みそ文

大切なことを思い出す

 石畳の参道からそれて少し歩くと大山寺に着く。境内の裏側から寺社の敷地に入る形。境内の表側は広く張り出したバルコニーのような展望台のような構造。手前の米子市内はもちろんその向こうの美保湾に弓ヶ浜から島根半島までずっとのびやかに見渡せる。

 母が「弓ヶ浜がきれいな弓の形に見えるねえ」と指差す。母が山陰地方の地名を呼ぶ時、その声には、ふるさとに対する愛着のような音色が自然と奏でられるように感じる。私は大山に来たのはたぶん初めてで、大山寺からのこの景色を見るのも初めてで、ああなるほどだからあそこを弓ヶ浜と呼ぶのかと、弓の形の陸を眺める。

 境内から下る階段をおりる。途中のちょっと広いところでベンチに腰掛ける。それからまた階段をおりる。階段を下から登ってくる人たちとすれ違う。すれ違う人々の年齢層はさまざまで、かなり段数のある階段だけど、二歳くらいかな三歳くらいかなと思える小さな子もひとりで歩く。前後には身内の大人がともに歩いて安全は確保している。小さな子は自力でひとりで階段をあがれるのが誇らしくてたまらない表情ですれ違う私達に「こんにちは!」と声をかける。私は「こんにちは」とにっこりとする。母は「はい、こんにちは、ひとりで上手に歩くねえ」と言う。そのあとも私達の背後の人たちが「がんばってよー、まだ先は長いよー」などそれぞれに対応してくれるから、その子はますますはりきって「こんにちは!」「よいしょ、よいしょ」と力強く階段をあがる。

 階段をおりきったところが昨夜ライトアップされていた山門で、昼間の金剛力士像はひんやりと静かに立つ。おとなひとりあたり協力金三百円をお願いします、と書いてある札を見てお財布を開ける。母が先に五百円玉を置いたから私が百円玉をひとつ置く。大山寺と書かれた紙を二枚受け取る。母に「二百円おつり要る?」と訊くと「そんなの、いいようねえ」と言うから、「ありがと、じゃ、私は百円で」と寄進百円で大山寺と大神山神社を満喫。

 山門から外界におりる。山の上のほうに比べるとやはり少し暑く感じる。参道前の角にある茶店の外のメニューを見る。あれもいいね、これもいいね、と思うけれど、私は部屋に帰って緑茶で『生もみじ』が食べたいなあ、と思う。それは歩いている間少しずつお腹がすいてくるにつれ、何度もああ生もみじが食べたい、と思ってそうつぶやいた。母は「生もみじもそこまで望んで食べてもらえたら本望じゃろう」と笑う。結局茶店には入ることなく、宿に戻る。

 部屋には夫がいて「おかえりー」と迎えてくれる。手を洗ってうがいして、新しいポットのお湯で緑茶を淹れる。卓上の生もみじを選ぶ。私は抹茶味のものとつぶあん入りのものを、母は「私はこしあん」と言う。はて、母は、こしあん派だったのかしら。夫はつぶあん派であることを名言している人だけど、私はつぶあんもこしあんもそれぞれ両方とも好きで、あとからまたこしあんの生もみじを食べる気満々。夫に「お茶飲む?」と聞くと「いただく」と言うから、みっつの湯呑みにお茶を注ぐ。はいどうぞ、はいどうぞ、と、それぞれの前に置いて、生もみじを開ける。

 散歩というには少し長くおよそ二時間歩いて帰ってきた身体に生もみじがおいしい。緑茶もおいしい。

 私達が宿を出たのは九時を少し過ぎたくらいでおそらく九時十五分かそれくらい。夫は九時半頃宿に戻ってきたのだとか。「ああ、じゃあ、ちょうど入れ違いくらいだったのね」と話す。夫が宿に戻ってきたときには、まだ部屋の掃除中だったから、一度お風呂に入りに行き戻ってきたら掃除が終わっていて横になれたらしい。「お布団が出したままにしてあったからよかったでしょ」と私が言うと、夫は「布団は使ってない。畳にそのまま寝転んでた」と言う。

 夫が歩いた行程の写真を見せてもらう。出発から一合目、二合目、と珍しく順に何合目という表示ごとに撮影されている。写真の中の夫は二時間もしないうちに山頂に着く。まだ朝八時になっていない。お昼ごはんのおにぎりというにはあまりにも朝な時間だから、おにぎりは食べずにおりてきて、宿に戻ってから食べたのだそう。夫は朝のおにぎりは五時半頃に部屋で食べた。みっつのおにぎりの中身は梅、昆布、ゆかりを全体に混ぜ込んだもの。夫は「さすが精進料理。おにぎりも精進なのか、と思った。鮭もおかかもツナもなかった」と言う。

 母が「そういえば」と母のカメラを見せてくれる。「昨日のライトアップの写真、今日になって見たらちゃんと撮れてた」と。傘の明かりだけではなくてその前に並ぶ母と私の姿もはっきりと写っている。昨夜は暗闇で画面を見たから、写ったものが写っているのか写っていないのかさえも見えなかったということなのねえ。

 このあとはゴンドラリフトに乗りに行くのだと話すと夫が「おれも行く」と言うから、三人で出かけることに。母はリフトのあとそのまま米子駅に送ってもらうとちょうどいいと思うと言うから、じゃあ旅の荷物を車に積んで行こうね、ということにする。母は「いい部屋だった」と満足そうに部屋を出る。夫が母の荷物を持ってくれる。階段をおり、フロントで「また少し出かけてきます」と声をかける。その時にも部屋のポットを出して「また帰った時にお湯をください」と頼んでおく。

 母が宿の人に「私はこれで先に帰りますが、本当にお世話になりました」と挨拶する。宿の方が「ごゆっくりお過ごしいただけましたでしょうか」と問われ母は「それはもう本当にゆっくりとできました。昨夜の精進料理もおいしくて大満足でした、ありがとうございました」と答える。ではどうぞお気をつけて、と宿の方に見送られて駐車場までの石段を降りようとして、ふと、私が「母、母、宿の前の写真」と思い出す。母は「うわあああ。また忘れて帰るところだった、よう思い出してくれた」と玄関前に戻ってくる。夫が「撮りますよ」といったん母からカメラを受け取るが、宿の方が「わたくしが撮りますので、よろしければ皆さんご一緒に」と促してくださる。宿の入口を背景にして母と夫と私の三人で並ぶ。

 今回の山陰路で娘夫婦と一緒に写真を撮るという母の念願がかなってよかった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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