みそ文

きりぬきを握りしめて

新聞の下段広告の「切り抜き」を握りしめて、「この薬ください。」と、ご来店くださるお客様が、ときどき、たまに、いらっしゃる。だいたいの場合は、テレビ広告もしているような、有名どころの商品で、「はいはい。こちらです。」と、すぐにご案内できることが多い。けれど、先日ご来店くださったお客様(年配女性)は、少し事情が異なった。新聞の下段広告の切抜きを握りしめてご来店くださる、そこまでは通常通りなのであるが、そして、その紙を示しながら「この薬ちょうだい。」とおっしゃるところまでも同じなのだが、「これで耳鳴りが治るって書いてあるから。」というのも、よくある展開ではあるのだが、「はい。なんでしょう。」と、その商品がなんなのかを見せていただいた、そこからが、いつもとは、事情が少し異なった。

その広告には、大きなドットの太い文字で、縦書きで、「耳鳴りが治る!!」と書いてあり、その横に、数行にわたり、全文は記憶していないけれど、小さめの文字で、やはり縦書きで、「この驚異の植物エキスであなたの長年の苦しみが解決! うんねんかんぬん!!!」と書いてある。そしてさらにその下には、さらに小さい文字で、そして今度は横書きで、こう書いてあった。「○○出版 ISBNコード○○○○○○○○ 本社電話番号○○-○○○○-○○○○」

「お客様。こちらの広告は、お薬の広告ではなくて、本の広告のようですね。」
「え?本?でも、ここにちゃんと、耳鳴りが治る、いうて書いてあるやん。」
「そうなんですねえ。どうもこの、耳鳴りが治る!! というのが、本の題名みたいですね。」
「ええ??でも、ほらここに、植物性エキスで治るって書いてあるやん。」
「この本の内容の説明文として、そう書いてあるようです。この下のところに書いてある小さい文字をご覧いただけますか。出版社名と本の商品番号が書いてあるんです。」
「えええ??? じゃあ、これは、ここには、ないっていうこと?」
「はい。申し訳ございませんが、本屋さんでたずねてみていただけますか。」
「本屋じゃないとないの? ここにはないの?」
「はい。当店では、書籍類の取り扱いはしてないんです。」
「じゃあ、私は、どうすれば、この植物エキスの薬を飲めるん?」
「そうですねえ。薬か健康食品なのかは、今のところ不明ですが、まずは、本屋さんで、この本を見ていただいてですね、その本の中に書いてある植物エキス、というのが、何の植物エキスで、どういう成分なのか、確認していただきまして、そのものが一般に販売されているものであれば、当店で取り寄せ可能かお調べいたしますので、また教えていただけますか?」
「そんなことできんわ。私もう年やし。目もよう見えんし、本なんて読まれんわ。」
「そうですか。」
「じゃあ、おねえさん(私のことだ)、植物エキス、なら、あるん?」
「お持ちくださった広告に書いてある植物エキスに関してはわかりませんが、植物エキスが成分のものは、いろいろとございます。」
「どれ、それ?それ見せて。」
「えーとですね、植物エキスというのは、木や草や葉っぱや花や実や根っこから抽出したもののことをひっくるめて、そう呼ぶんです。」
「それはどれなん?」
「どれというわけではなくてですね、たとえばですね、こちらのブルーベリーですと、目の働きを助けますし、ウコンであれば、肝臓の働きを助けてくれます。そんなふうに、いろんな種類のものが、たくさんあります。」
「じゃあ、耳鳴りに効くのは?」
「植物エキスというわけではなくなりますが、よろしいですか?」
「うん。いい。どれ?」
「当店で、耳鳴り対策として取り扱ってるのは、ひとつはお薬で、ナリピタン、というものなんです。」
「あ。それは、もう、飲んだことあるけど、効かんかったわ。」
「そうですか。他にとなりますと、健康食品になりますが、蜂の子をカプセルにしたものがございます。」
「ああ。それも、もう飲んだ。全然効かない。」
「そうなんですか。ところで、その、ナリピタンと蜂の子は、それぞれどのくらい飲んでみられましたか?」
「半分くらい飲んだけど、効かんから、やめたわ。」
ということは、せいぜいが四、五日か。
「そうですかー。耳鳴りは多くの場合、何かをして、何かを飲んで、劇的にすぐに治る、というわけではないですから、何かを試していただくときも、気長に、最低でも一ヶ月くらいは、できれば数ヶ月以上かけるつもりで、続けていただくほうがいいんですよ。」
「そんなん無理やわ。私は心臓の薬やら、いろいろ飲んでるから、なんでもかんでも長いこと飲むわけにはいかんやろ。」
「お客様。病院にかかっておられて、続けて飲んでるお薬がおありなんですね。」
「うん、そうよ。」
「心臓のお薬も飲んでおられるんですね。」
「そう、そう。」
「それで、他に何か市販のものを試してみようということもあるんですね。」
「そうよ、そう。」
「そのときには、長く飲むときも、短く飲むときも、まずは、担当の先生と相談してみてください。」
「ええ? 病院で?」
「そうです。短ければ飲んでいい、長いから飲んじゃダメ、というわけではないんです。それで、先生と相談してみて、飲んでもいいね、ということになれば、試してみてください。」
「ええ? 病院で?」
「もしも次の診察日まで、だいぶん日にちがあるようでしたら、そのときには、そのときに飲んでいるお薬を全部か、お薬の説明書(医薬品情報提供用紙)を持ってきて見せてくだされば、併せて飲んでも大丈夫かどうか、可能な範囲でお調べします。」
「まあ、そうなん?」
「それでだいじょうぶなものであれば、市販のものも併せて飲んでみて、また次の診察のときに、病院でもその話をしてくださいね。」
「ほう、ほう。」
「それで、しばらく飲んでみて、体に合うようであれば、気長に続けた方がよいものは、数週間、数ヶ月、じっくりと、きちんと続けて飲んでみられてはいかがでしょう。」
「それで治るん?」
「それは試してみないことには、わからないことなんです。でも、もしも体にぴったり合えば、そういえば、最近なんとなく、症状が気にならなくなった気がするかなあ、というかんじで、効いてきます。」
「そしたら、もう飲まんでええん?」
「いえいえ。調子がよくなったときに、治った、と思って、やめてしまうのではなくて、よい調子を保つように、少しずつでもずっと続けて飲まれるほうが、いいみたいですよ。」
「じゃあ、いつまで飲めばいいん?」
「お客様ご自身が、もう飲むのをやめよう、と判断なさるときまで、です。」
「他の人らは、みんなどうする人が多いん?」
「人それぞれではありますが、もう死ぬまで飲み続けるつもり、という方も多くおられますし、一度やめてみたけれど、また症状が気になりだしたから、やっぱり続けてみる、という方もおられます。」
「まあ、私はな、病院で心臓の薬飲んでるからな、そうなんでもかんでも、長いこと飲むわけにいかんからな、それは無理やと思うわ。」
「そうですか。ではとにかくですね、新聞記事や広告で、これいいかも、と思うことがありましたら、まずは病院の先生と、相談してみてくださいね。」

ああ。くすりの神様。しごとの神様。知恵の神様。文殊菩薩様。なんだかだいぶん話が通じていないような気がします。でも、もう、ここまでで、この方への私の仕事、おしまいにしていいですよね。私、もう、これ以上は、何をどうしていいのか、知恵が湧いてきません。もう、もう、他の仕事に移ってもいいですよね。

いいよ、いいよ、そうしなさい、と、空耳を聞いたことにして、お客様には、「どうぞ、ごゆっくり、いろいろ比べて、ご覧になってくださいね。また何か必要な時には、声をかけてくださいね。」と、にこやかに伝えてから、去った。ほんの少し、足早(足速、あしばや)だったかもしれない。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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