがよかったな。水菜ものってるし」と言う。食後には黒糖わらび餅。

 食事を終えてお店を出て車に乗る。私達よりも先に会計を済ませ茶屋の周りのあじさいを見ていた女性三人が車の前を横切る。三人とも上半身の衣類の柄が横向きの縞模様なのを見て夫に「あのひとたち、三人ともしましま」と言う。夫は三人を見ると「しましまきょうだい」と言う。

「きょうだいではなくてたぶんあのひとたちは他人だと思うんだけど。たまたま今日当日会ってみたら三人ともボーダー柄だったんかな。それとも今日はボーダー柄を目印に集合しようという計画で各自衣類か持ち物のどこかにボーダー柄を持ってくることという掟のもと目印にしましまを着てきたんかな。それか今はボーダーが流行中なんだろうか」
「ああ、『しましまきょうだーい』って声をかけたいけど、そんなことしたら『あんたらだってチェック野郎やん』って言われるけんやめとく」
「チェック? 誰が?」
「おれら」

 そう言われて夫を見ると夫のシャツは細かいチェック柄で、そういえば私のスカートは夫のシャツよりは大きめのチェック模様。そんな話でもしなければその日に夫が着ているシャツがチェック柄だということを認識することなく一日を終えたかもしれない。私達がふたりともチェック柄の衣類だったのは別段今年の流行とはなんの関係もなく集合の目印にしたわけでもない、集合そのものもしていない、ふたりとも同じ家から出かけてきた。

 集合、といえば、半年か一年くらい前に永平寺より少し手前にあるお蕎麦屋さん風食堂に行った。本当は別のお蕎麦屋さんに行くつもりで出かけたのだけど目的のお蕎麦屋さんにはたくさんのひとが行列していて、行列に並んでまでそのお店のお蕎麦を食べたいこだわりを抱いていたわけではなかったからあっさりと別のところにした。どこにしようかと車を走らせながらお店をさがしているときに夫が「じゃあ、あそこ」と言ったところ(これまで見たことはあっても入ったことはなかったお店)に入ったのだが、そのお店はどちらかというと観光客向けのお店で、地元の人が好んで何度も通うようなお店に比べると一見(いちげん)の通りすがりのお客さんたちに地元の代表的なメニューを紹介するような内容と味。地元に暮らし同じメニューをいろんなお店で食べ比べてきた私達には味の満足度が低く、今度こういう展開になったときにはもう少しそのへんの勘を働かせて別のタイプのお店にしようね、ということになった。

 そのお店の味とは関係のない話なのだけど、そのお店の店員さんたちが制服として着ているTシャツが黒地に白の文字が書いてあるデザインで文字の内容は地元観光に関係のある語彙だったような気がする。店内で座っているときにそのTシャツのデザインを見て夫に「どうやらくんがときどき着ているTシャツとデザインが似てるね。どうやらくんのTシャツに書いてある文字は、なんだっけ、何かがぎゅっと集まって集合して固まるような、そんな意味合いの言葉で、集合? 凝集? 固着? なんかそんなやつ」と問うと夫が「もしかして、それは、それをいうなら、結束。だけど黒地に白文字という以外は似てない」と言う。「ああ、そうだ、うん、結束」と夫のその日は着ていないTシャツのデザインを思い出す。

 夫のそのTシャツは夫が卒業した大学のアメリカンフットボールチームのチームデザインTシャツ。夫は年に一度か二度OBとして試合の観戦に赴きそのときにチームへの寄付も兼ねてチームデザインのグッズを何か買ってくる。スポーツチームの団結と好成績を願うデザインの語彙としては、『集合』よりも『凝集』よりも『固着』よりも、『結束』のほうが適切だな。     押し葉

ナビの交替

 車のナビが新しくなった。これまで使っていたナビは今の車になる以前の車のときに購入し取り付けて使っていたもので今の車を購入した時にもナビだけそのまま付け替えてもらった。そのナビを購入したのは十年以上前のことで長年いろんなところに案内してもらった。

 西日本東日本それぞれの地図が入ったCD-Rを読み込ませるタイプだったのだが、今はもう当時の地図にはない新しい道があちこちにできていて、そういう新しい道を走るとナビ上の画面では道なき荒野を駆け抜けているような画像が示される。それでも目的地にはそれなりに近いところまで連れて行ってくれるし旅の道中が多少荒野でも実際の道路上の標識を見て進めばそれほど不便なこともなく頼りにしてきた。

 ときどきはナビのどこも触っていないのに画面が勝手に動いて現在地が野を越え山を越えしまいには海に飛び出してそのまま日本海を北へ北へと進んだり太平洋をどんどん南に走ったりすることもあったけれど通勤途中にそういうことがあっても通勤の道路はいつもと同じでナビの道案内は必要なく海の上をどこかへ突き進んでいても音楽はそれまで通り聴けるのでナビもどこか未知の世界に飛び出したいそんな気分になることもあるのだろうなくらいで放置して問題のないことだった。

 5月の連休の旅から帰ってきたときだったか、夫が「なにか音がする」と言う。音の発生しているところはどこだろうとあちこち探っていくとナビのCD-RやCDやDVDを入れるところから音がするとのこと。そこからナビのCD-Rを取り出すとカラカラというような異音は止まる。しかしCD-Rを取り出すと本格的な道案内をしてもらえなくなる。

 本格的でなくてもよければ、いったん地図CD-Rを入れた状態で行き先設定をしCD-Rを取り出すとメモリナビという簡易案内のナビが起動する。このメモリナビは画面の作りが簡易であるだけでなく音声もなんとなく偽物っぽい声色で『わたくし本物ではありませんので詳しいことはわかりません、一応案内はいたしますがそのつもりでよろしく』という雰囲気が漂う。

 私が訪れるようなところはそれでも十分に事足りるから別にいいやと思っていたのだが、夫は少し前からしきりに「新しいナビがほしいなあ」「そろそろ新しいナビにしたいよなあ」と言っていた。それが今回CD-Rを入れるとカラカラと異音がするようになり、その状態でどこかの百名山に行って帰ってみたら道中の不快がたまらなく不快に思え、彼が行きたいお山までの道をちゃんと知っているナビに変えたい、という思いが強くなったらしい。

 日曜日の午後に「今日ナビの交換に行ってくる。今度のナビは音楽CDを入れたらそのCDの内容をナビが記憶してくれるよ」と夫が言う。「そうなんだ。じゃあ、いつも私が車中で聴いているベートーヴェンの5番と7番のこのCDを持って行ってオートバックスからの帰りにCDを入れて録音しておいて。次に私が車に乗ったらこれまでどおりに聴けるように再生中の状態にしておいて」とCDを手渡すと夫は「わかった」と言って出かけた。

 オートバックスから帰ってきた夫が「新しいナビは画像がきれい」だと言う。「CDの録音はうまくできた?」と訊くと「録音していない」と言う。私が手渡したCDを彼は何故か持って行っておらず家に置いて行ったという。夫は「今度のナビはSDカードが中に入れてあってそのSDカードを持って帰ってパソコンにつないでCDのデータを入れてそのSDカードをナビに入れたら音楽が聴ける」と言う。

「そんな面倒くさい方法はいや。そんな方法じゃパソコンのない人はこまるじゃん。パソコンなんかなくても車中のナビとCDさえあれば録音できることなのに」と私が異を唱えると夫は「そういう方法もあるよ、ということでそうしようというわけじゃない」と言う。

「まだご飯を作るのに時間がかかるから、持っていくのを忘れた(のか置いていったのかは不明)CDを車に持って行って録音してきてよ」
「これから?」
「うん、これから。今のままじゃ次に私が車に乗った時に交響曲鳴らないでしょ。どうやらくんがナビを新しくすることには反対しないけど私は賛成の立場でもないの。私にとってだいじなのは日々運転の時に聴いている音楽がそのまま聴けることだから。それが失われるなら古いナビでこれまでどおりの音楽が聴けるほうがいい」
「わかった。行ってくる」

 そう行って夫は車に行ったがしばらくすると戻ってきて「CDを一度全部流さないと全曲録音できない」と言う。「そんなわけないと思うよ」と答えるがとりあえず夕食の支度ができたから食事をする。夫に「私が頼んだことが私にとってそれほどだいじなことだとは思っていなかったのかな」と尋ねる。夫は食事中なのに「そんなに言うなら今から行ってくる」と立ち上がろうとするが「食事を先にしよう」と制する。「CD1枚全部終わるまでおれ車の中におらんといけんのん?」と夫が言う。「録音そのものはそんなに時間かからないと思うよ」「どれくらい?」「さあ、もともとのCDの音質と録音側の音質設定にもよるんだろうけど、ちゃらい音質ならCD1枚で3分から5分、いい音質なら7分から10分くらいかな、パソコンに取り込むときのかんじは」

 夫は私からの依頼を軽んじた後ろめたさがあるからなのかそそくさと食事を終えるとCDを持って駐車場に行く。10分から15分弱程度で戻ってきて「3分では済まんかった」と言う。「でもずっと全部聴かなくても録音できたでしょ。オートバックスからうちまでが15分くらいだから帰りにCDを入れてくれたらそれでうちに着くまでに録音済んでたはずなんだけど」

 夫は自分の山へのナビ案内を新しくすることだけに夢中で私が日々の音楽環境に強いこだわりを持っていることには重きを置いていなかったのであろう。CDの録音は来週にでも気が向いたときにすればいいことでそれより早く聴きたいならみそきちが自分で録音すればいいことだと思っていたのかしらと言うと夫は「そのとおりです、すんません、わるうございました」と言う。夫には「私がCDを手渡して頼んだのにそのCDを置いて行くことも録音作業を来週以降に後回しにしようとすることもどちらも私のことや私がだいじに思っていることを蔑ろにしていることだと私には感じられてたいへんに残念な気持ちになることなんだよ」と伝える。

 夫が日曜日の夕食後に車の中で録音してくれた交響曲を次の出勤の時に聴くとこれまでのナビでMDで聴いていたものよりもこれまでのナビでCDで聴いていたものよりもずっとずっと音がきれい。夫が録音作業している間に私は新しいナビの取扱説明書のオーディオ部門を熟読した。それによると初期設定の標準音質録音よりもさらに高音質の録音ができ再生するときにも音の聴こえ方や臨場感を好みに設定できるという。

 夫がナビを付け替えてから一週間経った日曜に二人で野菜レストランにお昼ごはんを食べに行く。夫に運転してもらい、私は助手席でナビのオーディオ設定を行う。まず初期設定ではCDを挿入するととりあえずなんでもかんでも記憶していないものに関しては自動録音を開始するようになっているのを取りやめて手動で録音開始したときだけ録音するように設定する。録音音質を標準設定から高音質設定に変更する。一週間車の中で聴いていた交響曲をいったん消去する。持ってきたCDを入れる。録音を開始する。うちから野菜レストランに行くまでの半分くらいの時間(6分程度)で録音は終了する。オーディオを再生するときの音質や臨場感の設定をする。低音を強化するとティンパニやコントラバスがドスドスと響いてきてそれはそれで聴き応えがあるが長時間聴き続けるには向いていないかんじなので「聴き疲れしにくいナチュラル設定」というのを選ぶ。

 夫が「なにこれ今まで聴いていたのと全然ちがう。いや、ちがわんけど、これまで聴こえてなかった音が聴こえる。バイオリンの音に厚みと奥行きがある。バイオリンは弦で音を出してるんじゃなくてあの木のボディから音が出てきてるのがすごくよくわかる」と言う。

 そういうわけで新しいナビの道案内機能にはまだ私はお世話になっていないけれど、オーディオとはすっかり仲良くなった。このオーディオがあれば長時間の移動もぐんとたのしくなりそう。そして私は車の中でテレビを見る習慣も欲求もないのでこれまでのナビでは一度もテレビ機能やDVD再生機能を使ったことがなかったのだけど、今度のナビはドラマの音響や効果音を強化してダイナミックな迫力を味わえるような音を出す設定もあるらしいので、画面を見る目的ではなくドラマの音響を愉しむ目的で清盛のDVDを入れて聴いてみると自宅のテレビで再生して視聴するときとはまたちがう味わいがあるかもしれない。今度の夏の帰省のときのおたのしみおたのしみ。     押し葉

運動選手を応援する

 4月の後半に約1週間、夫は出張でアメリカ合衆国に行った。出張から帰ってきた翌日4月29日は祝日だったが夫の勤務先は日常の出勤日で夫もふつうに出勤した。翌日4月30日からはふたりで旅に出かける。

 旅の高速道路の道中で夫が「今回の出張で成田で乗り換えた時に山口茜選手に会った、バドミントン選手の」と言う。私は「名前までは知らないけどもしかすると私そのひとのこと知ってるかも。職場に貼ってあるポスターで見たことがある気がするの。ええと、どちらかというと小柄で体格のしっかりとしたショートカットの女子選手?」と問うと夫は「そうそうそのひとそのひと」と言う。

「でもどうやらくんはなんで成田で遭遇したそのひとがその選手だってわかったん?」
「いかにもバドミントン選手が遠征で移動中なかんじの服装だったし、まえにタウン誌かなにかで見たことのある写真とおなじ顔だったし」
「そうか、あのポスターの選手は地元の方だから今度の国体開催関係のポスターに起用されていたのね。それにしてもそれだけでそのひとだと特定できるなんてすごいねえ。私だったらきっとぜったいになあんにも気づくことなく素通りしてると思う」
「で、とっさに声かけて『山口茜選手、ですよね。僕も福井から来たんです。応援しています。握手してください』って言って握手してもらった」
「人違いじゃなかったんだ。それとも本当は人違いだけど『あー、よくそのひとと間違えられるんだよなー』と思いながらも握手してくれちゃったんかな」
「ちがうって。ちゃんと本人だったはず。でも『応援してます』って言いながら『あー、おれ、いま、嘘はついていないけど、これまでずっと熱心に応援してきたかというと全然そういうわけじゃないよなー、でも応援していないかっていうとそんなことはないから別に応援してますって言っても嘘じゃないよな』ってすごく葛藤した」
「大丈夫大丈夫それは嘘じゃないしそこで『特別応援しているわけではないんですけど握手してください』って言うよりはよっぽど失礼がなくて声をかけたからには適切な日本語表現だと思うよ。それにしても私がバドミントンの選手のことを知ってるなんてめずらしいじゃろ」
「うん、知っとるとは思わんかった、この話も、ふうん、で終わるかと思っとった」
「じゃろ。私の勤務先のトイレに貼ってある国体関係のポスターに女子バドミントン選手の写真がついてて、まえまえからこの方はどなたなのかしら、と思ってたの」
「うん、国体にももちろん出るやろう。でも、おれ、本人にそんなことよう言わんわ、『応援してます、うちの妻の職場のトイレにあなたのポスターが貼ってあるんです』だなんて」
「いや、そんなこと言う必要ないし実際全然言うてないやん。それに私の勤務先全店でトイレに貼ってあるわけじゃないのよ、ふつうになんかそのへんの壁にあんまりやる気のないかんじで貼ってあるところもあった気がする。あ、でも、ご本人には『やる気のないかんじで貼ってある』とかそんなことも言う必要ないよ。で、私が入るシフト先のうちの一個のお店はトイレが広くて快適でね、便座に座ったときにちょうど正面にそのポスターがゆったりと見えるから私の記憶にも残っていたの。でもそのポスターそのものは国体にむけてスポーツ関係のみなさんドーピングには注意しましょうね、スポーツファーマシストっていうドーピング知識に詳しい薬剤師のあたらしい資格もできましたから気になることがあったらスポーツファーマシストに相談してくださいね、って啓蒙するような内容で、そのバドミントン選手のことには細かく触れてなかったと思うなあ」

 旅から帰宅して数日後、夫が「応援してます、って言うたからにはプロフィールくらいは把握しておこうと思ってあのあとwebであちこち見たよ。名前も合っててよかったー、山口選手だとは思ったけど山崎だったが山田だったかうろ覚えだなーと思ってたからなー。この春高校を卒業して今は熊本の再春館製薬に就職したんだって」と教えてくれる。「実業団?」と訊くと「たぶんそうなんじゃないかな」と言う。ああ、じゃあ、どうやらくんとおなじ飛行機で成田に行って乗り換えたわけじゃなくて勤務先の熊本からの飛行機だったのかもしれないね。

 これで私も職場やどこかでまたあのポスターを目にしたら(今日の勤務先でも見てみたがやはりその選手の個人情報は名前もなんにもなにひとつポスターには記載されていなかった)そのポスターを見る限りにおいては「この方は山口茜選手、この春高校卒業後再春館製薬に入社してバドミントンを続けている」というデータが毎回脳内に打ち出されることだろう。しかし他の写真や映像や実物立体を見てもポスターのひとと同一人物だとは同定できない自信も満々。     押し葉

夫の五十のお祝いに

 本日のタイトルは『通りゃんせ』の『この子の七つのお祝いに』の歌詞を歌うメロディで読んでいただきたい。

 夫の誕生日プレゼントに予定していた蒟蒻キノコシャンプーが製造販売ともに終了になったため今年は何をプレゼントしようかと考えた。同じ会社の炭シャンプーのサンプルをもらって使ってみたら私が思いの外気に入ったので自分用に購入したが夫は「頭皮のかゆくならないにおわない感は舞健泉と同じくらいだけど洗いあがりが炭シャンプーのほうはちょっときしむなあ」と言う。シャンプーも相当実用的だけどさらにもっと実用的なものでなにかいいものがないかしらと思いを巡らす。

「どうやらくん、誕生日プレゼントね、コンドロイチンはどう?」
「やったー。それ大歓迎。毎日飲むし、買うと高いし、それをもらえるならうれしい」

 コンドロイチンZS錠という医薬品を夫と私はそれぞれに愛用している。購入するのは主に私の勤務先で従業員割引を利用して買い求める。夫に買ってきてと頼まれればお金を預かり職場で購入しレシートをつけて渡す。今回は誕生日プレゼントだから私の財布からお金を出すがいつもどおりラッピングもなにもなしで持ち帰る。職場で「コンドロイチン買いまーす」と言いながらレジを打っていると同僚の事務さんたちが「あれ、この前も買ってなかったですか」と言う。「この前のは私ので今日のは夫の誕生日プレゼントなんです」と答えると「ええええー、誕生日プレゼントにコンドロイチンですか」という声と「えええー、コンドロイチン共用じゃなくて各自別々なんですか」という声が。我が家ではコンドロイチンの瓶の蓋にそれぞれの名前の頭文字(ひらがな)が書いてあり自分の瓶のコンドロイチンを飲む。うっかり買い忘れてなくなったときには相手に頼んで数錠分けてもらったり分けてあげたりすることはあるがそんなことはめったにない。

 持ち帰ったコンドロイチンZS錠を夫に手渡すと夫は「ありがとう」と歓ぶ。「これまで毎年買ってもらってたシャンプーの約三倍の値段かー」と感慨深げだ。コンドロイチンを飲んでいると夫は山歩きをするときの関節がラクらしく私は腰痛になりにくい。もちろん膝関節足首関節首関節なども滑らかに作動しやすく眼球の潤いも飲んでいるほうが調子がよい。ただコンドロイチンは蒟蒻シャンプーに比べるとプレゼントを贈る側である私の気持ちのワクワク感のようなものが少ない気がした。しかし贈る私のワクワクが大きくても『フルート妖怪の参上と退散』のようなことになるとあとの落胆も大きいから、贈る側にももらう側にもいろいろとちょうどいい贈り物ができるといいなあ。     押し葉

蒟蒻シャンプーさようなら

 以前ここで書いた「お誕生日のお祝いに」の蒟蒻キノコシャンプーをその後も夫はずっと愛用しており近年は夫の誕生日プレゼントはこれと決まっていた。今年ももうじき4月になり夫の誕生日がくるからそろそろ購入の手配をしましょうと販売会社のサイトに赴く。そして「舞健泉(まいたけせん)」の文字をいそいそとクリックする。するとそこには見慣れたシャンプーの写真は掲載されているものの「販売終了」の文字が。

 夫に「どうしよう。今年もプレゼントするつもりだった蒟蒻シャンプーが販売終了になってる」と伝える。夫は「製造も終了したということなんかな」と言う。どうなんだろう、と、シャンプー本体を持ってきて裏側の製造者を見る。販売者とは別ではあるのだけどwebで調べてみるとこのメーカーの製品を販売する部門が別部門として別会社の形になっているだけでどこか別の販売ルートがあるというわけではなさそう。

 いつもwebで購入していたのでここの販売店に電話をかけることはなかったがもしかするとなんらかの形でどこかで手に入る情報が得られるかもしれないし代替になる製品情報に出会えるかもしれない。メールで問い合わせる方法もあるけど今回は電話をしてみようと決めて電話する。結論からいえば在庫限りで販売終了となり既に在庫はなく再販の予定もなく製造も終了している、本当に本当にごめんなさい、ということだった。そうですか、たいへん残念ではありますが、これまでよい商品を提供してくださってありがとうございました、とお礼を述べて電話を切る。

 夫には「製造も終わったんだって」と伝える。夫が作った白菜と豚肉のミルフィーユ鍋で夕食を摂る。そういえばこの会社の製品で以前炭のシャンプーのサンプルをもらったことがあったかも、と思い出す。当時そのサンプルを使ってみたけれど蒟蒻キノコシャンプーの素晴らしさには及ばず採用しなかった気がする。蒟蒻キノコシャンプーは育毛効果も謳っているがなによりも頭皮を清浄にする効果が高くてこのシャンプーで洗うと数日経過しても頭の痒みを感じないという点を夫は高く評価している。実際に彼の抜け毛は随分減ったと思う。しかしもう存在しないものは求めても仕方がない。これはこれで我々になにか次のステージへ移行しなさいというお告げでもあろうから何か新しき佳きものとの出会いが近くに来ているのかもしれない。

 夕食を終えてからもう一度蒟蒻キノコシャンプーの販売会社に電話をかける。電話に出てきた方は先の電話でのオペレーターさんとは別の方。

「先ほどオペレーターのハセガワ様に担当していただいた者なのですが今一度ご相談したいことがありまして再度お電話差し上げました。登録電話番号を申し上げます」
「どうやらみそ様ですね。恐れ入りますがご本人確認のためにご住所を教えていただけますでしょうか。はい、ありがとうございます。どういったことでお電話いただきましたでしょうか」
「これまで愛用しておりました舞健泉スカルプシャンプーをwebで再度購入しようと思いましたところ販売終了と表示されていたものですからお電話を差し上げましてどこか別のところででも購入する方法はないものかとご相談いたしましたところハセガワ様からは既に在庫もなく販売も製造も終了しており再販の予定もないとのご案内をいただきましてそうですかとお礼を申し上げ先ほどの電話は終えました」
「そうでしたか。これまでご愛用くださいましたのに誠に申し訳ないことでございます」
「ええ、このシャンプーですと頭皮が痒くならずたいへん気持ちよく使えていたものですからとても残念ではあるのですが、今後舞健泉スカルプシャンプーの代わりとなるシャンプーをさがすにあたり、御社の炭ミネラルシャンプーのサンプルをいくつか送っていただくことができたらと思いまして」
「はい、かしこまりました。サンプルのご用意は可能です。ただお一人様につき2点のみという制限がございますので2回分のみのお送りとなりますがご了承いただけますでしょうか」
「はい、もちろんです、助かります」
「それではお送りするご住所は登録のご住所でよろしいですか」
「はい、お願いいたします」
「舞健泉のスカルプシャンプーは育毛効果が優れたシャンプーということで販売しておりましたが炭ミネラルシャンプーのほうにはそういった成分は含まれてはおりません。ですが頭皮をすっきりとケアするという意味ではたいへんおすすめの商品ですのでぜひお試しくださいませ」

 そういうわけで以前にもサンプルをもらって使ったことがあるかもしれないけれどどんな使い心地だったかの記憶が定かでないのでこのたびあらためて送ってもらう炭ミネラルシャンプーが届いたら使ってみよう、というか夫に使ってみてもらおう。そしていいようであれば今年の誕生日プレゼントは炭ミネラルシャンプーにしもうひとつであれば次なるよきシャンプーを求めて彷徨う旅路をともに歩む私の気概と勇気をプレゼントすることにしようか。     押し葉

いとしの桜餅

 我が家の居間にかけてあるカレンダーには毎月何かおいしそうな食べ物の写真がついている。1月はちらし寿司、2月はみかん、3月は桜餅。ついでに4月以降もめくってみると、4月は西京焼き、5月は和菓子の詰め合わせ、6月はさくらんぼ、7月はうなぎ、8月はメロン、9月は果物盛り合わせ、10月は土鍋で炊いた白米、11月はおでん、12月は蟹海老いくら帆立雲丹。

 3月になってからこのカレンダーの前を通るたびに『桜餅おいしそうだなー食べたいなー』と思っていた。そう思っただけで口に出したことはなかったのだけど、ある日夫がそのカレンダーを見ながら「桜餅おいしそうだなー食べたいなー」と声に出して言うから「うわーどうやらくんも? 私もずっとそう思ってた」と言いふたりで「おいしい桜餅食べたいね」と話す。

 何日かして夫が「うちの近くの安倍川餅のお店でも桜餅売ってるんだって」と言う。webを眺めていたら遭遇した情報らしい。じゃあじゃあ買ってみようよ、でもあそこは安倍川餅もお昼すぎて行くと売り切れててもうないことが多いから早いほうがいいよねきっと。

 日曜日には一週間分の食材買い出しに出かける(週の途中の木曜日に生協さんの配達はある)。たいていは午後になってから出かけるがこの日は朝10時過ぎに家を出て安倍川餅屋さんに立ち寄る。桜餅、ある。5個で650円。うわあ、なんてきれいな桜餅なんだろう、とうきうきわくわくした気持ちを抱えつつ車の中に桜餅を置いてスーパーでの食材買い出しに励む。

 帰宅して食材を片付けるところに片付け緑茶を用意する。袋から桜餅を取り出しただけでふわーっと桜の葉の香りが漂う。桜餅が入っているパックを開けるとさらにぶわーっと香る。薄桃色のもち米がピカピカつやつやとしていて一粒一粒が立っている。桜の葉の塩漬けは緑と茶色の間の色で繊細な葉脈が広がる。中のあんこはこしあん、滑らかで軽やかでこれならいくらでも食べられそう。

 「うわ、すごい桜餅のにおいがする」と言いながら居間に入ってきた夫に「私こんなきれいな桜餅を見たのは初めて。私の人生の中でこの桜餅は最高峰だと思う」と伝える。夫は「どれどれ」とパックを開け「うわ、桜餅の香りがすごいな」と言う。夫は一口二口三口ほどで一個の桜餅を食べつくし「うまい、これはうまい」と続けて二個目を食べる。私もその勢いにつられて一緒に二個目を食べる。夫が「桜餅の桜の葉っぱっておいしいよなあ、この葉っぱがないよりもあるほうが格段にうまいけど、おとなになるまでこの葉っぱが食べられるって知らんかった。この葉っぱの塩味とあんこと餅の甘さとの兼ね合いが素晴らしいのになあ」と言う。

「私も小さいときは桜餅の桜の葉っぱはどちらかというと苦手でいつもわざわざ外して食べてたよ」
「でもそれは葉っぱを食べられるのを知ってて外しとったんじゃろ?」
「うん。私が葉っぱを外すと母や祖母が『その葉っぱがおいしいのにもったいない』って言うんだけど、だからといって母も祖母も私が剥がした葉っぱだけを好んで食べることはなかったなー」
「それはないやろ」
「どうやらくんはいつから桜餅の葉っぱも食べるようになったん?」
「結婚してからじゃないかなー、うちはとうさんもかあさんもみんな桜餅の葉っぱはむいて食べてたから誰もこの葉っぱが食べられるって知らんのんちゃうかな」
「え、そうなん? それならどうやらくんがおとうさんとおかあさんに桜餅買ってって一緒に食べて葉っぱも食べられることを教えてあげたらいいのに」
「うーん、でも桜餅の時期におれが広島にいることってないからなー、いたとしても桜餅のこと思い出してわざわざ買うとも思えんし」
「結婚してから葉っぱも食べるようになったって言ってたけど私達がどこに住んでいたときのことなん?」
「うーん、それはおぼえてない。けど『あー、このひと葉っぱまで食べようる』と思ってそのときから食べるようになったのはおぼえてる」
「そのときに私に『桜餅は葉っぱまで食べられるん?』って訊いたりした?」
「それもおぼえてない」
「じゃあ、私が『食べられるよ、一緒に食べたほうがおいしいよ』と説明したかどうかも」
「おぼえてない」

 結局この日は5個入りの桜餅のうち夫が2個私が3個食べた。

 我が家の近くの安倍川餅屋さんの安倍川餅はおいしいからときどき買って食べるのだけど、春に桜餅を買って食べるのは初めてのことで、こんなに美しくておいしい桜餅の存在をこれまで知らないままでいたとは、なんてうっかりしてたんでしょう、と思う。この春のうちにもう何度かこの桜餅を買って食べたいね、と夫と話し、翌週にはまた買ってきて今度は夫が3個私が2個食べる。

 大きさといい形といい香りといい味といいその存在すべてが美しくおいしい桜餅だからと今週の日曜日にも夫が買い求めに行ってくれたのだが「すみませんね、今日はお彼岸のお菓子作りが忙しくて桜餅は作らなかったんですよ」ということで購入できず。翌日夫が山に行っているあいだに午前11時頃私があらためて買いに行ったのだが「ごめんなさいね、今日の桜餅はもう売り切れたんです」と言われる。「桜餅の販売はいつごろまでなんですか? 桜の花が咲く頃までですか?」と尋ねると「うーん、どうでしょうねえ、なんとなくですが入学式の頃まではやってますねえ」とのこと。ということは4月の6日頃までなのだろうか。

 そして今日は仕事が午後からで午前中用事があって出かけたついでに安倍川餅屋さんに立ち寄ってみたら桜餅の最後の1パックが店頭にあり「桜餅ください」と650円を財布から出す。持って帰り緑茶をいれ桜餅をしばし見つめてその姿と香りの美しさにうっとりとしてからはむっと噛む。緑茶と一緒でももちろんおいしいけれど、ここの桜餅は緑茶なしでもそれだけでもさわやかでのどごしがよい。おいしかったー、と満足して元気よく出勤し仕事に励む。仕事を終えて帰宅したら桜餅の元気の余韻の勢いで夕ごはんをこしらえる。ちらし寿司(瓶詰めの素を混ぜるだけ)とほうれん草の卵炒り、豚肉とニンジンと白菜の汁多めの中華炒め煮、くるみ小女子、真空パックを開封するだけのあさりの佃煮、筍入りおから、筍の有馬煮。夫が筍の有馬煮を食べて「うわー、この筍の山椒ようきいてるなー」と言う。

「それ、筍の有馬煮だよ。なんでかはわからんけど私の中で有馬煮といえば山椒味の煮物だと思ってるなあ」
「へえ、そうなんや、有馬煮、と言われてもおれはなんも思いつかんな」
「有馬といえば有馬温泉、温泉といえばー、で止まる?」
「いや、そこまでも連想せんなー、有馬煮、ということは馬が関係してるんかなー、と思えば思うかな」
「ええー、有馬ときて馬かなーはないやろ。有馬地方のことについて私は全然詳しくないけど、もしかすると山椒の産地なんじゃないかな」
「有馬くらい山の中やったら山椒はありそうだけどそうなん?」
「いや、知らんけどなんとなく。私が勝手に有馬煮といえば筍にかぎらず山椒の実がいっぱい入った煮物だとイメージしているということはどこかでそういう体験があるからじゃないかなーと思って」

 そして食後には桜餅。見た目がかわいくて美して芳しくておいしくていとしい桜餅。     押し葉

詐欺顛末

 日曜日の夜、私の携帯電話が鳴る。義母の携帯からだ。「はい、みそです、こんばんは」と電話に出る。義母は「息子(名前で)は熱を出して寝とるん?」と言う。夫ならこたつに入ってパソコンで遊んでいるけれどおかあさんはいったい何を言っているのかしらと思いつつ「熱は、出てないですねえ。今日も元気に山に登りに行ってきちゃったですよ」と言う。義母は「ありゃあ、じゃあ、さっきの電話はどういうことじゃろうか」と言う。義母の説明によると夫の名前を名乗る人物から義母の携帯電話に電話がかかり「インフルエンザにかかって熱が出て寝込んでいるんだけど携帯番号が変わったから知らせようと思って」という話があり、義母は息子の声とはちがうなとは思ったもののインフルエンザで喉がやられていればそういう声になるかもしれないと思い「大丈夫なんね?薬は飲んだん?病院には行ったん?」とふつうに会話し「気をつけんさいよ、だいじにしんさいよ」と電話を切ったあと義父と「そんなにひどいなら救急車を呼んでやったほうがいいのではないか」と話し合ったところで、ふと、いや待て、これはみそさんに確認してみよう、ということになり電話をしてきたのだという。

 救急車を呼ぶといっても広島で119番に電話して北陸の救急車の手配が果たして可能なのだろうか、息子を名乗る人物からの電話に関する確認を実の息子ではなく嫁にするのはなぜなのか、など気になる点はいくつかありはするとはいえ、とりあえず確認してみようと思いついたおかあさんそれだけでえらいえらいと内心で褒め称える。

 夫と電話を代わり、夫が「おれは元気。携帯番号も変えてない。その電話はそうやって電話番号を知らせてその番号が息子だと思わせておいて後日事故をしたからとか入院するからとか警察に捕まりそうだからとか言ってきてお金を要求してくるのが手口じゃけん、その番号からの電話にはもう出ないようにするか着信拒否設定したほうがいいけどやり方がわからんかったらえりり(夫の妹)に訊いたらええけん」と説明すると義母は安心したようす。

 夫と義母が話している間に私は義妹にメールを書いて送る。今義母から聞いたことと夫が説明したこととこのあと義母からえりりちゃんのところに相談があったらそういうことだからよろしく、と。夫が電話を切ってしばらくすると義妹からメールが入る。「いまおかあちゃんから電話があったよ。明日休みじゃけん早速行って拒否設定してきます。かかってきた番号は警察にも届けておく」とのこと。

 義妹は翌日の午前中には最寄りの警察署に立ち寄りこういう場合にはどのように対処したらよいかの指南を受けてから義母のもとへ向かう。義妹がそんなに素早く動いてくれたのは義妹のフットワークが軽いからというのもあるが彼女としては離婚した元配偶者が犯人の可能性もあると思うところがあるからのようだった。たしかに義妹の元配偶者は金銭トラブルが多くそれが離婚の主な原因だったとは言えるし義母の携帯電話番号という義母本人でさえ知らない電話番号(義母は自分の携帯電話番号をどうすればディスプレイに表示できるかも知らない)を電話帳登録などなんらかの形で知っている人物はごく限られており義母の携帯番号だけでなく夫の名前も併せて知っている人物となるとさらに限られてくる。その点と義妹の婚姻中義母の携帯電話が今の番号だった(義妹の元配偶者も義母の携帯電話番号を彼の携帯電話に登録していた時期がある)ことを考え合わせると義妹の元配偶者が実行犯ではないにしても情報流出源かもしれないと疑いたくなる気持ちはわからなくはない。

 義妹は義母の携帯電話に「登録電話番号以外着信拒否」という設定をしてくれた。これで義母の携帯電話番号宛に電話をかけることができるのは義妹と私達夫婦と義母の姉(夫と義妹にとっては伯母)と義妹の息子たちふたり(義母にとっては孫)のみ。義母の携帯電話はもともと義妹が義母に連絡を取りやすくするために契約して義母に持ってもらっているもので料金を支払っているのも義妹だ。だから義母も身内と通話する以外にその携帯電話を使うことはなく身内以外の人に電話をかけるときは自宅の一般電話を用いる。

 電話で詐欺を働く場合の脚本は子の健康を案じる親心と子から電話がかかってくると嬉しい親心に絶妙に付け込む構成になっているのだろうなあと感心する。そして娘からの電話ではなく「息子から母への電話」というところがこういう詐欺においては重要なポイントなのかもしれない。『オレオレ詐欺』というのは聞いたことがあっても『アタシだけど詐欺』というのはあまり聞かない。「母親としては娘ももちろんかわいいけど息子は…かわいんですよう」と娘と息子をひとりずつ持つ同僚が言っていたのを思い出すとなおのことそんな気がしてくる。

 義妹は「電話は『オレオレ』とかかってきたのにおかあちゃんが勝手におにいちゃんだと思い込んでおにいちゃんの名前を口走って相手に名前がばれたんかもしれんけんそのへんの詳しいことも確認してみる」と言っていたが確認した結果詐欺は最初から夫の名前を名乗ったとそれはたしかだと義母が言うというので今回のケースはそうであったのだろう。しかし夫は実家に電話をするときにまず名前を名乗らない。『電話をかけたらまず名を名乗る教』の信者である私としては夫にもしつこく布教を続けているが布教の甲斐はほぼまったくなく夫は実家に電話をかけても『オレオレ』とすら言わずいきなり用件を話し始める。そのことを鑑みると律儀に名を名乗って電話をかけてくるというところからして息子としてそもそも怪しいよねお義母さんという気持ちになる。

 今回は義母が『とりあえずみそさんに確認してみよう』と思いついてくれたおかげでその後の金銭要求にまで至ることなく済んだが、その後の一連の流れで『あの家は年寄りの二人暮らしだけどすぐに子どもが出てきて警察に届けたり着信拒否したりするから詐欺のカモとしては不適切』だという情報を詐欺業界でぜひとも周知徹底し詐欺対象リストから激しく外してもらいたい。     押し葉

暖気の通り道

 ガスファンヒーターを使うようになり我が家の電気代は減った。夜10時頃まではガスファンヒーターを利用し布団に入る少し前にエアコンに切り替える。翌朝起きたらエアコンを消しガスファンヒーターをつける。出勤時等の外出時にはガスファンヒーターを消して帰宅したらまたつける。ガスファンヒーターだからスイッチを入れるとすぐに暖かい空気が出てきて瞬時に部屋がぬくもる。エアコンの場合はスイッチを入れて暖かい空気が出てくるまでに時間がかかる。暖かい空気が出てきたとしても部屋と体が暖まるまでにはさらに時間がかかる。だから真冬の冷え込む時期はその日のうちに帰ってくる外出であればエアコンを16度設定くらいでつけたままにして日中暖かいときは自動で止まってもらい帰宅した時にも家が冷えきっていないように、帰宅してもすぐに食事の支度をしたりいろいろ活動ができるように調整をしていた。家の中の空気が冷えきっていると仕事の疲れと寒さで食事を作るための活動が速やかに円滑に行えず寒いからご飯が作れない、ご飯が作れないから食べられない、食べられないから体が寒いまま、というよくない循環の中で時間を経過させることになる。それがガスファンヒーターを採用してからは、帰宅した時に家が寒くてもスイッチひとつでぼわんと暖かくなるから、私も『あったまるまで動けない生き物』になることなくそれなりに速やかに家のことができる。

 これまでに比べると電気代が例年よりも六千円ほど安くなった。ただし現在は原油価格が安くなっているので電気代の単価も安くなっている背景があり電気使用量だけが劇的に減少したわけではない。それでも昨年の同じ時期よりも六千円安いのは『やったー』という気分。しかしこれでガス代がガスファンヒーター使用により六千円以上高くなっていれば出費としては増える。それでもガスファンヒーターでこれだけ快適になったことを思えば安くなった電気代の価格を上回るガス代になっていたとしてもそれはそれで快適のための投資としてお支払いしたいくらい。でも光熱費がこれまでよりも高くなるよりは安くなるほうがうれしい。どうかなどうかなと思いつつガスメーターの検針を待つ。玄関ポストに入っていたガス代のお知らせを見る。そして昨年の同じ時期と比較すると二千円程度高い。電気代が六千円安くなりガス代が二千円高くなったということは我が家の光熱費は総合で四千円くらい安くなったということか。いやいや、ガス代のほうも原油価格が安くなった影響で単価が下がっているから今のガスの使い方と使用量でガス代がいつもこのくらいというわけではないだろうが、それでもこの差額には『やったー』と小躍りしたくなる。

 ガスファンヒーターを使うようになりエアコンの使用時間が減っただけでなく洗濯機の乾燥機能の使用が激減した。というのもガスファンヒーターを使うとファンヒーターから出てくる暖気の流れ道の空気がこれまでよりも乾燥する。従来設置していた加湿器だけでは人体の乾燥感が大きく暖かい快適があるとしても乾きすぎる不快を耐える気はなく加湿器を置く場所や設置台数等検討した結果、洗濯を終えたタオル類を腰の高さくらいの物干しハンガーにかけてガスファンヒーターの温風の通り道に置いてみることにした。すると空気がしっとりしてなおかつガスの炎が暖かくたいへん快適になった。しかも物干しに干したタオルがたいへんによく乾く。乾燥機で乾かしたときのようなふっくらかんわり感はないが夏の天日に干したときに近いぱりっとさらっとした仕上がり。タオル類以外のものはこれまでどおりサンルームの物干し台にかけて除湿機と扇風機の風を当て乾かす。

 この冬夫とは何度も「ガスファンヒーターいいなあ」「ガスファンヒーターいいねえ」と言い合いながら暮らしている。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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