みそ文

ため息の出る精進を

 時計がだいたい七時になる。夕食の支度ができたら部屋に呼び出しの電話がかかることになっている。どこか他の部屋で電話の音が鳴るのが聞こえる。夫の部屋かな。

 数分後、夫が母と私の部屋の扉をコンコンと叩いて入ってくる。夫は「夕ごはんまだかなあ」と私に言う。

「そろそろだと思うけど、さっきの電話の音、どうやらくんの部屋に呼び出しがあったからこっちに呼びに来てくれたんじゃないの?」
「ちがう。あれはよその部屋の電話の音。まだかな、まだかなあ、と思って待ってたけど、なかなか電話がならないから、こっちの部屋にかかるんかもしれんと思ってこっちに来てみた」
「こっちの部屋もまだだけど、もう七時だし、下に降りてみようか」
「うん。行こう、行こう。お腹がすいたよ」

 母が「ほら、やっぱり、どうやらくん、お腹がすいてたんじゃないの。夕食六時半のほうがよかったんじゃないの」と言う。私は「私達もちょうどよくお腹がすいたから、この時間なら一緒においしくいただけるよ、七時で正解」と応じる。夫には「どうやらくんは母と私以上にしっかりお腹がすいたから、きっとすっごくおいしいね、七時に合わせてくれてありがとね」と伝える。部屋の電話が鳴る。「一階にお食事の支度ができました」

 一階に降りる。階段を降りる手前の広い場所の窓が開け放たれていて、夕方の涼しい風が気持ちいい。フロントの前を通過すると、宿の方が「こちらにどうぞ」と個室に案内してくださる。私は母と並んで、二人の間の向かい側に夫が座る形で卓を囲む。

 食前酒はヤマモモ酒。夫はビールを一本、母と私はお水を頼む。前菜は柚子の皮の甘露煮、ヤマブキ佃煮、つくしの煮たもの、生麩の田楽などなど。
 胡麻豆腐にはうっすらと白濁したおだしを葛でよせたものがかかっていてお醤油で食べるよりもこっくりと味わい深い。
 葛を固く弾力のある状態にしたものを細切りにしたのはイカのお刺身に似せたもの。となりには湯葉のお刺身も。
 お豆腐をぎゅっと固めた小判型のものを焼いて甘辛いタレをかけ山椒の酢漬けを飾ってあるのはウナギの蒲焼に似せたもの。
 豆乳鍋は卓上炎が消えかけたら手前の出汁を入れて混ぜて仕上げる。山菜の炊き合わせと山菜の天ぷらはあたたかいものが運ばれる。春から夏の間は山菜が、秋から冬になるとキノコが、メニューの主役になるのだとか。
 山菜の天ぷらの中に「花筏(ハナイカダ)」という名前の葉っぱがある。葉の表側の中ほどに丸い緑色の花のような実のようなものがついていてそれが舟を漕ぐ船頭さんのようだから葉のほうを筏に見立てた名前。ブナの森の中にときどき咲いているのです、と宿の方が説明してくださるから、明日になったら探してみようと母と話す。
 山菜の白和えも、他にも思い出せない何もかもが私好み。
 ご飯は山菜おこわ。赤米のおこげのお吸い物は出汁が滋味深く細胞の隅々まで染み渡る。
 精進料理だからネギ・玉葱・ニラ・ニンニクは出てこないとは思っていたけれど、シシトウもピーマンも唐辛子もパプリカも使われてないからすべて残すことなくいただくことができる。

 食事の間、私が何度も「ああ、おいしい」「ふう、おいしい」と溜息をもらすたびに、母が「そんなに何度もおいしいおいしいと言ってもらえたら料理も喜んどるじゃろうねえ」と言う。

 頭痛対策で食事に制限を設けて以来、外食で外泊で特別これを抜いてくださいあれを使わないでくださいというリクエストを事細かにしなくても、これほどまでに同行の人と同じメニューでなおかつ私がすべてをおいしくいただけるところがこれまでにあっただろうか。

 夫も母も私ほどではないとはいえ、いちいち「うまいなあ」「おいしい」とつぶやく。精進だから出汁も植物性のみの出汁のはずだけど、奥行きと輪郭がしっかりとした味わいで、頭のてっぺんから手足の指先まで体全体でおいしいと感じるそんな味。

 母は「やっぱりいちばん上等なコースだとお腹がいっぱいになるねえ。真ん中のランクのがちょうどいいくらいの量なんかもしれん。でも、お腹いっぱいでもお腹が軽いというかラクだわあ」と言う。夫が「これが肉や魚だとこんなに品数食べていたら途中で苦しくなるんだけどなあ」と言うから私は「これなら私も全部食べられて、完食した満足感までおいしく味わえてうれしい」と言う。

 なんにもまったく残すことなく、だけどこれ以上はなにも要りませんな満腹状態で「おいしかったねえ、ごちそうさまでした」と三人で手を合わせる。

 夕方チェックインしたときに、ちょうど今日まで宿から大神山神社前の石畳の途中までをろうそくと和紙の傘でライトアップする催し物が行われますので、よろしければぜひお出かけください、参道入口の茶店では甘酒やひやしあめなどの飲み物や軽い食べ物を出していますので、そちらもよろしければ、と案内してもらっていたから、少しゆっくりしたらそれに出かけようね、と話す。

 部屋に戻るとお布団がふたつのべてある。外はもう暗くなった。部屋の明かりをつけて窓をあけると虫が入ってくるから、いったん窓を閉めてエアコンをつける。部屋の蛍光灯は二重になった輪のうちの外側が切れていてつかない。食事をする個室の蛍光灯は内側の輪が消えていた。

 ライトアップは夜九時半までの開催。今夜は暑くなくて寒くなくて雨も降っておらず夜の外歩きにはちょうどよい気候。私は天然虫よけスプレーを肌の露出部分に一応スプレーする。耳と首筋にはいったん手のひらにとったスプレー液を両手でこすりあわせてからつける。母は「暗くて撮れるかどうかわからないけど一応カメラを持っていく」とデジタルカメラの準備をする。ライトアップ、どんなかんじなのかな、たのしみ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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