みそ文

乳がんの精密検査をもう一度

 今暮らしているところでは私くらいの年齢の女性には二年に一度乳がん健診のクーポンが年度のわりと始めの頃に届く。マンモグラフィーの検査を自己負担金千円で受けられるというもので、このクーポンが届いた年度には乳がん検診を受けるようにしている。一年おきの検査で一昨年の前回は異常なく、四年前の前々回も異常なく、その前の年のなんとなく二年待たずに検査を受けたい気分のときに乳がん検診受診券を自治体から送ってもらい検査を受けた五年前には要精検の結果が出たため大きめの病院でマンモグラフィーと超音波検査を受け直しその結果異常なしであった。そして今回また要精検となった。

 五年前に最初に要精検になったときには『うーん、まずいなどうしよう』という気持ちになったものだが五年の間に職場の同僚たちの何人もが要精検になり精密検査を受け異常なしあるいは要経過観察の結果をもらって帰ってくるのを見たこともあって今回自分の五年ぶりの要精検に対して湧いた思いは『えー、またー?』だった。

 面倒くさくはあっても要精検の結果が出たものを放置しておくわけにはいかない。前回要精検の結果が出た時に受診した少し大きめの病院の受診券を五年ぶりに取り出し受診の段取りをつける。といってもここの病院は特段予約が必要なわけではなく、平日の午前中ならいつでもいいよすきなときにきて、というところなのでそのシステムが五年前とかわっていないかどうかの確認をするだけで済む。

 乳がん検診を受けた女性クリニックで受け取った紹介状と預かったマンモグラフィーの写真を持って金曜日の朝に行ってみた。『紹介状のある方はこちらに』という窓口がありそこですみやかに受付をしてもらえる。診察室では「左乳房のここのエリアに10%の確率でがんがあるかもしれない、という結果だったようですね。乳がん検診でのマンモグラフィーの写真は二人の医師でダブルチェックするシステムですがふたりともが同じ場所でそう見立てているという結果が来ています。ただマンモグラフィーを受けた当日のホルモンの状態によってこういうものが写りやすいときというのもありますので、今日はまた新たにマンモグラフィーで写真を撮らせてもらってそのあと超音波検査でさらに詳しく見てその結果必要そうであれば細胞を採取して検査に出す、という手順で検査していきたいと思います」と説明を受ける。

 診察室を出てマンモグラフィーの機械があるところで撮影をする。技師さんは何度か「痛いかもしれませんが少しだけ我慢してくださいね」と言いながら乳房を片側ずつ寄せてまとめては撮影板に挟み込んでくださる。しかしマンモグラフィーを受けるたびに思うのだがなんだか年々マンモグラフィー撮影時に感じる痛みが少なくなっている。むかし最初に受けた時にはなんと痛いと思ったが今は若干のひっつり感は覚えるものの痛みはほぼまったく感じない。これは技師さん全体の腕が向上しているからなのかマンモグラフィーの機械が痛みを感じにくい構造に進化しているのか、私の体がマンモグラフィーに慣れて痛いと感じなくなってきたのか、の、どれかなのかどれもなのか。

 乳がん検診で要精検になったのは左乳房であったが検査は両方の乳房で受ける。超音波検査のときに右乳房の特定の場所に何度も機械を当てられ、なにか見えるのかしら、とうっすらと思うものの検査室の薄暗さと暖房の加減でとろとろと眠くあまりはっきりとはいろんなことを考えられない。

 超音波検査を終えたらまた診察室前の待合椅子に戻る。この病院の待合スペースの天井には天窓が設けられており陽の光が入ってくるのがなんとも心地よく明るくて持参の小説の読書が捗る。名前を呼ばれてから診察室に入る。今回の検査では乳がん検診で指摘のあった部位には異常はなく、乳がん検診では異常の指摘はなかった右側乳房にしこりのような塊が見られるという結果だったとのこと。ついてはここで再度一緒に超音波画像を見て位置としこりの大きさを確認し細胞を採取して検査に出したいという説明。

 診察台の上に横になり機械でその部位を写す。そしてその部位を自分の指の腹で触り確認するよう促される。しかし先生が「この画面で見ると大きく見えますがこの画面の左端に付いている目盛り一目盛りが1cmですからしこりの大きさは4mmなんですね。4mmくらいではなかなかセルフでの触診ではわかりにくいかもしれません」と言われるとおりなんだかよくわからない。位置の確認を済ませてから細胞採取用の針を刺す。画像の中の塊に棒状のもの(吸引針)が刺さる。針にはチューブと吸引器のようなものがつながっているらしく診察を補助してくださる方が「引きます。動かします」などと言いながら吸引器を操作すると画像の中の塊の中身がだんだんと吸い取られる。

 細胞診の結果が出るまでに1週間かかるのでまた来週結果を聞きに来てください。今の段階ではなんとも言えませんが、可能性としてあるのは3種類で、腫瘍でもなんでもないただの乳腺症、良性の腫瘍、悪性の腫瘍です。しかしたとえ悪性の腫瘍だとしても4mmのサイズであれば超初期のものですから手術で切除するとしても乳房は完全に温存の形になります。との説明を受けてから帰る。

 そして今週の金曜日にその結果を聞きに行った。できれば自分が担当している曜日に来てもらえたらという先生の担当日である水曜と金曜のうち検査結果が出ている金曜日に予約が取ってあったのでその時間帯に。行ってみると「申し訳ないのですが担当の医師は本日急病で休んでおりまして、代わりの医師の診察になりますがよろしいでしょうか」と受付で案内を受ける。ええ、ええ、結果さえ聞ければどなたでもかまいませんわ、と思いつつ「はい」と答える。そして内心で『ああ、先生インフルエンザに罹ったのかな』と思う。

 代理の先生の説明によると検査結果は良性の腫瘍だったとのこと。念のため半年後に再度マンモグラフィーと超音波検査で経過観察をしておきましょうとの提案(もともとの担当の先生がカルテに記入しておられた提案)で半年後に予約を入れる。

 今回要精検になり精密検査を受けた段階ではその日のうちに異常なしと結果がもらえるだろうとたかをくくっていたのだが、別の箇所にしこりが見つかり細胞診を受けることになったことで、そういえば最近胸の保温を怠っていたかもしれない、これは乳房を(乳房に限らず全身に必要なことだけど)もっと積極的に保温してケアしなさいというお告げだったのだろう、と思うようになり、しばらく放置していたシルクの胸パッドをその後毎日乳房の上にあてて保温に努めるようになった。そうやってシルク胸パッドで保温してみるとそれまではたしかに乳房冷えていたわうっかりしていたわと思い至りこんなに冷えていたのではそれは病気のがんにもなりやすくなることでしょうと思う。シルク胸パッドを当てているとほんのりほんわり温かくなんだかとても気持ちがいい。この気持ちよさが好きでこのシルク胸パッドを買ったのにこの冬の温暖な気候でせっかくのシルク胸パッドの存在を忘れていたけれど今回の精密検査でシルク胸パッドの存在とその気持ちよさを思い出すことができてよかった。めでたし。

 
    押し葉

名前の交替

 マンションの大家さんがかわって外壁が洗浄され塗装がきれいになりそれらの作業を行うための足場とその周りのネットが撤収された。10月から工事が始まり11月12月と3ヶ月弱かけての工事であった。マンションをぐるりと囲む足場とネットがなくなるとなんだか見晴らしがよくてのびのびとした気持ちになる。ただこれまでネットのおかげでなんとなくほんのりとマンションの中が暖かく「この冬は寒さが穏やかだけどうちにいるとさらに暖かく感じるね」と思っていたのがネットがなくなるとそれなりに外気の冷たい風が直接建物にあたるからなのか例年ほどではないとはいえそれなりに寒く感じるようになった。

 マンションの管理会社から、工事が終了いたしました、のお知らせの紙が郵便受けに入っていた。きれいにしてくださってありがとう、と思いつつ読み進めると「持ち主様の意向によりマンションの名称が変更となります。これまでの名前に馴染みがあることとは思いますが1月1日からは新しいマンション名をご利用ください」と書いてある。大家さんが変わってマンションがきれいになるのは知っていたけどマンションの名前まで変わるとは思っていなかったため思いがけない感があるがその名前を用いることで新しい大家さんがこのマンションの経営に意欲的に思い入れをもって取り組むことができるのであればそれはそれでいいんじゃないかな。

 しばらくは馴染みの配送業者さんもここのマンションの名前はこれまでの名前で認識されているだろうし、通販関係に登録しているマンション名はもうしばらくしてから、思い出した時に住所等の登録内容の変更手続きをすることにしよう。     押し葉

快適の要件

 最近よく思うのは、これまで生きてきていまが一番快適だなあということ。ここまでくるのにずいぶん長くかかったがここまでこれて本当によかった。頭痛や皮膚のかゆみがほぼない状態で暮らせる日々が続くなんてむかしは思いつきもしなかったことで常時どこかが痛いか痒いかなのが標準の状態だったけど、もしも私がかつての自分のところに出向いて「あなたが今食べてるそれやめると頭痛がほぼなくなるよ」と伝えたとしても当時の私はその食べ物が好きすぎて素直にやめることはできないのだろうと思う。小さい頃の私に直接言ってもだめならその当時食事の内容の決定権を持っていた親に「この子にはこの食材を外してやったほうがいい」と話したとしてもなかなかじゃあそうしてみましょうとはならないだろうとも思う。そんなことしたら食べられるものがなくなるじゃないかと聞いた方は思うだろう。

 食べ物に限らず日々使うタオルにしても衣類にしても親元で暮らし家族全員の洗濯を担当していた頃には思いつかなかった工夫ができるようになったのは結婚して時代が進んでいろんな選択肢に出会えるようになってからのことで今自分が自分に与えているこれらの工夫を親が子に対して施してやるのはなかなか難しいのだろうなと思う。もちろん親は親なりにできることはしてくれる。いろんな病院に連れて行き薬を与えその他有用と思えるアドバイスを得て「なかなかよくならないねえ」「ちょっとはよくなってきたかな」などと言うことはできても根本的な生活環境の調整というのは親自身の生活習慣にも手を入れることになることで我が子のこととはいえ我が事ではないことに関してはあんまり着手しない、するひとはするけれど生活が激変しない範囲でということになりやすい、中には必要ならばと家ごと建て替えたり引っ越ししたりよいと思えるものを積極的に導入し激しく工夫と実践をする親御さんももちろんおられるがそれは多数派というわけではないだろう。この子はそういう弱い個体だと認定するなり弱いながらもそこそこ一応生きてはいるからまあよしとするなりいろんな要素を鑑みて各自各家庭で折り合いをつける。それは意地悪や虐待ではなくてそれ以外のやり方を知らず思いつかないだけで、できる範囲のことはやっており、それまで知らなかった手法を知って一時的に採用したとしたとしても少しよくなったようななんとなく治ったような気がすればそのやり方は終了して元の自分たちの生活習慣に戻す、そのほうが馴染んでいてやりやすいし金銭に限らずいろんなコストが少なくて済むから、暮らしが円滑にまわるから。

 親が馴染んでいる生活習慣以外の習慣の在り方を子に与えるのは親自身の生活習慣の変更も伴うが、自分が自分の生活習慣の在り方を見直し変更するのはわりと自由に差配ができることであるにもかかわらずそれをするにはやはり多少の気概や覚悟のようなものが必要になる。それまでそれが通常であったあたりまえの馴染んでいることを変更するにはとまどいや抵抗が伴うものだから。本人としてはおもしろそうだなやってみようと思うことであるとしても同居の家族がいればその家族の暮らしにまで多少の変化が生じることもある。それでも、おとなになり自分で稼ぎある程度以上の自由な経済力を持ち自分の体を観察し感じ考えなにをどうしたら快適になるのかを工夫し実働しその結果を見てまたさらにそのやり方や在り方を工夫し改善を重ねるのはそういう手間ひまをかけることその手間ひまにかかる思考力や胆力を養う訓練の蓄積があることなどいろんな要件が必要になることなのだろうなと思う。     押し葉

大家さんの交替

 マンションの大家さんがかわった。これまでの大家さんはもともと左官さんだったらしいと聞いていてマンションの外壁内壁廊下床などの壁塗りはとても熱心な方だったのだけどそれ以外のことに関してはあまり熱心ではなかった。たとえば共用廊下の天井の電球が切れて暗くなった時に管理会社に電話して電球の交換をお願いしても一週間経っても二週間経っても交換してもらえず「まだでしょうか、いつごろ交換していただけますか」と管理会社に確認の電話をするとすぐに大家さんから「そんなに急ぐんですか!」と電話がかかってくることがあったくらいに壁塗り以外のことに関してはゆっくりとしているというかほぼ放置されていた。
 私にとっては共用廊下の電球がちゃんと点灯するかどうかはだいじなことなので切れたらすぐに連絡して交換してもらいたいほうだけど、大家さんと同じように共用廊下の電球はついていてもついていなくてもそれほど気にならない住人のひともいて、うちの両隣の部屋の前の共用廊下の電球はもう一年以上切れたままだけど切れたままでずっと交換されることなく、廊下電球の明るさがあるから帰宅した時にバッグから鍵を出すのもらくだし、宅配の荷物を受け取るときの伝票の内容を確認するのもらくなのに、あんなに薄暗くても平気なひとは平気なのだなあ、と感心しながら、今度うちの電球が切れたときには両隣の電球もずっとまえから切れています一緒に交換してくださいと伝えようと思っていた。

 それが、新しい大家さんにかわりました、という案内の紙が配布されてすぐに、その両隣の共用廊下電球が交換されちゃんと点灯するようになった。両隣だけではなくて、それまでは夜に外を歩いたときにマンションを見上げると共用廊下の電球がついているところとついていないところとが飛び飛びにあるのが見えて、なんとなくここのマンションイマイチだなあ感があった。それが全部の共用廊下の電灯がきちんとついているとなんとなく治安がよさそうというかきちんとメンテナンスされている良好物件なかんじがする。

 夫に「新しい大家さんやる気のあるえらいひとなんかもしれん。ずっと消えたままだった共用廊下の電灯が交換されて廊下が明るくなったんだよ」と話すと「えらくなくてもやる気があってもなくてもそこはきちんとするのが本来の大家だと思うけどな。共益費払ってるんやし」と言う。

 そして新しい大家さんは物置の屋根の修繕をされた。大家さんが直接屋根を交換するわけではなくて専門の業者さんが来て作業をされるのだが、これまでの物置の屋根では実は雨漏りがしていたらしく、工事に備えて各自の物置のだいじなものには工事中の鉄粉がかからないようにダンボールかビニール袋などをかけておいてください、の指示に従い我が家も新聞紙をかけに物置に赴いた時に物置のドアの内側が雨に濡れているのを見て、あら、うちの物置も雨漏りしていたとは知らなかったと気がついた。

 物置の屋根の修繕のあとはマンション外壁のクリーニングと塗り直しが行われるらしく、現在マンションの周りにはぐるりと作業用の足場が組まれており、足場の外側には洗浄剤等の建物周辺への飛散を防ぐためのネットが張られている。足場が組まれた状態では「気分は檻の中だなあ」と思っていたけれど、そこにネットがかかると「気分はカゴの中」になった。このネットがあるせいでベランダに干した洗濯物に当たるお日様が何割が弱くなり、ただでさえ日照時間の少ない地域でさらに日照が少なくなるのは一時的なこととはいえ少々残念ではある。しかしこのネットがあるおかげでちょうどよい雨除けにもなっていて、普段ならこれだけ雨が降ったらもうベランダに干していた洗濯物はベランダに吹き込んだ雨で全部濡れてるだろうなあ、帰ったら乾燥機だけで済むか洗濯し直しになるかどっちかなと思いながら帰宅しても雨除けネットのおかげで洗濯物はほとんど雨に濡れておらず若干湿気た程度で済むというメリットが生じている。ネットがある間はこのメリットをありがたく享受しつつ洗濯に励みたい。

 そして新しい大家さんにはまだまだやる気があるらしく、このマンションの一階入り口の扉がこれまでの手押しで開閉するものから自動扉にかわると工事予定表に記載されていた。これには夫も私も大喜び。特に夫は「山の遠征から帰ってきて両手に荷物をいっぱい抱えた状態で体でドアを開け閉めするのつらかったから自動ドアはうれしいなあ」と喜ぶ。

 ベランダ側の外壁の洗浄と塗り直しの時期にはベランダが使えなくなる日もあるらしくその日は洗濯物を外に干せなくなるけれど、今住んでいるところがどんなふうによくなるのかたのしみにしている。     押し葉

洗濯機の内蓋

 洗濯機の修理に来てもらった。そして洗濯機の不具合は簡単に解決しまた元気に洗濯物を洗ってくれている。

 今の洗濯機を購入したのは2014年5月だから二年数ヶ月前のことになる。それまでは結婚したときに父が買い与えてくれた家電製品一式のうちの洗濯機『静御前』を二十年近く愛用していた。二十年前には作動音が少なく静かなのが売りの製品で名前が静御前だったが今にして思うとそれほど静かではなく今の洗濯機に買い換えたときに今の洗濯機の作動音があまりに静かなのに驚きこれまでの『静御前』での洗濯ではどれほど同じマンションの上下左右のお部屋の方たちにご迷惑をおかけしたのだろうかとよくぞ誰も何も言わず放置してくださっていたことだと申し訳なくありがたく思ったほどであった。

 今の洗濯機は『静御前』よりも作動音が静かなのはもちろん、静御前で仕上げた洗濯物は脱水によりのしイカのようにペターっとした布片になっていたのが、そして場合によっては洗濯物同士がからみ合って一部結ばれたようになっていることがありそれを干すときに一個一個取り外すのに手間がかかることがときどきあったりもしたのだが、今の洗濯機は脱水後にほぐし作業をしてくれるため脱水後に取り出した洗濯物は相互にからまることもなくそれぞれをつまみ上げて干せばよい。そしてそのほぐし作業をしてくれるおかげで洗濯物が乾いたあとの感触が以前はパリパリしていたのから今はふんわりにかわった。

 静御前も今の洗濯機も縦型全自動洗濯機。ドラム洗濯機の存在は知っているし何度かあちこちで利用したことはあるのだけれど私は縦型全自動洗濯機が好きなので買うときに選ぶとしたら縦型でドラム式は候補にもあがらない。縦型の機種の中で機能の内容と大きさその他を鑑みて選ぶことになる。

 今回の洗濯機の不具合は内蓋に生じた。静御前には内蓋はなく外蓋だけだったのだが今の洗濯機は乾燥機能付きにしたため乾燥時に洗濯槽を高温に保てるようきっちりぱっちり蓋ができるパッキン付きの内蓋がついている。静御前で洗濯していた頃にも他社の縦型全自動洗濯機には内蓋がついているものが既にあった。その他社製品には乾燥機能がついているわけではなく内蓋の存在は洗濯槽の水しぶきが飛び散らないようにする目的のものなのでパッキンなどはついていないわりと簡易なプラスチックの半透明のもの。

 静御前を使ってきたときはずっと乾燥機能なしでやってきたので買い替えのときに今後も乾燥機能はなくてもいいかなどうかなと考えながら店頭商品を見比べてみたのだがそのときには乾燥機能あるなしでの価格差があまりにも小さかったので冬に雪で洗濯物を外に干せないあいだサンルームで乾かすにしてもタオル類だけでも乾燥機で乾かせば他の衣類をサンルームで干すのにも空間に余裕ができて除湿機で乾かすのもこれまでよりも乾きやすくなるかもしれないと期待し乾燥機能付きを購入した。そうして縦型全自動洗濯機の乾燥機能を使ってみたらタオルのふんわりかんわりな仕上がりが高級ホテルのタオルみたいでそれはそれでたいそう幸福。だからといってタオルを毎回乾燥機乾燥するかというとそれはなく、外に干したものの雨で乾きがあと一歩二歩三歩なかんじでこれから除湿機に当ててもなんか雨臭いにおいが残りそうというときに半乾きのタオルを乾燥機で乾燥すると高温熱風により無臭の(高温熱風臭はする)ふかふかタオルが仕上がる。あるいは洗濯物が多いときに他のものはサンルームに干してコットンタオルだけを脱水後乾燥することも真冬には何度かある。これは半乾きから乾燥するよりも時間が多くかかるがこれまたふんわりかんわりといいかんじのタオルに仕上げてくれる。しかも冬に乾燥機を使うと洗濯機周辺がほんのり暖かくなりその暖気が屋内に流れほどよく暖房効果をもたらしてくれるのもよい。

 洗濯機の内蓋は洗濯物を出し入れしている間は外蓋とともに開けたままにしておくものなのだけど、ここ数ヶ月くらいだろうか、外蓋と内蓋を開けて洗濯カゴの洗濯物を洗濯槽に入れている最中に内蓋が勝手にパタリとおりてきて閉じたり、できあがった洗濯物を取り出している最中に内蓋が閉じてきてうっかりしていると洗濯槽と内蓋に手を挟まれたり、ということが頻繁におこるようになった。そんなだから洗濯物を取り出すときには洗濯機の横にぶら下げた洗濯バッグに洗濯物を移し替えつつもう片方の手で内蓋がおりてこないようにおさえたりおさえないまでもすぐに元に戻せるように片手を待機させておくことが続くようになった。それは毎日軽微ではあるが身体精神への負担となり私の洗濯のよろこびを日々毎回わずかに削ぐ。

 取扱説明書を熟読したがそういう不具合に関する案内はない。これは一度お客様相談室に電話してなにか家庭でできる対策があるかどうか訊いてみようと決める。取扱説明書の最終ページに記載されている相談先は「お問い合わせ」と「修理依頼」の電話番号が別々に書かれておりいきなり修理を依頼するわけではないからまずはお問い合わせ窓口に電話する。取扱説明書と購入時の領収証と期限の切れた保証書を手元に準備して。

 オペレーターの方に「洗濯機の内蓋の不具合について相談したいこと」「使用中の洗濯機の型式番号」「購入年月日と販売店名」「メーカー保証期間は切れており販売店の延長保証には加入していないこと」を伝えたあとで現状を説明する。オペレーターさんは「その状態でしたらまずお客様に確認していただきたいことは、洗濯機の操作パネルの左側のあたりにあります水平確認窓で液体の中の空気が水平枠の丸の中に入っているかどうか見ていただきたいんです」と言う。「はい、それでしたら確認済みですが、水平枠の丸の中の十字のちょうど真ん中に空気の球の中心がきているわけではないものの枠の丸のなかにはきちんと入っております」と伝える。「そうですか、そうなりますと、もうお客様にしていただけることはなにもないということになりますので、一度点検に伺い診断の上で修理が必要であれば修理ということになります、ただその場合はこちらではなくエコーセンターという修理専用窓口にあらためてご連絡いただくことになるのですが」と案内くださる。「水平窓口確認以外にはできることはないのですか、そうですか、わかりました、では、修理窓口の電話番号を、あ、取扱説明書のここに書いてあるこの番号がそうですね、ではまた修理をお願いするかどうか検討しまして相談してみることにいたします」

 夜帰宅した夫に「今日洗濯機のメーカーさんの問い合わせ窓口に電話して内蓋のこと相談したんだけどね、水平状態の確認以外にはうちでできることはないらしくて、あとは修理依頼するかどうかになるんだって」と話す。夫はどれどれと洗濯機の外蓋と内蓋を開けて閉めてまた開けて「内蓋たしかにふらんふらんしてるもんなあ」と言う。
「私もあちこち見てどこかネジを締めるときゅっとしっかり自立するかなとか見てみたんだけどネジで固定してあるわけじゃないみたいなんだよね」
「そうやなあ。でもこれやったら、内蓋を開けた時に背中側に折りたたまれた外蓋があるそこに内蓋と外蓋の両方にマジックテープかマグネットをつけて洗濯物の出し入れをしている間それで蓋が開いたままの状態を維持できるようにしたらいいんじゃないかな」
「うーん、それでもいいのはいいけど、でもそれだと今度は蓋を閉じるときに毎回マジックテープをべりべりっと剥がすとかマグネットの磁力の程度にもよるけどその磁力に抵抗して蓋を動かす力が私の手にかかることになるでしょ。手指の痛みが出にくいように手にかかる負担を減らすように努めている私としてはそれよりもやっぱり本来の内蓋を開け閉めすればいいだけのほうがいいな」
「でもそれで当面解決するんならそれでええんちゃうかな」
「どうやらくんがその取り付けをしてくれるなら止めないけど、自分でマジックテープやマグネットを買ってきて裏面を接着させる手間をかける気は私にはないなあ。まあ、内蓋も毎回必ずパタパタ閉まるというわけではなく洗濯物を出し入れする間くらいは自立してくれて出し入れできて出し終わって干してる間に勝手にパタンと閉じることのほうが多いから、急ぎではないけど、修理依頼するかどうか考えながら使ってみてるから、その間にどうやらくんも何かいい方策を講じられそうならぜひ協力してほしいの、我が家の洗濯の快適のために」
「おー。わかった」

 それから約ひとつき(もしかすると数ヶ月)が経過して昨日『ああ、もう洗濯機の内蓋の修理をしてもらおう』と思い立つ。洗濯機の蓋が勝手に閉まって来て洗濯物の出し入れに支障があるというのはやはり日々洗濯機を使ううえにおいて正常でも適切でも快適でもない状態だもの。

 取扱説明書の修理依頼窓口の電話番号にかける。洗濯機型式番号と状態と、以前相談窓口で水平確認をするよう教えてもらいそれ以上はもうできることがないので修理依頼窓口に連絡するよう案内いただいたことを伝える。オペレーターさんは「お客様がご購入になった販売店と年月日はおわかりですか」と問われる。ああ、そういえば前回は購入時の領収証とメーカー保証期間の過ぎた保証書も手元に用意して電話したけどあのあとあれはどうしたのだったかしら取扱説明書や保証書類を置いているここのどこかに片付けたのかしらと探しつつ電話を続けるが見つからず「申し訳ないのですが今すぐ手元にわかるものが見つかりません。ただメーカー保証期間を過ぎていることはたしかですし、販売店の延長保証に追加で加入はしておりませんので、修理に必要な出張経費と実費はこちらに請求してください」と伝える。前回電話したあとにもう保証もないものはなくていいかと思って領収証と保証書を私は捨てたのかしら、とも思うけど捨てたのかどこか別のところに片付けたのかの記憶もない。「販売店名と購入年月日がわからないと修理になにか支障がありますでしょうか」と訊ねると「いえ、そんなことはないんです。ただもしなんらかの保証があるのであればそちらで対応させていただければお客様にご請求差し上げなくてもよいものですから。販売店に延長保証の有無を確認することもできますし、もし延長保証の対象ということとなればメーカーに直接ではなく販売店さんのほうからご依頼いただくことになるものですから」と説明してくださる。領収証保証書類をどこにやったのかの記憶はない私ではあるが販売店の延長保証には加入していない記憶はたしかにあるのでその旨伝えて修理依頼する。オペレーターの方は「そうしますと、出張費用だけで四千円から五千円、あとは交換の部品によっていくらになるかは点検させていただいてからということになります」と言う。

「今回のケースの場合、部品があるものでその交換によって修理可能となりましたときにかかる金額の目安というのは現時点でわかりますでしょうか」
「ただいま確認してまいりますので、少々お待ちいだだけますでしょうか。いったんお電話保留にいたします」
「たいへんおまたせいたしました。内蓋まるごと交換になった場合で二万三千円となります」
「二万三千円ですか、それはまた高額ですね。でも一応いったん点検に来ていただいてそこまでの金額をかけて交換するかどうか修理担当の方に直接見ていただいた状態で相談させてもらってもよろしいでしょうか」
「はい、それは、もちろんでございます」
「ではまるごと交換だと二万三千円でまるごとでなく一部交換などであればそれよりも安い金額で済むこともあると思って算段しておいていいでしょうか」
「はい、そのように思っていただけましたら」

 昨夜夫に「明日洗濯機の修理に来てもらうことになった」と伝え上記の話をする。夫は「合計三万円弱もかかるのかー。なんだかなー」と言う。そして洗濯機の外蓋を開けてそのまま戻ってくる。

「どうやらくん、洗濯機の外蓋を開けたままにしてるけど、それはなにか意味があるの?」
「こうしてたらなんか洗濯機が元気になって内蓋直らんかなーと思って」
「いや、今になって直ったらだめなんだよ。明日修理屋さんが来てくれたときにちゃんといつもどおりに壊れた状態でぱったんぱったん勝手に閉じてくれないとそれを再現してもらわないといけないんだから下手に元気にしたらいかん」
「でもそんなに修理代かけるんならおれはやっぱりマジックテープかマグネットかなにかで固定して使うのがいいと思うなあ」
「そんなことは私が修理依頼の電話をする前にすかさずやっておかないと。それをしてないから私の手が何度も危険な目に遭ってこうして修理依頼したんだから」
「うちの洗濯機、延長保証に入ってないんだっけ」
「うん、入ってない。うちはまえにききそうできかない延長保証でがっかりすることがあって以来延長保証には入らないでやってきてるから。うちの家電製品いろいろあるけど、自分たちで買ったもので延長保証つけてないものは6個位はあると思うのよ。一個あたり延長保証料金が五千円として6個で三万円、今回三万円弱かかったとしても支払っていなかった延長保証料金貯蓄で払うと思えばまあいいかなと思う。それに自分たちで買った家電製品で修理屋さんに来てもらうのって結婚して初めてじゃないかな。二十数年暮らしてればそういうことは一回くらいはあってもよしとしようよ」

 そして今朝9時半に修理屋さんが来てくれた。「うちの製品がご迷惑をおかけしておりまして申し訳ないことです」と言いながら玄関に入ってこられる。洗面脱衣室の洗濯機を見てすぐに「ああ、これは内蓋を固定してある部分が擦れて弱くなったときにこうなるんです、よくあることなんです」との説明がある。

「ええっ、よくあることなんですか」
「はい、この内蓋はプラスチックの突起が本体にぎゅっと入れてあるだけの作りですので、何度も開閉していますとそこがだんだんと擦り切れてきて自立できなくなるんです」
「ええええ、洗濯機の内蓋なのにですか」
「そうなんです、昔のものであればそんなことはなかったんですが、最近の、そうですね、ここ10年以内くらいの製品はコスト削減が激しくなって、デザイン性は高くなっているんですが、こういう部分の作りが数年で劣化するようなものになっているんです」
「それは、なんというか、ものづくりとして、残念な気持ちになりますねえ」
「昔の洗濯機でしたら、こういう内蓋であってもプラスチックの突起ではなくちゃんとバネを中に入れてありましてそのバネがピシっとピタッと固定する構造になっていましたから、バネがダメになることは少なく、またもしダメになったとしてもバネだけ交換すれば元に戻せるようにしてあったんです」
「では、この蓋は、使用頻度にもよるのでしょうが、今回のように数年で自立しなくなるのが前提と考えるものなんですか」
「そうなんです、だいたい数年で自立しなくなります。長くもっても5年ですね、それ以上もつ場合もありますが」
「販売店の5年保証に入っていてちょうどよく5年以内でその不具合が起きてくれれば販売店の延長保証で対応していただけるんでしょうけど」
「ええ、だいたいみなさん、メーカー保証にしても販売店の延長保証にしてもそれぞれの保証期間が切れたころに不具合が起きることが多いですね。メーカー保証期間の一年以内はまだまだ新品ですからそんなに早く壊れたらいかんというのもありますが、延長保証の5年となると運良く4年7ヶ月の時点で不具合が生じたらちょうどいいタイミングでしたねえ、とお話しますがそういうことは稀です」
「内蓋が自立しなくなった場合皆さんどうしていらっしゃるんですか」
「これまでに別の修理で伺って内蓋もたたなくなっていますね、というところでああこれはよく工夫していらっしゃるなと思ったのは百円ショップやホームセンターなどで売っているS字フックっていうんですかね、それでひっかけて留めて、フタをするときにはフックを外して、ってしておられるところがありました」
「S字フックでしたら、うちにもちょうどここにありますが、これをこんなかんじでこうでしょうか」
「あら、S字じゃなかったですかね、長めのCの形のフックだったかもしれません」
「なるほど、しかし家電製品として数年経つとそういう本来の製品以外のものを持ってきて留めてやらないといけなくなるというのは製品として残念なかんじですねえ」
「そうなんですよ、ほんとうに。あとはお客様によっては、乾燥機能のついた洗濯機買ってみたけどやっぱり乾燥機能は全然使わないから乾燥のためだけに必要な内蓋ならこんなぱたんぱたん落ちてきて勝手に閉じる内蓋ならもう外して取っつんて(取ってしまってちょうだい)と言われることもあります。洗濯だけであれば多少飛沫が飛びますが内蓋なしで外蓋だけでも作動しますから」
「はー、なるほどー。うちは乾燥機能も使うときには使いますから内蓋はほしいですね」
「この内蓋自体は部品代が4200円ですので、なんでしたらなにかそういうフックで固定する方法でいかれることになさってもどちらでも」
「そのお値段なのですが、昨日お電話で部品交換した場合の金額の概算をお伺いしましたところ23000円程度と聞いていたのですが、4200円に何がどう加わると23000円になるんでしょうか」
「ええええっ、23000円って、内蓋だけでそんな高くはなりません」
「それでは23000円はなんのお値段なんでしょう」
「ああ、今部品代一覧見てみましたが、洗濯槽と一緒に一式まるごと交換した場合のお値段が23000円ですね、まちがってそちらをご案内したんですね、すみません」
「ああ、そうですか、でしたら、交換の方向でお願いしたいですが、お値段の合計を確認させてください」
「はい、出張費用が2400円、内蓋部品代が4200円、点検診断料金が1000円で」
「あと工賃はいかほど」
「工賃ですねえ、これが工賃をいただくほどの技術ではなくてですね、ほんとただたんに蓋を引っ張って外して新しいふたを押して入れるだけなんで、工賃をいただくのも申し訳ないくらいでして、うーん、どうしようかなあ、うーん、今回は点検診断工賃合わせて技術料という形にさせてもらいます、そうしますと合計で税込みで8200円ほどになるかと」
「わかりました、では交換してください」

 内蓋がパカっと取り外され「ここの部分が開閉が重なることで劣化してかちっととまらなくなるせいで自立できなくなるんです」と見せてくださる。取り外すときにドライバーのようなものをわずかに補助として使いはしたがほぼ素手のみで引っ張るだけの作業であった。そして段ボール箱から取り出した新しい蓋の蝶番部分を本体に噛みあわせて押し込めて完成。

「むかしの洗濯機であればご購入後20年くらいは使っていただけるのものだったんですが、今はもう長くもって10年と思っていただいたほうがいいと思います。それほど作りがなんというか昔に比べますと壊れやすくなっていますので」
「そうなんですか。うちはこの洗濯機の前はやはり日立さんの静御前を20年近くつかってまして本当によく働いてくれたいい洗濯機だったんです。あと冷蔵庫も電子レンジもうち日立さんのものなんですがこれももう20年以上経ちますがまだまだ現役でよく働いてくれて助かってるんです」
「ありがとうございます。あの頃の製品は本当にそうなんです」
「しかし、そんなに簡単に壊れるというのは、なんというか、やはり、ものづくりとして、特に家電製品では、残念なことですね」
「はい、まったく、おっしゃるとおりです」
「参考までに教えていただきたいのですが、内蓋は数年で自立しなくなるとして、他にはどんな不具合がこの洗濯機の場合には想定できるでしょうか」
「それはもうありとあらゆる不具合が起こりうるんです」
「そんなにですか」
「むかしの製品はそんなにそんなことはなかったんですが今のはそうなんです。まずそうですね、たとえばここの給水排水の蛇腹のパイプがありますよね、ここに亀裂が入って漏水するということもよくあります、その場合はこのパイプを交換します。あとは、ここに外蓋を閉じたときに脱水時や乾燥時などにロックがかかるカチッと留まる部品が入っているんですが」
「はいはい、ロックがかかるときにカチっていってます」
「その部品がですね、むかしはそう簡単には壊れないものでできていたんですが、今はわりと簡単に壊れる素材になっていまして、ロックしたままで壊れて蓋が開けられなくなるという不具合もあります」
「そ、それは、洗濯物が洗濯機の中に入ったまま取り出せないということでしょうか」
「そうなんです」
「すぐに干せないと修理に来ていただくまでの間に洗濯物がくさくなると思うんですが」
「はい、たいへんな不具合です。あとはそうですね、モーターはダメになることはないんですがベアリングが壊れて洗濯槽が回転しなくなることもあります」
「そうですか、そんなにいろんな可能性があるんですね、わかりました、よく覚悟しておきます。ところでうちの洗濯機の場合、この外蓋をもう少し向こう側に倒すことができたら内蓋も手前に落ちて来にくいのではないかと思うんですが」
「こちらの洗濯パンのサイズが洗濯機自体は入るサイズではあるんですがあと手前にもう5センチ本体をずらすことができるサイズでしたら外蓋が水道蛇口とぶつかることなくもう少し後ろ側に倒れることができるんですね、そうしますと内蓋もそのぶんぐっと向こう側に倒れた状態になりますので手前に倒れて来にくくなります。かんじとしては(洗濯機本体を手前にぐいと引き寄せて)こんなかんじでほら蓋がだいぶんうしろよりになりますよね」
「でしたら、たとえば洗濯機の足のところをぐりぐりと高さ調整して少し前傾気味にしてやってはだめなんでしょうか」
「それはだめですね。そうしますと水平ではなくなりますので洗濯槽の回転が不安定になります。今の水平状態がベストな状態なのでそこは保ったままでお願いします」
「あと水道の蛇口のこの接続の部品のこの角ばったところがあるのが洗濯機の外蓋をあけたときに微妙に手前に押し出すことになっている気がして。角ばったところを別の位置に移動させることってできるんでしょうか」
「それは簡単にこう回すだけで。念のためいったん水道蛇口閉めますね。これくらいの位置だとどうでしょう」
「ああ、そんなに動きますか。私の手では全然動かなくてあきらめてたんですけど。これなら突起部分が蓋に当たらなくてよくなりました」
「あ、水道の蛇口のところ、わずかに水漏れしてますね。これはうちの仕事ではなく水道屋さんの仕事になりますので、そのうちにパッキンの交換をしてもらってください」
「パッキンの交換でしたら、うちに予備のパッキンありますので自分でできると思います」
「いやご自分では難しいでしょう、元の水栓も止めないといけませんし」
「元の水栓止めて家中の蛇口のパッキンの交換はこのまえしたばかりですので、でもそういえばここはしていませんでした。また元水栓止めてここを道具で回して開けて中のゴムのパッキンを入替えて、ですよね」
「そうです、パッキン交換されたことあるなら大丈夫ですね、その手順でしてください。今はできるだけ水漏れしにくいように蛇口を最大まで開けておきますね」
「ありがとうございます」
「では、車に一度戻りまして、伝票を作成してまいりますので、お代金と印鑑のご用意をお願いいたします」
「はい、わかりました」

 ほどなく修理屋さんの携帯から電話がかかり「申し訳ないのですが、洗濯機の横に書いてある型番と製造番号を読んで教えていただけますか」と連絡が入る。「BWD85V」「4013574」と読み上げる。しばらくすると玄関に戻ってこられ「ではこちらの金額で端数は切り捨てまして8200円お願いいたします」と伝票を提示され10200円出し2000円のおつりをもらう。指定された場所にシャチハタ印を押して修理は完了。

 新しい内蓋は開けた時にカチッとしっかりと自立し落ちてこない。そのままずっとじっと開いたままでいてくれる。すごく快適。そして閉じるときにはこれまでよりもきゅうっとぴっちりと閉じてくれる。修理屋さんに「なんとなくカチッと押して閉じるのにこれまでよりも少し力が要る気がします」と言うと「新品のときはそうなんです。それがだんだんパッキンとこのカチッとなるところのプラスチックが劣化してきますとふやーんとしたかんじになってきます」と教えてもらいそういえば洗濯機が新品のころの内蓋はこんなかんじだったかもと思い出す。今の洗濯機のこともとても気に入っているからできることならまた二十年前後お付き合いできたらいいなあと思っていたのだけれども、今回いろいろ話しを聞いてそんなに長くはもたないのかもしれないと少しずつ思うようにしたほうがいいのだろうなと考えるようになった。家電製品の不具合相談と修理依頼と実際の修理の完了と支払いまでそれなりにじょうずにこなせてめでたしめでたし。     押し葉

あじさいと結束

 日曜日のお昼にあじさいを見に行った。市内を一望できる小高い山の上にある茶屋までの坂道に連なるあじさいの群れと茶屋の周りに咲き乱れるあじさい。あじさいは花も立派だけれども葉っぱもいいと思う。その葉脈のぶりぶりとしたその様が。

 山頂の茶屋でお昼ごはんにおろしそばとカツ丼のミニセットを食べる。夫はソースカツ丼で私はおろしカツ丼。おろしカツ丼には大根おろしと水菜をのせてそこに醤油がかけてある。夫はソースカツ丼を食べながら「なんかそっちのカツ丼のほうがよかったな。水菜ものってるし」と言う。食後には黒糖わらび餅。

 食事を終えてお店を出て車に乗る。私達よりも先に会計を済ませ茶屋の周りのあじさいを見ていた女性三人が車の前を横切る。三人とも上半身の衣類の柄が横向きの縞模様なのを見て夫に「あのひとたち、三人ともしましま」と言う。夫は三人を見ると「しましまきょうだい」と言う。

「きょうだいではなくてたぶんあのひとたちは他人だと思うんだけど。たまたま今日当日会ってみたら三人ともボーダー柄だったんかな。それとも今日はボーダー柄を目印に集合しようという計画で各自衣類か持ち物のどこかにボーダー柄を持ってくることという掟のもと目印にしましまを着てきたんかな。それか今はボーダーが流行中なんだろうか」
「ああ、『しましまきょうだーい』って声をかけたいけど、そんなことしたら『あんたらだってチェック野郎やん』って言われるけんやめとく」
「チェック? 誰が?」
「おれら」

 そう言われて夫を見ると夫のシャツは細かいチェック柄で、そういえば私のスカートは夫のシャツよりは大きめのチェック模様。そんな話でもしなければその日に夫が着ているシャツがチェック柄だということを認識することなく一日を終えたかもしれない。私達がふたりともチェック柄の衣類だったのは別段今年の流行とはなんの関係もなく集合の目印にしたわけでもない、集合そのものもしていない、ふたりとも同じ家から出かけてきた。

 集合、といえば、半年か一年くらい前に永平寺より少し手前にあるお蕎麦屋さん風食堂に行った。本当は別のお蕎麦屋さんに行くつもりで出かけたのだけど目的のお蕎麦屋さんにはたくさんのひとが行列していて、行列に並んでまでそのお店のお蕎麦を食べたいこだわりを抱いていたわけではなかったからあっさりと別のところにした。どこにしようかと車を走らせながらお店をさがしているときに夫が「じゃあ、あそこ」と言ったところ(これまで見たことはあっても入ったことはなかったお店)に入ったのだが、そのお店はどちらかというと観光客向けのお店で、地元の人が好んで何度も通うようなお店に比べると一見(いちげん)の通りすがりのお客さんたちに地元の代表的なメニューを紹介するような内容と味。地元に暮らし同じメニューをいろんなお店で食べ比べてきた私達には味の満足度が低く、今度こういう展開になったときにはもう少しそのへんの勘を働かせて別のタイプのお店にしようね、ということになった。

 そのお店の味とは関係のない話なのだけど、そのお店の店員さんたちが制服として着ているTシャツが黒地に白の文字が書いてあるデザインで文字の内容は地元観光に関係のある語彙だったような気がする。店内で座っているときにそのTシャツのデザインを見て夫に「どうやらくんがときどき着ているTシャツとデザインが似てるね。どうやらくんのTシャツに書いてある文字は、なんだっけ、何かがぎゅっと集まって集合して固まるような、そんな意味合いの言葉で、集合? 凝集? 固着? なんかそんなやつ」と問うと夫が「もしかして、それは、それをいうなら、結束。だけど黒地に白文字という以外は似てない」と言う。「ああ、そうだ、うん、結束」と夫のその日は着ていないTシャツのデザインを思い出す。

 夫のそのTシャツは夫が卒業した大学のアメリカンフットボールチームのチームデザインTシャツ。夫は年に一度か二度OBとして試合の観戦に赴きそのときにチームへの寄付も兼ねてチームデザインのグッズを何か買ってくる。スポーツチームの団結と好成績を願うデザインの語彙としては、『集合』よりも『凝集』よりも『固着』よりも、『結束』のほうが適切だな。     押し葉

ナビの交替

 車のナビが新しくなった。これまで使っていたナビは今の車になる以前の車のときに購入し取り付けて使っていたもので今の車を購入した時にもナビだけそのまま付け替えてもらった。そのナビを購入したのは十年以上前のことで長年いろんなところに案内してもらった。

 西日本東日本それぞれの地図が入ったCD-Rを読み込ませるタイプだったのだが、今はもう当時の地図にはない新しい道があちこちにできていて、そういう新しい道を走るとナビ上の画面では道なき荒野を駆け抜けているような画像が示される。それでも目的地にはそれなりに近いところまで連れて行ってくれるし旅の道中が多少荒野でも実際の道路上の標識を見て進めばそれほど不便なこともなく頼りにしてきた。

 ときどきはナビのどこも触っていないのに画面が勝手に動いて現在地が野を越え山を越えしまいには海に飛び出してそのまま日本海を北へ北へと進んだり太平洋をどんどん南に走ったりすることもあったけれど通勤途中にそういうことがあっても通勤の道路はいつもと同じでナビの道案内は必要なく海の上をどこかへ突き進んでいても音楽はそれまで通り聴けるのでナビもどこか未知の世界に飛び出したいそんな気分になることもあるのだろうなくらいで放置して問題のないことだった。

 5月の連休の旅から帰ってきたときだったか、夫が「なにか音がする」と言う。音の発生しているところはどこだろうとあちこち探っていくとナビのCD-RやCDやDVDを入れるところから音がするとのこと。そこからナビのCD-Rを取り出すとカラカラというような異音は止まる。しかしCD-Rを取り出すと本格的な道案内をしてもらえなくなる。

 本格的でなくてもよければ、いったん地図CD-Rを入れた状態で行き先設定をしCD-Rを取り出すとメモリナビという簡易案内のナビが起動する。このメモリナビは画面の作りが簡易であるだけでなく音声もなんとなく偽物っぽい声色で『わたくし本物ではありませんので詳しいことはわかりません、一応案内はいたしますがそのつもりでよろしく』という雰囲気が漂う。

 私が訪れるようなところはそれでも十分に事足りるから別にいいやと思っていたのだが、夫は少し前からしきりに「新しいナビがほしいなあ」「そろそろ新しいナビにしたいよなあ」と言っていた。それが今回CD-Rを入れるとカラカラと異音がするようになり、その状態でどこかの百名山に行って帰ってみたら道中の不快がたまらなく不快に思え、彼が行きたいお山までの道をちゃんと知っているナビに変えたい、という思いが強くなったらしい。

 日曜日の午後に「今日ナビの交換に行ってくる。今度のナビは音楽CDを入れたらそのCDの内容をナビが記憶してくれるよ」と夫が言う。「そうなんだ。じゃあ、いつも私が車中で聴いているベートーヴェンの5番と7番のこのCDを持って行ってオートバックスからの帰りにCDを入れて録音しておいて。次に私が車に乗ったらこれまでどおりに聴けるように再生中の状態にしておいて」とCDを手渡すと夫は「わかった」と言って出かけた。

 オートバックスから帰ってきた夫が「新しいナビは画像がきれい」だと言う。「CDの録音はうまくできた?」と訊くと「録音していない」と言う。私が手渡したCDを彼は何故か持って行っておらず家に置いて行ったという。夫は「今度のナビはSDカードが中に入れてあってそのSDカードを持って帰ってパソコンにつないでCDのデータを入れてそのSDカードをナビに入れたら音楽が聴ける」と言う。

「そんな面倒くさい方法はいや。そんな方法じゃパソコンのない人はこまるじゃん。パソコンなんかなくても車中のナビとCDさえあれば録音できることなのに」と私が異を唱えると夫は「そういう方法もあるよ、ということでそうしようというわけじゃない」と言う。

「まだご飯を作るのに時間がかかるから、持っていくのを忘れた(のか置いていったのかは不明)CDを車に持って行って録音してきてよ」
「これから?」
「うん、これから。今のままじゃ次に私が車に乗った時に交響曲鳴らないでしょ。どうやらくんがナビを新しくすることには反対しないけど私は賛成の立場でもないの。私にとってだいじなのは日々運転の時に聴いている音楽がそのまま聴けることだから。それが失われるなら古いナビでこれまでどおりの音楽が聴けるほうがいい」
「わかった。行ってくる」

 そう行って夫は車に行ったがしばらくすると戻ってきて「CDを一度全部流さないと全曲録音できない」と言う。「そんなわけないと思うよ」と答えるがとりあえず夕食の支度ができたから食事をする。夫に「私が頼んだことが私にとってそれほどだいじなことだとは思っていなかったのかな」と尋ねる。夫は食事中なのに「そんなに言うなら今から行ってくる」と立ち上がろうとするが「食事を先にしよう」と制する。「CD1枚全部終わるまでおれ車の中におらんといけんのん?」と夫が言う。「録音そのものはそんなに時間かからないと思うよ」「どれくらい?」「さあ、もともとのCDの音質と録音側の音質設定にもよるんだろうけど、ちゃらい音質ならCD1枚で3分から5分、いい音質なら7分から10分くらいかな、パソコンに取り込むときのかんじは」

 夫は私からの依頼を軽んじた後ろめたさがあるからなのかそそくさと食事を終えるとCDを持って駐車場に行く。10分から15分弱程度で戻ってきて「3分では済まんかった」と言う。「でもずっと全部聴かなくても録音できたでしょ。オートバックスからうちまでが15分くらいだから帰りにCDを入れてくれたらそれでうちに着くまでに録音済んでたはずなんだけど」

 夫は自分の山へのナビ案内を新しくすることだけに夢中で私が日々の音楽環境に強いこだわりを持っていることには重きを置いていなかったのであろう。CDの録音は来週にでも気が向いたときにすればいいことでそれより早く聴きたいならみそきちが自分で録音すればいいことだと思っていたのかしらと言うと夫は「そのとおりです、すんません、わるうございました」と言う。夫には「私がCDを手渡して頼んだのにそのCDを置いて行くことも録音作業を来週以降に後回しにしようとすることもどちらも私のことや私がだいじに思っていることを蔑ろにしていることだと私には感じられてたいへんに残念な気持ちになることなんだよ」と伝える。

 夫が日曜日の夕食後に車の中で録音してくれた交響曲を次の出勤の時に聴くとこれまでのナビでMDで聴いていたものよりもこれまでのナビでCDで聴いていたものよりもずっとずっと音がきれい。夫が録音作業している間に私は新しいナビの取扱説明書のオーディオ部門を熟読した。それによると初期設定の標準音質録音よりもさらに高音質の録音ができ再生するときにも音の聴こえ方や臨場感を好みに設定できるという。

 夫がナビを付け替えてから一週間経った日曜に二人で野菜レストランにお昼ごはんを食べに行く。夫に運転してもらい、私は助手席でナビのオーディオ設定を行う。まず初期設定ではCDを挿入するととりあえずなんでもかんでも記憶していないものに関しては自動録音を開始するようになっているのを取りやめて手動で録音開始したときだけ録音するように設定する。録音音質を標準設定から高音質設定に変更する。一週間車の中で聴いていた交響曲をいったん消去する。持ってきたCDを入れる。録音を開始する。うちから野菜レストランに行くまでの半分くらいの時間(6分程度)で録音は終了する。オーディオを再生するときの音質や臨場感の設定をする。低音を強化するとティンパニやコントラバスがドスドスと響いてきてそれはそれで聴き応えがあるが長時間聴き続けるには向いていないかんじなので「聴き疲れしにくいナチュラル設定」というのを選ぶ。

 夫が「なにこれ今まで聴いていたのと全然ちがう。いや、ちがわんけど、これまで聴こえてなかった音が聴こえる。バイオリンの音に厚みと奥行きがある。バイオリンは弦で音を出してるんじゃなくてあの木のボディから音が出てきてるのがすごくよくわかる」と言う。

 そういうわけで新しいナビの道案内機能にはまだ私はお世話になっていないけれど、オーディオとはすっかり仲良くなった。このオーディオがあれば長時間の移動もぐんとたのしくなりそう。そして私は車の中でテレビを見る習慣も欲求もないのでこれまでのナビでは一度もテレビ機能やDVD再生機能を使ったことがなかったのだけど、今度のナビはドラマの音響や効果音を強化してダイナミックな迫力を味わえるような音を出す設定もあるらしいので、画面を見る目的ではなくドラマの音響を愉しむ目的で清盛のDVDを入れて聴いてみると自宅のテレビで再生して視聴するときとはまたちがう味わいがあるかもしれない。今度の夏の帰省のときのおたのしみおたのしみ。     押し葉

運動選手を応援する

 4月の後半に約1週間、夫は出張でアメリカ合衆国に行った。出張から帰ってきた翌日4月29日は祝日だったが夫の勤務先は日常の出勤日で夫もふつうに出勤した。翌日4月30日からはふたりで旅に出かける。

 旅の高速道路の道中で夫が「今回の出張で成田で乗り換えた時に山口茜選手に会った、バドミントン選手の」と言う。私は「名前までは知らないけどもしかすると私そのひとのこと知ってるかも。職場に貼ってあるポスターで見たことがある気がするの。ええと、どちらかというと小柄で体格のしっかりとしたショートカットの女子選手?」と問うと夫は「そうそうそのひとそのひと」と言う。

「でもどうやらくんはなんで成田で遭遇したそのひとがその選手だってわかったん?」
「いかにもバドミントン選手が遠征で移動中なかんじの服装だったし、まえにタウン誌かなにかで見たことのある写真とおなじ顔だったし」
「そうか、あのポスターの選手は地元の方だから今度の国体開催関係のポスターに起用されていたのね。それにしてもそれだけでそのひとだと特定できるなんてすごいねえ。私だったらきっとぜったいになあんにも気づくことなく素通りしてると思う」
「で、とっさに声かけて『山口茜選手、ですよね。僕も福井から来たんです。応援しています。握手してください』って言って握手してもらった」
「人違いじゃなかったんだ。それとも本当は人違いだけど『あー、よくそのひとと間違えられるんだよなー』と思いながらも握手してくれちゃったんかな」
「ちがうって。ちゃんと本人だったはず。でも『応援してます』って言いながら『あー、おれ、いま、嘘はついていないけど、これまでずっと熱心に応援してきたかというと全然そういうわけじゃないよなー、でも応援していないかっていうとそんなことはないから別に応援してますって言っても嘘じゃないよな』ってすごく葛藤した」
「大丈夫大丈夫それは嘘じゃないしそこで『特別応援しているわけではないんですけど握手してください』って言うよりはよっぽど失礼がなくて声をかけたからには適切な日本語表現だと思うよ。それにしても私がバドミントンの選手のことを知ってるなんてめずらしいじゃろ」
「うん、知っとるとは思わんかった、この話も、ふうん、で終わるかと思っとった」
「じゃろ。私の勤務先のトイレに貼ってある国体関係のポスターに女子バドミントン選手の写真がついてて、まえまえからこの方はどなたなのかしら、と思ってたの」
「うん、国体にももちろん出るやろう。でも、おれ、本人にそんなことよう言わんわ、『応援してます、うちの妻の職場のトイレにあなたのポスターが貼ってあるんです』だなんて」
「いや、そんなこと言う必要ないし実際全然言うてないやん。それに私の勤務先全店でトイレに貼ってあるわけじゃないのよ、ふつうになんかそのへんの壁にあんまりやる気のないかんじで貼ってあるところもあった気がする。あ、でも、ご本人には『やる気のないかんじで貼ってある』とかそんなことも言う必要ないよ。で、私が入るシフト先のうちの一個のお店はトイレが広くて快適でね、便座に座ったときにちょうど正面にそのポスターがゆったりと見えるから私の記憶にも残っていたの。でもそのポスターそのものは国体にむけてスポーツ関係のみなさんドーピングには注意しましょうね、スポーツファーマシストっていうドーピング知識に詳しい薬剤師のあたらしい資格もできましたから気になることがあったらスポーツファーマシストに相談してくださいね、って啓蒙するような内容で、そのバドミントン選手のことには細かく触れてなかったと思うなあ」

 旅から帰宅して数日後、夫が「応援してます、って言うたからにはプロフィールくらいは把握しておこうと思ってあのあとwebであちこち見たよ。名前も合っててよかったー、山口選手だとは思ったけど山崎だったが山田だったかうろ覚えだなーと思ってたからなー。この春高校を卒業して今は熊本の再春館製薬に就職したんだって」と教えてくれる。「実業団?」と訊くと「たぶんそうなんじゃないかな」と言う。ああ、じゃあ、どうやらくんとおなじ飛行機で成田に行って乗り換えたわけじゃなくて勤務先の熊本からの飛行機だったのかもしれないね。

 これで私も職場やどこかでまたあのポスターを目にしたら(今日の勤務先でも見てみたがやはりその選手の個人情報は名前もなんにもなにひとつポスターには記載されていなかった)そのポスターを見る限りにおいては「この方は山口茜選手、この春高校卒業後再春館製薬に入社してバドミントンを続けている」というデータが毎回脳内に打ち出されることだろう。しかし他の写真や映像や実物立体を見てもポスターのひとと同一人物だとは同定できない自信も満々。     押し葉

蒟蒻シャンプーさようなら

 以前ここで書いた「お誕生日のお祝いに」の蒟蒻キノコシャンプーをその後も夫はずっと愛用しており近年は夫の誕生日プレゼントはこれと決まっていた。今年ももうじき4月になり夫の誕生日がくるからそろそろ購入の手配をしましょうと販売会社のサイトに赴く。そして「舞健泉(まいたけせん)」の文字をいそいそとクリックする。するとそこには見慣れたシャンプーの写真は掲載されているものの「販売終了」の文字が。

 夫に「どうしよう。今年もプレゼントするつもりだった蒟蒻シャンプーが販売終了になってる」と伝える。夫は「製造も終了したということなんかな」と言う。どうなんだろう、と、シャンプー本体を持ってきて裏側の製造者を見る。販売者とは別ではあるのだけどwebで調べてみるとこのメーカーの製品を販売する部門が別部門として別会社の形になっているだけでどこか別の販売ルートがあるというわけではなさそう。

 いつもwebで購入していたのでここの販売店に電話をかけることはなかったがもしかするとなんらかの形でどこかで手に入る情報が得られるかもしれないし代替になる製品情報に出会えるかもしれない。メールで問い合わせる方法もあるけど今回は電話をしてみようと決めて電話する。結論からいえば在庫限りで販売終了となり既に在庫はなく再販の予定もなく製造も終了している、本当に本当にごめんなさい、ということだった。そうですか、たいへん残念ではありますが、これまでよい商品を提供してくださってありがとうございました、とお礼を述べて電話を切る。

 夫には「製造も終わったんだって」と伝える。夫が作った白菜と豚肉のミルフィーユ鍋で夕食を摂る。そういえばこの会社の製品で以前炭のシャンプーのサンプルをもらったことがあったかも、と思い出す。当時そのサンプルを使ってみたけれど蒟蒻キノコシャンプーの素晴らしさには及ばず採用しなかった気がする。蒟蒻キノコシャンプーは育毛効果も謳っているがなによりも頭皮を清浄にする効果が高くてこのシャンプーで洗うと数日経過しても頭の痒みを感じないという点を夫は高く評価している。実際に彼の抜け毛は随分減ったと思う。しかしもう存在しないものは求めても仕方がない。これはこれで我々になにか次のステージへ移行しなさいというお告げでもあろうから何か新しき佳きものとの出会いが近くに来ているのかもしれない。

 夕食を終えてからもう一度蒟蒻キノコシャンプーの販売会社に電話をかける。電話に出てきた方は先の電話でのオペレーターさんとは別の方。

「先ほどオペレーターのハセガワ様に担当していただいた者なのですが今一度ご相談したいことがありまして再度お電話差し上げました。登録電話番号を申し上げます」
「どうやらみそ様ですね。恐れ入りますがご本人確認のためにご住所を教えていただけますでしょうか。はい、ありがとうございます。どういったことでお電話いただきましたでしょうか」
「これまで愛用しておりました舞健泉スカルプシャンプーをwebで再度購入しようと思いましたところ販売終了と表示されていたものですからお電話を差し上げましてどこか別のところででも購入する方法はないものかとご相談いたしましたところハセガワ様からは既に在庫もなく販売も製造も終了しており再販の予定もないとのご案内をいただきましてそうですかとお礼を申し上げ先ほどの電話は終えました」
「そうでしたか。これまでご愛用くださいましたのに誠に申し訳ないことでございます」
「ええ、このシャンプーですと頭皮が痒くならずたいへん気持ちよく使えていたものですからとても残念ではあるのですが、今後舞健泉スカルプシャンプーの代わりとなるシャンプーをさがすにあたり、御社の炭ミネラルシャンプーのサンプルをいくつか送っていただくことができたらと思いまして」
「はい、かしこまりました。サンプルのご用意は可能です。ただお一人様につき2点のみという制限がございますので2回分のみのお送りとなりますがご了承いただけますでしょうか」
「はい、もちろんです、助かります」
「それではお送りするご住所は登録のご住所でよろしいですか」
「はい、お願いいたします」
「舞健泉のスカルプシャンプーは育毛効果が優れたシャンプーということで販売しておりましたが炭ミネラルシャンプーのほうにはそういった成分は含まれてはおりません。ですが頭皮をすっきりとケアするという意味ではたいへんおすすめの商品ですのでぜひお試しくださいませ」

 そういうわけで以前にもサンプルをもらって使ったことがあるかもしれないけれどどんな使い心地だったかの記憶が定かでないのでこのたびあらためて送ってもらう炭ミネラルシャンプーが届いたら使ってみよう、というか夫に使ってみてもらおう。そしていいようであれば今年の誕生日プレゼントは炭ミネラルシャンプーにしもうひとつであれば次なるよきシャンプーを求めて彷徨う旅路をともに歩む私の気概と勇気をプレゼントすることにしようか。     押し葉

いとしの桜餅

 我が家の居間にかけてあるカレンダーには毎月何かおいしそうな食べ物の写真がついている。1月はちらし寿司、2月はみかん、3月は桜餅。ついでに4月以降もめくってみると、4月は西京焼き、5月は和菓子の詰め合わせ、6月はさくらんぼ、7月はうなぎ、8月はメロン、9月は果物盛り合わせ、10月は土鍋で炊いた白米、11月はおでん、12月は蟹海老いくら帆立雲丹。

 3月になってからこのカレンダーの前を通るたびに『桜餅おいしそうだなー食べたいなー』と思っていた。そう思っただけで口に出したことはなかったのだけど、ある日夫がそのカレンダーを見ながら「桜餅おいしそうだなー食べたいなー」と声に出して言うから「うわーどうやらくんも? 私もずっとそう思ってた」と言いふたりで「おいしい桜餅食べたいね」と話す。

 何日かして夫が「うちの近くの安倍川餅のお店でも桜餅売ってるんだって」と言う。webを眺めていたら遭遇した情報らしい。じゃあじゃあ買ってみようよ、でもあそこは安倍川餅もお昼すぎて行くと売り切れててもうないことが多いから早いほうがいいよねきっと。

 日曜日には一週間分の食材買い出しに出かける(週の途中の木曜日に生協さんの配達はある)。たいていは午後になってから出かけるがこの日は朝10時過ぎに家を出て安倍川餅屋さんに立ち寄る。桜餅、ある。5個で650円。うわあ、なんてきれいな桜餅なんだろう、とうきうきわくわくした気持ちを抱えつつ車の中に桜餅を置いてスーパーでの食材買い出しに励む。

 帰宅して食材を片付けるところに片付け緑茶を用意する。袋から桜餅を取り出しただけでふわーっと桜の葉の香りが漂う。桜餅が入っているパックを開けるとさらにぶわーっと香る。薄桃色のもち米がピカピカつやつやとしていて一粒一粒が立っている。桜の葉の塩漬けは緑と茶色の間の色で繊細な葉脈が広がる。中のあんこはこしあん、滑らかで軽やかでこれならいくらでも食べられそう。

 「うわ、すごい桜餅のにおいがする」と言いながら居間に入ってきた夫に「私こんなきれいな桜餅を見たのは初めて。私の人生の中でこの桜餅は最高峰だと思う」と伝える。夫は「どれどれ」とパックを開け「うわ、桜餅の香りがすごいな」と言う。夫は一口二口三口ほどで一個の桜餅を食べつくし「うまい、これはうまい」と続けて二個目を食べる。私もその勢いにつられて一緒に二個目を食べる。夫が「桜餅の桜の葉っぱっておいしいよなあ、この葉っぱがないよりもあるほうが格段にうまいけど、おとなになるまでこの葉っぱが食べられるって知らんかった。この葉っぱの塩味とあんこと餅の甘さとの兼ね合いが素晴らしいのになあ」と言う。

「私も小さいときは桜餅の桜の葉っぱはどちらかというと苦手でいつもわざわざ外して食べてたよ」
「でもそれは葉っぱを食べられるのを知ってて外しとったんじゃろ?」
「うん。私が葉っぱを外すと母や祖母が『その葉っぱがおいしいのにもったいない』って言うんだけど、だからといって母も祖母も私が剥がした葉っぱだけを好んで食べることはなかったなー」
「それはないやろ」
「どうやらくんはいつから桜餅の葉っぱも食べるようになったん?」
「結婚してからじゃないかなー、うちはとうさんもかあさんもみんな桜餅の葉っぱはむいて食べてたから誰もこの葉っぱが食べられるって知らんのんちゃうかな」
「え、そうなん? それならどうやらくんがおとうさんとおかあさんに桜餅買ってって一緒に食べて葉っぱも食べられることを教えてあげたらいいのに」
「うーん、でも桜餅の時期におれが広島にいることってないからなー、いたとしても桜餅のこと思い出してわざわざ買うとも思えんし」
「結婚してから葉っぱも食べるようになったって言ってたけど私達がどこに住んでいたときのことなん?」
「うーん、それはおぼえてない。けど『あー、このひと葉っぱまで食べようる』と思ってそのときから食べるようになったのはおぼえてる」
「そのときに私に『桜餅は葉っぱまで食べられるん?』って訊いたりした?」
「それもおぼえてない」
「じゃあ、私が『食べられるよ、一緒に食べたほうがおいしいよ』と説明したかどうかも」
「おぼえてない」

 結局この日は5個入りの桜餅のうち夫が2個私が3個食べた。

 我が家の近くの安倍川餅屋さんの安倍川餅はおいしいからときどき買って食べるのだけど、春に桜餅を買って食べるのは初めてのことで、こんなに美しくておいしい桜餅の存在をこれまで知らないままでいたとは、なんてうっかりしてたんでしょう、と思う。この春のうちにもう何度かこの桜餅を買って食べたいね、と夫と話し、翌週にはまた買ってきて今度は夫が3個私が2個食べる。

 大きさといい形といい香りといい味といいその存在すべてが美しくおいしい桜餅だからと今週の日曜日にも夫が買い求めに行ってくれたのだが「すみませんね、今日はお彼岸のお菓子作りが忙しくて桜餅は作らなかったんですよ」ということで購入できず。翌日夫が山に行っているあいだに午前11時頃私があらためて買いに行ったのだが「ごめんなさいね、今日の桜餅はもう売り切れたんです」と言われる。「桜餅の販売はいつごろまでなんですか? 桜の花が咲く頃までですか?」と尋ねると「うーん、どうでしょうねえ、なんとなくですが入学式の頃まではやってますねえ」とのこと。ということは4月の6日頃までなのだろうか。

 そして今日は仕事が午後からで午前中用事があって出かけたついでに安倍川餅屋さんに立ち寄ってみたら桜餅の最後の1パックが店頭にあり「桜餅ください」と650円を財布から出す。持って帰り緑茶をいれ桜餅をしばし見つめてその姿と香りの美しさにうっとりとしてからはむっと噛む。緑茶と一緒でももちろんおいしいけれど、ここの桜餅は緑茶なしでもそれだけでもさわやかでのどごしがよい。おいしかったー、と満足して元気よく出勤し仕事に励む。仕事を終えて帰宅したら桜餅の元気の余韻の勢いで夕ごはんをこしらえる。ちらし寿司(瓶詰めの素を混ぜるだけ)とほうれん草の卵炒り、豚肉とニンジンと白菜の汁多めの中華炒め煮、くるみ小女子、真空パックを開封するだけのあさりの佃煮、筍入りおから、筍の有馬煮。夫が筍の有馬煮を食べて「うわー、この筍の山椒ようきいてるなー」と言う。

「それ、筍の有馬煮だよ。なんでかはわからんけど私の中で有馬煮といえば山椒味の煮物だと思ってるなあ」
「へえ、そうなんや、有馬煮、と言われてもおれはなんも思いつかんな」
「有馬といえば有馬温泉、温泉といえばー、で止まる?」
「いや、そこまでも連想せんなー、有馬煮、ということは馬が関係してるんかなー、と思えば思うかな」
「ええー、有馬ときて馬かなーはないやろ。有馬地方のことについて私は全然詳しくないけど、もしかすると山椒の産地なんじゃないかな」
「有馬くらい山の中やったら山椒はありそうだけどそうなん?」
「いや、知らんけどなんとなく。私が勝手に有馬煮といえば筍にかぎらず山椒の実がいっぱい入った煮物だとイメージしているということはどこかでそういう体験があるからじゃないかなーと思って」

 そして食後には桜餅。見た目がかわいくて美して芳しくておいしくていとしい桜餅。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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