みそ文

少し忘れた頃に叶う願い

 最近、といってもここ数年から十数年にかけてのことだけれども、自分が強く願ったことが叶うときというのは、自分が願ったことを少し忘れかけた頃やちょっとすっかり忘れたような頃になって、ということが少なくないような気がすることが多くなってきた気がしている。

 たとえば、私の個人的なことに関して最近特にそうだなあ、と感じていることを書いてみる。

 今年の初夏まで勤務していた「すこやか堂」で働くことを私は私なりに気に入っていた。広い店内をてくてくとたくさん歩くのも好きだったし、同僚やお客様の動向をネタとして拾うのもたのしい。この調子で老婆になってもここで働けるといいなあ、働きたいなあ、と思っていた。
 それが、以前はなかった定年制が「すこやか堂」全社全店に導入されることになり、老婆になっても働き続けるのは無理そうになった。
 他にも、個人的な契約内容のことだけでなく、なんでもないような社内規のいくつかの改訂があり、それらはほんとうに些細なことなのだけれども、私の体質上特性としてはその新しい規則に自分を合わせるのには少々手間がかかるなあ、となると私としては退職することになるのかなあ、退職することにするのかなあ、というような、そういう方向へ方向へといろんな出来事が展開する。
 ううむ。退職したいわけでも転職したいわけでもないのだけどなあ、これはどうしたことだろうか。

 どうしたことなのかの理由はもうひとつふたつみっつよくはわからないままではあるけれど、とりあえずいったん退職し、しばしの夏休みを満喫し、転職活動を始めたところ、なんというか、あっけなく、最初に面接した会社で採用が決まる。
 その会社の仕事では、これまでのように店舗面積が広いわけではないからてくてく歩くことはないし、新しい環境に慣れてその職場職場特有の仕事の仕方に馴染んでいくことにエネルギーがたくさん必要で、ネタをネタとして拾って面白がることができるようになるまでにはまだもう少し時間がかかりそうだなあと感じる。
 ううむ。この職場に自分が流れ着いたのには、何かからくりがありそうな気配はあるのだけれど、それはいったいなんなんだろう。

 そんなふうに思いながら、黙々と淡々と転職先への順応に励む。黙々と淡々とそうしていたところ、ある日ふとしたことで、とある先輩薬剤師の人が趣味でフルートを吹く人であることがわかる。
 うわー、うわー、私、ずっと、フルートを吹ける人と出会いたかったんです、私ピアノを弾くんですけれど、フルートのピアノ伴奏をしたくてしたくて、五年か六年かくらい前にフルートとピアノの合奏用楽譜を買ってピアノ伴奏部分の練習をしてきたんです、でもなかなかフルートを吹ける人と知り合う機会がなくて、どうすればフルートのピアノ伴奏ができるようになるんだろうかと考えていたんです。

 するとその先輩薬剤師の人は別の事務職の人に「ちょっとー、聞いて聞いてー、どうやらさんね、ピアノ弾くんだってよー、フルートの伴奏してくれるんだってー、なんかすっごいたのしみねー」と声をかけられる。事務の人は「わー、そうなんですかー、伴奏してもらえると嬉しいですよねえ、練習にも張り合いが出ますねー」と言われる。なんと、事務の人もフルート奏者であったとは。
 その二人からの情報によると、その日はそこの職場には出勤していないけれども、さらにもう一人別の薬剤師の人もフルート奏者であるとのこと。
 な、なにゆえ、ここの職場には、フルート奏者が三人もいるのだ。

 その翌日、私は自分の持っている「フルートと演奏するピアノ」の楽譜二冊と、主旋律を別の楽器に演奏してもらってピアノ伴奏するタイプのビートルズ曲の楽譜を一冊、職場に持っていく。
 私がぜひともフルートを吹いてもらって伴奏をしたいのはグノーとカッチーニそれぞれのアヴェ・マリアなんですけど、それ以外のものでもこれなら吹いてみてもいいなーと思われる曲があったら付箋をつけておいてもらえたら、ピアノで弾く練習をしたいので、選んでもらってもいいですか、とお願いする。
 フルート奏者の同僚たちは、それぞれに、「うわあ、たのしそうー。順番に見て選びますねー。楽譜コピーして練習してみますね」と楽譜を持ち帰ってくれる。
 三人目のフルート奏者である人も「わあ、すてきすてき、コラボたのしみー」と言ってくださる。

 ああ、そうだったのか。そうなのか。私の「ピアノでフルートの伴奏をしたいです」「フルートを演奏できる人と個人的に出会って合奏したいです」というあの願いが叶うためには、私がこうしてこの職場に就職する必要があったというか、私が転職してここにくるのが手っ取り早い方法だったということなのか。たしかに、「すこやか堂」にいたままでは、この人たちと個人的に知り合うのは難しかっただろうなあ。すこやか堂の同僚にフルートを吹く人は一人もいなかったからなあ。しかし、いきなり三人ものフルート奏者に恵まれるだなんて。

 それにしても、フルートのピアノ伴奏に関して願って練習していたのはもうずいぶんと前のことで、当時願ってはみたもののそう簡単には思いどおりにすんなりとフルート奏者に出会えなくて、私のピアノの先生は「ごめんなさいねえ、私がフルートを吹ければ、どうやらさんのピアノに合わせてフルートを吹いてあげられるのに、私ピアノしか弾けなくて」とおっしゃるし、「いやいや、先生はピアノの先生なんですから、ピアノのご指導をお願いします」と応えたものの、フルートの主旋律がない伴奏部分ばかりを練習してるのもなんなので、ちょっと趣向を変えてビートルズのジャズバージョンを弾きたいです弾きましょう、とジャズ独特のリズムのとり方に取り組んでいるうちにフルートとの合奏に関する欲望は意識から薄れていた。
 が、欲望が意識から薄れたからといって、フルート演奏のピアノ伴奏がしたいという希望がなくなったわけではなかったから、その希望は自分でも意識しないところで願いとして念としていつもそのあたりを浮遊していたのだろうと思う。
 
 ああ、かみさま。たしかに私はピアノでフルートの伴奏をすることを強く大きく深く願っておりました。しかし、だからといって以前の職場であるすこやか堂を辞めたかったわけではないのです。けれども、すこやか堂を辞めることが、フルートと合奏するという願いを叶えるそのために都合がよかったということならば、それはそれでそれもわたくしの希望であったことにございますれば、いたしかたないことと存じます。
 
 そうして浮遊していた願いがこうして叶う。
 実際には、まだフルートとの合奏は実現してはいないけれど、いま回覧して曲を選んでもらっている楽譜が手元に戻ってきたら、選んでもらった曲目を中心にピアノの練習を重ねてゆこう。たのしみ、たのしみ。

 新しい仕事には少しずつ慣れてきて、ずいぶんと呼吸がらくになってまいりました。もう少し新しい職場独特の動線に慣れてくれば、不用意に体や頭をどこかにぶつけて「いてっ」「ううっ」と思ったり言ったりすることも減ってゆくことにございましょう。
 引き続き、自分が選んだ新しい環境への順応がんばるぞ、おー。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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