みそ文

たいへん合戦開催地

誰かが「自分はこんなにたいへんだ」という意味の話をするときには、ただ話を聞いて共感してできればついでに少しねぎらってくれたら気持ちの発露が完了するからそれに協力してほしいのだ、という場合がおそらく多い。けれども、本人の表層的には発露だけのつもりでいても、実は、潜在的な心身の力としては適切な知恵や工夫や行動で問題を解決してゆく方向での対応を求めていることもある。

そこを絶妙に見極めて(感知して)、自分の立場をわきまえた範囲内において、都度都度対応することが、自分の仕事であり役割であることを、わたしは知っている。だから、できるときにはそうして、できないときにはできるようになるつもりでこつこつと練習と精進を重ね、その精進と練習に必要な体力気力を毎日気長に根気よく整える。

誰かが「自分はこんなにたいへんなのだ」という意味の話をしたときに、もっとも適切でない対応は、「そんなこというなら自分だってこんなことがもっとこんなにたいへんだ」というような、「たいへん合戦」を始めることだろう。そこでいきなり勝負に挑んでどうするのだ。

いや、しかし、もしかすると、私が気づいていないだけで、「自分はこんなにたいへんなのだ」と言い募っている人たちの何割かや、あるいはその人のこころのうちの何割かでは、実は、「ヘイ、カモーン、ベイビー、たいへん合戦しようぜ。ゲームを楽しもうぜ」と積極的に誘ってきているのだろうか。闘争心を満たしたくて、勝負欲を満足させてやるために、たいへん合戦開催のゴングを鳴らしてゲームの開催をしたくて、自分のたいへんさを表出している場合が実はあるのだろうか。だとしても、おつきあいはできないけれど、それならそれで対応の仕方は多少変わってくるかもしれない。具体的にどんな対応かというと、たいへん合戦の戦闘能力に恵まれた人材を紹介するなど、だろうか。だとしたら、人材を見極める眼を、私は今以上に意識して養わねばならない。たいへん合戦を得意としたり、たいへん合戦に向いている、血気盛んなタイプの人とのおつきあいは制限してきたおかげで、自分の知り合いの中にすぐにそういう人材を見出せない。しかし、必要とあらば、発掘することは可能であろう。ただし、それが、本当に必要かどうかを、まずは自分によく問うてみたい。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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