みそ文

あの夏、白杖の人と

 あらためて数えてみると、今から六年前のことになるのだな、と気づく。当時のわたしは、今のわたしと同じように、無職の旅人で、その夏、四国の香川県丸亀市にいた。友人(丸亀友人)宅に居候し、讃岐うどん三昧な毎日を過ごすという至福の日々。

 丸亀で暮らす友人家族は、当時マンションを新しく購入して引っ越して間もない時期だった。わたしは丸亀に行く前日に、兵庫県芦屋市在住の友人宅に一泊させてもらう。そこで芦屋の友人(芦屋友人)親子と合流して、翌日一緒に瀬戸大橋を渡り、丸亀に向かう。

 当時、芦屋友人の息子くんは、幼稚園の年長さんだった。丸亀友人の子どもたちは、上の一号ちゃんが小学校二年生、下の二号くんは保育園の年長さんで、芦屋友人の息子くんと同級生だ。
 丸亀で過ごす週末は、子どもたちは子どもたちで、三人いることで、普段はできない遊びができ、わたしたち大人も、久しぶりに会って直接話して、みんなたくさん笑って過ごす。

 わたしは無職の旅人だから、特に期間を決めた旅ではなかった。けれど、まだ夏休み前の世の中では、芦屋友人の息子くんには、月曜日には「幼稚園通園」という重大な任務がある。だから、芦屋友人と息子くんは、金土日を丸亀でわたしたちとともに過ごしたら、日曜日のうちに芦屋に帰る。
 日曜日の午後、JR丸亀駅から岡山まで行く特急に乗る芦屋友人と息子くんをみんなで見送る。入場券を購入して、ホームで一緒に列車が来るのを待って、二人が列車に乗るのを見届けて、またねー、と手を振る。

 岡山に向かって発車した特急を、二号くんと一号ちゃんが、ホームの端まで疾走しながら手を振って見送る。丸亀友人とわたしは、「にぎやかでたのしかったね」と話しながら、ホームの中央辺りに立って、ホームの端から子どもたちが戻ってくるのを待つ。一号ちゃんと二号くんがホームの中央まで戻ってきたら、階段をおりて改札に向かう。

 そのときに、わたしたちがいるホームの階段の手前のところに、白い杖を持った男性が立っておられることに気づく。年の頃は、六十歳にはなってらっしゃるか、もう少し上かな、というくらい。
 数秒その姿を見てから、わたしは「こんにちは。もし、よろしければ、わたしの腕をご利用ください。改札までご案内いたします」と声をかける。その男性は「ああ、ありがとうございます。では、お願いします」とわたしの右腕を軽くつかんでくださる。

「では、こちらが点字ブロックです。点字ブロックに沿って階段をおります」
「いったん、おどりば、です」
「ふたたび、階段です」
「これで階段は、おしまい、です」
「改札は、前方、斜め右方向、です」
「まもなく改札に到着します」
「改札です」

 そう順番に案内して、改札につくと、その男性は手慣れた様子で定期券を駅員さんに提示する。改札の駅員さんがその男性に「いつもよりも、遅かったが」と顔見知りの親しさをこめて話しかけられる。

「そうなんや。いつもの列車で、ひと駅寝過ごしてしもうて。折り返して帰ってきたけん」
「ありゃあ。それは、寝過ごしたのがひと駅でよかったなあ」
「ほんとや。それで、引き返して帰ってきたら、いつも朝、乗るときに使うほうのホームに着くやろ。今のホームから毎朝電車に乗るのには慣れてても、こっちがわで降りることってないけんなあ。いつも降りるほうの向かい側のホームやったら、何両目のどこの扉で降りてどれくらいで階段になるかもわかっとるけど、いつも乗るほうのホームを降りるほうで使うとなると、とっさにホームの感覚がわからんでなあ」
「ああ、それはそうかもしれんなあ。点字ブロック、すぐにわかったか?」
「まあ、そのうちわかったんやろうけど、この人が声かけて、点字ブロックのところまで腕を貸してくれたけん、無駄がなかった」

 改札の駅員さんは、「ああ、それは、よかったな」と白杖のおじちゃんに言ってから、わたしに向かって「ありがとうございまいした」と声をかけられる。わたしは駅員さんに会釈して「ありがとうございました」と伝える。
 改札を出て、白杖のおじちゃんとわたしは、ほんの少し話をする。ホームから改札まで歩く間にも少ししていた話のつづき。

「言葉のかんじが、香川の人ではないようですが、どこか遠くからいらっしゃったんか?」
「あ、はい。北陸地方の福井県から来ました。でも、言葉は、実家が広島なので、広島弁が出やすいです」
「ああ、そうですか。こちらにはご旅行で?」
「はい。大学の時の友人が、こちらに住んでいるものですから、その友達の家に泊めてもらって、讃岐うどんや一鶴のひなどりを食べたりして過ごしてるんです。今の特急で別の友だちが帰るのを見送りに来て、またこっちの友達の家に戻るところです」
「ほう。そうか。それはいい。もう丸亀城公園には行かれたか?」
「何度か丸亀には来てるんですけど、お城はまだなんですよ。今回は行ってみるつもりです」
「そうか、ぜひそうしたらええ。丸亀城公園の他にも、どこどこや、どこそこも、いいけんな。よかったら、行ってみたらええよ」
「はい。ありがとうございます」
「じゃ、ありがとな。気をつけて帰りなさいよ」
「はい。失礼いたします」
「丸亀旅行、たのしんで行ってな」

 白杖のおじちゃんは、スタスタスタスタスタスタター、と、かなりの高速歩行で、改札前から駅の建物南側出口をいっきに抜けて、駅前広場もあっというまに通りすぎて、そのむこうの横断歩道をわたって、姿がどんどん小さくなる。きっと、ほとんど毎日のように、通勤か何かでこの駅をご利用の方で、駅と駅周辺からご自宅までの道順は完璧に把握されていて、足の裏の感覚と杖による確認だけで、問題なく移動できるということなのだなあ。

 わたしがそう感心しながら、白杖のおじちゃんを見送っていたら、丸亀友人ちの一号ちゃんが、「おかあさん。みそさん、やさしいね」と友人に向かって言う。丸亀友人が「うん。そうよ。みそさんはやさしいよ」と応える。

 それを聞いたわたしが「やさしい、ん、か、なー」と、やさしい、のとはちょっと違うような気がするなあ、と考え始めたら、友人が一号ちゃんに向かって「一号ちゃん。だいじょうぶよ。今のは、やさしい、で合ってるよ」と言う。一号ちゃんは安心した表情になり「よかった。そうだよね。みそさん、やさしいよね。やさしいし、えーと、えらいよね」と言う。友人は「うん。えらい、も、合ってるよ。知らない人をお手伝いするのに、さっと声をかけるのは、えらい、と、おかあさんも思うよ」と言う。

 それから、友人は今度はわたしに向かって「みそさん。一般ピーポー(一般の人々)の感覚では、今のはやさしい、でいいんよ。みそさん的には、親切のほうが近いんじゃないかな、とか、気づいたことをできる範囲でただしただけ、だとか、考えとるかもしれんけど、考えとるじゃろ、ほらやっぱりね、でも、ああいう状況で、すっと声をかける人は、そうはおらんのんじゃけん、やさしい、でいいんよ」と言う。

「そうなん? まあ、えらいのは、もともとわたしは何をしてもしなくてもえらいとしても、でもさ、ほら、わたしは、点字の通信講座を受けたけん、白い杖を持っている人がいたら、まず、その人がすでに歩数カウント中じゃないかどうかを見定めてから、声をかけても邪魔にならなさそうじゃったら、腕をどうぞ、って声をかけるように、って習っとるけん。やさしいけんそうするというよりは、そう習ったけんそうするかんじなんじゃけど」
「習ったかもしれんけど、習ったからって簡単にそうできるわけじゃないと思うよ。そもそも、自分に必要性があるわけじゃないのに点字とか習ってること自体がめずらしいんじゃけん。まあ、文字が好きなみそさんとしては、点字も文字のひとつとして外せんかっただけなんじゃろうけど」
「うん。文字好き。でも、点字じゃったら、誰々さんも誰々ちゃんもできるよ」
「だとしても、わたしらの知ってる人の中にそれくらいしかおらんじゃん。誰々さんのほうは、みそさんがシカゴで泊まってたおうちのお友達じゃろ。点字人口、全然、多いわけじゃないけん」
「それにしても、さっきのおじちゃん、思いきり、地元の人やったね。腕貸して案内したつもりが、逆に観光案内してもらっちゃった。階段の説明も、あんなに詳しくせんでもよかったんやろうね。既にこの駅の構造を知ってる人にとっては、ちょっとくどい説明やったねえ」
「でも、おじちゃん、それは別にいやじゃなかったと思うよ。おじちゃん、観光案内するくらいウェルカムな気分になったんやし」

 それから、わたしたちは、友人宅に戻り、日曜日の夕方と夜を過ごす。芦屋友人の息子くんが置き忘れた車のおもちゃを発見して、芦屋友人の携帯電話に「息子くんのおもちゃが居残っています」のショートメッセージを送信する。芦屋友人から「みんなと別れた寂しさと、おもちゃを忘れた悲しさで、息子は新幹線の中でずっとさめざめと泣いています」と返信が届く。

 あの夏の、いくつかの記憶たちを、きっと、また、ここに書く。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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