みそ文

七夕の準備体操を

 患者さんの流れが一段落して、従業員以外誰もいなくなった薬局で、医療事務の同僚が「もう、最近のおかあさんは、なんでだろう、なんかおかしい」と少し憤慨したように言う。
 彼女の手には店頭のフックに掛けてあった商品の、フックの部分が破れてちぎれたものがある。彼女の説明によれば、処方箋の薬を受け取りに来た親子の子どものほうが店頭の商品を触って遊んでいるのを親は注意するわけでも制止するわけでもなく、そうしているうちに子どもが遊んで触っていた商品のフックがちぎれて、それを子どもは親のところに持って行く。薬を受け取る用事が済んだ親がカウンターでその商品を出して「すみません、うちの子がやぶいてしまったみたいで」と言って置いていった、とのこと。

 同僚は「ふつう、自分の子がそんなことしたら、お店の人に申し訳なくて、弁償しなきゃと思って、自分だったら買うと思うんだけどなあ、そんなに高いものじゃないときには。高すぎて買えないときには、平謝りでお店の人に一部弁償だけでもさせてもらえるよう相談すると思う」と言う。

 私は「ああっ。ほんとうにそうですよねえ。なのに、私、すこやか堂(私の以前の勤務先である大型ドラッグストア)に長くいたからか、とっさに『黙って置きっぱなしにして帰らずにちゃんとお店の人に言ってくれるなんていい人だ』とうっかり思っちゃいました。いけませんねえ、すこやか堂ののろいで、私の道徳、崩壊しかかってますねえ」と感想を言う。

 別の同僚が「ああ、私もときどきすこやか堂には買い物に行くけど、あんな広い店舗では、お店の人も目が行き届かないもんねえ。見てる人いないなら、黙って置いて帰っちゃえ、になる人も出てくるのかもなあ」と言う。

 私が「いえいえ、誰も見ていなければそんなのもちろんしょっちゅうなんですが、私でも他の従業員でもいてそこで見てても、子どもがバリっと破いた商品を見た親が『そんなものそこに置いときなさいっ、帰るよっ』ってそのまま帰るケースもよくあるんですよ」と話す。

 同僚二人は「ええーっ。ありえんー。そんなんひどすぎるー」と驚く。私は「ですよねえ。すこやか堂の従業員同士でも、店内で破損商品見つけるたびに、はーっ、ふーっ、こういうのはどんなときでも気持ちよくないねー、とは話しても、あまりに頻繁すぎると、どこか『ああ、またかー』と思うことのほうが多くて、たぶんいちいち憤慨していたら身がもたないんですかねえ」と考察する。

 破損商品を手に持って憤慨していた同僚は「わあ、私もすこやか堂には時々買い物に行くけど、買い物には行けるけど、そんな腹のたつお客さんが来るような職場で働くのは無理。すこやか堂に就職するのは無理。すこやか堂からも来てくれって言われたことは一度もないけどそれでも無理」と言う。私は「だめですー、どこにも行かないでー、おねがい、ずっとここにいてー」と懇願する。

 私は常々自分が「きれいな職場」で働くことを「すこやかな職場」で「にこやかな職場」で「なごやかな職場」で「穏やかな職場」で「気持よく深く呼吸ができる職場」で働くことを希望している。だから、毎晩寝床で行う祈りのひとときには、自分がそういう職場で働いていることについて天にお礼を伝える。あたかもすでに自分はそうであるかのように言葉を紡ぐことによってその現実の濃度を高めていく作戦。そうしているうちに本当にその現実の中に自分の身を置く作戦。

 すこやか堂勤務当時には乱れたバックヤードをを整頓する作業にあたることがわりと頻繁にあり、そのたびに「ああ、かみさま、そうなのですね、きれいな職場で働きたいということは自分で職場をきれいにすることとセットなのですね、そりゃそうですよね、うううう」と思うことが何度もあった。

 すこやか堂で働いていた当時もそれよりずっと以前も、すこやか堂を退職して無職でいた時にも、そして再就職した今も、毎晩同じ祈りを行う。

 そう思うと、今の職場では、店頭商品窃盗もなく(待合室用雑誌の無断持ち帰りはときどきある、これも窃盗の一種だとは思う)、店頭商品破損放置の「放置」は少なくともない。それらがないもしくはそういう出来事と遭遇する機会が少ないというだけで働く立場の自分の気持ちがずいぶんと穏やかになるものなのだなあ、と感心する。店頭商品を破損してもそのまま放置するのではなく従業員に声をかけてくださる(買わないけど)だけでうっかり「この人いい人じゃん」と思うようなちょっと間違った余裕が生じるくらいに穏やか。

 そうして私の「穏やかな職場で働きたい」という日々の祈りは着実に現実の濃度を増してその願いが叶い続けているのであろうなあ。その願いも他の願いも言葉にして祈り願うようにし始めてからすでに何年もの時を経ているが、自分の希望する現実の濃度を濃くしてその現実を手に入れてその安定状態を味わうには、「願う」「喜ぶ」のドリルを飽くことなく何年も何年も延々と続ける必要があるのだなあ、と、そんな勘とコツをつかみつつある昨今のこの勢いで、七夕短冊に臨んでみようかしらね。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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