みそ文

夕ごはんのそのあとに

 甥のむむぎーが小学校五年生か六年生、つまり、姪のみみがーが小学校四年生か五年生の頃に、私が広島帰省したときの記憶。

 夕食の前に食卓の上にみみがーが全員のランチョンマットを敷く。むむぎーがその上に取り皿を食器棚から出してきて並べる。食事が済んだら二人はそれぞれに自分の食器を重ねて流し台に運ぶ。そのあとはソファに座って遊んだり話したり。

 私がふと母に「むむぎーもみみがーもいろんなお手伝いができるくらいに大きくなったんじゃねえ、と思ったけど、考えてみたら、かあちゃんは私が小学校三年生のときにはもう、食後の家族全員の皿洗いとそれを拭いて食器棚に片付けてから、生ゴミを処理して、翌朝のお米をといで炊飯器にセットして、シンクの周りの水気を拭き取る、という食後の片付け一式をさせてたよねえ」と思い出して話す。

「そういえば、そうじゃったねえ」
「今、むむぎーとみみがーが食器さげてごちそうさましようるのを見て、あれくらいの年の子よりももう少し小さい年の私が、ようそんなことしてたなあ、というか、かあちゃんもよくそれだけ仕込んだなあ、と思って。子どものやることじゃけん不備も多かったじゃろうによく根気よく教えたよねえ」
「ほんまじゃねえ、でも仕込むもなにも、あの頃は、会社をやっていこうと思ったら、そうせんにゃあ回らんかったんじゃろうねえ」
「おばあちゃんもまだ若かったけんいろんな家事をしようたはずじゃけど、かあちゃんの立場的におばあちゃんには気兼ねで言いづらいことでも子どもになら言いやすいところもあって、少々面倒くさいても仕込んだほうが結果ラクじゃったんかもしれんねえ」
「それはあったかもしれんねえ」
「高校卒業して家におらんようになるまでずっとやってたよねえ。私が中学以降の試験中なんかのときは小学生のしめじとやぎ(弟と妹)がいつでも代行できるくらいには仕込んであったしねえ。あの頃はそんなもんだと思ってたけど、むむぎーとみみがーを見てたら、あんな小さい子がやってたのかあ、と思って」
「ほんまじゃねえ、むむぎーやみみがーには無理じゃろういう気がするねえ」

 そこでゆなさん(むむぎーとみみがーの母、弟の妻)が「そんなの無理無理。島(ゆなさんの実家)に行ったときなんかああやって食器を流しに運ぶだけでもうちのおかあさんなんかあの子らのこと『天才じゃ』言うのに、そんな洗い物やら片付けやらなんかした日には『神童』か『神』扱いになると思う」と言う。

 むかしは家電製品の発達が今ほどではなかったぶん子どもの人手が家電製品に相当していたのかなあ。でも私と同年代の子らが同等の家事手伝いというか家事担いをしていたかというとそうであったわけではないから各家庭ごとの事情によりけりだったのであろうなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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