みそ文

揮発するベンジン

出勤して、店長から連絡事項を聞いていたら、新人二年目くんが売り場から駆けてきて、「どうやら先生、おはようございます、すみませんが、今ご来店のお客様の対応をお願いしたいんです」と少し急ぎ気味に言う。わたしは店長に「すみません。ちょっといってきます」と声をかけてから、二年目くんのあとを追う。お客様のいらっしゃる場所まで移動しながら、二年目くんからの説明を聞く。二年目くんは「お客様が、揮発性のベンチをとおっしゃるんですが、揮発性のベンチが何かわからなくて。薬屋にはたいていあるんや、と言われるので、薬関係なのかなと思うんですけど」と説明してくれる。揮発性と聞いて、ベンチと聞いて、ああ、ベンジンね、と予想した状態で、お待ちのお客様の場所に辿り着く。

「いらっしゃいませ。お待たせしてすみません。ベンジンは、汚れ落としか何かにお使いですか」
「そうなのよ。お湯でも洗剤でもアルコールでも落ちにくいときには、ベンジンかな、と思って」
「そうですね。今、ベンジンは、衣類の汚れ落とし用品のところに並べてありまして、以前は大きなサイズのも置いていたのですが、今はこちらの小さなボトルだけ常時在庫で置いているんです。これくらいの小さいので足りますでしょうか」
「ああ、その大きさならちょうどいいわ。前に買ったときには、ずいぶんたくさん入ってて、もっと小さいほうが使いやすいのになあ、と思ってたし。衣類以外でも、落ちにくい汚れを落とすときには便利なんや」
「もうよくご存知とは思うのですが、ベンジンは揮発性がありますので、吸い込み過ぎないように気をつけながら、必要に応じて換気しながらお使いになって、使わないときには蓋をしっかりと閉めてくださいね」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。火のそばにも置かないしね」
「はい。よろしくお願いいたします」
「じゃ、これ、レジでお金払うわ」
「ありがとうございます」

二年目くんと並んでお辞儀してお客様を売り場からお見送りしたあと、二年目くんが「ああー、ベンジンー、これかー」と言いながら売り場のベンジンを手に取る。

「ベンジンは知ってますよ、ね? 揮発性があることも」
「はい。知ってます」
「カイロ用ベンジンは別にあるのも、だいじょうぶですよね?」
「はい。カイロ用ベンジンは、使い捨てのカイロの売り場に並んでるぶんですよね」
「そうです。カイロの本体は最近売っていないんですけど、カイロ用ベンジンだけは置いてるぶんです。カイロ用ベンジンが必要な方に、こちらの汚れ落としベンジンをお売りしてはいけません」
「はい。それは、カイロのシーズンの前に、先生が教えてくださったんで、カイロ用はカイロ用でご案内できました」
「それはよかったです。カイロ用ベンジンとは別に衣類の汚れ落とし用の小さなベンジンを置いてるのもご存知なのに、揮発性、という言葉に惑わされましたか?」
「いいえ。お客様が、ベンジンと言われてるのを、最初、ペンチ、だと思って、こう右手をにぎにぎとしながら、工具のペンチですか、って訊いたんですけど、お客様が、違うよ、ベンチよ、って言われるから、ベンチって、座るやつのことかな、でもそれはうちにはないな、と考えてたら、揮発するベンチよ、揮発性があるベンチよ、って言われて。薬屋さんにならだいたい置いてるでしょ、っていうことだったんで、薬のことならもう先生に訊こう、と思ったんですけど、ベンジンだったら、イセン(衣類洗剤の略)ですねえ」
「はい、衣洗ですねえ。ペンチやベンチと聞き間違えてたら、なかなかベンジンの場所に辿り着くのは難しいかもしれないですねえ。ときどき、どうしても聞き間違うことって、ありますから、お客様も店員も根気よく目的のものに到達するようにがんばるということにしましょう」
「はい。ああ、ベンジンかー、ペンチって、ベンチって、聞こえたんだけどなあ」
「そういうこともありますよ。早めに呼んでくださってよかったです。売り場で店員に、こう、ベンチに座る格好されて、ベンチですか、って訊かれても、お客様もお困りでしょうし、そういう種類のボケは、仕事上、会社からもお客様からも求められてないですしね」
「それはそうなんですけど。でも、ベンジンだったら、自分でわかることだったのに、ああああ」
「ま、次回はうまくご案内できますって。気にしても仕方ないことなんで、次の仕事にいきましょー」
「あ、はい、そうですね、ありがとうございます」

そんな新人二年目くんのお弁当がラップをかけたお皿に入っているのは、電子レンジで温めて食べるためではなくて、お弁当箱やプラスチックケースでは全然量が足りなくてお腹がすくから、なのだそうだ。いっぱい食べてしっかり働くのは、いいこと、いいこと。でもせっかくなら、温めて食べたらいいのにな。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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