みそ文

大きなオクラと小さなオクラ

 この夏、実家の父が畑で作ったお野菜がなんとも立派で豊作で、こまめにクール宅急便で送ってきてくれたものを、たいそうおいしくいただく。

 トマトは、プチトマト、ミディアムトマト、大きいトマト、といろいろ入っていて、くうっ、これは、フレッシュトマトをオリーブオイルで炒めてパスタソースにしよう、と思いながら水で洗っている間に、小さいものを一口、また一口と、私が次々につまみ食いをするから、どんどんとなくなって、うーん、パスタソースにするには量が少ないなあ、それでは、このままいただこう、ということになる。

 茄子は大好きな揚げだしにする。洗って、皮付きのままで切って、油で素揚げして、めんつゆのようなだし汁に浸ける。揚げだしを作るときには、茗荷とニンジンがあると、なおおいしい。ご飯のおかずにも、素麺のおかずにも。

 キュウリは一番多く作るのは塩もみ。スライサーでシャッシャシャッシャとスライスしてから、塩で揉んで、水気を切って、お醤油とマヨネーズを少しずつかけて食べる。切ったトマトと目玉焼きもつける。このメニューにすると、夫が必ず「夏、ってかんじやな」と言う。夏の夕ごはんには、このメニューがおかずとしてよく活躍する。 

 どのお野菜もおいしかったけれど、この夏特に、むむっ、これはっ、と思ったのは、オクラ。
 最初にオクラが送られてきたときには、薄く輪切りにして、フライパンで炒めて、最後に少量の醤油を鍋肌に垂らして味付けした。
 一口食べて夫が「これ、うまいっ」と言う。私も食べてみて「ああ、ほんとだ、おいしい、オクラそのものの味がおいしい。これ、父作」と言う。
 それが夏の初めの頃。

 お盆に広島帰省したときに、オクラがおいしかった話をする。
 甥のむむぎーが「みそちゃんは、オクラ、どうやって食べたん?」と訊くから、「薄く切って、フライパンで炒めた。おいしかった」と応える。
 むむぎーは「ああ、それは、ぜったい、おいしいね」と言ってから、「味付けはどうしたん?」と訊く。私は「お醤油だけ、最後にちょびっと入れて炒めて仕上げた」と説明する。
 むむぎーは「いいねえ、それ。でも、そこは、塩コショウだけでもおいしいと思う」と言う。私は「うんうん、きっと、それもおいしいね。今度はそうしてみる」と言う。
 小学校六年生にもなると、料理の味付けのこまかな調味料の違いに関する会話もできるようになるのねえ、と、甥の成長に感心する。

 夫と私が実家に帰省する前日まで、両親と、甥のむむぎーと、姪のみみがーと、ゆなさん(弟の妻)は、父主催の北海道旅行に出かけていた。
 実家で一人留守番することになった弟は、その旅行の間、父の畑の世話を引き受ける。現在植わっている野菜たちに水をやり、成長したものを収穫する、にわか農夫のお仕事。

 実家の夕飯の席で、私が、父作のキュウリは、ちびっこいのをポリポリと食べたいけれど、送ってきてくれるキュウリの大半が巨大で立派なのは、畑のキュウリがすぐに大きくなってしまうからなんじゃろ、と問うたら、父と母は、そのとおりなのだ、気づいたときには、もう巨大になっているのだ、と言う。
 そこでここ数日、にわか農夫として、畑の世話をしていた弟が「ねえちゃん、知っとるか? キュウリもすぐに大きゅうなるけど、オクラも大きゅうなるんで。バナナくらいの大きさに」と言う。

「うわ、そんなに? それは大きいねえ。大きいオクラは、やっぱりかたいんじゃろうか」
「ねえちゃん、そう思うじゃろ。大きゅうなったオクラは硬うてスジっぽいと思うとるじゃろ」
「うん。そうじゃないん?」
「ねえちゃん、まだまだ素人じゃのう。オクラは大きゅうなっとっても、枝からもいですぐじゃったら、やおい(柔らかい)んで」
「え、そうなん?」
「このまえ、畑でオクラを採ろう思うたら、もうでっかいバナナくらいの大きさになっとって、うわー、こりゃあ食えんかのう、思うたけど、茹でてかじってみたら柔かったけん、そのまま全部、ちゅるちゅるちゅるーっと食べた」
「でも、種は? かたくないん?」
「そう思うじゃろう。種がでかくて硬うて食べられんのんじゃないか、思うじゃろう。それが、ちがうんじゃ。そう思うのは素人なんで。種も多少は大きいけど、柔らかさも味もいっつも食べるオクラと一緒」
「そうなんじゃー。えー、でも、それなら、大きい方がいいじゃん。オクラがバナナサイズに大きくなるのを待ってから収穫したほうがいいんじゃないん? そのほうが可食部が多いいうことじゃろ?」
「それはそうかもしれんけど、そういうもんじゃないじゃろう」

 弟がそう言うと、父と母と義弟が重ねて、うんうん、そういうものではない、何事にもやはりちょうどよい大きさというものがあるのだ、という意味のことを言う。そうなのかな。そういうものなのかな。

 そのとき実家で食べておいしかったのが、茹でオクラ。オクラを丸ごと茹でて、ヘタを切り落としてあるもの。柔らかくて噛むとネバネバとしていて、噛みごたえはあるけれど全然スジっぽくはなくて、そのままでも、少し醤油か何かをつけても、ちゅるんちゅるんと次々と食べられる。

 その食べ方を気に入って、その後、義実家でも茹でオクラを披露する。義母は「へえ、茹でたオクラもおいしいんじゃねえ。みそさん、上手にちょうどように茹でとるが」と私に言う。
 義母は、私が大きなトマトを一口サイズに切って器に盛って出せば、「まあ、みそさんは、トマトを切るのが上手じゃが。可愛らしゅうに宝石みたいに切ってあるけん食べやすいねえ。お父さんも次々食べようてじゃ。私はいっつも大きいままで輪切りにするだけなんじゃけど、それだと食べにくいけん、たぶんそれでお父さんも私もトマトを食べ残すんじゃねえ。なるほど、こうように(このように)一口で食べられるように切りゃあええんじゃねえ」と感心する。
 結婚十八年目の嫁の料理における「切る」と「茹でる」という料理の基礎的な部分に着目して言葉を惜しまない義母はえらいなと思う。

 その後、我が家でも、茹でオクラは夕食の定番になった。茹でたあとで一口大に切っても食べやすいし、小さいものは丸ごとそのままでもおいしい。
 炒めオクラもおいしいけれど、茹でオクラもおいしい。
 大きなオクラもおいしいけれど、小さなオクラもおいしい。

 昨夜またオクラをフライパンで炒めた。今回は大きめのオクラ、といってもバナナほどには大きくなくて、モンキーバナナくらいの大きさのもの、を、斜めに細長く薄切りにして炒めた。
 そのオクラを食べた夫が、斜めに長いオクラを箸でつまんで、「はっ。オクラも五角形だ」と言う。

「うん。五角形よ。オクラも、ということは、他には、何が、五角形の仲間なん?」
「ほら、スターフルーツ」
「ああ、スターフルーツ、あのひとも五角形だねえ。もらったねえ、東南アジアでタクシーの運転手のおじちゃんに。食べたねえ。同じ五角形ということは、植物として、何か仲間なんじゃろうか」
「いや、別物じゃろう。五角形以外は」
「そうかな。なんか種の並び方が似てるような気がするけど」
「そうかあ? 似てるかあ? 味が全然違うじゃん」
「まあ、それはそうだけど。スターフルーツは果物だから甘酸っぱかったけど」
「なんか、五角形のものの法則があるんじゃろうか」
「うん、宇宙の、というか、数学的な、っていう意味でしょ。きっとあるんだよ、なにか」

 夏野菜の満足、オクラの至福。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (111)
仕事 (161)
家族 (301)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん