みそ文

伯耆大山

 東出雲町から東へしばらく走って高速道路を降りる。ナビが案内するとおりに走行すると、道路標識に「大山こっちだよ」の案内が増える。それから「伯耆」の文字が道路標識上に表示されるようになる。夫が「この伯耆の字がホウキって読めんかった」と言う。母が「実際書いてみたら難しい字じゃないんだけどねえ、老人の老の上の字の下にお日様の日の字を書くだけなのにね、ふだん書いたり読んだりしない漢字だよね」と言う。

 夫は「大山のことを伯耆大山っていうって今回知って、へえ、ホウキなんだあと思った」と言う。私は「伯耆坊の伯耆でしょ」と言う。夫と母が「なにそれ?」と言う。

「どうやらくんは知らんかもしれんけど、かあちゃんは知っとるじゃろう。和菓子の伯耆坊」
「伯耆坊?」
「そうよ、ホウキボウ」
「そんなお菓子あったかいねえ」
「若草や山川も好きだけど、子どもの頃の私はもう少しもちもちっとしたお菓子のほうが好きだったけん、大風呂敷(きなこ餅に黒蜜をかけて食べる)も好きだったし、伯耆坊も好きだったんよ。伯耆坊はあんこが固めてあるんだけどきんつばみたいな皮じゃなくて、なんかもっと表面はかちっとしたかんじでね、中はもちっとしてたと思うん。でも子どもの私が自分で買ったとは思えないから、母が買ってくれたのを好んで食べたんだと思うんだけど」
「伯耆坊ねえ、うーん、思い出せんねえ」
「あとあと、私は小太郎(やわらかくて平たく甘い短冊状のお餅をくるくるっと巻物のように巻いて食べる)も好きだったよ」

 大山に近づくに連れて標高がだんだんと高くなる。私の耳が何度か自動で耳抜きをする。後部座席の母はいつのまにかうとうとと眠っている。なんとなく世の中が涼しくなってきたなあと思いながら走っているうちに大山寺の手前まで来る。やってきてみたものの、インターネットの地図で確認しておいたはずの宿泊先の場所の記憶がはっきりしない。案内所の前に上り坂だけど車をとめて、夫と母を車に残して、案内所で宿の場所を尋ねる。「そこでしたら、ここの前の道を上のつきあたりの手前まで上がったら、左手に駐車場が見えてきますよ」と教えてもらい、そのとおりに行ってみたら、ちゃんと案内が出ていた。

 駐車場は建物の下の広い敷地で、車はどこにでも駐め放題。木陰になる涼しい場所に車を駐める。それぞれの旅のカバンを持って、宿までの階段をのぼる。母は高齢だけどこれくらいの階段は大丈夫なのかしら、と思ったけれど、ゆっくりめではあるものの難なくひとりであがってきた。階段の右側にはゆるやかな斜面の道もあり、どちらを通っても宿の入り口にたどり着く。玄関には七夕が飾ってある。いろんな短冊がかけてある。「おばあちゃんの病気がよくなりますように」と書いてある短冊の「病気」がと「よくなりますように」の間に挿入のくちばし印が書いてありその右に「早く」と付け足してある。

 そういえば、母の実家周辺でも、ひな祭りや鯉のぼりは旧暦で祝うと聞いたことがある。ということは七夕も旧暦で行うのかもしれないな。

 案内された部屋は和室で、夫は八畳くらいの和室。母と私はその向かい側にある十畳くらいの広さの和室。宿の方が「夕食は何時になさいますか」と訊かれて、「そうですね、七時でもいけますか」と問い返すと、「はい。大丈夫ですよ。個室でのお食事ですので、ゆっくり過ごしていただけますので」と言われる。では、七時になりましたら、電話でお呼びいたしますね。何かご用があれば電話でフロント九番にご連絡ください」と説明される。

 部屋が暑くてエアコンをかけてくださったけど、これはきっと外のほうが涼しそうと思い和室と縁側の二ヶ所の窓をいっぱいに開ける。涼しくて強い風が入ってきて部屋の気温はいっきに下がる。しばらくこれで涼みます、とエアコンを消す。宿の方は「夜になると虫が入ってきますので、お気をつけくださいね」と言われる。

 しばらく、母とふたり、ああー、涼しいねえー、と、のんびりと涼んでいたら、縁側の窓から蜂が二匹ぶうんぶうんと入ってくる。ううむ、蜂はいけませんねえ、蜂もむやみに入ってきたいわけじゃないだろうから、無事に外に出たらこっちの窓は閉めてあげよう、ということにする。

 それからあとは縁側の窓はぴしっと閉めて、和室の窓全開で過ごす。その窓からは大山が見える。部屋の床の間にかけてある版画の大山の形と同じみたいだけど、今日は上の方は雲に隠れていて版画とおなじようには見えない。

 宿泊予約は一泊目は母と三人で二室、二泊目は夫とふたりで一室で、一泊目も二泊目も夕食のみで朝食はなし。母が「あんたたちはこんな宿をどうやって見つけて予約するの?」と訊くから、「今回は、大山、宿泊、で検索してたらここが出てきて、宿坊で精進料理と書いてあって、料理の写真を見たらおいしそうな精進料理で、しかも玉葱ネギニラニンニクも写真では使われてなくて、これなら私も安心して食事できていいかも、と思ってここにしたの」と説明する。

「ちなみに、いくらくらいなの?」
「今夜は母と三人だから、一番上等な精進料理にしてもらってね、一泊夕食のみ朝食なしで一人一万一千円。料理の差で値段が三段階あってね、精進料理なのは共通だけど、一番安いので七千円、中くらいのが九千円で、一番高くて一万一千円。予約のときに何が違うんですかって質問したら、品数と内容が少しずつ違うっていう説明だったよ。朝ごはんをつけたらそれぞれもう千五百円くらいずつかかるんだったと思う。登山の人はおにぎりか幕の内弁当を別料金で作ってもらうことができるんだよ。どうやらくんは明日の早朝の朝ごはん用と山頂で食べる用におにぎりを注文してたけど、別に山に登らない私達でもお弁当を作ってもらって、それを朝ごはんやお昼ごはんに食べることもできるんよ。かあちゃん明日おにぎり食べたい?」
「いや、おにぎりは、いいわ。それにしても、なんとまあ、お手頃なお値段なのねえ」
「父と母が普段旅行で泊まるようなところに比べたら、ここは、激安、の部類になるかな?」
「うん、激安激安。なのに、こんなに周りが緑だらけで静かで快適なら言うことないねえ」
「まあ、お値段がお値段だから、超上等というわけじゃないけど、充分に快適だよねえ。山が近くて空気が気持ちいいからよけいに。私は外泊するときに宿で食事をいただこうと思ったら、予約の時にあれ抜いてください、これも抜いてください、って説明が必要だけど、それってけっこう面倒でねえ、こういうお寺の精進だとその説明をしなくていいのがラクでうれしいかった」
「なるほどねえ。精進料理たのしみだねえ」
「うん、すごくたのしみ。今夜と明日の四千円の差がどんな内容差なのかを見るのもたのしみなんじゃ」
「そういえば、夕食七時にってお願いしたときに、どうやらくんは『七時? 六時半じゃなくて?』って言ってたけど、お腹がすいて七時まで待ちきれんのんじゃないんじゃろうか」
「だいじょうぶ。お腹はしっかり空いてからご飯食べるほうがおいしいけんね。六時半じゃ、かあちゃんと私のお腹のすき具合がもう少しでしょ」
「うん、それはそうだけど、なんかどうやらくんに悪い気がして」
「大丈夫。どうしてもお腹すいたら、かあちゃんが持ってきてくれた生もみじも他のお菓子もあるからそれを食べてもいいことなんじゃけん。それにこれからお風呂に入ってゆっくり髪の毛乾かしたりして六時半だとなんか慌ただしいじゃん」
「それはそうじゃね、じゃあ七時の精進料理を楽しみに、お風呂に入りに行こうかね」

 部屋の縁側には水のみが出る洗面台はあるけれど、トイレは同じ階の共用で、女子トイレは洋式便座がひとつと和式便座がみっつ。トイレットペーパーはタンクの上に予備がちゃんと置いてある。トイレを出たところには広い洗面台がある。古いタイルのタイプで蛇口はみっつ、ここも水のみ。水道の水がひんやりと冷たくて気持ちいい。

 部屋の窓から大山が見えるのもうれしいけれど、宿の周りの大きな杉の木やその他のいろんな植物群がどこまでもひろがって見えるのが心地よい。濃くて深い山の香りが胸に入る。

 一日車で移動しただけなのに、なんだかずいぶん汗をかいている。自分で自分の身体をしょっぱく感じる。お風呂に入ってさっぱりしましょう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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