みそ文

本堂と心臓

元旦の日に、同級生の天竜くんちに遊びに行ったとき。例年であれば、玄関の呼び鈴を鳴らすと、天竜くんが「はい、はい、はい、はい」と出迎えてくれて、年に一度しか会わないけれど、お互いに「今年もよろしく」と挨拶し、「まあ、まあ、まあ、まあ」と招いてくれる天竜くんについて部屋に入っていく。それが今年は到着したときに、お寺の本堂が開いていて、初詣の参拝者の人たちが続々と出てこられたから、私たちもお参りさせてもらおうよ、と本堂の階段下で靴を脱いで、本堂に入ってゆく。

本堂中央の仏様と向かい合い、立派だねえ、と感心しながら、夫と並んで手を合わせる。他の参拝者の方たちがすべてお帰りになったところで、天竜くんのお父様(前ご住職)に新年のご挨拶をする。天竜くんのお父様はにこやかに対応してくださりつつも、「申し訳ないことなのですが、どちらか県外からおいでのお方でいらっしゃいますか。檀家の方々のお顔の中には記憶がないものですから」とおっしゃる。

「まあ、名乗りもせずに失礼いたしました。天竜くんの同級生のどうやらです。今は北陸の方に住んでいるのですが、年末年始に帰省してまして、天竜くんに会いに来ました」
「ああ! どうやらさんだ。ほんとうだ。毎年おいでくださるどうやらさんだ。そうでしたか。先ほどお電話いただいて、天竜が準備して待ちようりました。奥の部屋におりますけん、本堂の横から出て、ぐるっと回ったところの部屋に行ってやってください」
「ありがとうございます。それにしても、相変わらず、立派なご本堂ですねえ」
「いえいえ、今年は、掃除も十分に行き届いておりませんで。実は、昨年、わたくしが、二度ほど倒れたものですから」
「ええっ。どこかお具合でも」
「ええ、そうなんですよ。最初はまず脳のほうで倒れまして、その手術が終わってからもどうにも具合がよくなくてまた倒れまして」
「まあ」
「それで、ようよう検査してもろうたら、心臓がよくないことになってまして、そのせいで肺もだめになとったらしく、そのせいで脳にいく血液も酸素が少ない状態で、脳の血管のほうの問題もそれと関係があったらしい、いうことでしたわ」
「うわあ、それは、たいへんなことでしたねえ。ずいぶんおつらかったんじゃないんですか」
「そうなんですよ。体がつらくてつらくてしんどうて、でも、去年の夏は暑かったでしょう。じゃけん、暑さのせいでしんどいんじゃろうと思うとりましたから、まさか、自分の心臓や肺や脳がどうにかなっとるせいだとは思うてもおらんかったんですよ」
「いやいや、たしかに、去年の夏は暑かったですけど、でも、暑いだけのしんどさとは違うしんどさだったのではないですか」
「今にして思えば、たしかに、ふつうのしんどさではなかったんですけど、なんかおかしいのう、しんどいのう、言うたら、天竜が、この暑さで、自分ら若いもんでもしんどいんじゃけん、おやじくらい年寄りじゃったらしんどいに決まっとるじゃろう、寝ときんさい、寝ときんさい、言いますけん、寝とったんですが、どうにもこうにも起きられんようになりまして」
「どの時点で、病院に行ってくださったんですか」
「それがですねえ、起きられんようになったところに、嫁のまりもが様子を見に来てくれまして、そしたら、こりゃあいけん、天竜さん、お父さんの顔が歪んどってよ、言うて、二人ともたまげて、すぐに病院へ運んでくれたんです」
「ああ、おつらいのはよくないんですけど、ちゃんと診てもらってくださって、よかったです」
「それでまあ、脳の治療の後、心臓の手術で、そのあとリハビリにしばらくかかりまして」
「ですよねえ。でも、こうしてお話ししてくださらなければ、そんなことがあったなんて全然わからないです」
「おかげさまで、最初は、体の半分が完全に麻痺状態じゃったのが、最近のリハビリいうのは、ようできとるものなんですのう、毎日毎日で、きついのはきついんですが、やっただけの成果が見えると、どんどんようなって、今はもう、こうやって(両手の指を折り曲げたり開いたりしながら)、左右の手はおんなじように動きますし、茶碗を持つのも箸を使うのも不自由なく、こうして対面でお話しするのもできるようになったんですよ。最初は、あ、あ、あ、あ、いう音しか出せんようになっとったんですけどねえ」
「そうだったんですか。リハビリの力ってすごいですねえ」
「ただ、こうやって普通に話すのは、問題なくできるんですが、いっこだけどうしてもできんままなのは、お経が詠めんことなんですよ」
「ああ、普通の会話とお経とでは、口や喉の筋肉や声帯の使い方が違うのかもしれないですねえ」
「そうなんですよ。そうらしいですわ。こうなってみるまで、そのようなこと考えたこともなかったんですが、どうしてもお経が詠めんのんですよ」
「でもまあ、それは、もう、天竜くんたちにおまかせになって、聞いてあげるだけにしてくださってもいいんじゃないでしょうか」
「そうですねえ、そうしますわ。リハビリもようできとりますが、心臓の手術も、最近は、そんなに胸を大きく切らんでもようなっとるらしゅうて、傷も、これくらいで済んだんですよ(と法衣の胸元を開いて手術痕を見せてくださる)」

夫は生々しい映像に対してびびる習性があるため「うおっ」と一歩引く。私は生々しい映像に対して深く興味を覚える傾向があるため「うわっ」と一歩覗き込む。

「わあ、きれいな傷痕ですねえ。切った痕も縫った痕もくっつき方も美しいですねえ」
「そうでしょう。なんでも、この心臓の手術をしてくれちゃった先生は、ずいぶん腕のいい先生だったらしいですわ」
「ええ、ええ。手術自体も上手でいらっしゃるんでしょうけれど、皮膚の細胞たちの頑張り具合が素晴らしいです」
「ほう、そうですか、そう見えますか」

ここで夫が「あの、本堂は冷えますから、胸、それ以上、冷やさないほうがいいんじゃないでしょうか」と気の利いたことを言い、天竜くんのお父様も「おお、ここじゃなんですから、天竜のおる部屋へ行ってやってください。あの部屋には、暖房も入っとりますけん」と、もう一度、本堂から部屋への行き方を説明してくださる。「ありがとうございます」とお礼を述べて、奥の部屋へと移動する。

部屋に入ると天竜くんと生後二週間の赤ちゃんがいて、天竜くんが「まあ、まあ、まあ、まあ、今年は本堂も家も掃除が行き届いておりませんが。実は、おやじが昨年倒れたものですから」と説明をしてくれようとするのを、「そうなんだってね。たいへんじゃったね。さっき、お父さんが心臓の手術の痕を見せてくれちゃったんよ」と返したら、「なんでまた。わたしら家族もまだ見たことのないものを」と天竜くんが驚く。「こうやって、着物の前を、がばり、と開けて、ようよう見せてくれちゃったよ」と言う私と、「俺はよう見んかったけど。怖いじゃん」と言う夫に、天竜くんは「そういうわけで、いや、もう、ほんま、おおごと、じゃったわ。暑いけんしんどいんじゃわいのう、寝ときんさい、寝ときんさい、言うとったのが、寝とるだけじゃいけんかったとは。まりもが、天竜さん、おかしいよ、おおごとじゃ、お父さん顔が歪んどってよ、いうて気づいたけん、そこで病院へ運ぶことができたけど、あそこで気づいてなかったら、どうなっとったかわからんいうことじゃけん。いやいやいやいや、びっくりよ」と、天竜くん視点での説明を始める。

その後、天竜くんの妻であるまりもさんが、今度は彼女の視点での、経緯説明を聞かせてくれる。

全体としての大筋は、どれも、本堂でお父様ご本人から聞いたとおりだったけれども、全体的に思ったのは、猛暑のつらさと、心臓と肺と脳の機能が低下しているときのつらさは、かなり異なるのではないかな、ということと、やはり、まりもさんの言うとおり(前記事「僧侶とトナカイ」参照)、天竜くんの「寝ときんさい、寝ときんさい」は、真に受けないほうがいいんだな、ということだった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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