みそ文

歯科治療とやさしそうな夫

午前中に夫が「歯の詰め物が取れた」と言いながら洗面所から出てきた。「どこの歯医者に行こうかなあ」と何やら迷っているから、何を迷っているのかと尋ねたら、「ここ(自宅)の近くだと今日は行きやすいけれど、後日新しい詰め物を入れてもらう日の都合をつけるのには会社の近くのほうが便利かなあ。会社の近くなら、仕事帰りに寄れるからなあ」と言う。「だったら、今日はどうやらくん休みだけど、ちょっとがんばって、会社の近くの歯医者さんに行っておいたら?」と勧めたら、「予約が取れたらそうしてみる」と言っていた。

そして、今日、私が職場の店頭で、九月二十一日から売価が変わる商品たちのPOP(売価表示の紙)作成作業を携帯端末で行っていたら、「歯医者の帰り」と言って、私の横に立つ男性がいて、誰かしら何の相談かしらと少し考えてよく見たら、それは自分の夫であった。

「うわっ。誰かと思ったら、知ってる人だ」と少し驚く私に、夫は「点鼻薬買う」と言う。「じゃあ、私のポイントカードと社員割引カード持ってくるね」と、ロッカールームまで行って、財布からカードを取ってくる。「はい。これ使って」と手渡すと、「俺、社員じゃないのに、社員割引使っていいんか」と夫が言うので、私がレジで説明することにする。

レジで同僚に「夫なんです。私のポイントカードと社員割引カードでお願いします」と伝えると、同僚は夫に向かって「いつもお世話になってます」と言い、夫も「こちらこそお世話になってます」と言う。そこに通りがかった別の同僚が「あら、お知り合い?」というような表情をしたから、「あ、夫なんです。よろしくお願いします」と伝えると、「まあまあ、いつもお世話になってます」と同僚が言い、夫は再び「お世話になってます」と言う。

夫が帰った後になって、その同僚たちがしきりに、「どうやら先生のだんなさん、すごくやさしそう」と言う。「やさしい」という言葉の意味は理解していても、「やさしそう」という印象を表す言葉の意味が具体的に理解できていない私としては、「うーん、やさしいといえばやさしいですが、やさしそう、というのはどういうことなのかがよくわらかないんですよねえ。具体的に生活の中のどういう場面を想定すると、やさしそう、という印象が浮かび上がってくるんでしょうか」と訊いてみる。

同僚たちは、少し、おやおや、というかんじの顔をしながらも、それは「ちょっとしたことではむやみやたらに怒ったりしないかんじ」で「きちきちけちけちぎゃんぎゃん言わないかんじ」のことだと説明をしてくれる。私が「ということは、それは穏やかな印象の人ということですか」と訊くと、「そうそう、そういうこと」と言うから、「なるほど。穏やかな印象ならわかります。なるほどなるほど。今度から、やさしそう、という言葉を聞いて混乱しそうになったら、穏やかな印象、という言い方に、頭の中で置き替えてみることにします」と決める。

けれども、「むやみやたらに怒ったりしない」ことや「きちきちけちけちぎゃんぎゃん言わない」のは、私にとってはある種「人としての基本」であって、世の中のたいていの人はたいていの場合そうだと思うのだけれども。そうでない人がいることや、そうでない場合がある人もいるということなら、一応知ってはいるけれど、自分がそういう人をわざわざ結婚相手や親しい交友関係者として選ぶことは考えられない。選択肢や選択権が多くない状況でそういう人と出会った場合は、心理的なり物理的なり、なんらかの距離を確保する。

同僚たちが「あとは、なんか、どうやら先生の言うことなら、なんでも言うこと聞いてくれそうなかんじ、かな」と言うから、「それはないですね。夫の中には、とりあえず妻の言うことには反抗したい小人が棲みついていますから。私が、こうしたほうがいいよ、ということに関しては、とりあえず、後で、だとか、言って、そのままやり忘れて、後になって、しまったー、って言ったりするから、私が言ったときにすぐにすればいいのにねえ、と思うんですけど、小人には逆らえないみたいで、仕方がないんです」と説明する。

ここまで書いて、なんとなく、誰かが誰かの誰かに対して(例、同僚が私の夫に対して)「やさしそうな人ですね」と言う場合のその言葉を日日翻訳するならば、「穏やかなイメージの人で、少なくとも自分は好感を覚えましたよ、敵意は感じていませんよ、そしてそういう人の関係者であるあなたに対しても一定以上の好意を抱いていますよ」になるのではないだろうか。だとするならば、それに対する返しとしては、さらりと、ややはにかみながら、それでいてにっこりと、「そうですか、ありがとうございます」と言うのが適切ということだろうか。少なくとも「やさしそうですか、そうですか、そうでしょうか、うーん、そうかなあ」や「やさしそう、という意味がよくわからないんですよねえ」という返しは、やや流暢さと自然さに欠ける日本語会話と言えそうな気がしてきた。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (111)
仕事 (161)
家族 (301)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん