みそ文

逡巡する兎

年賀状の版画については、先週書店で購入した「版画用画集」掲載の兎を使うのだと思っていた。年賀状作戦会議開始当初の予定では、こたつ布団の柄の兎を使おう、ということだったのだけれども、夫が本屋さんで年賀状版画用の画集を見たいと言いだし、一緒に行って画集を見てみて、わたしはやっぱり「うちのこたつ布団の模様の兎の絵がかわいくていいなあ」と希望を述べた。しかしその希望は、彫り師(夫)の「いや、こっち(画集の兎)のほうがいい」という一言で却下となる。その「こっちのほうがいい」というその絵の兎は、背骨と脚がぐうんと伸びで跳躍している様子で、背骨のラインもそこから両脇に連なる筋肉の線のかんじも、「兎は脊椎動物」であることをしっかりと思い出すような構図。

夫が年賀状用の版画を彫り始めてから、十年以上が経つ。干支を彫り始める前には「冬景色」などを彫った時期もあり、それはそれで上手だなあ、と思っていたのだけれども、テレビ版画講座を視聴後、干支の動物を彫り始めてからは、技術がぐんぐん向上していて、本人も単純な絵柄のものよりは、彫りに多少の技術を要するもののほうが彫っていて愉しいのだろうな、と思っていた。だから、こたつ布団の絵柄の、和菓子のようなのっぺりとした単純な構図の兎よりは、躍動感のある脊椎動物らしい兎の絵柄を彫りたい、ということなのね、と。そういうわけで、書店では、その版画用画集を購入したのであった。

ところが、さきほど、夫が、トレーシングペーパー(薄い半透明の紙)を一枚ひらひらと持ってきて、居間の床に敷いてあるこたつ布団にあてながら、「ねえ、うちって、アクリル板、なかったっけ?」と言う。

「アクリル板は、ないと思うけど。何に必要なの?」
「このこたつ布団の兎の絵を、紙に写して描きとるのに、布の上に紙を置いて描くよりも、透明なアクリル板を置いた上から描いたらラクだなあ、と思って」
「年賀状の兎は、画集の兎にするんじゃないの?」
「うん、あれ、よく見て考えたんだけど、やっぱり、彫るのがすごくたいへんそうじゃけん、やめることにして、当初の予定どおり、こたつ布団の兎にすることにした」
「そうなんだ。アクリル板はないけど、クリアファイルかなんかのプラスチックでもいいんじゃないかな。うちでアクリル板なんて使うことないからねえ」
「そんなことない。テレビ台の扉のガラス板がある」
「あるけど。それを外すの? 少しくらいへにょへにょしてても、少しかための透明のプラスチックのほうがいいんじゃないかなあ」
「うーん。アクリル板がいいなあ。でも、兎の絵を写し取るためだけに、テレビ台の扉を外して、またつけるんだったら、透明なかたいプラのほうがいいかなあ」

そして、夫は自分の部屋から、「いいもんがあるじゃん」と言いながら、透明プラスチックでできたバインダー(表裏と背中の表紙が一枚のプラスチックを折り曲げて作ってあり、内側中央に、紙類を束ねて挟む金具が付いているもの)を持ってくる。その表側の表紙部分のプラスチックシートをこたつ布団の上に置いて、兎の絵写し取り作業は、たいへんすみやかに完了。絵柄としては、月夜の草むらを飛ぶ兎。「これだったら、版木は、二枚で、いいな」と夫が言う。「色は何色にするかな。月が黄色で、草むらが紺色。兎の目と耳の内側が赤で、兎本体を白ぬきにして、背景を薄い空色、にするとして、四色か」と夫が言うのを聞いて、「背景に色をつけたら、メッセージの文字が書きにくいから、背景は白のままで、兎本体に薄い色をつけるほうがいいな」とわたしの希望を述べてみる。

「背景の色は、すっごく薄い色にするから、文字の色もちゃんと見えるよ」
「薄くても濃くても、絵の具がのると、それだけで、ペンの滑りがわるくなるでしょ。兎のお腹にメッセージ書くのは狭いし」
「そうか。じゃあ、兎を白にしないんだったら、何色にする?」
「うーん。薄い肌色、ベージュかな。淡い茶色っぽい色というか」
「それはいやだなあ。それじゃあ、まるで、生剥けの、因幡の白兎、じゃん」
「そうかな。じゃあ、薄い黄色は? お月さまよりも薄い黄色」
「うーん。なんか、それも生剥けっぽい」
「そうかなあ。でも、元の兎が白だと考えるのであれば、月明かりを浴びで黄色っぽく照らされてても、夜の闇で紺色を薄くまとっていても、どっちでも何色でもそんなに不自然じゃないと思うよ。創作なんだし。草むらの紺色よりも薄めの空色、背景に使おうと思っていた空色でもいいんじゃないかな」
「そうやな。じゃあ、薄めの茶色にしよう」
「それって、わたしが最初に提案した色じゃん」
「ちょっとちがうと思うけど。でも、まあ、似てる、かな。それがいいような気がしてきたんじゃけん、まあいいじゃん」
「因幡でも? 生剥けっぽくても?」
「いいんだって」

彼が「いいんだって」と言うのなら、それはそれで、まあ、いいのだけど、結局絵柄は画集の兎ではなくて、わたしが希望していたこたつ布団の兎になり、その兎の絵は、アクリル板ではなくて、軽くて手軽なプラスチックシートで写し取り、その兎の色は、わたしが提案した色で刷ることになり、まあそうして、逡巡して、いったん別の違うものを持ってきて比較することで、やっぱりそれ(わたしが最初に提案したもの)がいいね、ということにするのが、夫は好きなのかもしれなくて、納得しやすいのかもしれない。それにしても、そうやって、毎回わたしの提案を、とっさにいったんことごとく、否定しないではいられない夫の中にお住まいの「とりあえず妻の言うことにはいったん逆らう小人(こびと)」は、ほんとうに仕事熱心だなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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