みそ文

合成洗剤とインフルエンザ

 昨日の日記に、最近は、抗アレルギー薬に継続してお世話になることにして、各種アレルギー反応が少なくなり、QOLが向上した、という話を書いた。

 抗アレルギー薬の活躍は、もちろんありがたいのだけれども、わたしの各種アレルギー症状が劇的に少なくなったのは、やはり「いわゆる合成洗剤(以後、合成洗剤、と略)」の使用をやめてからのように思う。
 十数年以上前にふと、もしかして、もしかしなくても、これは洗剤だ、と思い至り、家中のあらゆる洗剤を合成洗剤からそうでないものに変更した。

 合成洗剤でないもの、については、いろいろ試行錯誤の旅を続けた結果、いまでは、使い勝手も洗い上がりも満足なものたちに出会えて、まったく不便がない以上に、たいへん快適に生活できるようになった。

 合成洗剤は、衣類洗濯用、台所食器用、シャンプー・トリートメント、体洗い用石けん(洗浄剤)、歯磨き、トイレ用洗剤、お風呂用洗剤など多岐にわたって使用されているから、それらを一度にやめるのは、難しいかな、と思ったけれど、皮膚の炎症やかゆみで皮膚科に通院することにもステロイド剤やその他の薬剤を使用してケアすることにも、くたびれていた時期だったから、通院やケアの手間が減るなら、安いものだしラクなものだ、と、割りきった。
 使わなくなった洗剤や柔軟剤は、「もらうもらう、使う使う」と言ってくれる人にあげたものもあれば、お金は返さなくていいから返品させてほしい、適切な処分をお願いしたい、と、メーカーに送ったものもある。

 そうして、合成洗剤を中止したら、皮膚の状態も呼吸器の状態も格段にラクになったが、体内や生活用品に残留している合成洗剤成分が完全に洗い流されるまでには、数年以上を要した感覚の記憶がある。

 合成洗剤でない洗剤は、市販の安売り品に比べると、若干高価で、購入時にはその差額に少しだけひるむ。が、各種症状が出たときにかかる薬代などの医療費や、症状に対応する手間暇時間労力や、なによりも自分の「かゆい」「くるしい」という不快感を便宜的になんとなく金額換算したときに、そのくらいの差額は全然問題ないどころか、それで結果的に快適に過ごせれば、むしろ安い、くらいだ。

 現在は、旅先にも常に自分が使用して問題なく快適なものを持参する。何度か備え付けのものを使っては痛い目に遭ってきたから、痛い目に遭わないためであれば、少々の手荷物の増量は許容範囲だ。
 逗留先で供される洗浄料類が、たまたまわたしも快適に使用できる銘柄であれば、ありがたくお借りして、ああ、よい宿だわ、うれしい、という安心感で呼吸が少し深くなる。

 今ではもう自分では買うことのない合成洗剤だけれども、ふとしたときに、人様からいただくことがある。たとえば、ご近所の方から引越し挨拶の品として。あるいは、何かの景品や粗品として。
 景品や粗品の場合は、その場で気づけば、「アレルギー体質で合成洗剤が使えないので、お気持ちだけありがたくいただきます」と言って品物をお返しする。お店の方は「でしたら、こちらなら大丈夫でしょうか」と、たとえばサランラップやビニール袋などの生活用品と交換してくださることもある。
 引越し挨拶の品としていただく場合には、その場では中身がなにかわからないような包装がされていることが多いから、とりあえずご挨拶だけして受け取る。そして、その中身が合成洗剤であった場合には静かに保管しておいて、合成洗剤を自信を持って問題なくよろこんで使用する人に、自分の身体事情を話して、もしよければ引きとって使ってもらえるようにお願いすることで今のところは解決している。

 合成洗剤を使用している人には、ほんとうに自信を持って問題なく使っている人(そういう人たちにとってはたいへんに便利でよくできた製品たちだと思う)と、ほんとうは自分または家族の身体に問題があることに気づいてはいるけれど利便性等各種事情により使用を継続している人と、問題の有無に関する知識を持ち合わせない人とがいるような気がする。

 育ち盛りの皮脂汚れたっぷりどろんこ汚れ満載の洗濯物を手軽に洗うには、強力な洗浄力を持つ洗剤が必要な場合もあるだろうと思う。が、我が家は、すでに皮脂分泌が減少した年頃の成人二名の家族であるから、そんなにしゃかりきに汚れを落とさねばならない事態には、そうそうならない。
 たとえなにかで、そういう事態に至ったとしても、自分の皮膚に大丈夫な洗浄料で、そして下に書くような洗浄水の温度調整を併用して、こすり洗いやつけおき洗いをすれば殆ど解決するし、それでも解決しなくて、どうしてもその汚れのないその衣類などが必要であるならば、新しく買い直すことで事態を解決する。他の何かどうしても今すぐに必要というわけではないものの購入や消費を節約あるいは延期または中止して、どうしても必要な何かにお金をかけるくらいのやりくりは、おかげさまで、問題なくできるから。

 数年前からは、洗濯機での洗浄もすすぎも37度以上のお湯を用いるようにしていて、必要であれば洗濯表示に指定されている温度まで湯温を高くする。表示温度は、もっとも汚れがよく落ちる温度であると同時に、その温度を超えると繊維が傷む可能性がありますから気をつけてくださいね、という意味でもある、と理解している。この洗浄水温度の調整により、洗濯における洗剤(わたしが使っても大丈夫な洗剤)の使用量は激減した。
 お湯をわかすエネルギーのことを考えると、冷水でもきれいに溶けてしっかり洗える洗浄料を使うことのほうがエコに適っているのかな、と考えることもあるけれど、合成洗剤を冷水に溶かした液体と、自分の身体に問題のない洗浄料がごくわずかに入っているか全く何も入っていない(洗濯物から出てきた汚れはある)お湯と、どちらが金魚として、いや金魚でなく人間としても、自分の身体を安心して浸せるか、というと、ぜったいに後者だから、わたしの身体に関しては、節水節温の方向ではなく、合成洗剤入りの排水を排出しないという方向で、環境負担の削減に勤めればとりあえずそれでよしとする。
 明らかに自分の健康を損なうことがわかっているような方法で「地球に(環境に)やさしく」あるよりも、まずは自分の身体にやさしく思いやりをもって暮らし、そこで養うすこやかな心身の余裕の部分で、世の中や地球や環境に接してゆければ、それでいいのだ、それがいいのだ。

 夫は自分の仕事用のワイシャツや作業着は、まとめて自分で洗って干して片付けるのだけれども、現在の我が家の洗濯状況でも、彼のそれらの衣類の洗い上がりに、特別問題はないようだから、このままわたしの身体仕様の洗浄料環境での共同生活に協力してもらえるとありがたい。
 どうしてもしっかりとした合成洗剤でがっしがっしと洗いたい時には、近所のコインランドリーを使ってもらうのがいいかも、と話しているけれど、これまでのところ、その必要性は生じていない。

 下に校正した「ピップテレキバン」は、昨日校正したマスクネタと同じ時期で、新型インフルエンザのさなかの出来事だったのだなあ、と、思い出す。
 そして、インフルエンザに関しては、予防と治療でどうにかできるし、どうにかできなかったときにはそれはそれ、と思うのに比べると、自分はインフルエンザ以上に合成洗剤による自分の身体反応の苦痛のほうに恐怖を抱いているのだなあ、と、人の恐怖のツボは人それぞれなのだろうなあ、と、あたりまえのことを思う。

 
「ピップテレキバン」     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (109)
仕事 (161)
家族 (300)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん