みそ文

トルコでパンダと温泉水

もうじき十七年前になる初夏の少し前、夫とわたしは新婚旅行でトルコへと出かけた。往復の航空券と初日と最終日の宿泊先は確保して、あとは現地にて風のふくまま気の向くままに、行きたいところに行ってみて、泊まれそうなところで宿をとる。

行きと帰りの飛行機では、日本からの団体ツアーのお客さんたちとも遭遇したから、日本からトルコを訪れる人がわたしたち夫婦だけ、というわけではなかったのだろうけれど、わたしたちが訪れた場所と時間帯において、日本からやってきた人物はわたしたちだけという境遇が多かった。

イスタンブールから長距離バスで、ぐっと南に移動したあたりに、エフェソスという町がある。昔の円形劇場や公衆浴場などのギリシャ風遺跡が有名で、外国からもトルコ国内からも多くの観光客がやってくる。わたしたち夫婦がエフェソスを訪ねたときには、白色人種の外国人観光客が最も多く、その次に多いのはトルコ国内の家族旅行風の方たち。地元の女性たちの多くはイスラム教徒としての戒律を守るために、スカーフで頭を覆い、長袖のロングコートを羽織っている。

遺跡地帯の通りなどで、旅人同士、すれ違うときに目が合えば、相手が白色人種風であれば「ハイ」と声をかけてほほえみ、トルコの人だろうなと思ったときには「メルハバ(こんにちは)」と言ってにっこりとする。そうすると相手も同じように返してくれる。異国の旅先において「自分は危険人物ではなく安全な存在ですよ」と主張するようなそのしぐさを、わたしはおそらくほぼ無意識のうちに行う。

エフェソスでの遺跡見物をひととおり終えてから、出口に向かって歩いていたら、二十人近い団体のトルコ人風家族旅行者グループと何組か遭遇する。そして遭遇するそのたびに、わたしと年の近そうな女性が近づいてきては、英語で「写真、いいですか?」と訊いてくるから、「もちろん」とカメラを受け取って撮影してあげようとすると、「ちがう、ちがう。あなたと一緒に写真を撮りたいんです」と言って、カメラをわたしの夫に向かって「おねがい」という意味のことを言って手渡す。

そうしていると、他のトルコ人風大人数家族旅行の人々が、わらわらと寄ってきて、「わたしもわたしも」と次々とわたしとのツーショットあるいはグループショットを撮ろうとする。夫はなぜだか「おねがいおねがい」と次々とカメラを手渡されて、トルコ人に囲まれる新妻の写真を撮り続ける。それがあまりに続いた夫は「ぼくたち、もう行かなくちゃ」とわたしを引っ張って、トルコの人々に手を振るから、わたしも一緒に手を振って去る。

「みそきちパンダ」
「パンダ?」
「うん。パンダ。きっとトルコの人たちにとって、東洋人は珍しくて、写真を撮らずにはおれんかったんじゃろう。でも、東洋人という意味では、おれだってそうなのに、なんでおれの写真は撮らずにみそきちばっかりなんじゃろう」
「ああ、それは、外観が、わたしは肌が黄色くてつり目でいかにも東洋人だけど、どうやらくんはどちらかというと肌の色が浅黒くて、東洋人としては顔の彫りが深いでしょ。彫りが浅めのインド人かトルコ人としても十分やっていけるくらいだから、物珍しさが薄いんじゃないかな」

そういって、互いの腕をまくって並べて皮膚の色を比較する。

「ね。わたし、黄色いでしょ。いかにも黄色人種でしょ」
「たしかに、このへんに、こんなに黄色い人、いないよな」

エフェソスでの滞在を終えたのち、また長距離バスを乗り継いで辿り着いたところは、ガズリギョルという名前の小さな温泉町だった。その町に滞在する予定はまったくなかったのだけれど、その日その町から出るバスがもうなくてどこにも行けないことがわかり、泊まることにしてみたら、たまたま温泉町だったのだ。温泉、といっても、その目的は入浴よりも主に飲用にある。

一泊ツイン七百円くらいに相当するトルコリラを支払って小さな宿に泊まる。部屋のベッドで荷物、といってもリュックサックひとつなのだけど、を置いて、とりあえずくつろいでいたら、宿を経営している家族の男の子(小学生くらい)がやってきて、わたしたちに「来て来て」と言ってどこかに誘導するから彼について行く。案内されたその先は、その町か村のおそらく役場の中の広めの部屋で、そこにいる人は町長さんだと、英語で通訳してくれる男性が言う。宿の男の子は「じゃね。またあとでね」とたぶんそう言って走り去る。

町長さんが話されるトルコ語を英語に通訳してもらった内容によれば、「ようこそこの町へ」という趣旨ではあるのだけど、「どこから来たのか」「どこへ行くのか」「何をしに来たのか」「何が知りたいのか」と事細かに訊かれたのは、今にして思えば、東洋からの不審な外国人に対する身辺調査だったのだろうな、と気づくくらいには大きくなった。けれどその当時は、ただ訊かれるがままに、歓迎と親切心での質問だとの思い込みもあって、「日本から来ました」「ここに来る前にはエフェソス遺跡を観てきました。とても立派できれいでした」「ここからまたバスに乗って、ブルサにさくらんぼを食べに行きます(ブルサという町はさくらんぼの名産地。温泉地としても有名)」「今夜は先程の男の子のところのホテルに泊まることにしたのですが、宿のフロントの方が、こちらの町は温泉で有名なところなのだと教えてくださいましたので、その温泉もたのしめたら、と思います」「この町について知りたいのは、エアメイルのハガキを出したいので、郵便局がある場所と、お腹がすいていますので、最寄りのレストランの場所を教えていただけると助かります」と質問に対して丁寧ににこやかに答えた。町長さんと通訳の男の人は、そうかそうか、とうなづいて、郵便局のある場所と近くの食堂の場所を教えてくださる。ありがとうございました、とお礼を伝え、この町で良い時間を過ごしなさい、と町長さんが言ってくれて、役場の部屋をあとにする。

教えてもらったとおりに、郵便局に行ってみたら、その日はなにかの祝日で閉まっていて、ハガキを出すのはまた今度。それから広場を横切って、教えてもらった食堂に入る。トルコの食堂ならほぼどこでも置いてあるチョバンサラダ(羊飼いのサラダ)(キュウリとトマトと何か葉野菜があればそれをざっくりと混ぜてあるサラダ)とピラウ(トルコ風のほんのり味付き具なし炊き込みご飯)を注文する。その日はすごくゆで卵が食べたい気分だったからそれを注文したいのだけど、「たまご(ユムルタ)」というトルコ語は知ってても、「ゆでる」も「ゆで卵」もトルコ語でなんというのかわからない。英語はまったく通じないから英語で言っても仕方がないし、だから持ち歩いている手帳に、ゆで卵を作る手順の絵を描く。お塩をつけて食べたいから「塩」という単語もトルコ語で書き加える。

食堂で給仕をするおじちゃんと厨房で料理をするおじちゃん二人は、その絵と文字を見て「おお、なるほど、よっしゃ、わかった、待ってろ」と請け負ってくれるから、ああ、通じたね、よかったね、と、チョバンサラダを少しずついただきながら待つ。しばらくすると給仕のおじちゃんが卵を運んできてくれる。

けれども、その卵は、ゆで卵ではなくて、あえて言うなら「オムレツ」だろうか。殻を割って、白身と黄身を攪拌して、塩味で軽く味付けて、フライパンの多めの油で揚げ焼きしてある。まだ熱い油が卵のふちでぐつぐつぷつぷつ音を立てている。ああ、卵をお湯の中でゆでる絵を描いたはずなのに、卵料理ひとつ注文するのも、なかなか簡単じゃないんだな、と、思い知りながら、塩味がおいしいオムレツをいただく。給仕のおじちゃんと厨房のおじちゃんがふたたびテーブルにやってきて「どうだい。うまいか」と言うから、「おいしい、おいしい」と応える。二人は「そうか。そうだろう」と、満足そうに持ち場に戻る。

食事を終えてホテルに帰ると、ホテルの男の子が近所の子どもたちに「うちのホテルに日本からの旅行客が泊まってるんだよ」と話していたからなのか、近所の子どもたち六人くらいがホテルの入口でわたしたちを待っていて、「日本から来たの?」「日本人?」と口々に訊いてくる。子どもたちは小さい子は五才くらい、大きい子は大学生くらいで、大学生と高校生くらいの少年たちが英語を混ぜて話してくれる。

彼らは、この町にはいい温泉が湧いていて、自分たちはこれからそのお湯を汲みに源泉まで行くから一緒に行こう、と誘ってくれているようである。源泉を汲みに行くならば、空のボトルが必要だよ、と言われ、旅の間持ち歩いているミネラルウォーターのボトルを宿の部屋に取りに戻る。トルコ語辞書が旅の荷物の中にはあるけれど、温泉水を汲みに行くだけだしね、と、辞書は持たず、ほとんど手ぶらで、空きボトルだけを持って、ホテルの外で待つ子どもたちのところにゆく。

宿のある場所から歩いて五分くらいの草原のような空き地のような、特別なにもない場所に、その源泉は湧いていた。地面に管のようなものが突き刺してあり、おなかの高さくらいにあるその管の先から、水というには温かくてお湯というにはぬるい液体がとうとうと流れ出ている。子どもたちが、ほら、ここで汲むんだよ、飲んだらおいしくて身体にもいいんだよ、と説明をしてから、手ですくって飲んでみせてくれる。

彼らに促されるままに、空きボトルにその温泉水を汲んでみる。色はわずかに混濁した無色透明で、においはない。口に含むとぱちぱちと水が口の中の粘膜をはじく。夫と顔を見合わせて「発泡してる」とおどろく。子どもたちは「ね、おいしいでしょ。いいお水でしょ」と誇らしそうにわたしたちを見る。今は無味無臭の炭酸水が大好きになったわたしだけど、当時は炭酸水(ガス入りのミネラルウォーター)のおいしさがあまりよくわかっていなくて、おいしいとは思えなかったけど、お湯に手を触れて「気持ちがいい」と言うと、子どもたちが「そうでしょ。いいお水でしょ」と笑う。

空きボトルに温泉水をつめこんで、宿への道を歩く。小さな男の子たちは意味もなく前方を勢いよく走りまわり、大きな男の子たちと夫は英語でなにかしら話しながら歩く。わたしのそばには十才くらいの女の子がぴたりとくっついて、トルコ語で何かをしきりに言う。その子がわたしにも聞き取りやすいようにゆっくりと同じ言葉を繰り返してくれるから、そのあとについてその言葉を発音してみる。

女の子が「そうそう。そのとおり」とうれしそうにするから、わたしはまたその言葉を繰り返す。そのトルコ語の言葉の意味はよくわからないけれども、大意としては「たいへん歓迎しています」のような「逢えてとてもうれしい」というような内容ではないかな、と予想する。なぜならその子がその言葉を言うそのときに、手のひらの上で五本の指先を合わせて、手の形を雫のようにして上から下に少しさげるから。トルコの人がそのジェスチャーをするときには、「とてもなになに」「たいへんなになに」というような、非常に快である状態を指し示す。「すごくおいしいよ」だとか「この絨毯はとてもよい品だよ」というようなときに。

その女の子がそうするように、わたしも右手の指先を合わせて雫のような形を作り、その言葉を繰り返す。何度か繰り返すうちに、女の子が発音する音をそのままそのとおりに発音できるようになってゆき、その言葉だけはまるでトルコの人のように発声できるようになる。それまでできなかったことができるようになることはうれしいことだから、わたしは機嫌よくその発音を繰り返す。女の子もなんだかうれしそうだから、わたしは互いに「逢えてよかったね」と言っている気分になって、その女の子と手をつないで、つないだその手を前後に大きく振りながら、その言葉を繰り返す。

その子たちが「入って、入って」と家屋の中にわたしたちを招く。家の中にいる人たちに「お向かいのホテルに泊まってる外国からのお客さんを呼んできたよ」というような説明をたぶんしてくれて、その子たちのご両親やおばあちゃんやおじさんやおばさんが「こんにちは。入って入って」と招いてくださる。二才か三才くらいの小さな子どもと赤ちゃんもそこにいる。大学生の男の子が「祝日だから、親戚みんなでおばあちゃんのところに集まってるんだ」と英語で説明してくれる。ああ、そうなのか。じゃあ、ここにいる子どもたちはみんな親戚同士だったのね。

家の中の床の絨毯の上に座って、出されたチャイ(小さなグラスに入ったストレートティーに角砂糖をたくさん入れて飲む)をいただく。通じてるのか通じてないのかあんまりよくわからないけれど、いろんな話をしばしする。そのあとみんなで写真を撮ろうということになり、夫のカメラと、彼らのカメラとで、何枚か撮影する。夫は自分のカメラをその家の大人の誰かに託して自分も写る側に入る。

ごちそうさまでした、おやすみなさい、と、そのおうちをおいとまする。ホテルに帰って、就寝の支度をする。夫はハマム(公衆浴場)に入浴に行ったような気もするし、それは翌日にしてすぐに眠ったような気もするし、記憶があまりはっきりしない。わたしは歯磨きをしてから、顔と手足を洗って、ベッドに入って、枕元の明かりの下で辞書を開いて、その日気になったトルコ語の確認をする。

今日女の子が教えてくれたあのトルコ語は、と調べてみる。そのときには、トルコ語の文字の読み書きもすんなりとできていたから、耳で聞いた音のスペルを予想することはそれほど難しくなく、辞書をひくことも容易にできた。けれども、夕方女の子と手をつないで何度も繰り返したその言葉は「逢えてうれしい」という意味ではなくて、「あなたはとてもきれいな人だ」という意味だと辞書に書かれている。ううううひゃあああ。

わたしの実物外観(外見)をご存知の方は、わたしがいわゆる「美人」に類する人物というわけでないことはそれとなくご承知だろうとは思う。身なりは別段小汚くしてはおらず、それなりに小奇麗にするよう努めてはいるけれど、おしゃれ、というのとはおそらく少々異なる。目鼻立ちは素朴で、味わいがあるといえば味わいはあるものの、そしてたまにそれを「かわいい」と形容する人がいないわけではないものの、「きれいな人だね」という評を受けることが多いわけではない自信はある。いや、例え、実物が「美人」に類する人であったとしてもだ、「きれいですね」と言う人に対して「はい、わたしはきれいです」と応えるのは、会話用法上の正しさに少し欠けるのではないか。何百歩か譲って、自分はたしかに造形が美しいであろうという自覚がある人だとしても、「きれいですね」に返すとしたら、「ありがとう」「うれしいです」「知っています」くらいまでではないか、と、わたしの脳内辞書機能は判断する。それなのに、言葉の意味がわからないからとはいうものの、「とてもきれいな人ですね」と言ってくれる女の子に対して「はい、とてもきれいな人です」と答え続けていた自分は、なんとなくなんだかあまりにあんまりだ。

ああ、パンダ。当時のトルコでは、肌の色が薄い黄色で、顔の彫りが浅くて、目が少しつり上がっている人間は、希少な生き物として珍重されるのだ。その珍しさが小さな女の子にとっては「きれい」と言い換えられるほどに、わたしの見た目は「異なもの」なのだ。自分が彼らの中にいるときに自分の目に映る人々は、みな同じような濃さの顔立ちだから、自分もその一員のような気持ちになる。けれど、わたしは濃い人々の群れの中では薄い。色合いも造りの深さも。

トルコ旅行から帰国して、わたしたち夫婦は「結婚しました。新住所はこちらです」のお知らせハガキを作った。トルコのガズリギョルのあのおうちの、子どもたちと大人たちとわたしたち夫婦の総勢十六人くらいが、ひっつきもっつきで映っている写真を使って。写真の中のわたしは肌の色が群を抜いて薄黄色くて目鼻立ちの造りが素朴でひと目で異国の人とわかる。そして写真の中の夫は地元の人たちと遜色のない濃いめで深めの見た目でなんだか周囲にとても馴染んでいた。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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