みそ文

野菜と果物バンブーダンス

 ずっと以前、自宅から関西空港が割と近い場所にあった頃、私達夫婦はちょくちょく南の島へ出かけた。

 ある年のある温かい時期に訪れた南の島で、夕陽が沈むのを眺めながら海岸沿いの道をそぞろ歩く。夕ごはんにはその日そのとき食べたいものを選ぶ。
 その日はサテという焼き鳥だけどつけてあるタレが甘いピーナツ味のものを何本かと、別のお店でラプラプ(熱帯魚)の塩焼きを食べて、もちろんビールも好きなだけ飲んで、たのしくておいしかった。
 でも、まだ、なんとなく植物的なものが食べ足りない、つまり野菜不足果物不足な気がするね、と、話す。

 コテージの部屋にはモンキーバナナの房を買っておいてあるけれど、あれは朝ごはんやおやつに食べるもので、もうかなりの量を食べていたから、バナナに対する欲望はそれほどではなく、バナナ以外の果物とお野菜を食べたいね、という気分。

 サテとラプラプで腹八分目のお腹を抱えて歩いていたら、私達が泊まるコテージの近くにある別の宿泊施設のレストランでディナーバイキングが開催されているのを発見。
 バイキングだから、お肉もお魚もお野菜も果物もお菓子もアルコール以外の飲み物もこみこみでたぶん千五百円くらい。
 でももう私たちのお腹はかなりいっぱいになってるからバイキングであれこれ食べたい気持ちはない。けれど、ここのレストランであと二十分くらいすると始まる「バンブーダンス」のショーは見物したいなあ。と思いながら入り口のメニューを見ていたら、バイキング以外にもちゃんと単品メニューが存在していて、野菜サラダやフルーツサラダの注文が可能であることに気づく。
 ああ、よかったね、ちゃんと単品メニューがあるのなら、それを注文して食べて、バンブーダンスを観て帰ろう。
 
 レストランに入る。建物といっても、柱と屋根以外には高い壁があるわけではなくて、窓も窓ガラスもなくて外の景色はそのままよく見える。外の風も通り放題。寄せては返す波の音も聞こえてくる。
 席に案内してもらって座る。昼間に日焼けした皮膚、特にふくらはぎの皮膚が椅子の脚にうっかりあたると痛い。なぜふくらはぎが陽に焼けているかというと、昼間海でシュノーケルを口に加えて水面にぽよんとうつぶせに浮かんで海中の様子を眺め続けていたから。ふくらはぎの日焼けは予想していなくてふくらはぎには日焼け止めを塗り忘れていたから。
 
 ウェイターさんが「この時間帯限定サービスのディナーバイキングでよろしいですか」と当然それを注文するよねな面持ちで尋ねてくださる。

「いいえ、もうディナーは他のお店でいろいろ食べてきたものですから、こちらでは単品で野菜サラダとフルーツ盛り合わせをいただきたいのですが、この時間帯の単品注文は可能ですか? あと飲み物もいただきたいので、先にミネラルウォーターとあとでこのジュースひとつとコーヒーをひとつお願いしたいのです」
「もちろん可能ですが、バイキングよりも割高といいますか、バイキングでしたらいろいろ込みで千五百円のところが、野菜と果物各七百円とお飲み物ひとつ三百円でお一人さま千円ほどいただくことになります。もう五百円ずつご負担いただくだけで、当店自慢のお肉やお魚料理もごゆっくりとお召し上がりいただけるのですけれど、そちらは御入用ではないでしょうか」
「ありがとうございます。せっかくなのですが、他でいろいろ食べてきたのでもうそんなにいろいろは食べられないんです。割高かもしれませんが、私たちは単品での注文が可能でしたらそちらでお願いします。それと、もうすぐ始まるバンブーダンスを見て行きたいのですが、それは別に観覧料が必要ですか?」
「いえ、それは必要ありません。当レストランご利用のお客様皆様へのサービスとして無料でご覧いただいておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみください。よろしければのちほど舞台でご一緒に踊ってください」

 最後の「舞台で一緒に踊れ」のところだけ、その意味がよくわからなかったけれども、バイキングではなく単品注文もできることがわかり、なおかつバンブーダンスを見物できることもわかり、安心する。

 しばらくすると私達が注文したミネラルウォーターと野菜サラダと果物サラダが運ばれてくる。ウェイターさんが「どうぞごゆっくり」「バンブーダンスは何時からですからもう少しお待ちくださいね」という意味のことを案内してくれる。「ありがとうございます。たのしみです」と応えてから、両手をあわせていただきます、と挨拶してサラダを食べようとする。

 そうしたところ、近くの別のテーブルに座っていた団体客の人たちが「もしかしてあの人たち(私達夫婦)英語がよくわからないのかしら。だからバイキングのことがよくわからなくて単品注文なのかしら」と瞬時に話しあって、そのうちの一人の人が私たちの席に近づいて来られ「あの、日本から来られた方ですよね、もし、英語で何かお手伝いが必要でしたら」と日本語で声をかけてくださる。

「こんばんは。はい、日本から来ました。ありがとうございます。えーと、今のところ、特に英語で不便はないみたいなので、たぶん大丈夫です」
「え、でも、このサラダ、お野菜も果物も、バイキングだったら、こみこみ千五百円で食べ放題なのに、割高な単品で注文するのは、ここのバイキングシステムがよくわからなくて、ではないのですか。今からでもバイキングに変更してもいいと思うんですよ、もしお店の人に言いづらくてなら代わりに言ってあげられますけど、大丈夫ですか」
「ああ、これはですね、実は私達、もう他のお店を何軒かはしごして、お肉やお魚はたくさん食べ終えてるんです。あとはお野菜と果物が食べたいなあ、と思ったところでこちらのレストランを見つけて、しかもバンブーダンスショーもあると書いてあるし、バイキング以外の単品注文も可能だったので、そちらにしたんです。お気遣いありがとうございます」
「ああーそうでしたかー。でもバイキングだったら、デザートのケーキやプリンもあるんですよ、ドリンクも無料なのに」
「いえいえ今日はもうケーキもプリンもほしくないんです、食べられそうにないんです」
「そうでしたか、そういうことなら安心しました。では、どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」

 その人がグループの席に戻り「あの人達(私達夫婦のこと)、英語がわからなくてバイキング注文できなかったわけじゃないんだって。もうお腹いっぱいだから食べられるだけの注文にしたんだって」と説明する。グループの人達が「私らだったらお腹いっぱいで食べられんと思っても千五百円で食べ放題だったらそっち注文していろいろ食べてああ食べ過ぎたーって後悔するのに、そこで割高でも単品注文にしておこうという理性が効く人もいるんやなあ」と感心してこちらを見て会釈される。私もにっこりと会釈して「ありがとうございました」と彼らのご心配とお気遣いに対するお礼の気持ちを伝える。

 ウェイターさんが残りの注文分の飲み物を運んできてくれて、「もしもこちらの野菜サラダと果物で足りないときには、よろしかったらバイキングコーナーの野菜と果物を追加でとって食べてください。このお皿に入っているものと内容は同じものが置いてありますので。お肉やお魚やケーキなど他のものはとっていただくことはできませんが、よろしければ」と案内してくださる。「ご親切にありがとうございます」とお礼を言う。ウェイターさんがいなくなったあと、夫が私にだけ聞こえるくらいの小声で「ヘンゼルとグレーテルか」と言う。「ここの人達は、ヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のおばあさんみたいに、おれらにバイキングの食い物を無理やり食べさせて太らせる作戦か」と。

 お野菜と果物を食べて身体がほうっと満ち足りる。今日の食事はこれ以上でもこれ以下でもなくこの量と内容がぴったりだったなあとその加減にうっとりする。

 バンブーダンスのショーが始まる。長い竹の棒二本を舞台の床で二人の人が持ち開いて閉じてを繰り返す。竹と床がぶつかる音がチャカチャカと軽快なリズムを奏でる。その二本の竹の間に踊り手が入ったり出たりして足を竹の棒に挟まれないように音楽に合わせて跳ぶのがバンブーダンス。音楽が速くなると竹の動きも速くなり、踊り手のステップも跳躍も速くなる。
 すごいね、すごいね、おもしろいねー、とたのしく見物。
 後半のダンスが始まってしばらくしたところで、舞台でマイクを持つ人が「では、ご来場のお客様にもご参加いただきましょう。各テーブルから何名かずつ舞台の方へお願いします」と言われる。夫が「みそきちどんさん行って行って」と言う。「おれはここで写真を撮るから、さあ」と。

 バンブーダンスはビールで酔った身体には少々つらい。それでも音楽の最後まで足元で小さなジャンプを繰り返し、最後は舞台の上の人達と手をつないで観客席にお辞儀する。舞台のスタッフの人達から拍手で見送られて席に戻る。

 南の島の夜の思い出。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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