みそ文

島根県から鳥取県へ

 お墓から母の実家に戻る。家に入る前に庭木の外側に立って「おばちゃん、この木から落ちたんだ」と転落現場付近と思われる場所の高いところと地面を見る。私は「息子くんたち(私にとっては従弟にあたる。母にとっては甥たち)、きっとすっごく怖かっただろうねえ」と彼らの心情を思う。夫は「母親がいきなり高いところから落ちて、倒れて血だらけになってたら、そらあさぞかしおそろしかったやろうなあ」と言う。母が「息しててよかったよねえ」とため息をつく。事件現場ではなく事故現場から家の中に移動する。

 仏間では、伯父の同級生の女性とおばが引き続き話している。母がおばに「ありがとうね。お墓参り無事にできました」とお礼を言う。私はおばに「お参りセット、ありがとう、お米も置いてきた」と報告してお参りセットのバッグを返す。

 母が「もう一度お仏壇にお参りしてから出発しようね」と仏壇前の椅子に座る。母が椅子からおりて次に私が椅子に座る。お仏壇の右側の壁には伯父の写真がかかっている。夫が「おじさんの写真、前におじさんに会った時とおんなじかんじなんじゃけど、いつの写真?」と訊く。母とおばが「わりと最近のだよね」と言う。

 私が仏壇に手を合わせおえて椅子から立とうとしたときに、伯父の同級生の女性が母に「それで、そちらの女の子は、こよみさんのお孫さんかね?」と問う。母は「ちがうちがう、娘よ。娘とその旦那よねえ。娘夫婦が私を車に乗せて広島から連れてきてくれたの」と言う。私はそれにかぶせるように椅子に座ったまま後ろ向きに振り返りその人にむかって「長女です」と言う。そうしたら夫がさらにそれにかぶせるように「孫だとか、いくらなんでもそんなに若くありません」と言う。

 夫が仏壇前の椅子に座って手を合わせてから立つと、おばが台所から「スイカを切ったけん、食べていって」とスイカが入ったお皿をよっつお盆にのせて運んでくる。ひとつひとつのお皿には一口大にきれいにカットされたスイカが山盛りに入っている。「ひとり一皿はちょっと多いから、三人でひとつのお皿のを分けていただくね」と卓上の小さなフォークをひとり一本ずつ持って、しゃくっしゃくっとスイカを食べる。今日は暑い中移動して来たからなのか、私の身体も「今日はスイカ、オッケー(喉かゆくしませんよー)」な風情だから私も安心して食べる。ああ、おいしかったね、ごちそうさまでした、スイカを食べると涼しくなるね、とフォークを置く。

 それから三人なんとなく並んで、おばに「お世話になりました、ごちそうさまでした、では行きます」とおじぎをする。母は伯父の同級生である女性に「ばたばたと出たり入ったりして慌ただしくてごめんなさいねえ。お先に失礼いたします」と挨拶する。

 夫がおばに「ここから大山までどれくらいかかりますかね」と尋ねる。おばは「三十分くらいかな」と気軽にいう。いやいや、米子から大山までが車で三十分くらいのはずで、ここから米子までも三十分くらいはかかるということは、合計すると一時間くらいかもうちょっとかなと私は思っているのだけど、夫は「ええっ、そんなに近いんですか」となんだかうれしそう。
 母が「いやいや、いくら新しい道ができたといっても、三十分では行かんでしょう、一時間はかからんかもしれんけど」と言うと、おばが「でもほら、大山は、すぐそこに見えちょうだけん」と言う。伯父の同級生女性が「そげだ、そげだ、見えちょうだ」と頷く。
 ここに住まう人々にとっては、大山は、実際の距離よりもずっと近しくて親しい存在なんだなあと思う。

 玄関を出て、玄関のすぐ前にとめた車に乗る。おばが「今回もみそちゃんの運転なんだねえ」と言う。そうか、前に来た時にも私が運転していたのかな。おばはさらに「みそちゃんはよっぽどシビックが好きなんだねえ。前に来たときにはエンジ色のうしろがない形のシビックだったが」と言う。

「わあ、おばちゃんよくおぼえてるねえ。そうなの、あのあとこの青いセダンのを買ってね。でももうシビックの製造がなくなったから、次にはもうシビックじゃなくなるの」
「そういうことなら三台くらいまとめて買っておいたらよかったのにねえ」
「今にして思えば。ねえ」

 母が「みそが『ゆう川』を見て行きたいっていうから川のほうに出るけど、次のインターに乗ったらいいんだよね」とおばに確認する。おばは「そうそう。どこどこのところを超えてどっちに行ったらどうなってるから、そこから乗れるから」と地元地名を羅列する。「じゃあねえ、ありがとうございました」「気をつけてねー」と車の中と外で手を振り合う。

 川沿いの道に出る。私が母に「ここはむかし七夕さまを流していた川だよね」と訊くと、母は「そうよ。今はもうそんなことできないし、周りの草がボウボウ過ぎて川におりることもできんようになってるじゃろ」と言う。私の記憶の中の『ゆう川』は気軽に川のそばにおりてその流れを眺めることができる場所だったけど、数十年後の現在はぱっと見には水面が見えない。

 交差点にさしかかったときに、道路脇の地名表示に気づく。意宇、と書いてある。

「かあちゃん。もしかして、『ゆう川』は『意宇川』なの?」
「そうよ。意、宇、と書いて、意宇、で、いう川、実際の発音は、ゆう川」
「知らんかった。意宇なんだ」

 意宇川をあとにして、夫がナビに設定してくれた大山を目指す。ナビはおばが説明してくれたとおりの道で私達を高速道路へと誘う。母は「このナビさんはこのへんの道のことをよく知ってるみたいだねえ。そういうことなら私はもう安心してお任せしようかな」と後部座席でふううっと背もたれに体を預ける。

 私が「大山たのしみ」と言うと、夫が「おれもすごいたのしみ」と言う。母も「私も何十年かぶりですごくたのしみ」と言う。三人三様のたのしみな気持ちを乗せて、島根県から鳥取県へと県境を越える。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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