みそ文

傘と蝋燭

 夕食がすんで二階の部屋にあがる。夫は自分一人の部屋でたぶんタバコを一本吸う。宿泊先で夫は部屋に自分ひとりのときには部屋でタバコを吸い、私と一緒のときには部屋では吸わず館内のどこかにある喫煙コーナーで吸う。

 母と私は畳の上に大山周辺観光地図を広げる。事前に大山旅行の相談を母としていた段階では、近くに点在するブルーベリー園でブルーベリーをたくさん食べようよ、計画していた。宿の朝ごはんを食べるとブルーベリーを存分に食べることができないから、だから宿の朝ごはんはなしにして、部屋で軽く何か食べるだけにしよう、ということにしていた。
 
 でも観光案内の地図を見ていたら、ブルーベリー園もいいけれど、天空ゴンドラというのがなんだかとても楽しそうだね、と母娘で思う。冬場はスキー場のリフトとして運行しているものを夏場には大山観光用に運行しているようだ。夫のように自力で山に登って降りることに関する興味はないけれど、乗り物で高いところに運んでもらって登って下ることができるなら、それはぜひともそうしてみたい。

 コンドラにも乗りたいけれど、明日になったら、今夜これから歩く予定のライトアップされた石畳の先にある神社にも行きたい。もしも明日早起きしたときには、朝早めの涼しい時間帯に神社まで歩いて行って戻ってきて、宿でちょっとお茶など飲んで少しごろりと寝転んでから、十時に営業が始まるゴンドラのところに行くのもいいかも、と計画する。
 あるいは、神社から戻ってそのまま車に乗って、車で五分強走ったところにあるゴンドラに乗ってもいいし、その途中で何かおいしそうなものを見つけたらそれを食べてもいいしね、と、夢はひろがる。

 夫が「そろそろ行きましょうかー」と言いながら部屋の扉を開けてふすまの外から私達に声をかける。母と私は「はーい」と立ち上がり部屋のエアコンと明かりを消す。

 夫は明朝早い時間に山登りに出かける。たぶん朝六時くらいには出ていくんじゃないかなという。夫の部屋の荷物のうち登山道具以外の荷物はフロントに預けようかなどうしようかな、と言うから、お客さんが多いわけじゃないし今夜母と私は部屋の鍵をかけずに眠るから、明日の朝出発するときそうっとドアを開けてふすまの手前のスリッパをぬぐ場所か、ふすまをそうっと開けて、部屋に入ってすぐのどこかに荷物を置いてくれてもいいよ、と伝える。夫は「じゃあそうする。もし閉まってたら部屋の外の廊下に置くかもしれんし、フロントに預けるかもしれんけど、部屋の荷物は出しておく。でも、六時に出発したらたぶんチェックアウト時間の十時までには帰ってくるとは思うんだけどなあ。大山登山往復の標準時間が五時間らしいから、おれだとたぶん三時間か三時間半かなあと思ってるんだけど、まあ、自分の部屋には荷物を残さないようにするよ」と算段する。

 部屋のポットのお湯は夕方チェックインしたときから持参のなたまめ茶のティーバッグを浸出して飲み干したから、フロントでポットを手渡して「ライトアップから帰ってきた時にまたお湯を入れたポットをください」とお願いする。ポットは銀色のどっぷりとした形で取っ手と蓋は黒色。宿泊の予約をするときに「湯沸かしポットか電気ケトルの貸し出しはありますか」と尋ねたけれど、保温ポットでのお湯の提供のみということだった。ポットの容量は800ccというところだろうか。

 夕食のときに、夫はビールを、母と私はお水を飲んで、食事の最後に卓上においてある急須のお茶を湯のみに入れて飲んだ。なんのお茶だろうか、知っている味と香りががするのだけど、おいしいけれどなんだろう、と母と話す。母が「うちのおばあちゃん(広島の祖母)がよく作ってたハブソウ茶の味にも似てる気がする」と言う。私は「うん、ハブソウ茶の豆が多いときの味にも似てるねえ」と答える。

 ライトアップの散歩に出かけるとき、フロントにポットを預けて、ふとフロント横を見ると「大山名物なたまめ茶」が販売されている。ああ、夕食のあとのあのお茶はこのなたまめ茶だったのか。豆が多い部分のハブソウ茶の味と香りの記憶かと思ったけれど、宿についてからずっと飲み続けている持参のなたまめ茶の味と香りの記憶のほうが近かったのか。

 宿の玄関で靴を履く。母が玄関に置いてある宿の下駄のようなカランコロンと歩くタイプの履物を見て「これを借りて履いて行ってもいいのかな」と言う。宿の方が「参道の石畳はけっこうゴツゴツしていますから、歩きやすい靴のほうがよろしいかと」と言われる。それぞれ自分が履いてきた靴を履く。玄関を出て左側の中庭からもうライトアップが始まっている。筒状の和紙の中に蝋燭の火がゆらめく。中庭を抜けると石畳の参道が始まる。街灯はなく、参道両脇の蝋燭の灯火では足元が見えない。

 母が「ほんとうだねえ、たしかのあのカランコロンとした履物でここを歩くのは無理だわ」と言う。私は「人の言うことはきいてみるもんじゃねえ」と頷く。歩いていると足元がそうっと明るく照らされる。催し物開催関係者の方々が明る過ぎない懐中電灯で私達の足元を照らして「足元気をつけてお進みください」と声をかけてくださる。暗くてあまりよくわからないけれど、スタッフのかたがの声のかんじは大学生よりはもう少し年上の社会人になって間もないくらいの年頃の方たちかしら、というかんじ。

 母は「しばらく腕につかまらせて」と言って私のうでをつかむ。暗い中で石畳を歩くのは難しいものなのねえ、と思いつつゆるゆると歩く。途中からは蝋燭だけでなく色鮮やかな和紙を貼った傘が開かれたその中にライトが照らされていて、闇の中に傘の和紙の色が映える。

 母がカメラを出して撮ってみる、という。フラッシュがないほうがいいのかな、とフラッシュを切って撮影しようとしたら、夫が「撮りますよ、そこに並んで」と言う。傘の前に母とふたりで立つ。今撮った写真を見て確認しようとしても暗くてなんだかよくわからない。私の携帯電話を開いてその明かりでカメラの画面を照らす。母が「フラッシュありにしてみる」と言ってカメラを少し操作する。夫がまた「じゃあ、そこに並んで」と言うから母とふたりで立つ。夫が撮ってくれた写真を見てみても、なんとなく傘が写ってるかなあ、という以外のことがよくわからない。

 私が母に「とりあえず傘はきれいに撮れるみたいだから、傘の塊を撮ったらどう?」と、ライトアップコースの最後にある和傘の塔を指さす。塔といっても傘を七つくらい重ねて内側から照らしてあるものなのだけど、和紙の色合いが様々で暗闇をほんのりと彩る。母は「そうする」と言って和傘の塔にカメラを向ける。画面を確認して「ああ、きれいにとれた」と言って、カメラをケースに片付ける。

 帰り道の下り坂でもまた開催スタッフの方たちが足元をライトで照らして声をかけてくださるけれど、この頃には私達の目が暗闇に慣れてきたからなのか、来た時よりもずいぶんと石畳の石ひとつひとつがしっかりと見える。

 参道をくだりきったところに大山寺というお寺がある。その入口もライトアップされていて、門の両端には金剛力士像というのだろうか、片方の像は口を閉じていてもう片方の像は口を開けている木彫りの像が立っている。その像も下から明かりで照らされているから、普段日陰では見えない細かい彫りの部分までがくっきりとよく見える。

 母が「この仏さんの胸の乳首は花びらの模様に彫ってあるのねえ」と言う。夫と私がどれどれとその仏像に近寄る。「ほんとうだ。花びらだ」と言ってから、「もう一個のほうも同じなんじゃろうか」と、もうひとつの仏像に近寄って見る。

「どうやらくん、見てみて、花びらなのは同じだけど、花の種類が違うよ」
「あ、ほんとだ、さっきのは桜みたいだったのに、こっちのは菊の花に見える」
「え、さっきのは桜だったん?」

 今一度、もとの仏像の胸を見る。ほんとうだ。こっちのほうが花びらの形に丸みがある。もうひとつのほうは絵や彫り物における菊の花っぽく角張った形。山門の両方の仏像の間を行ったり来たりして、金剛力士像の乳輪を比較し続ける。乳輪だけでなく他の部分も普段なら見えないところが明かりに照らされて、彫りの細かいところまでよく見えるのがたのしい。

 山門まではライトアップされていてもそこから先は真っ暗だから、山門から宿に向けて引き返す。山門の前の道を下る。この道は平たく滑らかな石畳で、両脇の商店等の明かりがあり、さっきの参道よりずっと歩きやすい。夫が「せっかくじゃけん下まで散歩してこようか」と言うから少し歩いてみたけれど、お店が開いているわけでもなく、他の人達はライトアップのイベントに来た帰り道で帰っていくばかりで、私たちは下までおりる用事はなにもない。私が「私はもういいや、先に宿に帰る。どうやらくんとかあちゃんは歩きたいだけ歩いてきて」と言う。夫と母が「ならもう帰る」と言うので、三人でまた駐車場から宿までの石段を登る。

 「ただいま帰りましたー」と玄関に入る。フロントで部屋の鍵とお湯のポットを受け取る。二階の廊下で夫と左右に別れる。「じゃあ、明日はお見送りはしないと思うけど、いってらっしゃい、いってらっしゃい」と私が言うと、母が「気をつけてたのしんできてね」と言う。夫は「たぶんドア開けて荷物を中に置いていくけど起きなくていいから。じゃ、おやすみ」と言う。

 部屋に戻ってきたのは九時を少し過ぎたくらい。新しくもらったポットのお湯でまた新しくなたまめ茶を入れて飲む。毎晩寝る前に飲むアレルギーの薬も飲む。ほんとうはもう一度お風呂に入って、母の足のマッサージをして、と思っていたのだけど、なんだかとても眠いから、もうお布団に入ろうと思う。母が「私も眠くて眠くてたまらないから、もう寝る」と言う。「寝る前の薬は飲んだ?」と訊くと、「おお、そうだった、そうだった、飲んでから寝る」と昼間に飲んでいた爽健美茶の残りで飲む。

 母が「電気真っ暗なほうがいいんだけど」と言い、「私も真っ暗にするのが好き。ちょっと息苦しいから真っ暗にして窓を少し開けてみる」と言ってから電気を消して窓を10cmくらい開ける。この段階ではまだエアコンはつけたままで気温がどんなかんじなのか様子を見てみる。窓をあけたところに部屋の四隅に噴霧するタイプの虫よけスプレーをシュッと噴霧する。これを噴霧すると蚊取り線香やベープマットや液体ノーマットを使わなくても一晩蚊を避けることができる。そして蚊取り線香やベープマットや液体ノーマットと比べると私の身体的負担が少ない。部屋のテレビのうしろには液体ノーマット蚊取り器が置いてあったけどとりあえず持参のスプレーのみで過ごしてみる。

 窓を開けてしばらくすると、部屋の中の空気がひんやりとすっと透きとおる。呼吸が深くらくになる。母は自分の片脚を折り曲げ膝を立てその膝の上にもう片方の脚のふくらはぎをのせてセルフマッサージをしながら寝ている。ああ、母の足と脚のマッサージしてあげたかったなあ、と思いながら眠りの淵をゆらゆらとさまよう。

 せっかくの暗闇なのに、なんだかまぶしい、と感じてまぶしい原因を探る。ひとつはテレビの電源の赤いランプ。暗闇の中でメイン電源を切るスイッチを手触りで探すけれど指先ではうまく見つけられなくて、コンセントから電源を抜く。赤いランプが消えると暗闇度合いが少し増える。脳が、しん、と静まるような心地良い感覚。それでもまだなにかが明るいのは、エアコンの本体にある作動中を示す緑色っぽい明かり。手元のリモコンでエアコンを切る。窓をもう10cmほど大きく開ける。涼しい風が強く吹きこむ。外の木々の枝と葉が揺れる音が聞こえる。

 エアコンを消しても暑くない。これなら窓を開けて寝るほうが気持ちいい。まだもう少し明るくまぶしく感じるのは、リモコンのスイッチ部分の蛍光塗料。リモコンを裏向きに伏せる。これでもう部屋の中で光るものはない。お布団に横たわり、そよそよとそよぐ夜風を身に浴びながらしずかにぴたりと目を閉じる。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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