みそ文

四十五歳成人男性そりに乗る

 生きていると、あのとき実際はああしなかったけれども、できることならこうしたほうがよかったなあ、と思うことはいろいろあるものだ。後悔というほど大袈裟なものではなくても、今にして思えばねえ、と感じることはあれこれある。

 大阪に住んでいた頃、近くにある金剛山という山に登った。当時の私は自分が斜面に興味がない傾向にあることにはまだ気づいていなかったから、夫と一緒に登った。一度はまだ温かい時期で、もう一度は雪が積もる季節。
 雪が積もったときには、山のなだらかな斜面をそりで滑ったら愉しいのではないかな、ということになり、桃色のプラスチック製そりをどこかで買って持っていった。
 二十代後半の夫婦(当時の私たち)がかわりばんこにそりに乗り、ちゅるるるるっと滑って、ああ、たのしいな、と思った、ような気がする。

 大阪から熊本に引っ越すときに、当時斜め下の部屋に暮らしていた仲良し家族から「そり、要らんかったら、もらいたいから置いて行って」という要望があったにもかかわらず、「いや、申し訳ないけれど、阿蘇山で草滑りして遊ぶのにぜひともこのそりを使いたいから、そりは熊本に連れて行くね」と断った。
 
 その後、熊本で暮らしていた間、何度も阿蘇山には行ったけれど、他のことで忙しくて、倉庫で待機する桃色のそりを阿蘇山に連れていくこともなければ、乗って遊ぶこともなかった。

 熊本から福井に引っ越す時には、誰も「そのそりちょうだい」とは言わなくて、要るもの要らないものを仕分ける余裕もなくて、そのまま福井に連れてきた。それからもう十年以上が経過する。

 先日の日曜日に車のタイヤを交換した。これでもういつ雪が降っても安心だ。交換し終えたタイヤは倉庫に片付ける。倉庫にはタイヤ以外のものもいろいろ置いてあり、これはもう要らないよね、と気づいたものはその都度少しずつ捨てる。
 今回は、この桃色のそりをもう捨てよう、と思ったから、部屋に持ち帰って「燃やせないごみ」の袋に入れて出す準備をする。
 ところが夫が「あ、そのそり、捨てるの待って。使うかもしれんけん」と言う。

「いやいや、大阪からずっとそり連れて引っ越してきたけど、もうずっと使ってないじゃん。そのそりを今さら使うとは思えないし、使うなら新しく買ったらいいことだから、これはいったん捨てようよ」
「これまではおれが山に登ってなかったけん使うこともなかったけど、ほら、今は山に行くじゃん、そしたら雪道でそりに乗って遊ぶかもしれんじゃん」
「四十五歳の成人男性が一人で桃色のそりに乗って遊ぶん?」
「うん、遊ぶかもしれんじゃん」
「遊ぶかなあ。山に行く時にはいつもあんなに荷物の重量が軽くなるように計量して調整してるのに、そりはかさばるしプラとはいえ山に担いで連れて行くにはちょっとだけ重いじゃん、そんなもの本当に山に持って行く?」
「持っていくよ。遊ぶよ。そり担いで行くよ」
「必ず持って行って遊ぶならとっておいてもいいけど、それなら、もう、どうやらくんの車に載せて山に連れて行くようにしといてよ」
「いや、普段は車に余計な物は載せないほうが燃費がいいから、そりは倉庫に置いておく」
「それは嫌だなあ。倉庫の不必要なものは気づいたものだけでも都度都度捨てて、我が家の気の流れや運気を良好に保ちたいんだけどなあ」
「だいじょうぶ。今度山に持って行って滑って満足したら捨てるけん」
「うーん、プラスチック製のそりだから、きっともうプラが劣化してると思うのよ。もし本当に乗って遊ぶんなら、そりくらい、新しいの買ったらいいんじゃないかなあ、高いものじゃないんだし。うちのはもう古いプラだから、滑ってるときにパキッと折れてバラバラになって、その破片を雪の上で拾うのは悲しくない?」
「そこで壊れたらこころおきなく捨てられるじゃん」
「いやもう、今すでにこころおきなく捨てられるよ」
「まあまあ、ちゃんと持っていくけん、ちゃんと捨てるけん」
「どうやらくんさあ、どうやらのお母さんが思い入れのあるものでもないものでもあれこれためこんでるのに対して、すっごく厳しい口調で、こんなもんさっさと捨てんさいや、いうて言うじゃん。どうやらくんだっていろんなものをためこむ性質があるのに、古いそりも捨てられないのに、お母さんに対してあんなものの言い方をするのはすごく失礼だと思う」
「わはは、そうきたか、だいじょうぶ、おれはあれほどひどくはないけん。そんなになんでも捨てろ捨てろ言わんでもいいじゃん」
「なんでもじゃないじゃん、今してるのは、そりの話じゃん」

 そのあとも、私があまりにも、古いそりを捨てたい捨てたいと言い続けるのが、夫には面白おかしかったらしく、夫は歯磨きのうがいをしながら、「頼む、うがいをさせてくれー、おかしくてうがいができんー」と大笑いする。しかし、私は面白くもおかしくもなくて、夫が笑うのが解せない。

 今にして思えば、私達が引っ越すときに、大阪の社宅で、「そのそりちょうだい」と申し出てくれた仲良し家族には当時二才か三才くらいの女児がいたから、幼少期の彼女の遊び道具として使ってもらえるのであれば、そりとしても、我が家で放置されるよりはずっとそり冥利に尽きたことであろう。

 今にして思えば、あのとき、ああすればよかったなあ、と思うことがいろいろある人生の中でも、特に、ああ、あのとき素直に手放していれば、今のこの揉め事はなくて済んだのに、と思わずにいられない、そんな我が家のそり事情。

 北陸地方の山の中で、桃色のそりに乗って遊ぶ中年男性を見かけたら、それはおそらく夫だ。壊れたそりの桃色のプラ破片を拾い集める人がいたら、それもきっと夫だ。そんな夫の姿を見かけたときには、声はかけなくていいから、そっと「よかったね、ちゃんとあのそり持ってきたんだね、そしてそりで遊べたんだね」と思ってください、お天道様。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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