みそ文

ボリショイバレエと日本舞踊

 私が小学校一年生と二年生のときの担任の先生はタリオカ先生だった。女性の先生で、当時同じ小学校の上級生にタリオカくんという男の子がいて、タリオカ先生はそのタリオカくんのお母さんでもあった。今にして思えば、その頃のタリオカ先生は今の私くらいの年齢かもしかすると今の私よりもずっとお若かったのかもしれない。

 お盆に実家で話していた時、何かの話の流れで私が「タリオカ先生には一年生と二年生のときに受け持ってもらった」と言うと、母が「たった二年しか受け持ってもらってないんかね。なんだかもっと随分お世話になった印象があるのに」と言う。私が「それは、タリオカ先生には、ボリショイバレエに連れて行ってもらったからじゃないかな」と言うと、母は「ボリショイバレエ?」と問い返し、夫と父は「なにそれ」的な表情をする。

「ほら、私、小さいときに、バレエが習いたくて習いたくて、バレエバレエ言うてた時期があって、とうちゃんがどこかバレエを習えるところがないか調べてくれてね、でも当時バレエを習おうと思ったら広島市内のバレエ教室までニ時間近くかけて通うしかなくて、そんな小さい子がひとりでレッスンに通うのは現実的じゃなかったし、しめじ(弟)もやぎ(妹)も小さくて親が私のバレエ教室通いに付き添える状態じゃなくて、でも私がいつまでもバレエバレエ言うけん、とうちゃんがボリショイバレエ団が広島に来ることになった時にチケットを二枚買うてくれたんよ。もともとはうちのおとなの誰かが連れて行ってくれる予定だったんじゃろうと思うんよ。それがなんかでとうちゃんもかあちゃんもばあちゃんも私を連れて行けんようになって、どうしようかいうて、結局タリオカ先生にお願いしてみよう、っていうことにしたらしくて、タリオカ先生に同行を頼んでくれたん。タリオカ先生は音楽の先生でもあったし学芸会や運動会のお遊戯やダンスの指導にも熱心な先生じゃったけんバレエには興味がないわけじゃなかったんかな、とうちゃんとかあちゃんに『いいんですか、そんな高いものをタダで観せてもろうても』いうて言いようちゃったけど、全然タダじゃないよね、勤務時間外に小さな私を連れて広島まで行って私に夕ご飯食べさせて観劇中おとなしく観とくように監視して、またうちまで連れて帰ってこんといけんのに、タリオカ先生、ボリショイバレエのチケットを二枚預かって、私を連れて行ってくれちゃったんよ。そのときの夕ごはんに、お好み焼きの徳川だったか、むすびのむさしだったか、のお店に私を連れて行って食べさせてくれちゃって、先生がおごってくれちゃったんか、とうちゃんとかあちゃんが先生に私の交通費と食費を渡してくれとったんかは私は知らんのんじゃけど、とにかくどちらにしても大阪風お好み焼きだったとしても外食のおにぎりだったとしても私が初めて体験する食べ物じゃったけん新鮮でねえ。ボリショイバレエ自体はどこであったんじゃろうか、あの頃ああいうのができるところといえば、広島郵便貯金会館じゃったんかねえ」

 母は「そんなこと全然おぼえてない。あんたあようおぼえとるねえ」と感心する。私は「だって夏休みの絵日記にも書いたもん。それにあのボリショイバレエ観たおかげでバレエ習いたい習いたいいうツキモノがとれておとなしくなったけん、相当満足したんじゃないかなあ」と言う。父は『そういえばそんなことがあったかなあったかも』な表情になる。夫が「それで、みそきちは結局バレエは習わんかったん?」と私に聞く。

「うん、バレエはね、習わんかった。でもむかしもいまも歌舞音曲は好きなほうじゃけん、人生のどこかで踊りが習えたらいいなあ、とはけっこう強く思いつつボリショイバレエを見終えたんだと思うんよね。そしたら小学校六年生の春に学校から帰ってきたらいきなり『今日から毎週日本舞踊を習うんよ』いうて言われて、なにそれ、なんかわけわからんのんじゃけど、言うとるうちにお稽古が始まって。ボリショイバレエ当時の私の『踊りが習いたいです』っていう願いはそれで叶ったことにはなったんじゃろうけど」
「でもなんで日本舞踊じゃったん?」
「んー、もともとはばあちゃんの肩があがらんようになったときに肩のリハビリになんか楽しく体を動かすのを続けるにはどうしたらええじゃろうか、いうてとうちゃんとかあちゃんが考えて、ばあちゃんはむかし娘時分に習いようた日本舞踊が好きじゃけん日本舞踊ならええかもしれん思うたときに、たまたま日本舞踊の先生が近くに住んどってじゃいうのがわかって、習う人数が多いときには自宅まで教えに来てくれてじゃけんいうて、家族全員で習うことになったんよ」
「え、おとうさんもしめじくんも?」
「そうよ。家族六人全員じゃもん」

 母が「おばあちゃんは誰よりも練習熱心でねえ。ひとりで何回も何回もレコードかけて練習してからお稽古当日に臨みようたよねえ。他の者はよっぽど発表会前なんかじゃないと普段はお稽古当日以外になかなか練習してなかったのに、おばあちゃんはえらかったよねえ」と言う。私は「踊りを習い始めてしばらくしたら、ばあちゃんの肩治ったよね」と思い出す。

 私達家族が日本舞踊を習った先生のところで、妹とみみがー(姪)は今もお稽古を続けている。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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