みそ文

誕生日のプレゼントを装って

 最近特定の音楽にはまっている。ベートーヴェンの交響曲7番の2楽章と4楽章。あとはヨハン・シュトラウスの「雷鳴と電光」。しかもカルロス・クライバー指揮のバイエルン国立管弦楽団の演奏とカルロス・クライバー指揮のウィーンフィルハーモニー演奏のもの限定。同じ指揮者と同じ楽団で同じベートーヴェン交響曲7番であっても1楽章と3楽章はどうでもよいらしくほとんど聴かない。同じ指揮者と同じ楽団の演奏であっても他の作品はどうでもよいらしくさらにもっと聴かない。ひたすら2楽章と4楽章を繰り返し聴く。

 最初はweb上で音楽を最初から最後まで聴かせてくれる場所に通っては聴いていたのだけれども、あまりにも頻繁に繰り返し聴くので、これはもう自分でCD買いましょうよ、と決めた。しかしCDを買うのは久しぶり。なんかドキドキするなあ。ええと、いつ以来だったかな、と考えてみたら、大河ドラマ平清盛の全仕事CDを購入以来のようだ。そうそうあれ以来車の中では常に清盛音楽を聴いているのだった。そう思うと久しぶりといっても一年半ぶりくらいか。そんなに言うほど久しぶりでもないな。

 けれどもなんだろう、この、聴きたいのは2楽章と4楽章だけなのに交響曲7番全部買うこと、しかもCDを別々に三枚も買うことに対するためらいは。三枚のうち一枚のCDは交響曲5番も入っているし、さらにもう一枚のCDには交響曲4番とシュトラウスの「こうもり序曲」も入っている(「雷鳴と電光」はこのCDの中に入っている)。うーん、うーん。自分のこの2楽章と4楽章と「雷鳴と電光」に対する欲望のためにCD3枚で1万円ちょっとの投資を私はしてもいいのだろうか、うーん、うーん。

 はっ。そうだ。いまなら広島の祖母の気持ちがよくわかる。祖母は自分が気に入って使いたいと思った畳一畳サイズの少々高価なペルシャ絨毯と出会ったときにそれを父の誕生日のプレゼントにするという口実で思い切って購入し、「誕生日おめでとう、これは祝いじゃ」と父にプレゼントする前から居間のテレビの前の祖母の定位置にその絨毯を敷き、父にプレゼントしたあともずっとその定位置でその絨毯の上に座ってテレビを見、ときどき絨毯の表面を撫でては「気持ちがええのう。ええ絨毯じゃ」と喜んでいた。

 今回買おうとしているCDを自分のためと思って買おうとするとうーん、うーん、迷うよう、になるけれど、これが「夫の誕生日プレゼント」だと思うとなにやら「うん、それくらい買ってあげたい」という気持ちになってくる。

「ねえ、ねえ、どうやらくん、わたし、いまなら広島のばあちゃんの気持ちがよくわかる」
「なにが?」
「あのね、今回私がCD買おうとしてるじゃん。聴きたい楽章の数を考えると買おうとしているCDに入っている楽曲の数がちょっと多いなーCDの値段が高いなーと感じて買おうかどうしようか迷うんだけど、これがね、自分のためじゃなくて、ベートーヴェン好きのどうやらくんの誕生日プレゼントに買うんだと思うとね、これくらい買うちゃる買うちゃる、いう気になってくるん」
「へえ、そうなんや。おれは別にそれでもいいよ。誕生日はまだ先じゃけど」
「ううん、でもね、よく考えたらね、もしもなんらかの事情やいきさつがあってどうやらくんと離婚なり別居なりすることになったときにね、私このCDたちを手放したくないん。自分のものとして持っておきたいん」
「それプレゼントじゃないじゃん」
「うん。だから私はプレゼントにせずに自分で自分用に買うけど、息子家族(私にとっての父と母と私達きょうだい)と同居していたばあちゃんにとっては別居の可能性としては、当時既に高齢だったしね、ばあちゃんの他界かなんかくらいだったんだと思うんよね、そうなると、あの家(私の実家)のあの場所にあの絨毯があるのはいい、自分が生きてこの家にいる間は使いたいな、と思ったときに家族の誰かへの誕生日プレゼントということにしてちょっと奮発したお買い物をするのはいい手だったんだろうなあ、と思って」
「そうかあ?」

 そうしてこのたび購入した3枚のCDそれぞれから2楽章と4楽章を抜き出して録音し3種類それぞれの2楽章と4楽章を繰り返し比較しながら聴いている。86年5月演奏のシュトラウスの「雷鳴と電光」も最後に入れてシメ的に聴く。何度も何度も繰り返し繰り返し、仕事中と入浴中と睡眠中以外はずっと聴いていると言えるほどに。

 幸いなことに小さな(私の手の中指よりは幅広だけど厚みが薄いくらいのサイズの)携帯音楽再生機があるのでそれをポケットに入れてイヤホンで聴き続ける。夫が帰宅したときに私が先に家にいればもちろん既に聴いており、夫が先に帰宅していて私があとから帰宅したときも「ただいま」と挨拶をして手洗い着替えを済ませたらイヤホンを耳に挿しこみ2楽章と4楽章を聴きながら夕ごはんを作る。食事のときにはいったん外すが食事を終えたらまたイヤホンを耳に入れて聴く。寝るときにも布団の中でひと通り聴いてからスイッチを切って眠りに落ちる。夫が「それだけ聴けばすでにCDの元は取り尽くしとるんじゃろうけど、なんか『こら、もういい加減にしなさい』って叱られそうやな」と言う。

「こら、って私を叱るのは、だれ?」
「誰やろうなあ」
「どうやらくんは叱る?」
「おれは叱らんけど」
「じゃあ、誰が私のことを叱る?」
「うーん、だれかなあ、だれかえらいひとかな」
「それはわたし?」

 そして今日はブルーレイオーディオなるものが届く予定。このブルーレイオーディオはCDよりも音質がよいらしく、音の奥行きや幅や芳醇さが愉しめるもののようなのだ。テレビに接続してあるブルーレイレコーダーで再生はするけれど映像はない。テレビの画面で再生する章などを選んで再生する。テレビのスピーカーで空気越しに聴くのと、テレビにヘッドホンをつないでヘッドホンで聴くのと、両方ともたのしみ。ちなみにこのブルーレイオーディオの内容は先に買ったCDのうちの一枚とまったく同じ内容だ。私は音楽を聴いてたのしむ素養のある子に育ったねえとは思ってはいたけれど、こんなに同じ楽曲ばかり(演奏年や場所は別だけど、それが違えば別物といえるのだろうけれど)買う子になるとは予想していなかった。まあ、そういうこともあるよね。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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