みそ文

ポーズを決める仕事

昨年の、新型インフルエンザ騒動のときには、店頭のマスクが欠品して、仕入れ先からも入荷しない時期があった。マスクを求めてご来店くださったお客様が、マスクのなさに落胆して、「薬屋なのにマスクがないのはどういうことや。おかしいやろうっ。なんとかせいやっ」と怒鳴ったり暴れたりなさることもあった。

定番の仕入れ先からのマスク入荷が困難であると判断した本社バイヤーは、普段は取引のないマスクメーカーに連絡を取り、いろんなメーカーの使い捨て不織布マスクを大量に手配してくれた。が、その商品たちが全店舗に届いたころには、新型インフルエンザ騒動は終息を迎えており、人々のマスクに対する熱望も沈静化していた。そのため、そのとき入荷した大量のマスクたちは、その後、各店舗の死蔵在庫として、場所を取り続けることとなる。インフルエンザ関連用品として、「デッドストック」と呼ばれている死蔵在庫の仲間には、手指消毒アルコール剤とうがい薬もある。

店頭の商品陳列構成に関しては、本社で一括して配置が決められ、その配置図に従って、各店舗は指定された定番商品を棚に並べる。定番商品だけでも棚いっぱいで、なかなか場所のゆとりは多くはない。それでも、なんとか場所を作って(「フェイス調整」と呼ぶ作業をして)、定番商品以外の在庫も並べるようにしてみる。

どうしたものかと考えながらも、工夫を重ねて、店頭に場所を作っては、並べてきた甲斐が出てきたのか、大量にあった死蔵在庫たちが、少しずつ買って行ってもらえるようになり、減っていった。それに気をよくした私は、店長に申し出る。

「うちのデッドストックのうがい薬、バックヤードのが全部なくなったんですけれど、他のお店にはまだ在庫がたくさんあるんですよね。もしも会社として、売りさばいたほうがよくて、店間移動で分けてもらえるようであれば、うちの店頭で売りますよ」
「おお。どうやら先生、なんか、かっこいいですねえ。あのインフルエンザ商品に関しては、どこのお店もたくさん在庫を抱えて困っていますから、言えばいくらでも分けてくれますよ。とりあえず、同じエリア店舗の在庫を減らしてあげたほうがいいんで、ここのお店(全店在庫一覧表の中の近隣店舗のひとつ)に頼みましょう」

店長は、そのままその店舗に電話をかけてくれ、うがい薬の移動手配は終了した。そして届いたうがい薬たちは、無名メーカー商品であるにもかかわらず、順調に売れている。その後、うがい薬に続いて順調な売れ行きを見せ始めたのが、マスク。定番の箱入りマスクは値段が少し高いのだけれど、死蔵在庫のマスクたちはその半額程度。これまでと少し並べ方を変えてみたのがよかったのか、寒くなり風邪やインフルエンザや食中毒警戒の季節になったからなのか、大人用の箱入りマスクの安いほうが着々と売れ始めた。それに気をよくした私は、再び店長に申し出る。

「おかげさまで、大人用の不織布マスクの箱入りの、バック在庫がなくなって、あとは店頭にある数個だけになりました。」
「え? あの、大量にあったのが、全部売れたんですか。何ケースもあったのに」
「はい。今の場所にしてみてから、特によく売れるようになって、まあ、季節も重なってるんでしょうけど」
「それは、すごい、優秀です」
「でですね。お客様としても、使い捨てマスクは、五百円以下で安く手に入るほうがお買い求めいだたきやすいみたいなんです。それで今、全店舗の在庫一覧見てみたら、持ってるところは、まだ、何十個や何百個の単位で在庫があるので、それを分けてもらって売ってもよければ、引き取ろうかと思うんですが、いいでしょうか」
「それは、もちろん、そうしてください。うがい薬に続いてマスクまでとは、どうやら先生、かっこいいですねえ」
「最近、ちょっとかっこいいですよね」
「ちょっとじゃなくて、すごくかっこいいです」

店長がそう言ってくれるから、私は両足を肩の幅に広げて立ち、両手をいったん腰にあててから、右腕を天に突き上げてみる。そうしていたら、マミー青年が事務所に入ってきて、私の姿を見て少し驚き、「ど、どうしたんですか?」と訊いてくる。「かっこいい、のポーズをしてたところです」と応えると、「たしかに、かっこいいかも、ですが、何がかっこよかったんですか」と再び訊く。店長が「ほら。バックヤードに、ずっと、インフル騒動のときのデッドストックがあるやつ。あのうがい薬と大人用箱入りマスク、うちの店、もうなくなったんやって」と説明する。

「ええっ。あの、ケースで大量にあったやつがですか。どこのお店も取り扱いに困ってひたすら保存してるあれですか」
「そうそう。店長会議でも、あれ、どうしたらいいんやろう、って、毎回話題になるんやけど。表に出さずにバックに置いてたら売れなくても、がんばって場所作って出せば、こつこつ売れるもんなんやなあ」
「でも、あれ、まだ、持ってるところは、数百とかの単位で在庫抱えてますよね」
「そうなんや。それがうちはもう、店頭の数個だけなんやって。ぼくらが知らんうちに、どうやら先生が地道に売ってくれてたらしい」
「わあ。それは、すごいですわ。どうやら先生、それは、かっこいいですわ」

マミー青年がそう言うから、私は再び、両足を肩の幅に開き直して、両手をぴしりと腰にあて、右手の拳を握りしめてから、天に向かって突き上げる。そうしていたら、毎時零分に店内放送で流れる「すこやか堂(私の勤務先の名前)」のテーマソングが聞こえてくる。

「では、時間になりましたので、わたしはこれにて失礼いたします。この箱入りマスクは、わたしが自宅に帰る途中にあるここのお店(全店在庫一覧表の中の近隣店舗のひとつ。うがい薬をもらったところとは別のお店)で三十個もらって、明日出勤のときに持ってきます」
「よろしくお願いします。お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。お先に失礼します」

手をかけてやった品物たちが、誰かの手元で活躍できる機会を得るのは、うれしい。この日の私の最後の五分の仕事は、ひたすらポーズを決めることであったけれど、それもまたよしということにしよう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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