みそ文

娯楽における律の有無

 夫は毎年新年の抱負を自分で考えて決めているらしい。決めた抱負をことさら私に話すわけではないため、私は夫の一年の抱負の内容を把握してはいない。でもそういえばこれまでに何度か「今年の抱負はなになになんだ」と話してくれたことがあったかもしれないが、どんな内容だったのかあまり記憶にない。

 一昨日ノドグロを食べに出かけた帰り道の車中で、夫がその日の午前中に書店で購入した本について話をする。どんな本なのかと問う私に夫は「仕事の本だけど仕事の中でも趣味的な要素が多い分野の本かな」と言う。仕事に今すぐ直接必要なわけではない内容ではあるけれど夫としては興味があり勉強しておくと将来仕事上どこかで役に立つことはありそうだな、ないかもしれないけどそれはそれでいいな、というような内容なのだそうだ。「みそきちで言うなら薬にも関係はあるといえばあるけど現状の日々の仕事に直接すぐに関係あるわけじゃなくて、でもみそきちとしては個人的に趣味的にその分野に興味があるような、そういう分野」なのだと言う。それ以上詳しく説明してもらっても私にはよくわからないだろうなと思い「なるほど」と言う。夫が「去年は本を六冊読む、っていう抱負だったけど、吉川英治の本を読んだら六冊なんかあっという間だったから、今年の抱負は、吉川英治以外の本を六冊以上読む、上限はなく読めるだけ読む、にした」と言う。

「抱負、というのは、なんだろう、抱負に吉川英治さんの本を入れないのはなんでだろう」
「抱負、いうのは、ある程度己を律する要素が必要なものじゃないと」
「自分が好きな本を楽しく読むのは、律の要素は、ない、かあ、ない、か」
「いや、そんなことはないんじゃないかな、娯楽でも律があるときにはあるんちゃう?」
「そうかなあ、律だよ、自律の律よ、律令制の律よ。どうやらくんが吉川英治さんの本を読むのは、お酒を飲んで楽しくて飲んでおいしくて気持ちがいいようなもんでしょう? そんなお酒を飲むのに律の要素があるかなあ。己を律してお酒を飲むのは、お酒を飲みたくない人ならともかく、お酒を飲みたくて飲んでいる人には律はなさそうだなあ。読みたくて読んでひたすらたのしい本を読むのは飲酒みたいなもので、そこに律はあるかなあ、ないような気がするなあ」
「そうやなあ、ないわ。少なくともおれが吉川英治の本を読む限りにおいてはなんにも己を律してないわ」
「だよねえ」
「まあ、だから、吉川英治を除いて他の本を六冊以上、という抱負で。吉川英治の本は広島に帰省してる間に既に二冊読み終えたし、会社でも毎朝仕事前に30分弱くらい読んでるから六冊なんてすぐに読み終えてしまう」
「それはあっという間だろうねえ。ところで今年の豊富が『吉川英治さん以外の本を六冊以上読む』で去年が『本を六冊以上読む』だったんならその前の年の抱負はなんだったん?」
「んーーーー、なんだったかなあ」
「え、おぼえてないの?」
「うん、だって本格的に抱負を意識するようになったのってここ二三年じゃもん」
「え、そうなん。なんか前にも抱負を聞いたことがあるような気がするんだけど」
「あったかもしれんけど、今みたいに具体的な内容にして数字もありで手帳に書いて定期的に意識して、よしよし、とか、もうちょいがんばろ、とか思ってたわけじゃないから。昔は抱負なんとなく、一年健康に過ごす、とかなんかそんなかんじだったんちゃうかなあ」
「そうなんだ」
「それを去年から、本を六冊以上、百名山に七つ以上登る、にして、結果百名山は九個登った」
「なるほど数字がついたのが新しいんじゃね」
「富士山に登った年は『富士山に登る』が抱負だったかな。山はあれからだもんな」

 そうか。夫自身がたいしておぼえておらず思い出せない過去の抱負の内容を妻の私がおぼえていなくても思い出せなくてもそれはとても自然なことだわ。

 それにしても娯楽には己を律する要素がある娯楽とない娯楽とがあるのかなあ。私の娯楽と言えば、最近で言えば年末にケーブルテレビで連続放映していたパーソン・オブ・インタレスト(従来の犯罪捜査ドラマとは少し異なる犯罪予防ドラマの何度目かの再放送、これまでにもう何度も見た内容をまた見る)をひたすら見る娯楽において、あるいはやはりこの年末年始に大河ドラマ平清盛DVDを最終回から一話ずつ遡って見続けた娯楽において、私は何か己を律しただろうか。身に覚えがない。いや、眼精疲労がひどくならないうちに寝ましょう、と決めるのは律だろうか。しかしそれは眼球健康維持上の律であって娯楽における律ではないような。
 娯楽は娯楽ではあっても勉強要素やお稽古事的な要素がありある程度の練習の蓄積などが必要なものになると「律」が生じるのだろうか。ピアノなど楽器で演奏できるようになりたい曲が最初は円滑には演奏できず練習を重ねて重ねていく過程には「律」があるかもしれないが、その練習の過程が「娯楽」かというとどうなんだろう。
 例えば私がここに何かしらの文章を綴ることに「律」は伴っているのだろうか。あるいは例えばweb上で自分が気に入って読みたいと思い読む誰かの文章を読むときにそこに「律」はあるのだろうか。ううむ、なんか、やっぱり「律」はなさそう。
 夫とともにノドグロを食べておいしいね、はふう満足、全身特に脳みそにノドグロのあぶらと栄養が行き渡ってみなぎってぷるぷるぴくぴくしちゃいそう、と助手席でジタバタするときにも「律」はやっぱりなさそう。
 娯楽に伴う「律」の有無。ざっと考える範囲では自分にとって「律」が伴わない娯楽ばかりを思いつくけれど、自分にとって「律」が伴う娯楽は何があるかな、それはどんなことだろう、あるなら思いつきたいな。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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