みそ文

ばいばいたっち

数日前の勤務中に、四歳くらいの女の子と、九歳くらいの女の子と、彼女たちの母と思われる若い女性との三人でご来店くださったお客様。おねえちゃんのほうが、足首をすりむいて怪我をしたとのこと。基本的な処置はしてあるのだけれど、この気温の高さだから、化膿しそうな時にはどうしたらよいか、痛みが強いときにはどうしたらよいか、というお母様からのご質問に対して、いくつかの提案を行う。

しばらくすると、おねえちゃんのほうが、「おかあさん、わたし、けがしたとこの足が痛くなった。座りたい」と言う。お母さんが「一人で車に乗ってる?」と訊くと、おねえちゃんは「うん」と言う。お母さんは「あ、もしかして、車で座っていたい、というよりも、車でDVDが見たいんやろ?」と確認する。女の子は、ばれちゃった、という表情で「うん」と応える。

「いいけど、って車の鍵を渡そうと思ったけど、だめじゃん。エンジンかけないとDVDは見れないよ。もう少しで終わるから、もうちょっと待ってて」
「あの、もし、よろしければ、あちらの待合コーナーに、ソファーと椅子が置いてありますので、そこで座って待っていただく、というのはいかがでしょう」
「ありがとうございます。おねえちゃん、そうして。お店の中の椅子に座ってて」

おねえちゃんは「うん。わかった」と言って、待合コーナーに向かう。妹のほうの女児は「わたし、おかあさんと、いる」と宣言して、お母さんに抱きつく。お母さんは「重いよう。暑いよう」と言いながら、抱っこしながら、私への質問を続けられる。それにひとつひとつお応えしていたところ、今度は、妹女児のほうが「わたしも、すわる」と言う。お母さんが「じゃあ、おねえちゃんのところに行ってごらん。そこよ。わかる?」と声をかけると、「うん。だいじょうぶ!」と元気よく、お母さんから離れて、私に向かって「ばいばーい」と手のひらを振る。

私は、そうだね、一応いったんバイバイだよね、と思い、妹女児に向かって「ばいばい」と手を振ってみる。すると女児は続いて「たーっち!」と言いながら、私の手のひらに自分の手のひらを重ねようと背伸びする。私は少ししゃがんで、「はい、たっち!」と、女児と手のひらを軽く合わせる。妹女児がもう一度「ばいばい、たっちー!」と言う。ほう。これは、「ばいばいたっち」というものなのか。保育園か幼稚園で習った風習なのかな。

妹女児は、そのままお母さんに駆け寄り、膝に抱きついて、「ばいばいたっちしたー!」と報告する。お母さんは「うんうん。よかったね。ほら、おねえちゃんのところに行って」と待合コーナーへと女児を促す。

そのあと、私はひととおり、怪我の部分の各種処置方法と、これは病院で飲み薬を出してもらったり処置してもらったりしたほうがいいな、という見極めポイントとなる目安などをお話する。お母さんは、「じゃあ、これと、これと、これ」と買って帰るものを決めてカゴに入れ、レジへと向かわれる。

レジの前では、小さな子どもが、床にあおむけになっていて、そのそばで大人のお客様と職場の従業員女性がティッシュとコットンで子どもの鼻血を拭いているところだった。その子はどうやらお店のカートの下の部分に乗って遊んでいて、カートが転倒して転んだ拍子に鼻をどこかにぶつけたもよう(その子はそのしばらく後に、その子の母親から、「いっつもカートに乗って遊んだらダメって言ってるでしょ。その理由がよくわかったでしょ!」と丁寧に叱ってもらっていた)。

「もしかして、お客様のお子様のどちらかでしょうか」と私が接客していたお客さまに尋ねると、「いえ、うちの子じゃないです」と言われる。「では、うちのお子様を見つけましょう」と言って、お客様を待合コーナーへ案内する。

待合コーナーの丸テーブルに向かい合って、おねえちゃんと妹が座っている。ふたりとも、ちょこんと、お行儀よく、じいっと座っている。私はお子様二人に向けて「たいへんお待たせいたしました。たくさん待ってくださってありがとうございます」と声をかけてから、お母さんに「二人とも上手に待ってくださって、お行儀のよいおりこうさんなんですねえ」と伝える。お母さんは「ちいちゃん(妹女児)、こんな大人の椅子に一人で座って。おねえちゃんが座らせてくれたの?」と子どもたちに訊く。

妹女児は「ううん。ちいちゃん、じぶんですわった」と自己申告する。お母さんはちょっと信じられないといった表情をしながら「えー? ほんと?」と言う。今度はおねえちゃんのほうが「ほんとよ。ちいちゃん、自分で机と椅子の隙間によじ登って、一人で座ったよ」と説明する。妹女児も「ほんとよ」と繰り返す。

お母さんは「ちいちゃん、こんな大人の椅子に、いつの間にか自分ひとりで座れるようになってたんやねえ。お母さん、その瞬間見たかったなあ。おうちでも外でご飯食べる時も、いつも子ども用の小さな椅子だけど、もう、だんだんと、普通の椅子で大丈夫になっていくんやねえ。ほら、おいで」と言いながら、妹女児を抱きかかえて椅子から下ろす。

おねえちゃんも椅子から立って、三人そろってレジへと向かう。お母さんが「ありがとうございました」と言われて、私は「ありがとうございました。おだいじになさってくださいね」と見送る。妹女児はふたたび、「もっぺん、ばいばいたっち!」と私に向かって言うから、私は少し腰をかがめて、「ばいばーい、たーっち!」と、妹女児と声を合わせて言いながら、手を振ってから互いの手のひらを、ぱちんっ、と合わせる。

妹女児は満足そうに満面の笑顔になって、「もいっかい、ばいばいたっち、したー!」と言いながら母親のもとへ駆け寄る。おねえちゃんは、私のほうに向いてから、少し大きな子がそうするように「ありがとうございました」と、丁寧に会釈する。私も「ありがとうございました」と言いながら、お客様をお見送りするときの角度のお辞儀をする。そうして、そのあとすぐに、片手を小さくあげてから、「ばいばい」と手を振ってみる。

おねえちゃんの表情が「お姉ちゃんの顔」から「子どもの顔」に変わる。おねえちゃんは私に向かって小さく、ばいばい、と手を振る。そのあと私は宙で手のひらを、ぽんっ、としならせて、小さく「たっち!」と言ってみる。おねえちゃんも同じように、私に向かって、手のひらを空中でしならせて、にっこりしながら「たっち!」と言う。そうしてから、きびすを返して、お母さんと妹に追いつく。そして「お母さん、私、足、もう痛くないかも」と言う。

必要な手当てと養生は丁寧に行って、「ばいばいたっち」でときどき英気を養って、それから「子どもの顔」もして、足の怪我を治して、ゆっくりと少しずついっぱい大きくなっていこう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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