みそ文

広島県から島根県へ

 通常であれば、淡々とした旅の記録は「みそ記」に書くところであるが、今回は帰省後半の一部を切り取ってみそ文に書いてみる。

 8月12日には私の実家に泊まり、13日と14日はどうやらの実家泊。その間のことはまた別途書くことにして、ここでの話は8月15日から始める。

 15日の朝どうやらの実家(夫の実家)を出発する。10時を少し過ぎた時刻に最寄りの新幹線駅で母と待ち合わせる。母はその駅まで自分の車で来ている。母は駅前駐車場に自分の車を駐めてから駅のロータリーに立って私達夫婦を待つ。ロータリーで母を乗せたら、私は車を降りて駅のトイレを利用する。その間夫は車をロータリーの送迎車停車位置に車を停め、母と今後の打ち合わせをする。私たち夫婦は最近はどこに行くにも車で移動することが多く、高速道路のサービスエリアやパーキングエリアのトイレはどこもきれいに快適に進化していて、外出先でも気持ちよくトイレを利用できるのが私の中で少しあたりまえになっていた。それがJR新幹線の小さな駅のトイレはふたつある個室のふたつともが和式便器で、トイレットペーパーの設置がない。自分でティッシュペーパーを持ち込んで使う必要がある。ああ、そういえば、ここの駅のトイレはそうだったなあ、と古い記憶がよみがえる。しかし、私が広島を離れてからもうずいぶん経つのいうのに、駅のトイレの改修がされていないままでよいのか。高齢の膝に不自由を抱えるお客さんたちはこの和式トイレにしゃがむことが難しくて、それでますますJRでの外出を避けるのではないだろうか、と業績不振か好調なのか知りもしない山陽新幹線の繁盛具合を勝手に心配する。がんばれJRたのむぞJR、と思いながら車に戻る。夫と母に駅のトイレがこんなだったと話をすると、母は頻繁にこの駅を利用して父との旅行にでかけているにもかかわらず「あれえ、そうだったかねえ」と記憶があまりなさそうに言う。夫は「高速道路のトイレがそんなに進化してる実感がなかった」と言う。男性トイレと女性トイレでは、特に小便器だけだとあまりよくわからないのかなあ。

 それから島根県にある母の実家を目指す。広島からの経路としてはいろんな選択肢があるのだが、今回は国道375号線から国道54号線を北上する経路を選ぶ。

 すこし前に母の兄(私にとっては伯父)が他界した。幼い時分の私は島根に住んでいたから母の実家に滞在する機会が多く、母方の祖父母と伯父夫婦にたいそうよくしてもらった。その伯父のお参りをできたらしたいなあと帰省前に思っていたら、母も「兄の初盆だからお参りに行こうと思っている」と言うので、母と一緒に母の実家のお仏壇とお墓を目指すこととなった。道案内は車のナビと島根出身の母のナビの両方があるからとても安心。

 母は手荷物に母と夫と私の三人分のペットボトル入り爽健美茶と『生もみじ』というお菓子を車中のおやつとして用意してくれていた。『生もみじ』というのは通常のもみじ饅頭とは少し異なるお菓子で、もみじ饅頭よりも生菓子風味でやわらかく餡以外に求肥っぽいお餅が入っていてふんにょりとした食感がおいしい。しかし、お昼ごはんは県境を超えて島根県に入ってしばらくしたところにおいしいお蕎麦屋さんがあるからそこにしようかという母情報と提案を得た夫と私はいっきに割子そば気分が高まる。水分補給は必要だけど、お蕎麦をおいしく食べようと思ったら、そこまでの車中で菓子などを食べるわけにはいかない。

 途中の道の駅でトイレ休憩をとり、運転を夫と交替する。道の駅の駐車場で夫が「ほら、あそこの絵というか看板というか、あれ、カープの梵(そよぎ)選手」と建物の一部を指し示す。「梵選手はこのあたりの出身の選手なん?」と訊くと夫は「たぶんそうなんじゃないかなあ、どうなんかなあ、そうなんかなあ」とカープファンとしては少々心もとない情報を提供してくれる。道の駅のトイレにはトイレットペーパーは設置されていた。便器は和式と洋式の両方があった気がする。

 ここからは夫の運転で私は助手席に座る。再び乗った車中では、姪(私の弟の子)のみみがーが無事にひとりで船に乗って島のおばあちゃんのところに着いたんだってよ、という話を母から聞く。小学校六年生にもなるとそんなことがひとりでできるようになるのねえ、大きくなったなあ、と、夫とひとしきり感心する。
 母は「まあひとりとは言っても、こっちかがわの港まではゆなさん(弟の妻。みみがーの母)が車で送って、船に乗せるところまでしてやって、船が出港したらゆなさんが島のお母さんに携帯で電話して『みみがーが船に乗ったけん、何時にそっちの港に着くけん迎えに行ってやって』って頼んだら、船の下り口のところに迎えに来てくれてんじゃけん、乗船時間は20分くらいのもんじゃし」と言う。
 12日に実家に泊まった時に、ゆなさんも同じことを説明してくれたけれど、たとえそうであるとしても、ひとりでじっと座って船で移動して、船をおりたところで祖母を見つけて(見つけてもらうのかもしれないが)ひとりで祖母宅に数日間宿泊するなんて、やはり大きくなったではないかと、そのときにも感慨深く思ったのだ。

 ちなみに甥(みみがーの兄)のむむぎーがなぜ同じ船に乗っていないかというと、彼は二週間のカナダホームステイに出かけていて不在だから。

 現在小学校六年生のみみがーは来年中学生になる。現在むむぎーが通う私立中学をみみがーも受験するのだという。みみがーは勉強は問題なくできる子だからなんの心配もなくて安心だね、と言う私に、母が「ほんとにねえ、むむぎーのときには受かるじゃろうかどうじゃろうかいうて受かるまで心配したけどねえ」と応える。私が「でもみみがーだったら他の私立中学でも受験も合格もできるじゃろうに、なんでむむぎーと同じ中学なん? 近いけん?」と聞くと、母は「みみがーはお昼がお弁当の学校に行きたいんよ。給食が出るところじゃなくて」と説明する。夫と私は「ええーっ。進学の志望動機がそれ?」と驚く。母は「そうよねえ。みみがーは小学校の給食を食べきるのがたいへんでたいへんで苦労しようるんじゃけん」と言う。私が「やっぱり野菜が苦手なん?」と訊くと母は「あれでもだいぶん食べられるようにはなったんよ、自分の好きなものはたくさん食べるしね、でもどうしても食べるのにすごく時間がかかるものや時間をかけても食べきれんもんがあってねえ、残してごめんなさいの挨拶をしに給食室に再々行くけん、みみがーは給食のおばさんとは仲良しなんじゃけん」と言う。そういうのを「仲良し」というかどうかについては多少の疑問を感じながらも、偏食傾向のあるみみがーのことを温かく見守りながら給食の工夫をしてくださる給食室のスタッフの方々にはありがたいことであるよと感謝を覚える。

 と、いつもは広島往復だけの帰省だけれども今回は山陰路も巡ることにしたから、その島根紀行を書き始めてみたものの、なんだか長くなりそうだなあ。小分けにして気長に書いていってみよう、おー。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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