みそ文

カレーライスと眼精疲労

新人二年目くんのおとといのお弁当はカレーライスだった。ロッカールームのすみっこに置いてある彼の通勤カゴの中に、そのカレーライスはあった。大きめのお皿に、半分ずつ、ご飯とカレーが盛ってあり、それにラップがかけてある。休憩室の電子レンジで温めて食べるんだろうな。

その日の夕方、店内にたくさんの若者が来店した。いらっしゃいませ、こんにちは、と声をかけると、彼らはにっこりと会釈をする。男女合わせあて八名くらいのグループだろうか。お菓子や飲料を買ってくださっている様子ではあるのだけれど、なにやら妙に同業者っぽい。何がどう同業者っぽいのだろう、と考えながらバックヤードで作業をしていたら、新人二年目くんがバックヤードにやってきた。そして「どうやら先生。なんか今日、眼精疲労がひどいみたいで、妙に目が見えづらい気がするんですけど」と言う。

「たしかに、この時間帯になると、いろいろ見えづらくなりますよね。帰りの運転大丈夫そうですか?」
「運転は大丈夫です」
「運転のときは眼鏡かけるんですか?」
「いいえ。このまま。裸眼です」
「そんな、よく見えないのに、裸眼運転で大丈夫なんですか?」
「運転は大丈夫なんですけど、人の顔が見分けがつかないというか。さっき、同期のやつらと先輩何人かが来てて、そのうちのたぶんひとつ先輩の女の人が、おーい、二年目くん、元気にしてるー、って声をかけてくれたんですけど、顔がよく見えなくて、誰なのかよくわからなかったんです」
「どれくらいの距離でですか?」
「最初はこれくらい(七メートルくらい)で、そのあとこれくらい(二メートルくらい)まで近づいたんですけど」
「それで、顔の見分けがつかなくて、本当に、運転、裸眼で大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫なんです。でも、顔を見分けようとすると、こう近づいて目を細めたほうがラクなかんじなんです」
「それは、そんなに目を細めずに、普通にもう少し近づいたらどうでしょう。一メートルくらいまで近づいてみたらどうですか」
「普段なら、そんなに近寄らなくてもわかるのに、今日はわからなかったから、目が疲れてるのかなあ、と思って」
「二年目さん、目薬も、ちゃんと使ってますよね」
「はい。一番高い、ロートV11を使ってます」
「最近は、ナボリンS(神経を修復するような薬で神経痛筋肉痛の他に眼精疲労にも用いる)も飲み始めて、実感があるって言ってましたよね」
「そうなんです。ずいぶん目の疲れ方がラクになったと思ってたんですけど。あれ、気のせいだったのかな」
「うーん。今日は、何か特別、目がひどく疲れるような作業でもあったんでしょうか」
「それが心当たりがないんですよねえ」

というような話をしてから、三十分くらい経過後に、また、バックヤードで、新人二年目くんが声をかけてくる。

「あれから、なんで、あの人のことが、誰なのかよくわからなかったんだろうか、って考えながら仕事してたんですけど、よく考えたら、顔がよく見えてなくて誰なのかわからなかったんじゃなくて、その人の名前をおぼえてなくて誰なのかわからなかったことに気づきました」
「ああ、そうですか。それなら、よかったですね。目としても、記憶機能を期待されても困るでしょうから、見え具合は目のほうに、名前の記憶に関しては脳の方に、がんばってもらいましょう」
「はい。今度、あの人誰なのか、同期のやつに訊いてみます」
「そうですね。でも、あの人誰、じゃなくて、あのときの先輩の名前なんていう人だったっけ、って訊くんですよ」
「あ、そうか、そうします。あれ誰、じゃ、失礼ですよね。でも、相手はぼくの名前おぼえてくれてるのに、おぼえてなくて悪いなあ、と思うんですけど」
「そういうこともありますよ。というよりは、そういうことは、わりとよくありますよ。その都度確認でいきましょ。私なんか、おぼえてる気満々で相手の名前を呼んでるつもりが、全然違う名前で呼んでるってことが、ときどきあるんですよ。それよりも、誰だったっけなあ、と思って、あとから確認するほうがいいくらいじゃないですかね」
「ええっ。違う名前で呼ぶのはまずいですよね」
「そうですよ。だから、それはまずいですよ、って話をしてるんです」
「そうか。じゃあ、見えないときは近寄ってみて、それでもわからないときは、あとから確認するようにします」
「そうしてください。よかったよかった。見えてるけど思い出せなかっただけなら、裸眼運転も安心です」

そうか、そうか。あのときの若者たちは、彼の同期と先輩の人たちだったのか。それはたしかにまごうかたなき同業者だわ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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