みそ文

そして炊きたてのご飯を

 今は他界中の友人が自宅療養していた頃、がん疼痛を軽減する目的で彼女の身体をアロマオイルトリートメントしに通っていた時期がある。鎮痛剤を使いつつも彼女は「痛みが思い通りになくなるわけじゃないのに痛み止めの副作用で眠たくなるのが嫌だから」と言う。私が「それは私がアロマで身体を触ってるときにも痛みがなくなるわけじゃないし眠たくなって寝てるじゃん。でも私のトリートメントを求めてくれるでしょ。痛み止めのことも同等に捉えて求めていいのではないかしら」と言うと彼女は「うーん、痛みが完全になくならないとしても、みそさんに触ってもらっている間は鎮痛剤を入れた時の何倍もらくだから。それで眠くなって寝たとしてもその眠りも気持ちいいの。薬のほうは使った割には痛いままで、それで眠くなって寝てる時も痛いのは痛いのよねえ」と言う。私は「んあー、そうなんだー、それは痛いねえ。でも事前に鎮痛剤を使ってくれていればこそ、私のアロマトリートメントの手技も薬と一緒に身体のお手伝いができてるんだと思うよー」と言う。

 和室のふすまを閉めて半裸の彼女にバスタオルをかける。手のひらであたためたアロマトリートメントオイルを彼女の身体に塗り伸ばす。彼女の呼吸に合わせて上下左右にオイルのついた手のひらを広げる。少しずつ少しずつペースをゆるやかにしてそれからリズミカルにそののちまたゆるやかに。彼女の呼吸が私の手のひらのリズムに合わせて少しずつゆるやかにそして深くなる。彼女は「痛いときってどうしても呼吸が浅くなるけど、意識して深呼吸をしたくらいではなかなか自力だけではこの呼吸の深さが取り戻せないんよねえ、ああーきもちがいい、痛みがまぎれるー」と空気を吐いては吸い、また吐いては吸う。背中、足の裏と太ももの裏側とふくらはぎ、足の甲すね膝と太ももの表側、腕と手のひらと手の甲。デコルテと顔と頭。90分前後経過して「ひととおり終わったけど、もうちょっと触ったほうがいいかんじのところがあれば」と言うと彼女は自分の身体に意識を集中して「坐骨の内側につながってるところあたりかなあ」などの希望を伝えてきてくれる。では、と、その部位にまず手を当て、そこからもう片方の手を滑らせて彼女の身体が「ここから始めよ」と伝えてくる場所をさぐる。いきなり指定の部位をほぐすのではなく、指定の部位を両手で覆ってから『あとでまた戻ってくるから準備をよろしくね』と思いを込めたのちに『ここから始めよ』の部位から順番にゆるめていく。

 台所で夕餉のしたくをしているお姑さん(彼女の夫のおかあさん)が「あれー、うーん、あれれー」となにやらお困りの気配がふすまごしに聞こえる。彼女が「ああ、たぶん部品が」と言う。私は手をタオルでふいてからふすまを開ける。「おかあさん、どうかされましたー? 私に何かお手伝いできそうでしょうかー」と言いながら台所に近寄ると「炊飯器がねえ、うまくスイッチが入らないの」とおっしゃる。

「はてさて、どうしたんでしょうね。ではまずはパーツのチェックをしてみましょうか。お米とお水の入ったお釜はおっけー。蓋の内蓋もおっけー。外蓋のこの部分のここも大丈夫そうですけど、うーん、どうなんでしょう、この部品のさらに中にある小さい部品が水切りカゴかどこかに残ってるとかないですかねえ」
「そう思って見たんだけど全部大丈夫そうでしょう。水切りカゴになにか残ってるかねえ…、あっ、あった、みそさん、これだわ。これをつけてないからスイッチが入らんかったんだわ」
「ああ、見つかってよかったですねー。この部品をここに入れれば」
「ああ、スイッチ入った入った。よかった」
「おおー、めでたしー。解決してよかったですねー。今ならまだまだ夕ごはんの時間までに余裕で炊きあがりますよ。早い時間に気づいてよかったですね」
「ありがとう。じゃ、みそさんは戻ってまたアロマの続きしてあげて。私ちょっと買い物に行ってくるから」
「はーい。いってらっしゃい。よろしくお願いしまーす(炊飯器の中のご飯はその日の私の夕ごはんでもある)」

 それから私は和室に戻りまたオイルを手のひらで温めて彼女の身体を触る。彼女はおもむろに「ああー、みそさんみたいに言うたらいいんよねえ」と言う。

「なにが?」
「さっきの、いまの、ううん、いっつも。おかあさんの炊飯器のスイッチが入らないときとか。私ね、おかあさんが私の看病のために毎日ずっとここにいてすごくよくしてくれてるのはわかってるしすごく感謝してるのに、ああいうときとっさについ、なんで何度もやってることなのにまたそんなこともできないのよ、っていうような責め心が湧いてくるん。おかあさんだけでなくてどうだくん(彼女の夫)に対しても、やってくれていることよりもしてもらえてないことに目が行くの。でもさ、そういうのって実際に言うわけでもないし、それをいま責めても仕方のないことやん。それなら解決してよかったことに着目したほうがお互いに平和やん。ご飯が炊けるのは食事に間に合えばいいことなんやけん、ちょっとくらい遅くなってもたいした問題じゃないんやけん。早く気づいてよかったって、部品が見つかればすむことなんやけん、部品の入れ忘れがこれまでにもあったとしても、それでも見つかってよかったって、スイッチ入ってよかったって、そう思ってそう言えばそれで済むことやん」
「うーん、まあ、人それぞれ認知に関しては得手不得手の分野があるのはあるけんねえ。おかあさんにとってはあの炊飯器のパーツが微妙に何度でも難しいんかもしれんね。そもそもおかあさんにとってはあの炊飯器は普段自分ちで使いようてのものとはちがうしねえ、自分で選んで自分で買った炊飯器でもないしねえ、息子夫婦の家とはいえよそのおうちの家電製品を使いこなすのはちょっと力がいることではある。でもさ、からだが痛いときには気持ちの余裕が少なくなるじゃん。自分の円滑や快適がそがれる要素や要因に対しては責め心だって湧くよ。それはまっとうでそういうもんじゃないかなあ」
「ううん、そういうもんじゃないと思う。こういうのは習慣なの。たぶん私は普段から、この病気になる前から、具合がいいときでもずっと、とっさにそういうふうに思って捉える習慣があったんだと思う。元気なときにはちょっとでも誰かに対して責め心の尻尾を感知した時点で自分でちゃっちゃと動いて解決して、それでいいと思ってたんじゃないかな。で、そういう感情や思考の習慣はいざ自分がこういう思い通りにならないからだになったときにすごく自分で自分のこころを蝕むというかね、こころだけじゃないのからだも、ただでさえ痛いからだを自分の感情や思考がさらに傷つけて痛くしているのが今は本当によくわかる」
「ああ、それは、相当に痛いのよ。なでなで」
「うん、痛いのは痛いけど、たぶんね、おかあさんやどうだくんに対する責め心が湧くたびに私はそういう責め心が湧く自分を自分ですごく責めてしまうん。それが本当にすごくつらくてイヤなん」
「うーん、ただでさえ痛いのに、それはさらに痛みが増すじゃろう」
「そうなんよ。おかあさんやどうだくんをこころの中で責めて、そうやって責めたことで自分を責めて、それで自分で自分のからだをいためつけて痛みを大きくして、それで誰にもなんにもいいこといっこもないじゃん。だから誰かや何かを責めるんじゃなくてさー」
「んー、そうかー。でもさ、痛くないときはそういう責め心が湧くことで自分を責める心情はそんなに湧いてなかったわけでしょ」
「どうかなー、そうかなー。そういえばそうかなー」
「ということはよ、やっぱりね、他者に対する責め心も、その責め心が湧く自分に対する責め心も、痛みや不調の目安というか指標なんじゃないかなあ。自分に対する責め心まで湧いてくるときというのは、それは『自責の念』とか『自責感』っていう症状だから、やっぱりそれだけ具合がよくないっていうことなのよ。だからそういう自分の感情や思考に気づいたら『ああ、これは、相当痛みが強いんだな、具合がよくないんだな』と判断してだね、使える薬はさくっと使って養生して、そしておかあさんにもどうだくんにも各自至らぬ点はそれはそれとしてありがとうはありがとうねと思ってリクエストできそうなことはリクエストする方向で考えられそうなら考えつつ、一連の自分の労をねぎらうパターンでいくのはどうかな。他人や自分を責めないようにするのもいいけど、自動で責め心が湧く時にはそれはそれで仕方がないじゃん、具合がよくないんじゃもん。責めるのは責めてもそのあとの展開を手動で双方ねぎらいでよりきるパターンを新たにくっつけるかんじではどうじゃろ」
「でもそれだといったん自責の念で自分が傷つかんといけんやん。それでがん細胞を自分でがしがし作って増やすことになるんだよ、それが今はわかるもん。そんなん自分が損やん。家族にもなんにもいいことがない。それなら最初から、お、そこで気づいて解決してよかったね、って、無理矢理にでもそういうことにしたほうが自責も湧かず自分も傷つかず相手も傷つけず相手を傷つけたことで自分のこころが痛むこともなくて、からだの損傷も少なくて、私はそっちのほうがいいと思う」
「そうか。そういうことなら、そこまで言うなら、止めない。存分に行きたい方向に行ってくれ」
「ねえ、ほんとうにねえ」
「でもね、私の具合がよくないときに、どうやらくんにしてもらいたいことがなかなかしてもらえないときには、やっぱり『なんですぐにいいぐあいにしてくれないの』って責め心が湧いてると思うなあ」
「だからってそれでみそさんは自分がそう思ったこと責めないでしょ」
「ああー、そうかなー、そこは自責の念が湧くべきところなんかなあ」
「ううん。いいんよ。湧かんでいいん。それにそもそもどうやらくんのことは責めていいと思う」
「え、それは、なにゆえ。だったら、おかあさんやどうだくんのことも責めていいんじゃ」
「ちがうん。どうやらくんはね、なぜそこでそれをする、それを言う、なことがよくあるやん。なぜそこでそういう要らんことをっていうような。だからみそさんはどうやらくんのことを責めたいときにはいつでも責めていいよ。私がゆるす」
「あのー、一応私の配偶者の名誉のために言っておくとね、どうやらくんは要らんことをしようと思って何か言ったりしたりしてるわけじゃないと思うの」
「そうかもしれんけど、だから余計によー。結果的にそれでみそさんが『ああっ、もうっ』って思うってことはそういうことなのよ。だからみそさんはどうやらくんを好きなだけ責めていいけん」
「なにやら私に対してたいそう寛大なことで本当にどうもありがとうだけど、その寛大さをぜひあなたにも」
「あれー、ほんとねえ」

 そして炊きたてのご飯は極上においしかった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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