みそ文

ヤギとリフト

 車のナビが「目的地周辺に到着しました、案内を終了します」と言う頃には、「天空リフトこちら」の案内があちこちに見えてもうまったく迷いようがない。第一駐車場はいっぱいで、それではとリフト乗り場からは少し離れた位置にある別の駐車場に駐める。

 冬にはスキー場になるのであろう広大な敷地が夏場は草原として開放される。草原に座り寝転びくつろぐ人もいれば、存分に駆け回る小さな子どもたちもいる。

 草原と草原の間にある通り道を歩く。リフト乗り場の手前に、山側には白ヤギが、道路側には黒ヤギが、それぞれに立つ。親子連れの人が何か葉野菜を与えている。白ヤギと黒ヤギの間の地面には「エサのかごはこちらに返してください」の入れ物が置いてある。夫が「帰りにヤギのエサやる!」と宣言する。私が母に「どうやらくんね、旅先で、動物にエサをやるのが好きなん」と話すと、母が「むむぎーもなんよ。北海道のクマ牧場なんかでも、必ず『おれ、エサやる!』いうてエサやってる」と言う。

 天空リフトは冬はスキー客を運ぶために使うもので、屋根や壁はなく枠組みと二人乗りの椅子があるだけのもの。夫が先ほどの茶屋に続き「ここもおれが出すから」とリフト券を三人分購入してくれる。母と私は夫に「ありがとう」「ありがとう」とお礼を言ってからふたりで一緒に乗る。夫はその後ろのリフトに一人で乗る。リフトに乗って動くと高原の風に包まれる。

 リフトの下には植物が生い茂る。母が「これはハゼじゃね」と言い、私が「どうやらくん、この前、山でウルシにかぶれておおごとじゃったんよ」と話す。後ろの夫を見やると、ハゼの存在に気がついて「ひょええええ、こええええ」と身を縮めている。

 コスモスが咲き、萩がほころぶ。母が「ここはもうすっかり秋になってるんじゃねえ」と植物で季節を測る。私は「そうか、これが萩なのか、かっこいい形だね」とその姿を愛でる。大山は早くに秋になるというよりは、お盆のこの時期にこれらの植物が活躍するのが標準で、これが大山の夏、大山の盛夏、なのではないかしらと思う。

 リフトの終点で係員の人の指示に従いリフトから降りる。展望台までほんの少しだけ歩く。大山寺の展望台から見た景色とはまた少し方角が異なる。右手には美保湾、弓ヶ浜、中海、そして遠くにわずかに宍道湖かなという日本海側の景色が、左手には山陽と山陰を隔てる中国山脈。「こうして見ると中国山脈は脈脈しているのねえ」と思わず言うほど、みゃくっ、みゃくっ、とした山々が延々と連なる。母が「たぶんあれが三瓶山だね」と遠くを指さす。

 三瓶山は島根県の浜田市に住んでいた頃父に連れられて行って馬に乗せてもらった記憶はないが写真がある。写真の中の三瓶山はずいぶんと高原風味な景色。そして三瓶山は広島で高校生をしていた時の林間学校で行った山。登山、というほどのことはせず、なんとなくキャンプ、なんとなくオリエンテーリング(グループで歩いて草むらの中からカードを見つけて点を得ると同時にコースをどれだけ速く歩いてゴールするかを競うものでもあったらしい)(あったらしい、というのは、私はなんとなく山っぽい場所をグループで散策気分で歩いた記憶しかなく、同じ高校で同じ学年にいた夫が「あのときおれらのグループは得点よりもスピードで勝とうという作戦にした」という記憶を話してくれて、あれはそういうゲームだったのかとたぶん初めて知ったから)、なんとなくキャンプファイヤーをした場所。

 夫に「山頂からだともっとこれが遠くまで広々と見えるの?」と訊くと、「うーん、だいたいこんなかんじ」と盛り上がりに欠ける返答。「お天気がよければ四国まで見渡せる日があるらしいけど、今日くらいのお天気だとそんなに遠くまでは見えんかった」から「だいたいこんなかんじ」なのだとか。だとしたら、ますます私は、自力で歩いて高いところに登ることなくこうして乗り物に乗って移動して景色を眺めれば満足だなあ、むしろどちらかを選ぶときには斜面を歩かなくていいほうを積極的に選ぶなあと思う。しかし山を歩く人にとっては、景色を眺めることも楽しみのひとつではあろうが、そこに至る道程、坂道斜面を歩く行程が楽しいんだろうなあ、きっと。

 リフトは往復券と片道券がある。私たちは往復券で往復したが、片道券で登った人は、ここからさらに徒歩で山頂あるいは大山寺もしくは大神山神社を目指すようだ。

 展望台からの景色を満喫して下りのリフトに乗る。ここで係の人に半券を渡す。下りはのぼりとは異なり外界を見下ろしながらの運行。リフトがぐわっと宙に浮いた途端、身体がひょひょうっとよじれる。上りの時には山の斜面を足元に見て安心感があったのに、今はリフトと山肌との距離がなんだか妙に大きくて、断崖絶壁の端っこにギリギリ立っているようなこころもち。

 母がリフトの取っ手をぎゅうっと掴んで「さっきまで気持ちよかったけど、ここは苦手だー」と言う。断崖絶壁や吊り橋系が苦手な夫はどうしてるかな、と後ろを向くと、しっかりと深く座って「ここ怖い」と言う。母に「どうやらくんは、こういう感覚の場所に来ると、おしりの穴がきゅううってつぼむ、って言うん」と話す。母は「ああ、それ、わかるわあ」と言う。

 しばらくすると、また地面がわりと近くなり身のすくむ感覚はなくなる。帽子が風で飛ばされないよう軽く手で抑える。のぼりのリフトに乗る人達とすれ違う。小さな男の子がふたりで乗るリフトが通り過ぎる時、そのふたりがこちらに向かって元気よく「こんにちは!」と挨拶する。大山とリフトが楽しくて嬉しくてたまらない満面の笑みで。私達も「こんにちは」と挨拶を返す。ふたりの男の子たちは後ろの夫にも、その後ろからくる人にも繰り返し「こんにちは!」「こんにちは!」と元気よく挨拶する。男の子たちのうしろには、小さな女の子が祖母と思われる女性とふたりで乗っている。その女の子もやはり満面の笑みで私達に「こんにちは!」と言う。「こんにちは」とまた挨拶を返す。

 下界ではそれほどでなくても、なぜか山では挨拶が多くなる。夫も山ではすれ違う人とよく挨拶を交わすようで、山情報を交換したあとの別れ際には互いに「お気をつけて」と言うのが定型なのだそうだ。まだ八月になる前に、実家の父と弟がそれぞれに夫に宛てて夏の贈り物を送ってきてくれた。私が仕事で不在の時にそれを受け取った夫は、すぐに私の実家にお礼の電話をかけた。電話には母が出て、お礼を言い、「しめじくん(弟)にもよろしく伝えてください」と言い、「それでは、お気をつけて」とつい言うてしもうたんだ、と夫が話していた。夫は山歩きの挨拶言葉を電話で使うのはおかしかったような気がする、としばらくの間気にしていた。私は「夏の暑い時期の電話だし、お体にお気をつけて、でもなんでも、お気をつけて、は別におかしくないと思うよ」と言ったが、夫は「ううむ」と腑に落ちなさそうであった。その話をリフトの上で母にしたら「あら、電話の最後が、お気をつけて、だったかどうかはおぼえてないけど、夏バテしないように気をつけてくださいね、くらいの意味で捉えていたのかな、なんにも不自然に思わんかったよ」と言う。

 それよりも問題なのは、夫が母に「しめじくんにもお礼をよろしく伝えてください」とお願いしたにもかかわらず、そして母は「はいはい、わかりました」と言ったにもかかわらず、しかし私の実家家族間ではこれは本当によくあることで、もはや誰も問題にすらしないのではあるけれど、私が後日弟に「先日はおいしい贈り物をありがとう、と、受け取ってすぐにどうやらくんが電話して、母に、しめじくんにも伝えてください、と言ったのは伝わっていますか」とメールを送ったら、弟からの返信に「母からは聞いていませんが、今の姉からのメールで伝わりました」と書いてあったことのほうだと思う。

 リフトは無事に終点に着く。面白かったね、眺めよかったね、と、満足して草の上を歩く。夫は小さな売店で「ヤギのエサ」をひとかご購入。母と私よりも先に歩き、夫は白ヤギのもとへ向かう。かごの中身はキャベツだろうか、レタスだろうか。半分白ヤギに与え終えたところで、今度は黒ヤギに向かうが、黒ヤギの周りには家族連れの人達がいて、夫は「黒ヤギは忙しそうだから、白ヤギのところに行ってくる」とふたたび白ヤギのそばへ。

 夫が白ヤギにエサをやる姿を母がカメラで撮影する。大山の山の形が背景にきれいに入るように。白ヤギと夫の両方とも全身が写るように。母が「ああ、いい具合に撮れた」と満足そうにその画像を私に見せる。ああ、ほんとうだ、よく撮れてるね、と私が言うところに夫が近寄る。夫は自分と白ヤギと大山の姿を見て「おかあさん、今、クマ牧場でクマにエサをやるむむぎーと同じレベルに、この写真、分類してるでしょう」と不本意そうに問う。母は「うん」と当たり前のことであるかのようにうなづく。私が「いいじゃん、エサやり好きの仲間じゃん」と言うが、夫は「おれは中一のガキんちょとは違うっ」と小さく叫ぶ。そして最後の一枚のエサを持ち、家族連れの気配がなくなった黒ヤギのそばに近寄る。黒ヤギはちゃんと夫の手からエサを食べる。

 夫が「ここのヤギはこっちの手に持ったエサは食べるけど、食べそこねて地面に落ちたやつはそこにあると示しても食べない」と言う。それは人間の手の高さがちょうどヤギの口の位置の高さにあるから、屈む手間がなくてラクだからかしらね、と予想する。

 白ヤギさんも黒ヤギさんも働き者な人たちだねえ、と、感心しながら離れる。夫はエサのかごを定位置に戻してから私達にすぐ追いつく。私が「あそこの駐車場の向かいの建物でソフトクリーム食べたい」と言うと、夫が「ソフトクリーム食べるんなら、どうせならミルク牧場に行こうよ」と言う。母は「そこは私も行きたい、行きたい」と言う。では、ソフトクリームを求めて、大山まきばみるくの里に行きましょう。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (109)
仕事 (161)
家族 (299)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん