みそ文

音楽会をたのしみに

 夜中にトイレに起きたときなどに、ぼうっと便座に腰掛け、ああなんとなく暑いなあるいは寒いなと感じつつ、えーとこれから私と世の中は夏に向かっているのだったかな、それとも冬に向かっているのかな、と考えて、あれれわからないぞと思いながらまた寝ることが増えてきた気がする。

 職場の同僚が「興味があればチケットあるから言ってね」と誘ってくれていた混声合唱と管楽器の音楽会のチケットを買った。日曜日の午後二時からね、と時間の段取りを考えて土曜の夜の眠りに就く。本日日曜日はよいお天気で、五竜岳に行った夫もさぞかし満足していることだろうと思いながら、洗濯大会と押入れ片付け大会をしてから、音楽会に出かける支度をする。

 押し入れを片付けた時に、使うアクセサリーと使わないアクセサリーを分類し、使うものは残し、使わないけれど石や工芸品として鑑賞するために手元に置きたいものを残し、鑑賞も使用もないと判断したものには「これまでお世話になりました、どうもありがとう」と挨拶をして燃やせないゴミ袋へと見送る。そんなついでがあったから、しばらく使っていなかったイヤリングを今日は耳たぶに飾って出かけた。

 音楽会が開催される建物の駐車場には満車の表示が出ており入り口には何台もの車が列をなしていてここに駐めるのは無理そうねと判断し隣の立体駐車場に移動してみる。が、そこも満車の表示と車の列で、少し離れたところにある平面駐車場に行く。私の前の車がすすいーっと駐車場に入る。ああ、よかったここは空いているのね、と前の車が入ってバーが下りてきたところで一旦停止して駐車券のボタンを押すが券が出てこない。なにゆえ、と表示を見ると「満車につきしばらくお待ち下さい」と書いてある。しばらくってどれくらいかなあ、二時からの開演に間に合うかなあ、と思いしばらく待機。私が駐車場入り口に停まったままでいるから、他の車は「ここは満車なのね」と判断してよそに行く。

 五分くらい待っただろうか。一台の車が出て行き、私の運転席側にある駐車場の機械から駐車券がびびっと出てきた。出て行った車がとまっていたところにしゅしゅうっと入って駐める。日差しが眩しい。日傘をさして音楽会開催会場の建物を目指す。建物の中に入りエレベーターに乗る。チケットで階と会場名を確認して八階まであがる。エレベーターの透明な箱と透明な建物の中から遠くのビルや山の稜線がきれいに見える。見晴らしがよくて気持ちいいなあ。
 
 八階のフロアに出て受付のほうにむかうが、なんだろう、なんとなく予想していたものとはなにかの趣が異なる。まず受付周辺を歩く出演者と思われる人たちのいでたちが「混声合唱と管楽器」のイメージとは異なる和服。着物と袴。いや、混声合唱と管楽器の奏者のひとたちが着物と袴で登場されても全然かまいはしないのだけど。そして会場から漏れ聞こえる発表中と思われる音声が「混声合唱」ではなくて、どちらかというと「単声独唱」。そして私はこの「単声独唱」がなにかをおそらく知っている。これは、詩吟、ではないだろうか。私が詩吟を聴いたのはもうずいぶんむかし、母と弟が詩吟を習っていた当時のことだからそうとう昔のことで、当時の私が知っている詩吟は基本的に単声独唱だったのだが、もしかすると詩吟の世界にも混声合唱で唄う方法ができたのだろうか。しかし同僚はフルート(管楽器)奏者ではあるが詩吟とコラボレーションするというような話はしていなかったような、むむむむむ。

 そこでふと自分の手のひらのチケットに目を落とすと、そこには10月6日日曜日という日付が。えーと、今日は9月29日だったような気がするわ。昨日仕事で薬袋に押した日付のスタンプが9月28日だったもの。ということは10月6日は来週?

 そうだ、そうだ、来週だ。あらまああらまあ勘違い勘違い。さ、音楽会会場の下見と予行演習はこれにて終了ということにして帰りましょうね、帰り道でいつものスーパーに行って一週間ぶんの食材買い出しもしましょうね、と再び透明なエレベーターに乗って一階におりる。やっと見つけてとめた駐車場の車に戻る。駐車料金はどうだろう百円くらいかなどうかな、と思い駐車券を出口の機械に入れる。駐車料金は0円と表示される。

 駅のこちら側の駐車場はどこも混雑してなかなか駐められないということを久しぶりに思い出したから、来週の音楽会当日にまたここに来るときには、駅の反対側の民間駐車場に駐めて歩いてくることにしましょう、と決める。

 夫が五竜岳で泊まった山小屋はお客さんでいっぱいだったけれど、なんとかひとり一枚の布団で眠ることができたという。山小屋の布団はふつうのシングル布団よりも一回りサイズが小さくて、すこししっとりとしていて、布団を敷き詰めた部屋には足の踏み場がなくて、足の下には他の人の頭がすぐそこにある。部屋の中程に寝る人は頭のすぐ上に他人の足があり自分の足のすぐ下には他人の頭がある状態。夫は頭が壁際になる位置に寝られたから足の下に他人の頭は感じるが自分の頭の上に他人の足は感じることなく眠れた。山小屋の混み具合としては、夫の山小屋体験のなかでは最初の富士山につづく混雑で、でもシャツを着替え靴下を履き替えるくらいの余裕はあった(富士山では着替えも履き替えもできなかった)。終始快晴だった山の写真はどれも秋晴れの光に満ちている。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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