みそ文

「大五郎」と「ちゃん」と「あんさん」と

あんまり書くのも自慢みたいで嫌味かしら、という思いは少しあるのだけれども、誤解を恐れずに思い切って書くならば、私はどちらかというと、いろんな思い違いがかなり得意なほうだ。それは今なおそうなのだけど、小さい頃、特に保育園の年長さんか小学校の低学年のころ、日本語の語彙がまだあまり豊富でなかったときには、今よりももっとたくさんの思い違いを誇っていた。

私が幼いころにテレビ放映されていた「子連れ狼」という時代劇ドラマの主題歌を思い出せる人は思い出してみてほしい。「しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん」のコーラスとともに歌われる歌詞の内容は、今にして思えば、厳しく壮絶なものだ。その歌の「ちゃんの仕事は刺客ぞな」という歌詞を、私は、「ちゃん(父)」の仕事は「しかくぞな」なのだと、長い間、思っていた。「ちゃん」が「父」を意味することまで理解していたかどうかはわからないが、少なくとも大五郎くんという小さな人は、いつも自分が乗っている乳母車(現在は主にベビーカーと呼ばれているものに用途は似ているが、形はベビーカーに比べるとずいぶんと箱型である)を押して世話してくれるこの男の人のことを「ちゃん」と呼ぶことにしているのだな、とは理解していた。お父さんであるようなないような謎の存在の男性は、決まった家に住んでいない「おさむらいさん」で、「しかくぞな」という五文字の名前の仕事をしている。「しかくぞな」というくらいだから、きっとたぶんなんとなく、四角に関係がありそうだ。というこは、積み木関係の仕事なのかもしれない、と思いながら見るけれど、積み木はなかなか出てこない。幼い大五郎が乗る乳母車に、ときどき、風車(かざぐるま)が立っている(あれは刺してあったのだろうか、それともくくりつけてあったのだろうか)ということは、この風車が四角と何か関係があるのか、とも思ってみるが、風車に関してはあまり多くが語られない。もしかすると、乳母車自体のその形の四角さが関係するのかもしれない、と思いながら「ちゃん」の仕事を理解しようとしてみると、四角い乳母車を押すことが「しかくぞな」という仕事なのか、と思ったり。しかし、はっきりとしたところは、なかなか明らかにならない。

それと同じ頃、実家のお向かいの家のおにいちゃんは、たぶん私より六つか七つか八つか九つくらい年上で、近所の年下の子どもたち、中でも特にそのおにいちゃんといとこ関係にある子どもたちが、彼のことを「あんちゃん」と親しげに呼んでいた。私はそのお向かいの家のおにいちゃんとは、殆ど言葉を交わすことはないのだけど、私なりに、もしも彼に声をかける機会があるときにはぜひとも正しい名前で呼びかけたいものだと思っていたから、自宅で、父にだったか、母にだったか、祖母にだったか、三人ともに対してだったか、に確認してみることにした。

「お向かいのおにいちゃんの名前は、あんきちなん? それとも、あんたろうなん?」
「向かいのおにいちゃん、いうて、たかよしくん、のことかいね?」
「え? お向かいのおにいちゃんの名前、たかよし、じゃないと思うよ。だって、みんな、あんちゃん、いうて呼びようるじゃん。ちゃんは、みそちゃんのちゃんじゃろ。それじゃったら、あんは、あんきちのあんか、あんたろうのあんか、それとも、もしかしたら、あん、いう短い名前なんかな。それなら、お向かいのおにいちゃんのことを呼ぶ時には、あんきちさん、いうたらええんかな。あんきちさんじゃないんじゃったら、あんたろうさんか、あんさん、かな」

そのときに、父だったか母だったか祖母だったか三人ともだったかは、大きく笑ったような気がする。

「ちがうようねえ。あんちゃん、いうたら、おにいさん、いう意味じゃ」
「なんで、おにいさんが、あんちゃん、なんよ?」
「お兄さんのことを、別の言い方で、兄(あに)いうて言うて、それに、さん、をつけて、あにさん、言うたり、ちゃん、をつけて、あんちゃん、言うたりするもんなんじゃけん。本当の兄弟でも本当の兄弟でなくても、お兄ちゃんやお兄さん、いうて言うみたいに、兄(あに)さん言うたり、兄(あん)ちゃん言うたりするもんなんじゃ」
「ええーっ。じゃあ、それじゃったら、しめじ(弟)はやぎ(妹)のおにいちゃんじゃけん、あに、なん? しめじはやぎのあんちゃんなん?」
「そうなるねえ」

いやあ。お向かいのおにいちゃんに向かって、敬意を込めてだとはいえ、「あんさん」と呼びかける前に確認してみて、本当によかったなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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