みそ文

息づかいがあらいとき

 職場のカウンターでお薬をお渡しし終える。患者さんが帰られたあと、今しがた聴いたお話と自分が説明した内容等を薬歴に入力して記録する。前回と前々回のお薬と薬歴の内容をあらためて見て、あら、そういえば、前回は「頓服はまだ残っているんで今日は要らないです」とおっしゃって、そうでしたか、では、必要なときにはそちらを使って調整してくださいね、とお話しした、とある。そのお話をしたのは私だ。前回は頓服に関するお話をしたけど、今回は私の方もお尋ねせず患者さんも自発的におっしゃりもせず、頓服薬なしで大丈夫なのか確認しそこねちゃった、と書いておこうかしらね、と思っていたら電話が鳴る。

 同僚の事務さんが電話にでる。電話の相手は上記の患者さん。「いま気づいたんですが、今日の診察のときに先生に『手元に頓服がもうないから出してください』と頼むの忘れてて頓服出してもらってないんです。前に出してもらったのと同じ頓服薬を出してもらいたいんですけど、どうしたらいいですか」というご相談。

 事務さんは「そうでしたか、ではですね、まず一度こちらの薬局にお立ち寄りいただけますでしょうか。そのときに先ほどお持ちくださった処方箋をいったんお返しいたしますので、その処方箋を持って先生のところにもう一度戻っていただいて、受付で『頓服の処方も追加でお願いします』と伝えてください。そうしたら先生が、必要であればお話聞かれて、追加処方を書いてくださいますので、それからまたこちらに処方箋を持ってきてください。先ほどのお薬をまとめて入れたビニール袋に頓服を追加でご用意いたします。それで頓服が追加になったぶんお薬代が少し高くなりますから、先ほどいただいた代金との差額をいただく、という形になりますが、今日のご予定として大丈夫そうですか?」と説明。その患者さんは「ではこれからすぐに行きます」とおっしゃる。

 電話を切った事務さんが「今の方の処方箋、こちらに準備しておきますので、もし来られたら、これを渡してくださいね」と連絡してくれ、「はい、ありがとうございます、了解しました」と応える。そして「実は、私、薬歴を書いていて、あれー、今日はこの方、頓服は要らなかったのかしらー、どうだったんだろう、と考えてたところなんです。そう思った私の念とこの患者さんの気づきが、ぴぴぴぴっ、と電気のようなものでつながったんでしょうか」と続ける。事務さんは「ああ、それなら、それは、きっとそうだ、そうにちがいない」と言う。

 私がトイレに行っている間にその患者さんは戻って来られ、私がトイレから戻ったら、事務さんが「今クリニックに行かれました」と教えてくれる。しばらくの後その患者さんが処方箋に頓服薬の追加処方が記載されたものを持って来られる。私が調剤室の奥で何かしている間に、事務さんと先輩薬剤師が追加の処方内容を確認する。

 通常であれば、処方箋をコピーして、コピーを見ながら調剤室で調剤し、処方箋原本を見ながら事務の人が入力を行う。しかし、今回は頓服薬数錠のみの追加だから、コピーはせずに処方箋原本は事務さんにそのまま手渡して、先輩薬剤師が目視確認した処方内容を記憶してから調剤室に入ってきて読み上げてくださる。先輩薬剤師が読み上げるとおりに引き出しからその薬をその数出して、頓服薬用の袋に、1回1錠5回分、と書く。余白には、いつ、どんなときに、この頓服薬を使うか、という医師からの指示文言を書く。先輩薬剤師が「服用時は、息づかいがあらいとき、だったと思う」と言う。私はイタコのように言われたままの音を文字にする。指先に持ったペンを動かして『息づかいがあらいとき』と書く。

 先輩薬剤師と二人で薬の内容と数と薬袋に書いてある内容を確認する。あらためて見てみると、この処方医の先生が「息づかいがあらいとき」という指示を出してこられるのはなんとなく珍しいような気がする。どちらかというと『便秘時』『不眠時』『不安時』『緊張時』『ドキドキするとき』などさくっとした表現を多く用いる先生のような印象を持っていたのだけれど。でもまあ、私は入社数ヶ月の新人で、先輩薬剤師は十年以上この薬局開局時以来ずっとこの処方医の先生の処方箋をたくさん見てきた人だから、こんな指示文言もときにはあるのかもしれないな、と思う。

 薬を持ってカウンターに出る。念のために今一度確認、と思い、入力作業をしている事務さんに「処方箋の頓服の追加処方の部分、見せていただけますか」と頼む。処方箋を見ると、その薬の服用時指示は「息づかいがあらいとき」ではなくて「息苦しい時」となっている。事務さんに「服用時は『息苦しい時』で入力されてますか?」と尋ねると、「はい、処方箋どおりに」と言ってPC画面を見せてくださる。「はい。本当ですね。ちょっと薬袋書きなおして来ます」と言いながら自分が薬袋に書いた『息づかいがあらいとき』という文字を見せる。事務さんは首をふるふると横にふって、患者さんに聞こえないくらいの小さな声で「それは少し違うわ」と言う。

 調剤室に戻って、薬袋の服用時部分をホワイトテープで修正する。先輩薬剤師が「あら、なにか違ってた?」と問われる。「はい。処方箋に書いてある服用時が『息づかいがあらいとき』ではなくて『息苦しい時』でした」と答える。先輩薬剤師は「まあ、それは、失礼しました。すまんすまん」と言われる。「いえいえ、では『息苦しい時』で」と、書きなおした薬袋を見てもらってからもう一度カウンターに出る。

 そのお薬を患者さんにお渡しして、先程は頓服のお話を伺い損ねてごめんなさいね、近くで思い出して気づいてくださってよかったです、ありがとうございました、とお礼を伝える。患者さんも「いえいえ、こちらこそ助かりました」とおっしゃる。「では、もう何度かこの頓服は使ってくださってるのでよくご存知のことと思いますが、むむっ、これはなんとなく息苦しいかな、という気配を察知したらすみやかに投入してください。本格的に苦しくなって動けなくなるまで我慢したりせずにお願いしますね」とお話する。

 無事にその患者さんが出てゆかれて、存在するのは薬と機械と備品と従業員だけの薬局になる。「珍しい表現だとは思ったんですけど、やはり『息づかいがあらいとき』というのは、よく考えるとなんだかあやしいですよね」と話す。事務さんは「うん、なんだかすっごくあやしいです、いったいなにをして息づかいがあらくなってるの、と思います」と言う。

「まあ、たしかに、息苦しい時、というのは、だいたい、息づかいがあらくなる、ものではあるんですけど、薬をのむときの指示としてはあんまりない表現ですかねえ。わりと長く薬剤師してるんですけど、まだ見たことないかなあ」
「私もけっこう長いこと医療事務やってますけど、その表現は見たことないし入力したこともないない」

 そこに先輩薬剤師が現れ「すまんのう。へんな文言で混乱させて。なんだか思いきり作った(創作した)なあ」と言う。私は「いえいえ、思いがけない珍しい文言で面白かったです。薬袋を訂正して書きなおす時間分、患者さんにはちょびっとだけ長くお待ちいただきましたけど、問題のない範囲だったと思います」と言う。事務さんが「問題は、なかった、ですね。主任(先輩薬剤師)のちょっと意外な日本語表現力が垣間見えた気はしますけど」と言う。先輩薬剤師は「ほんとうにすまんすまん、もうそのくらいで許してくれ」と言う。

 毎日飲むほうのお薬の継続で、その患者さんが息苦しくなるような事態を少なく、できれば殆ど息苦しくなることがないように、調整してゆけるといいなあ。それでももしも息苦しい症状が出てきた時には、今回お渡しした頓服薬を適切に使って日々の暮らしやお仕事の質を保てるように上手に工夫してくださるといいな。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (109)
仕事 (161)
家族 (299)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん