みそ文

石畳を歩く

 部屋でだらだらしていると、母が「この時間まで部屋で何をするでもなく過ごすのはいいねえ」と言う。「おとうさんとの旅行だと、普通は九時までには、遅くても九時半には、チェックアウトして予定してる観光に出かけるけんねえ」と。私は「まだ九時にもなってないけん、十時から営業のゴンドラリフトまでには時間があるし、昨日ライトアップで歩いた参道の先にある神社まで散歩しようよ」と提案する。それではそうしましょう、と外出用の服にゆっくりと着替える。何ごともすべてがゆっくり。

 母が窓から大山を眺めながら「子どもの頃にね、年に一度、地域の子どもが集まって、男の子は男の子だけで男の子の山へ、女の子は女の子だけで女の子の山へ、登りに行く日があったのよ」と話しだす。

「なに、それは、ハイキング?」
「まあ、ハイキングじゃろうねえ。山といってもこんな大山みたいな高い山ではなくて、近所の小高いところに行くんよ。女の子の山では、樹の枝でこう囲いのようなものを作ってね、陣地みたいにして、お家ということにして、いくつかのグループに別れて、お互いにお互いのお家を訪問して、おもてなしをし合うの。親が作って持たせてくれたお重のお弁当の中身をみんなとかえっこして食べたりね。うちの母は巻き寿司を巻いてくれてね、おかずに煮物が入っていて、おいしいお弁当だったなあ。うちはきょうだいが多かったから、巻き寿司巻くのもたいへんだったろうにねえ、よく人数分のお弁当を用意してくれたもんだなあ」
「お弁当の数が多いのはたいへんじゃけど、巻き寿司に関しては、どうせ巻くなら一本だけよりも何本か以上まとめて巻くほうがやりすいんじゃないかねえ」
「ああ、それはそうかもしれん。でね、他の子のおうちはでは巻き寿司ではなくて、楕円形のおにぎり外側全部に海苔を巻きつけてね、細い丸の部分に十字に切り込みを入れてそこに佃煮やら梅やらなんかの具を詰め込んであってね、それが見た目がいちじくみたいでかわいくてねえ、自分の巻き寿司とかえっこして食べたのもおいしかったんよ」
「おにぎりに切れ目を入れて具を詰めるとか、みなさん、こまめにしたくをしてんじゃねえ」
「ほんとうにねえ、親たちはよくやってくれてたよねえ。今みたいに買ったものをそのまま入れるなんてこともなければ、買ったものをそのまま持たせるということもない時代だったからねえ。でね、そうやって一日山で遊んで最後に夕方帰るまえにみんなで大山にむかって『おおやまだいせんだいごーんげーん(おおやま大山大権現)、ばんざーい!!』って声を合わせて叫んでおしまい」
「なるほど。お山信仰というのは、そういう小さい時からの積み重ねで培われるものなんじゃねえ」
「今にして思えば、お山信仰の形のひとつなんじゃろうけど、その頃はまだ大山に行ったこともないし、大山がこんなところなのも知らずに、ただただみんなが『おおやま大山大権現、万歳』言うのを真似して言いようただけじゃったんじゃけどねえ。おとなになってから大山に来て、ああこれがおおやま大山大権現じゃったんかーと」
「おとなになってからは山登りで来たん?」
「特別登りに来たわけではなくて、銀行での研修で来たときもあったし、スキーで来たこともあるかなあ、私はシューッとはよう滑らんけん下の平べったいあたりでウロウローウロウローっとしようたねえ」
「それはもうだいぶんかなりおとなになってからのことじゃねえ。そしたら今回来てもわりとその当時のことおぼえとるんじゃないん?」
「おぼえとる言うても何年前じゃいうこともない。結婚する前じゃけんあんたもまだ生まれてないし」
「そうか、私が四十六歳ということは、少なくともそれ以上ぶりいうことか」
「当時が二十歳前後だとしても、今はもう七十過ぎてるけん、五十年ぶりだが、久しぶりも久しぶり」
「ああ、じゃあ、久しぶりに思いがけず大山に来れてよかったね」
「ほんとうよう、あんたらのおかげよう」

 さて、そろそろ出かけますかね、と九時を少し過ぎたところで、卓上の茶器をお盆の上にひとまとめにしてすみに置く。昨夜からそれまでに出たゴミをビニール袋にまとめる。自分のバッグ以外に、そのゴミ袋とお湯のポットを持って下におりる。フロントの人に「神社に散歩に行ってきます」と声をかける。部屋で出たゴミを手渡して「また新しいお湯をあとでください。お部屋は簡単な掃除と茶器の交換をお願いします。あと、お布団はシーツだけ交換して外に出したままにしておいていただけますか、お昼寝に使うと思いますので」とお願いする。

 宿の玄関のを出て、昨夜ライトアップされていた庭先を通る。石畳の参道をゆっくりと歩く。昨夜と違って明るいから足元は安心。でも石畳の石はなかなかにごつごつとしているから、参道の両端の平たいところを選って歩くか、ゆっくりと足元を踏みしめながら歩くほうが安全。

 私が母に「私ね、こういうふうに道の両側の木の枝と葉っぱでトンネルになったような道が好きなんよ」と言うと、母が「私も私も」と言う。母は「高校生の時や銀行に勤めていた時には毎日バスで通学通勤していたけど、そのバスのの通り道に街路樹が道の両側から腕を伸ばしたみたいになっている道があってね、そこを通るのが毎日すごく楽しみだったんよ」と話す。

 上り坂だからというのもあるけれど、これといって急ぐ旅ではないから、ただひたすらにゆっくりと歩く。神社を目指して歩くというよりは、参道で目に留まるいろんな植物を観察するほうが主な目的なのかなというくらいにゆっくりと。だけど実際にはそんな観察目的はない。ただたとえばときどき母が「これはなにやら(私にはおぼえられないけど有名な植物名)の仲間じゃろうねえ」と言いながらカメラにその姿をおさめるのを「へえ、そうなんだあ」とそばにしゃがんで眺める。あるいは私が遠くの木の葉っぱと葉っぱの間からお日様の光が透けて見えるのを指さして「私ね、ああいうふうに葉っぱの間から光と空が見えるのも好きなの」と話す。参道の道端にいるお地蔵様の前で帽子を脱いで手を合わせる。そんな繰り返しで歩くから、速度としては分速10メートルほどだろうか、もっと遅いかもしれない。

 母が「これくらいぽっしょんぽっしょんとゆっくり歩くのはしんどくなくていいねえ。どこか目的地までぐんぐん歩くと途中で息が切れるけど、これくらい全然息が切れないくらいに歩くと道端のいろんなものがちゃんと目に入っていいねえ」と言う。私は「どうやらくんはね、サクサク歩いて目的地に着きたい人だからね、私がこうやってゆっくりゆうるり歩いていると、こんなふうに指先で私の腰の後ろの骨を押してね、『魔法の指』って言って速く歩けるように手伝ってくれるんよ」と言って、いつも夫が私にそうするように母の腰の後ろの骨を指先で軽く支える。母は「ラクに早く歩きたいときにはありがたいけど、ゆっくりでいいときには要らんね」と言う。

 参道の空気は涼しい。木々がちょうどよく日差しを遮ってくれるからまぶしくない程度に明るい。参道では、私達よりも先に神社に参り戻る人々や、明らかに大山登山から今おりてきたところなんですね、というのがわかるいでたちの人とすれ違う。彼らの多くは、神社の山門を出てきたところで、今一度神社に向かって一礼をする。

 私たちはこれから山門をくぐる。山水が出るところで柄杓に水をすくい両手と口を清める。ハンドタオルで手と口を拭く。帽子を一度脱いで、入りますよ、のお辞儀をする。太陽があたるところは眩しいからもう一度帽子をかぶる。山門をくぐるとまわりの空気の何かが変わる。いやな変わり方ではなくて好ましいく気持ちのよい変わり方。そこまで歩いてきた参道も涼しくて爽やかで清々しくてそれはそれは気持ちがよかったけれど、それよりもさらにやわらかくひんやりとした風が前後左右上下すべての方角から全身を包む。

 場と気が澄んだところに行くと、空気がぴーんとしーんとして身が清められるような感覚を覚えることがある。大山の空気も凛としていて身が清まる感覚はあるものの、どこかふうわりとまあるいかんじがしてそれがたいへんに心地よい。ただひたすらにらさらと涼やかで、この清浄な場にいつまでも身を置いていたいようなそんなこころもち。山門をくぐってから少し歩いたところから神社への階段が始まる。この階段の幅と一段一段の高さと傾斜の角度とその段数がなんともいえず美しく、階段好きとしてはじっとその場に立ち止まりしばしのあいだ見惚れる。この階段の上にあるのが大神山神社奥宮。階段をゆっくりとゆっくりと一段登っては左右を見渡し目に留まる石や植物に近寄り、また一段登ってはうしろを振り返り、ここまで歩いていたきた参道を見て「なんともきれいな道を私達は歩いてきたんだねえ」とよろこぶ。

 階段を一段上がるごとに、場の空気の凛とした度合いと清浄な度合いとが増す。でもやはり静謐(せいひつ)というのとは少し異なるやわらかくてやさしい空気。さあ、あと数段上がれば、本殿。お参りしましょう、そうしましょう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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