みそ文

しわをのばすものはどこかしら

 お客様(女性)がご自分の顔をなでながら「しわをのばすものは、どこかしら」とお尋ねくださるので、「お顔のシワ対策のリンクルケア化粧品でよろしいでしょうか」と確認してみたら、「衣類のしわのばし(アイロン時の)」だった。確認してよかったけれど、今度は「お洋服のしわですか」を先に訊く。

 上記は去る五月十一日の仕事中の出来事を覚え書きしたもの。

 少し高い位置の棚の商品売場作成のために、脚立に登って仕事をしているわたしのところにお客様が近づいてこられたから、「いらっしゃいませ」と声をかけて脚立からおりる。続けて「なにかおさがしでしょうか」とお尋ねする。
 お客様は少しご年配の女性の方。年の頃は、どうだろう、五十代後半から八十代前半くらいかなあ。

 そのお客様は、片腕にはお店の買い物かごとお財布の入った小さなバッグを持っておられ、もう片方の手のひらでご自分のお顔をすりすりとなでながらおっしゃったのだ。「しわをのばすものはどこかしら」と。
 
 あとになって考えると、あのときのわたしは、少し気が急いていたのだろうな、と思う。売り場での作業予定が立て込んでいて、接客は常に丁寧に行うことをこころがけつつも、はやく接客を切り上げて、作業の続きを片付けてしまいたい心情がきっとあったのだ。
 だから、たぶん、そのお客様の接客も、自分ではなくて、ビューティー担当の同僚に引き継いでお願いすればそれで済むと、勝手にある種の期待をしたところもあったのだろうとは思う。

 でもやはり、なによりも、妙齢のご婦人が、ご自身のお顔をさわりつつ「しわをのばすものはどこかしら」とおっしゃったというその状況設定によって、わたしは、『ああ、このお客様がお求めなのは、リンクルケアの化粧品ね』と、とっさに連想したのだろう。
 そして、できるだけ素早く、お客様のご要望を察してご案内してさしあげたい、という気持ちが、「お顔のシワ対策のリンクルケア化粧品でよろしいでしょうか」という確認の言葉として出てきたものと思われる。

 そのお客様は、「えっ?」とおっしゃってから、お顔をさわる手をとめて、同じ手で、今度はやや強調するように、ご自身の上着に触れて「いやいや。洋服のしわをのばすやつ」とおっしゃる。
 わたしは内心かなりぎょっとして『うっ、しまった』と思いながらも、「失礼いたしました。アイロンをかけるときのスプレータイプでよろしいでしょうか」とお尋ねする。衣類のしわのばし、としては、アイロン時にスプレーするものと、洗濯のすすぎの最後に行う「のりづけ」のような液体製品とがあるから。店内の陳列場所は同じ棚なのだけれども、こちらです、とご案内するときには、特定のものに絞り込めているほうが、よりご案内しやすい。
 お客様は「そうそう。アイロンのときの」とおっしゃる。では、と、衣料用洗剤のやや端に位置するその場所へご案内する。
 アイロン用しわのばしスプレーの種類は限られている。衣料用洗剤や柔軟剤などのように、種類が多くあるものに関して、製品の細かい差についてのご質問を受けたときには、商品パッケージや周辺の案内表示を細かく観察する範囲でご説明可能なことであればそのようにし、それ以上詳しい情報を求められた場合には、売り場担当の同僚が出勤していればその同僚に引き継ぐ。そして自分が他のお客様の接客に呼ばれなければそのままその場でその同僚の接客を見学して勉強する。やはり売り場担当者が実際自分でいろんな種類を使い比べてみた体験情報が加わると、ぐっと説得力が増す。
 けれど、そのときは、アイロンのときのしわのばしスプレーだから、売り場担当の同僚を呼ぶ必要もなく、自分一人で接客を終える。

 お客様は「そうそう。これこれ。ありがと」と、その商品をカゴに入れて、他の売り場へと移動される。「ありがとうございます」とお辞儀をしてお見送りしてから、もともと作業していた脚立の上に戻る。
 しかし、身体は作業に戻ったものの、頭が作業に戻って来ない。『もう、たのむわ、おばちゃん(お客様)、そんなフェイント(顔をさわりながら衣類のしわのばしを求めるのは)なしやわあ』と責めることばが脳内で繰り返し再生される。
 その責める気持ちと同時に、自分が確認した順番にもおおいに問題を感じる。もし先に「衣類のしわのばしですか」と質問していて「いやいや、顔のシワ対策化粧品のことよ」という展開であれば、もっとスマートに「あらら、それは失礼しました。では、化粧品のコーナーにご案内いたしますね」で済むのだけど、先に「お顔のシワ対策ですか」と尋ねたのがそうではなくて「いや衣類の」だと答えていただいて、内心『うっひゃあ、どっひゃあ』と動揺しながら平静を装う自分の接客スキルのようなものの至らない感に『くう、くやしい』と身悶える。

 お客様の心情についても、『わたし(お客様)の顔、そんなにシワだらけなのかしら』とお気をわるくなさったのではないか、という点が気がかりだ。
 けれど、こういう展開だと、その気がかりな気持ちを解消する手立てが見つからない。
 衣類のしわのばしスプレーをご案内しながら、あるいは他の売り場やレジにいらっしゃるお客様を追いかけて、「あのっ、お客様のお顔のシワが特別多いと思ったわけではないんです。どうかお気になさらないでください」とフォローするのは全然フォローになっていないドロ沼であるし、大慌てて「すんませんっ、すんませんっ」と動揺踊りを舞うのもできれば避けたい。
 何をどう取り繕ってもどうにもならないときというのが、あるときにはあるものなのだ。
 そういうときには、今回のように、お客様の前ではある程度の平静を装い、自分のこころの中で責任を持って、うっひゃあ、どっひゃあ、たのむわあ、そんなんあれへんわあ、もうわたしってばまったくもうっ、と、動揺して、その出来事を深く深く深く反芻して、学習すべき要素を学習し、脳に刻みつけるしかないのだ。

 これがまた、ある程度、顔なじみで親しい間柄のお客様であれば、わたしが「お顔のシワ対策の化粧品でしょうか」とお尋ねした時点で、お客様の方から「もうー、どうやらさんったらー、ちがうがなー、洋服にアイロンかけるときのスプレーのほうよー。わたしの顔、そんなにしわくちゃかー」と言ってくださるから、「うわーん、ごめんなさーい、お顔をなでていらっしゃったから、てっきりお顔関係のご相談かとー」と返すという芸の連携機能が働くのだけど。

 シワについてはお顔目的よりも先に衣類目的かどうか確認するとして、シミについても、お客様の方から「顔のシミ」とおっしゃらず、ただの「シミを取るもの」とおっしゃった場合には、まず先に衣類のシミかどうかを確認すること、と。学習。学習。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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