みそ文

アンの旅立ち

 歯磨きを終えたあとはしばらく部屋でだらだら。私が昨夜から卓上に置いていた本を母が手に取る。昨夜寝る前に「もし明日私が遅くまで寝てて、かあちゃん暇じゃったら、机の上の本読むか、そのへん散歩するかなんかしてね」と話した。でも実際には二人とも同じくらいの時間に起きたから、その本を母が見るのはそのときが初めて。母は「これが、前にみそが言いようた『赤毛のアン』の新しい訳なんじゃね」と言う。最初の出だしのところを読んだ母が「うわ。なんか最初の風景のイメージが、私の記憶の中のものとはちがう」と言う。

「そうじゃろ。大筋はもちろんそのままなんだけど、風景のイメージや登場人物の人格が微妙にちがうの。ほら、扉のところに、ブラウニングの詩があるの、おぼえてる?」
「おぼえとるようねえ」
「それもね、訳者さんによって、訳し方がみなさんちがうの、ほらほら」
「ああ、ほんとうじゃねえ。でも、村岡さんの訳があるのに、また別の人が新たに訳す必要があるんじゃろうか」
「村岡さんの訳文の格調の高さはゆるぎないものなんだけど、現代語訳には現代語訳ならではの現代ならある概念の語彙に訳してあるのはわかりやすいなあ、と思うんよ。むかしはキルトやパッチワークっていう言葉がなかったけん村岡さんは『つぎもの』って訳しとってじゃけど、そこはキルトのほうが今はわかりやすいじゃろ」
「それはそうじゃけど。村岡さんの訳はすごくいいと私は思うんよ」
「それはね村岡さん以降のどの訳者さんもそう思った上で仕事しちゃったんじゃと思うよ。林さん以前にも他にいもいろんな人の訳があるんよ。私も本当は他の人の訳を買うつもりで本屋さんに行ってその人のがなくてたまたま見つけた林さんのを買っただけじゃけん。児童向けのダイジェスト版でも村岡さん以外のいろんな訳者さんがおっちゃったよ。林さんのアンはね、言葉遣いが少し現代っ子でね、『なんとかしちゃうわ!』とかなんとか、しょっちゅう、ちゃうちゃう、言うの」
「ええー、アンがー?」
「マリラやマシュウの言葉遣いも、他の登場人物も、みんなちょっとずつ、村岡さんの訳の人格とは違っていて面白いんよ」
「みそに頼まれて、うちにあるアンのシリーズ探したんじゃけど、見つからんのんよねえ。私が捨てるわけがないけど、うちには『捨て捨て魔』がふたり(父と弟)おるけんねえ。また涼しくなってからゆっくり探してみるけど」
「まあ、売ってるんじゃけん、また買ってもいいと思うよ、私達それくらいの財はあるんだし」
「私はみみがーに赤毛のアンを読ませてやりたくて、子ども向けのダイジェスト版を買ってやろうかと思いようるんよ」
「いやいや、みみがーはちゃんと本が読める子なんじゃけん、村岡さんの訳でも平気で読むと思うよ。読む力があんまりない子はダイジェストのほうがいいかもしれんけど、ダイジェスト版はダイジェストじゃけん重要なシーンが削除してあってね、淡々としているというか躍動感が低いというか、まあ村岡さんのアンは、今になって読むと、あんたちょっと落ち着きなさい、なかんじではあるけど、前半ああだからこそ後半の成長が味わい深いんであって」
「そうかねえ、みみがーに読めるかねえ」
「読めるよー。だって、ほら、見てよ、村岡さんの訳のほうは、難しい漢字を全然使ってないでしょ。どうしても画数の多い漢字のときにはちゃんとふりがながついてて。でも、ほら、林さんのほうだと難しい漢字が読み仮名なしでそのままじゃけんね、こっちはある程度の大人というか大きい年代の読者を意識してるんだと思うんよ。でも、村岡さんは十代前半の子やもしかしたらもっと小さい子も読者層として意識しとっちゃったんじゃないじゃないかねえ」
「ほんまじゃねえ、これならみみがーも読めるかー」
「読める読める。この村岡さんの本、みみがーにあげてくれていいけん、持って帰ってみて」
「いいん? あんたが買った本なのに」
「いいよ、私はまた欲しければ買うけん、私は今はこの英語版があればそれで充分あそべるけん、林さんのほうもよかったら持って帰って読んでみてよ、村岡さんのと読み比べながら読むと面白いよ、しばらく遊べるよ」
「そうする。それはたのしみだわあ。村岡さんのをみみがーにやるのは私が読み終わってからじゃね。私は今回の旅行にむむぎーが貸してくれた本を持ってきたのがあるけんそれも読まんといけんのんじゃけど、アンが二冊増えたし、忙しいわあ」
「むむぎーの本はなんなん?」
「えーとね、これ(とカバンの中から出して見せてくれる)。むむぎーが『ばあちゃん、おれの本、読む気ある?』言うけん『うん、読むよ』言うたらこれを貸してくれたん。なんかね漫画みたいな推理小説」
「おおー。むむぎーがこんなに活字ばっかりの本を読むようになったとは、大きくなったんじゃねえ、めでたいねえ」
「そうじゃろ。内容は本当に漫画みたいなんじゃけどね」
「でも、ほら、こんなに漢字がちゃんとあるじゃん」
「そうなんよ、ちゃんと読まずに読めるところだけで適当に話をつなげとるんかもしれんけどねえ」
「それでも、活字だけの本をむむぎーが読むようになったのが成長じゃんー。みみがーはむむぎーより年下でも赤毛のアンくらい読めるじゃろうと思うのに、むむぎーに対する読書力の期待値は低いところで安定してるなあ」

 こうして私の手元から、二冊の『赤毛のアン』が広島へと旅立った。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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