みそ文

慎重に自由奔放に

 「すこやか堂」で勤務していたとき。夕方五時が過ぎる頃だったか六時が近い頃だったか、同僚がお客様として来店する。この同僚は、朝から午後二時までの勤務契約だから、その勤務終了後の買い物時間を含めても、午後二時半か三時前にはいなくなる。夕方遅い時間帯に彼女とお店で会うのは、なんだか新鮮な感覚。

 同僚の話によれば、彼女の子どもである小学生の女の子二人のうち、下の子はこの春一年生になったばかりなのだけど、その下の子が、下校途中に転倒して怪我をして帰ってきたという。
 おねえちゃんと二人で歩いていて、横断歩道の真ん中で妹のほうがつまづいてこける。そして号泣。おねえちゃんは思いがけない出来事にびっくりして泣きそうになるけれど、ここで自分が泣き出したら妹はもっと不安になって泣くだろう、と判断して、とにかく歩行者信号が緑のうちに歩道へと妹を立ち上がらせてひっぱる。
 大号泣する妹に「おうちに帰っておかあさんにみてもらって手当てをしてもらおう」とおねえちゃんは根気よく伝えながら、妹の手をひいて帰路を急ぐ。

 帰宅した自宅の玄関で、おねえちゃんは母に事情を説明する。同僚は下の子が怪我した部分をすばやくぬるま湯洗浄してから布で押さえる。本人の泣きの激しさほどには、怪我自体はそうひどくはない、と判断した同僚は、閉院間近の時間帯にあわてて病院に行くのはやめよう、と決める。今日のところは自宅で可能な処置を行い、一晩様子をみて、必要であれば明日病院へ連れていこう。
 同僚は自宅の救急箱の中を見る。応急処置に必要なものの有無を確認する。
 おねえちゃんが「おかあさん。ゆうきちゃん(妹)だいじょうぶ? ゆうきちゃん死なん?」と訊いてくる。同僚が「だいじょうぶ。すぐ治るけん。人間こんなことでは死なんよ」と言うと、おねえちゃんは「うわーん」と泣きだす。

「おねえちゃん、自分も泣きそうなのを、ずっと我慢しとったんじゃと思うんよねえ。もう自分が泣いてもだいじょうぶ、と思えてようやく泣いたんじゃろうなあ、と思って。しばらくよしよし、言うて、ふたりをだっこして、二人とも泣き終わったけん、いまならまだお店にどうやら先生いるわ、と思って、処置に必要なものを相談しようと思って来たんよ」
「それは災難でしたねえ。道路で信号待ちしていた車のドライバーの人たちも、横断歩道で小さな生き物、小さな女の子がこけてじっとしてるのは、ドキドキしただろうなあ」
「ほんまよねえ。なぜそこでこける、ってびっくりするよねえ。下の子はけっこうちょっとしたことで浮かれるところがあるんよ。それで、歩きようても走ったり踊ったりするけん、危ないんじゃ思うんよ」
「それにしても、おねえちゃんは、慎重な特性が大きいお子さんだとは聞いてたけど、その特性は安心できる状況になってから泣く、という形でも発揮されるんものなんじゃねえ」
「そうなんよ。あの子は、慎重に慎重を重ねて常に石橋をたたくけん、登下校の途中でこける、なんていうことはありえん子で、そういう意味では安心なんじゃけど、そこは普通にすっと挑戦して成長するのが必要なところよ、っていうようなときも石橋たたいてるのを見ると、いいから早くしなさい、と思ったりもするんじゃけど、今回はおねえちゃんが泣かずに連れて帰ってきてくれたのがすごい助かったよ。それに比べて下の子は自由奔放じゃけんねえ、泣きたい時には泣く、転ぶときには転ぶ、そこは生き物として注意いうもんをしようや、というところでも景気よくこける」
「小学校受験のときにも、泣かずに会場に入る、というところで、おかあさんと離れたくない、って大泣きしたんでしたよね、たしか」
「そうよお。あのときは、ああ、もう、これで落ちたな、と思ったよ。でも、誰も泣かん中でひとりだけ大泣きしたのが、教育学的観察対象として興味があると思ってもらえたんかどうかしらんけど、合格したけんよかったよう」
「で、怪我と打撲の状態はどんなかんじなんですか。出血は?」
「血はもう止まった。傷もそんなに深くないんじゃけど、キズパワーパッドみたいなやつで対処しようか、消毒と軟膏でいこうか迷い中」
「傷の大きさや数は?」
「それがちょっと脚のあちこちに飛び飛びで広いのと、手をついたところの傷がある。キズパワーパッドでとなると枚数がようけいいるなあ、と思って」
「どうなんじゃろう。ハイドロコロイド、あ、キズパワーパッドや同じものの他の会社の製品共通の素材なんだけど、ハイドロコロイドで早くきれいに治してもいいけど、まだ若いというか小さい人じゃけん、細胞が自分で治る力がまだまだ新鮮で、どちらにしても早くきれいに治ると思うよ。もしハイドロコロイド使うんじゃったら、ぬるま湯洗浄だけで、消毒も塗り薬も一切なしで、もし何か薬を使ったあとの場合は、その薬成分を完全にぬるま湯で洗い流してからの使用になる」
「そうじゃろ。そう思って、ぬるま湯で洗っただけの段階で相談に来た。どうしようかなあ。キズパワーパッド、いいのは知ってるんじゃけど、値段が高いじゃろ」
「うん。高価よねえ。病院用だと、こう、シート状になってるハイドロコロイドの広いやつでがばっと覆ってもらえるけん、傷の範囲がひろくても対応できるんじゃけど、市販のは、もう、こういうサイズにカットしてあるのしかないけんねえ。でも、怪我した直後で、化膿してない段階じゃったら、ハイドロコロイド使えるけん、これだけで対応してもいいかも」
「うーん。化膿の可能性もある、よねえ」
「怪我してすぐにハイドロコロイドを貼れば、そうそう膿むことはないんだけど、もし化膿したら、もうハイドロコロイドでは対処できんけん、消毒と傷の時に使う塗り薬での対応に変えんといけん。今はまだそんなに気温も高くないし、化膿しにくいとは思うけど」
「そうよねえ。あ、あとね、右手の小指がね、腫れて青いというかどす黒くなってるのは、どうしたらいいかな、折れてないかな」
「指の曲げ伸ばしは?」
「ちょっと痛いけどできるみたいじゃった」
「曲げ伸ばしができるんじゃったら、今日急いででなくてもいいと思うけど、明日にでも整形外科で写真撮って診てもらったほうがいいと思う。骨ってけっこう折れるときには簡単に折れるし、折れてなくてもヒビが入ってることもあるし、別に折れたままヒビが入ったままでずれた状態でも勝手に治ってはいくんだけど、きれいに治そうと思ったら、そのつもりで固定や処置をしたほうが、治ったあとの動きがスムーズじゃけん。もしもピアノかなにか指を使う楽器を弾くんじゃったら、なおのこときれいに治しておいたほうが便利かも」
「ピアノ。うちの子、ピアノ習わせようる。じゃあ、しばらくピアノの練習はせんほうがええんじゃろうか」
「右手の小指を使わない練習にしたらいいんじゃないかな。右手を使うことでその振動が小指にひびくようじゃったら、右手の練習は治るまでのちょっとの間おやすみしよう。今は右手の小指は、練習しようと思っても、痛くてできんじゃろうし、そこで無理してピアノ弾いたら治りが遅くなるよ」
「そうか。訊いてよかった。うちの子ふたりともピアノ習わせるのに月謝がけっこうかかってるけん、ピアノの練習だけは少々痛くても無理にでもさせようかと思っとった。わたしどんだけ鬼母なんか、いうんよねえ」
「いやいや、でも、ほんとピアノは、毎日の練習の積み重ねじゃけん、今のうちに左手だけ強化練習したら、右手が治ったときに両手で弾くのがラクになるかもよ」
「そうか、そうか、そうじゃね、そうするわ」
「まだ年齢が六才、だよね、ってことは、使える湿布の種類はこれかこれ。裏のビニールがくっついたままの状態ではさみを入れて、指に巻くのにちょうどいい大きさに切ってから、裏のビニールをはがして、指に巻いてあげて。テープで止めたほうがよかったら、テープでとめて」
「じゃあ、この湿布を買って、紙テープはうちの救急箱にあったけんそれを使う」
「指を固定してやったほうがいいかんじじゃったら、湿布の外からでいいけん、何か添え木になるようなものを、たとえば、アイスクリーム用の使い捨ての木のスプーンでもいいし、割り箸を指の長さより少し長くカットしたしたものでもいいし、なにかそういうものをあてて、それをさらにテープでとめて動かんようにしといたら、うっかり動かして痛いのが少なくて済むと思う」
「そうなんじゃ。じゃあ、そうする。アイスのやつがあるけん、それ使う」
「あとは、まあ、大丈夫とは思うけど、もしも、痛みが強くて、ご飯があんまり食べられんとか、いい具合に寝られんときには、小児用の痛みと熱の薬を飲ませてあげて、痛みによる体力や気力の消耗をおさえたほうが、治癒力が活躍しやすいよ」
「そうか。あるある。子ども用のぶんうちにある。そうなんじゃあ。風邪で熱がでた時だけじゃなくて、怪我や打撲でも使えるんじゃ」
「うん。ほらほら見てみて(小児用の熱と痛み用の錠剤とチュアブルを持ってくる)。『悪寒・発熱時の解熱以外に、歯痛・抜歯後の疼痛・頭痛・打撲痛・咽喉痛・耳痛・関節痛・神経痛・腰痛・ 筋肉痛・肩こり痛・骨折痛・ねんざ痛・月経痛(生理痛)・外傷痛の鎮痛』って書いてあるじゃろ。今回の娘さんの場合は、この外傷痛とねんざ痛か骨折痛じゃけん」
「わあ。ほんまじゃ。喉痛いのも歯が痛いのも使えるんじゃ」
「うん。でもお腹が痛いのは違うけん。生理痛の腹痛には効くけど、胃の痛みや下痢のお腹の痛みはまた別じゃけん」
「え、じゃあ、大人の生理痛の薬も、頭痛薬としては使っていいけど、ストレスで胃が痛いときには飲んだらいけんいうこと?」
「そのとおり。胃の痛みに解熱鎮痛剤使っても効かないし、胃腸障害の副作用でかえって痛みがひどくなることがあるけん」
「そうなんじゃー。聞いといてよかった。じゃあ、湿布買って、怪我の方は、消毒と軟膏にする。消毒はうちにあるマキロンでええよね」
「うん。ばっちりばっちり。軟膏は、この抗生物質入りの傷やおできや火傷のときに使うやつでもいいよ」
「これとは違うけど、軟膏は、抗生物質の軟膏がうちにあったけん、それでもええじゃろうか」
「あるんなら、それを使おう。たぶん軟膏を塗ったら、それだけで、軟膏のヌルヌルが粘膜を空気の刺激から守ってくれるけん、痛みも気にならんようになるよ」
「へえ、そうなんじゃ。軟膏塗ったあとは、なんかで覆ったほうがええかね」
「怪我の場所が、ちょっとしたことで床や衣類やいろんなものにあたりやすい場所だったら、傷あてパッドか傷の大きさに合ったバンドエイドのような絆創膏で覆ったほうが痛くなくて薬もとれなくていいけど、そのままでもどうってことない場所じゃったらそのままでも」
「じゃあ、傷あてパッドのこれを買う。あとお風呂入るときは防水したほうがええかね」
「最初の何日かだけだとは思うんだけど、とりあえず傷が生々しい間は、傷あてパッドの上から、防水フィルムロールをちょうどいい大きさに切ったものを貼って入浴して、でも、防水フィルムは入浴とかプールのときだけ使うもので、そのまま貼り続けるものではないけん、お風呂からあがったら、防水フィルムといっしょに、傷あてパッドも剥がして、またマキロン消毒して、軟膏つけて、新しい傷あてパッドを貼ってあげて」
「わかった。ああ、よかった。子どもらがふたりとも泣くけん、大丈夫、大丈夫、よしよし言うてやったけど、わたしもびっくりして心細くて泣きそうなかったけん、ここで話を聞いてもらえてなんか安心した」
「それはよかった。とりあえず右手の小指、明日まで観察して、腫れや色の様子を見て、できれば病院に連れてってあげて。そのときには怪我の部分もついでに診てもらって」
「そうする。ありがとう」

 その翌々日、その同僚と同じシフトになったときに、同僚が「ありがとう。どうやら先生に聞いといてよかったよー。昨日学校から帰ってきた娘の指を見たらやっぱり腫れとるし色がどす黒いまんまじゃったけん、整形外科に連れて行って診てもらったら、ヒビが入っとった。怪我の方は、もう、ほとんど治りようるかんじ」と知らせてくれる。

「こちらこそ早めの相談をありがとうございました。ちゃんと整形外科で診てもらったんなら、よかったー」
「ヒビが入っとるけんいうても処置自体は、うちでやったのと同じなんじゃけど。折れてなくてヒビじゃったけん、添え木ももうそんなに長いことせんでいいし」
「でもまあ、ヒビならヒビでそのつもりでいるほうが、治るイメージを持ちやすいじゃろ。骨のヒビがいい具合にくっついてなめらかな状態になる様子をイメージをしてやるほうが、骨もそのつもりで治ってくれるけん」
「それはそうかも。そのほうが子どももわたしも気持ちが安心な気がする。それにやっぱり、ヒビが入っとるって診断されたら、さすがにわたしも腫れた指でピアノ練習せえ言わんもん」
「いや、診断されてなくても、指が腫れとるときは腫れてるほうの手ではピアノやめとこうや」
「うん。そういうて、どうやら先生に聞いたけん、いま、うちの下の子、左手だけで特訓中よ。怪我して泣いて帰ってきたときにはびっくりしたけど、結果的に、左手のピアノの特訓になったけんよかったよ。あの子、左手でピアノ弾くところが、どうしたら上手に弾けるようになるんじゃろうか、と思いようたけん」
「結果的に、そういうことなら、よしとしよう。でも、今度は、こけて血を出して怪我をせんでも、そうか、左手だけ集中していっぱい練習したらいいんかもしれん、って、親子ともども気づくといいね」
「ほんまじゃねー、ほんまよう。そこに気づける親子になりたいわあ」

 その後、その同僚の下のお子さんは、非常に素早く回復した。やっぱり生後六年ちょっとの人体の新鮮な細胞は、骨にしても皮膚にしても、再生が早いものなんだなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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