みそ文

埋まらない夫婦の溝

八月の終わりごろ、職場の同僚が、家族旅行で、三重県の「ナガシマスパーランド」に行った。同僚と、同僚の夫と、同僚の息子(小学三年生)の三人。三重県は、北陸よりも、ずっとずっと日差しが強くて、まぶしくて、暑くて、同僚は「へとへとになった」と言う。

一泊二日の旅行で、一日目は遊園地三昧。夜は提携ホテルに泊まって、翌日朝ごはんを食べたら、二日目はプール。同僚の夫と息子は、旅行に出発する何日も前から、プールをそれは楽しみにしていて、当日は朝の九時からプールで泳ぎ始める。同僚は、プールも日焼けも苦手だから、最初から泳ぐつもりは全然なく、一人でアウトレットモールで時間を過ごす。

「それなのに、だんなから、携帯に、何回も、電話がかかってくるんですよ。おまえプールにはいつ来るんや? だとか、もうモールで水着は買ったのか? だとか、他の女の人たちは水着の上にティーシャツ着てるから、おまえも大丈夫やって、だとか。だから、最初から、プールには行かないって、旅行前から何回も言ってるのに、水着なんか買う気ないって言ってるのに、他の人が水着にティーシャツ着てるからって、何が大丈夫なのか、わけわかりません」
「ああ、それは、だんなさん、きっと、家族三人そろって、プールを愉しみたかったんじゃないでしょうか」
「家族三人そろっては、遊園地とホテルで、もういいのに。なんで、あんなに、私が何回も同じことを言ってるのに、だんなはわかってくれないんでしょうか。私はインドア派だって、結婚する前からずーっと言ってて、インドアでゆっくりと過ごしたいって、何度も何度も言ってるのに、だんなはもともとアウトドア派で、おまえは外で体力づくりしないから、そんなインドアが好きとか言うんや、外で体力つけたら、アウトドアが好きになるはずや、って、もう、本当にわけわかんないことばっかり言うんです」
「大丈夫ですよ。安心してください。うちの夫も、何度も何度も私に、なあ、一回はUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)行きたいよなあ? って言いますから。私が何度も繰り返し、私はUSJには興味ないからねー、行きたくないよー、って言ってるのに、未だに年に二回くらいはおんなじこと言います。USJができてから、毎年毎年、ずっと同じこと言ってて、この人私の言うことちゃんと聞いてないのかな、って思うけど、むこうはむこうで、いい加減気が変わって行きたくなるんじゃないか、と思ってるみたいで。うちが今年結婚十七年目なんですけど、この夫婦の溝は全然埋まる気配なくて、けっこうしっかりと固定してるんですよ。まだ結婚十年くらいでしょ? そんな十年くらいじゃ、夫婦の溝は埋まりませんって。インドア派とアウトドア派の溝はもしかすると一生埋まらないかもしれないな、って、心底安心してたらいいですよ」
「いーやーでーすー。でも、どうやら先生のとこもそうなんですか? なんで夫は妻の話をちゃんと聞かないんでしょう」
「それは向こうも同じこと思ってると思いますよ。俺はアウトドア派やって、結婚前から言うてるやろ。いい加減おぼえて、少しはこっちに合わせたらいいのに、何回言っても、人の言うこと聞けへんやつやなあ、って。ね。夫婦の溝、ばっちり、でしょ?」
「うわー、ますます、いやー」
「でも、ほら、そこに溝があるって、普段から思っていたら、そこに溝があることは、大前提として、その溝が明るみに出てくるたびに、はいはい、いつもの溝ね、どんとこいだわ、ということにできて、ときどき溝が出現しても、その溝を、こう、そうっと、のぞいて見て、わあ、いつ見ても立派な溝だわー、って、笑ってすませられたりしますよ」
「いやです。無理です」
「まあ、夫婦には、それくらいの、わかり合おうという意気込みも必要ですよね。がんばれー」
「うわーん。なんかいろいろ、いやー」

そして、ナガシマスパーランドのプールで、朝九時から午後三時まで泳ぎ続けた同僚の夫と息子は、プールからあがって、三時過ぎにモールにやってくる。息子が「おかあさん、ぼく、なんか気持ちわるい」と言うから、「どうしたん? お昼に何食べた?」と訊くと、「お昼食べてない」と答える。男子二人は、昼食のことも忘れて、プールに熱中していたらしい。同僚は夫に「大人なんだから、子どものお昼ご飯の世話くらい、ちゃんとしてよー」と苦言を呈する。同僚の夫は「俺も食ってないのに。おまえが来んからやないか」と、理由にならない理由を述べる。モールのレストランで遅いお昼ご飯を夫と息子が食べるのを、そして空腹がおさまるにつれて顔色がよくなる息子を、いろんな思いを巡らせながら見守る同僚。

「だんなとは、結婚前から合わせると、全部で三回、ナガシマスパーランドに行ってるんですけど、行くたびに、だんなと私の違いを痛感する、というか」
「夫婦は基本他人ですからねえ。その忘れちゃならない初心を毎回思い出させてくれるナガシマスパーランドは、ある意味、かなりいい仕事をする縁結びの場所なのかも」
「なんかやっぱり、いろいろ、いやー」
「でも、ほら、いやがっても仕方のないことは、腹をくくって引き受けた者勝ち、だったりしますよ」
「いやいやいやいやー」

夫婦の溝は、埋めようとすると、その存在が気になりやすいかもしれないけれど、その溝を、自らさらに掘り進めてみようかな、と、ショベルカーを操縦するくらいの気概を持って臨んでみると、意外となかなか思うほどには、それ以上深くはならない。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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