みそ文

応力と鍛造という言葉を初めて知る

 休日を取得して本日は歯科検診。

 少し前に風邪をひいたときに喉や口の粘膜が弱った状態で食事をしていたら左奥歯に地味な痛みをおぼえた。そのときが初めて痛みを感じたときだったのか、本当はそれ以前も痛みがあったのに口の調子に余裕があったから気がついていなかっただけなのか、左側の上の歯が痛いのか下の歯が痛いのか、そのときにはいろいろよくわからないけれど、とにかく、むむむ、と思うような痛みだった。

 後日身体に余裕ができてから、はてさて、あのときから地味に痛い部分はいったいどの歯のどの部分なのかしら、と鏡を見ながら指先で歯をなぞる。左の下の奥から二番目と三番目の歯の下の方、歯茎に近めの部分が少し肉眼でも見ても色味が異なり、触ると少しくぼみがあることに気づく。
 なるほどね、痛いのはここだったのね、と納得する。

 ここ最近の私の口はえらいので、検診やクリーニングも含めて歯と歯茎のメンテナンスに行ったほうがいいですよ、という時期になると、古い詰め物をぽろりとはずしてみる、というような小技を使ってくるようになった。今回のわずかなくぼみは以前処置してもらった部分の処置に使った樹脂のような素材が剥がれ落ちたためにできたもののようである。

 歯科で「全然激痛ではないんですけど、ここが」と診てもらう。歯科医の先生が「ああ、これは、前に詰めたところが欠けてますねえ。治療の前に少し説明をしますね」と紙とペンを出してくる。
 先生の説明を要約すると、歯で食べ物を噛んだり、人によっては食いしばったり、歯ぎしりしたり、そういう「噛む」という活動をしたときに歯にかかる圧のことを「応力(おうりょく)」と呼び、その応力が最も大きくかかるのが、歯の側面(表側というのだろうか)の歯茎に近い部分なのだそうだ。その応力が強くかかる部分は、こうして過去の処置素材が疲労して脱落することもあれば、人によっては歯のその部分の自分の歯そのものがくさび形に欠けることもあるのだそうだ。

 では治療の前に検診とクリーニングをしましょうね、ということで、歯科衛生士さんが歯茎の深さチェックをしたあとで歯全体をくまなく丁寧に磨き上げてくれる。
 それから先生がひと通り診てから、では今回の欠けた部分の治療をしますね、と治療開始。治療はまったく痛くもなく、先生の細やかな職人芸でつるつるの仕上がりに。

「先生、さっきの応力の質問なんですけど、応力対策に何か、食べる時の噛み方や歯磨きの仕方などで工夫できることってありますか?」
「残念ながら、ないです」
「そうですか。これまでどおり噛んで食べて生きていきながら、応力で欠けたときにはその都度治す、しかないんですね」
「そういうことです。すみませんが、そのときにはまた来てもらえますか」
「はい、もちろん、そうします。検診もクリーニングにもちょくちょく来ます」

 ちょくちょくとは言っても、一年に一回か二回か、二年に一回か三回か、それくらいの頻度ではあるけれど。大丈夫、私の口と歯と身体は、必要なときにはちゃんと私にそう要求してくるから。きちんと私を早めに歯科に行かせるようにうまく誘導してくれるから。

 帰宅して、食事を終えて、夜の歯磨きをゆっくりとしたあとで、夫に「そうそう、今日ね、歯医者さんに行ってね、応力っていう言葉を初めて知ったんだよ」と話す。夫は「それなら知ってる」と少し誇らしげ。

「でね、その応力が一番大きくかかるのが、歯だとこの下の方の歯茎に近いところになるんだって」
「まあ、そうやろうなあ」
「なんでそんなこと知ってるん? あ、そうか、プレス機械には応力が関係あるか。仕事で使うんだ」
「うん」
「その応力がかかるとね、人によっては歯ぎしりがひどい人なんかだと、こうね、歯の一部がね、ちっちゃくぽこっとくさび形に欠けて抜け落ちてくることがあるんだって。知らんかったー」
「それはおれも知らんかったけど、応力いうのはそういうもんだからなあ」
「ねえねえ、どうやらくんがしてるプレス機械の仕事というのは、日本語で言うと『金型圧縮機械』になるの?」
「タンゾウ機械」
「は? たんぞう? たんのう?」
「たんぞう」
「なに、たんぞう、って。どんな字を書くの?」
「ぞうは造る、造船の造。たんは金偏に柔道の段の段」
「柔道の段の段は、階段の段だよね」
「ちがう。階段じゃなくて柔道の段」
「でも柔道の段は、書道の一段二段の段のことでしょ、だったら階段の段でしょ」
「あれ? そうだっけ、ちょっと待ってよ、あ、ほんとじゃ、そうそう階段の段」
「金偏に段を書く、そんな漢字があったなんて、私たぶん自分で書いたことないんじゃないかな。で、ダンゾウって読むの?」
「ちがう。たんぞう、だってば」
「階段の段を書くのに、だん、と読まずに、たん、と読むの?」
「そう、たんぞう」
「で、たんぞう、って何することなん?」
「そうやなあ、金属をたたいて造形作業をすること、かな」
「鋳物、とはちがうの?」
「あれは金属をとかして流して固める作業」
「あ、そうか、じゃあ、鍛造のほうは、すでに固形となった金属をたたいてなんらかの形を造るんじゃね」
「そうそう。刀とか」
「あれ? じゃあ鋳造は?」
「だからそれは金属をとかして流すほう」
「あ、そうかそうか。うーん、じゃあ、かじ屋さんの仕事は鍛造?」
「そうそう」
「あとはもっとこう何か自動車のプレス機械よりももっと身近な小さな鍛造だったら何がある?」
「そうやなあ、雪平鍋とか?」
「はいはい、なるほど、あれは鍛造なんだー、そうなのかー。じゃあ、雪平鍋以外の鍋や鉄鍋も鍛造なのね。私、鍛造、なんて言葉初めて知ったよ。どうやらくんはこの言葉いつどこで知ったの?」
「大学卒業して会社に入ってから」
「そっかー。じゃあ私が知らなくてもおかしくないね。私はほらこのお腹の中の内蔵の胆嚢か胆道しか思いつかんわあ。それで、応力、のほうは? 応力も会社に入ってから習ったん?」
「いや、応力のほうは大学で力学のこと習った時に出てきたんじゃないかな」
「へえー、そうなんだあ。応力って不思議だねえ。噛むのは下の奥歯だったら歯のこの平たい面の部分なのに、そのときの力がその歯の側面の下のほうに一番たくさんかかってるだなんて。私の奥歯は、エビのしっぽも魚のしっぽも小魚の頭や骨や肉類の軟骨までバリバリ噛んで食べるのに大活躍してくれるところじゃけん、歯ぎしりはなくてもこの部分の負担が大きいんじゃろうねえ」
「みそきち、バリバリ食うもんなあ、ここは残すやろう、いうところでもパリンパリン食べるもんなあ。あれだけ骨食ってたら、そりゃあ骨や歯は丈夫になるじゃろうけど、それで自分の歯が応力で欠けたんじゃあ、ちょっとおばかさんなかんじやなあ」
「自分の歯じゃなくて、処置部分の処置素材だから、きっと自分の歯より欠けやすいんだと思うよ、だから別におばかさんじゃないと思うよ」

 今日は歯の欠けも治って、ここしばらく地味にときどき痛かったのがこれで痛くなくなるだろうし、歯科衛生士さんの手でクリーニングしてもらってきれいになってすっきりさっぱりしたし、「いつもきれいに磨いてあってまったく問題ないですね、満点です」という太鼓判を今回も歯科衛生士さんと先生からもらって勝手に勝利した気分だし、「応力」とついでに「鍛造」なんていう私にとっては馴染みの薄い語彙とも知り合いになったし、盛り沢山な一日だったなあ。

 はっ。そういえば、鍛造の鍛は、鍛錬の鍛だー。ああ、私、『鍛造』は書いたことがなくても、『鍛錬』の鍛の字なら書いたことがある。あるある。鍛造の鍛は鍛錬の鍛。なんだか今日もまた少し私は賢くなったなあ。
 そして、そういえば、「かじ屋さん」の「かじ」の字は「鍛冶」だったのねえ、そうねえ「鍛冶屋さん」だわねえ、と、ちゃんと「鍛」の字が使ってあるのねえ、と、今さらながらしみじみ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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