みそ文

高齢者の健康飲料フルーツ編

年度末から年度始めにあたるこの時期は、これまで勤務していた学生アルバイトさんの何割かが就職あるいは遠方に進学する。そのため彼らは退職し、後任アルバイトとして新しい学生さんたちを雇用することになる。しかし、彼ら新しいアルバイトさんたちが仕事に慣れて実動力が高くなるまでの期間は、人手はあっても人手不足の状態にあるため、全体的に従業員の息切れ具合が高くなる。とはいえ、これは、毎年いつものことで、この時期は踏ん張りどころなのはわかっていることであるから、まあ、なんとかやり過ごす。

そんな新しいアルバイトさんの中に、高校生男子が一人いる。彼は店内の商品たちの何がどこにあるのかをおおまかには把握しているものの、こまかなものになると、当然だけどまだわからない。先日、二週間前後前のことだろうか、彼がわたしのところに小走りでやってきて「すみません。高齢者の健康飲料、というのは、どこにあるんでしょうか。広告で見たんだけど、ということなんですが」と訊く。

「高齢者の健康飲料、ですか。具体的にはどのようなものをお求めなんでしょうかね。どちらのお客様のご要望でしょうか。直接詳しくうかがってみますね」
「はい。こちらの方です」

新人高校生アルバイトくんが手のひらで指し示しながら誘導してくださるお客様はやや年配の女性の方。「高齢者の栄養補給にいい健康飲料があるって広告で見たから、なんか年とってご飯があんまり食べられんようになったときに使うようなかんじの。うちのおばあちゃんがちょっと食が細くなって」とおっしゃる。「もしかすると、それはこちらのメイバランスのことでしょうか」と、メイバランスのコーナーへとご案内をしはじめた段階で、お客様は「そうそう。その名前だったわ。高齢者の健康飲料、いうても、わからんよねえ。おにいちゃん(高校生アルバイトくん)ごめんね、ありがとね」と言われ、アルバイトくんは「いえ」と言いながらメイバランスの実物を見て『これがメイバランスで高齢者の健康飲料なんだな』と確認を終えた様子で、元の持ち場に戻っていく。こうやって、ひとつひとつ新しく、商品をこまかくおぼえていくことで、だんだん上手にお客様をご案内できるようになっていく。

メイバランスの実物をご覧になったお客様は「そう、これこれ。あらあ、いろんな種類があるのねえ」とおっしゃる。

「そうなんです。栄養の内容は同じなんですが、味をお好みで選んでもらえるようになってるんです。何味がお好みの方でしょうか」
「どうなんやろうなあ。わからんなあ。よく売れるのはどれなん?」
「そうですねえ。皆様、それぞれのお好みにもよるのですけれど、全体的な売れ筋としては、こちらのヨーグルト風味、イチゴ風味、バナナ風味、のあたりがよく動きますかねえ」
「ヨーグルトは、うちのおばあちゃんは苦手らしいから、じゃあ、バナナとイチゴにしてみようかなあ。でも、意外と抹茶やコーンスープも好きやろうか。チョコとキャラメルは、どうかなあ」
「どうでしょうねえ。今回はいったんイチゴとバナナで味見をしてみていただいて、こちらの商品のリーフレットをお持ちいたしますから、それをまたご本人様にもご覧になっていただいて、次回はお好みの味のものをお求めくださるようになさってはいかがでしょう」
「ああ、そうやね、それがいいね、そうするわ。他にも、カロリーメイトなんかも買ったほうがいいやろうか」
「メイバランスは液体ですから、ごくごく飲むだけでいいんですけど、カロリーメイトですと、こう、がじがじもぐもぐごっくんと噛んで飲み込む力が必要ですが、そちらは問題なさそうですか」
「噛んだり飲んだりは、大丈夫なのよ。うちのおばあちゃん、九十四歳なんだけどね」
「ええっ。それは、ご長寿でいらっしゃいますね。九十四歳で噛んだり飲んだりに問題がない、というのもすごいですね」
「まあ、そういう人だから、九十四まで生きる、いうことなんかもしれんけどねえ」
「ああ、なるほど」
「いや、ほんと、これまで、なんでも食べて、なんでも飲んで、まあ、年が年だから、いろいろあるのはあるんだけど、かかりつけの医院の先生も、あれこれ細かく検査して何か見つけて入院して病院で過ごすよりは、本人が特別何か言わん限りは、このまま家で過ごすようにしたほうがいいんじゃないか、いうて言うてくださって、そうしてるんです。週に何回かはデイケアにも通ってて、これまでは、デイケアで出される食事も、殆ど残すことなく食べてたのが、最近急に食べられなくなって」
「何か、急に食が細くなられるような心当たりはおありなんでしょうか」
「それは、あれよ。大きな地震があったでしょう」
「はい」
「東北地方や関東地方の人らはそりゃあたいへんやろうと思うんだけど、うちのおばあちゃんが、その地震や津波や被災地でたいへんな思いをしてる人たちのニュースを一日中テレビで見て、気の毒なことじゃ、言うて、泣いて泣いて、どんどん気落ちして、食が細くなってるんですよ」
「うわあ、それは、いけませんねえ。いったんとりあえずテレビを消してさしあげたほうが安全かもしれないですねえ」
「そうでしょう。家族みんな、おばあちゃんは、震災のニュースばっかりをテレビで見るから元気がなくなるんや、いうて、テレビを消そうとするんですけど、本人が、どうしてもテレビをつけたままにしておきたい、って」
「ああ、そうなんですか。ご本人様としてはいろいろ気がかりでいらっしゃってのことなんでしょうけれど。ちょっと困りましたねえ」
「ほんとうにねえ。で、食が細くなって食べないでしょう。食べないから栄養が足りないでしょう。栄養が足りてないから感情のコントロールがうまくできなくなってるみたいで、なんでもないことで家族を怒鳴ったりするようになって」
「ああ。ご家族の方たちは、それはたいへんなことですねえ」
「もうねえ、九十四歳だし、このまま食べなくなって死んだら、それはそれでもいいかあ、いうて家族は話してるんですけどね。おばあちゃんがこれで死んだら、その分おばあちゃんにかからんようになったお金は被災地に寄付しようさ、いうて」
「いや、それは、それはそれもありかもではですが、でも、まあちょっと落ち着いてください」
「ですよね。そう思って、ちょっと落ち着いてみたんですよ。それで、なにか、こう、簡単に手軽に栄養バランスのいいものを摂れるようにしたらいいんじゃないかなあ、と思ったら、このメイバランスの広告が目に入ったから」
「ああ。それは、広告に目をとめてくださってよかったです」
「これくらいの量なら、ちゅうっと簡単に飲めるから、これを飲んで、また、自力でご飯を食べるようになってくれたらいいんやけど」
「本当にそうですねえ。それに、もうしばらくすれば、テレビも通常の放送が増えてくるでしょうし、被災地の様子も少しずつ支援が届いた様子に変わっていくでしょうから、そうしたら、ご本人様のお気持ちも、また少し落ち着かれるかもしれませんね」
「今は、どこのチャンネルにしても、震災情報ばかりなのが、年寄りにはこたえるんやろうねえ」
「そうなんでしょうねえ。メイバランスが、ご本人様のお口に合うといいのですが。あ、そうだ。このシリーズで今回、新しくゼリーができて、それが、さきほど入荷してきたばかりのものがあるんですよ。もしよろしければ、そちらもご覧になってください。すぐお持ちいたしますので、少々お待ち下さいね」

そう言ってから、バックヤードの台車の上にのっている「メイバランスソフトゼリー」の箱を持って出てくる。

「こちらに、味が、三種類、ですね」
「まあ、ゼリーもいいかもしれんね」
「はい。ご年配の方ですと、さらさらとした液体だと飲み込みが難しくなることがあって、そういうときにはゼリーのようなとろみがついているほうが飲み込みがラクなんですよ。あ、こちらは味が、ヨーグルト、ピーチヨーグルト、パインヨーグルトの三種類で、どれもヨーグルト関係ですねえ。ヨーグルト味、大丈夫でしょうか」
「ああ、大丈夫だと思うわ。このピンクのいれもののなんかは、もう、桃のゼリーだって言えば、ヨーグルトには気づかんと思う」
「でしょうか。もし、それで、大丈夫そうであれば、また、別の味のものも、試してくださるといいですしね」
「うん。そうしよう。今回は、ゼリーのピーチと、液体のほうのイチゴとバナナで」
「はい。では、こちらのメイバランスは、どれも基本的には、冷蔵庫では冷やさずに、常温といいますか、家の中でも暑くなくて涼しいお部屋の温度で保存した状態のものを飲んでもらってください。それくらいの温度での栄養状態が最も安定している、ということですから」
「ほう、そうなんや、わかったわ、やってみる。あと、カロリーメイトも一応買おう。あら、これも、味がいろいろあるん?」
「そうなんですよ。チーズとポテトとフルーツとチョコと」
「えーと、今回はフルーツ。メイバランスもゼリーもカロリーメイトも全部フルーツでまとめるわ」
「カロリーメイトにはゼリーも一応あるんですよ。たしか、りんご味なんですが」
「ああ、ゼリーは、今回はメイバランスのだけにしとくわ。ありがとね」
「ありがとうございました」

九十四歳のおばあちゃんが元気に九十四歳まで長生きなさったのは、こうやってこころ砕いてくださるご家族に囲まれていればこそなのかもなあ。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (109)
仕事 (161)
家族 (298)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん