みそ文

サンタさんがくれたピアノ

私の実家にはピアノがある。

私の両親は、私が四歳になってまもなくの頃だろうか、近所のピアノの先生のところへ、私を通わせてくれた。小さな子供の足でも、徒歩五分で行ける距離に、ピアノ教室でもある、先生のご自宅はあった。最初の数回こそ、母か祖母が付き添ってくれたが、当時はたぶん、たいへんにおおらかで、私は誘拐されることもなく、田んぼ畑仕事中の近所の大人の人たちがいつでも見守っていてくれて、じきに四歳児は一人で、徒歩五分を往復して、毎週か、もしかすると週に二回、先生のところへピアノを習いに行った。

ピアノのというものは、先生のところでのレッスン以外にも、習った曲を、自宅で繰り返し繰り返し、練習することが必要なものだ。私が自宅でも練習できるようにと、でも、たぶん、いきなりピアノは経済的にも無理だし、この子のピアノへの興味がどれくらい続くかもわからないから、と、両親は電気オルガンをどこかから調達してきて家に設置してくれた。ピアノを弾くことが、たのしくてたのしくて、うれしくてうれしくて、仕方のなかった私は、毎日、毎日、毎日、毎日、いくらでも、そのオルガンを弾いていた。

ピアノを習い始めて、何年が経った頃だろう、四年か、五年経ったのか、小学校三年生にはなっていたような気がする。その年の冬、私はたしか、「大きな森の小さな家」や「大草原の小さな家」といったローラ・インガルス・ワイルダー作の本がとても気に入っていて、作中でローラが大切に使っている「ブリキのカップ」というものになぜかとても憧れていた。ブリキ、ってなんだろう。カップはコップのことみたいだけど、金物の茶碗かなあ。自分もローラと同じものを使ってみたいなあ。ローラみたいにコップのことを大切に思ってみたいなあ。そんな気持ちがあったので、その冬のサンタクロースへの手紙には、「ブリキのカップをください」と丁寧に書いてみた。

クリスマスの日の朝、ブリキのカップ、ブリキのカップ、と思いながら目を覚ます。あれ? 枕元に何もない。「サンタさん、来てんなかったんじゃろうか」そう思う私に、母だったか、父だったかが、「サンタさん、プレゼントは、離れに置いとく、いうて、ようちゃったよ(言っておられたよ)。行って見てきんさい」と促す。

離れ? なにゆえ? たぶんパジャマを着たままで、寒いけど、さらに寒い離れに行く。なんで、サンタさん、ブリキのカップを離れなんかに置いてんじゃろう。

「離れ」といっても、今どき流行りの「露天風呂つき離れの宿」をイメージするのは間違いである。田舎の農村における「離れ」とは、主に農機具置き場としての建物のことである。そこに付属して存在する休憩や作業のための小部屋のことも同様に「離れ」と呼ぶ。たいていの場合造りは簡素で、冷暖房などは当然なく、だから冬はとても寒い。そして夏はかなり暑い。

その離れに、ピアノがあった。サンタさんは、私にピアノを持って来てくれた。頼んだのは「ブリキのカップ」だったけど、頼んだものとは全然違っているけれど、その頃の私はもう、電気オルガンではも既に、習った曲を練習するには、鍵盤数が足りなくなっていた。鍵盤が足りない部分を空や宙で弾く私を見て、私のオルガンのとびとびの音を聴いて、両親は、こんなに弾くならピアノを買ってやってもいいだろう、と思ったのか。とにかく、その年のクリスマスプレゼントは、ピアノだった。

母屋に戻って、両親に、「ピアノがあった」と報告する。両親は「ほう、よかったねえ」と言い、私の様子を見て「なんねえ、嬉しゅうないんね?」と訊く。

「サンタさんにブリキのカップください、いうて手紙書いたんじゃけど、手紙は持って行っとってんじゃけど、ピアノじゃったのは、なんでじゃろう」
「みそがピアノをよう練習するけん、サンタさんがもっとしっかり練習しんさい、いうて、ピアノ持ってきてくれちゃったんよ。ブリキのカップは、次のクリスマスに持ってきてくれてじゃわいね」
「ほうじゃろうか」
「今度から、しめじ(弟)とやぎ(妹)も、ピアノ習い始めることになったけん、家で練習するときには、みそのピアノを一緒に使わしちゃりんさいよ」
「ほうなんじゃ」

今にして思えば、プレゼントというものは、贈る人が贈りたいものを贈るもの、なのだなあ、高価な買い物の元を取るためにも、私一人にではなく、きょうだい三人用に買い与えてくれたのだなあ、と、わかるのだけど、当時の小さな私には、とても不思議な出来事だった。

それでも。離れはとても寒いけど、家でも全部の曲をちゃんと鍵盤で音を出して弾けることは、とてもとても嬉しくて、離れはとても寒いけど、私はいっぱいいっぱいいっぱいピアノを弾いて練習した。

そのピアノが、実家には、今もある。当時の「離れ」はもうなくて、建て替えた家の玄関の壁際に置いてある。帰省したときに、そのピアノを、今もたまに弾いている。私がピアノを弾き始めると、甥っ子のむむぎーと姪っ子のみみがーが、わらわら、と、群がってくる。「ぼくもひく」「わたしもひく」というけれど、ぽんぽんと鍵盤を押す以外には弾き方を知らなくて、結局「みそちゃんがひいて」という。なので、せっかく弾こうと思っていた楽譜をいったん置いておいて、簡単な童謡や唱歌を弾き始める。むむぎーやみみがーが知ってるであろう曲をいくつか弾いてみる。当時二人が幼稚園で習ったらしいお遊戯つきで歌ったり、一緒に鍵盤を叩いていれば、一緒に弾いてる気分になれるのか、音の調和は全く無視して、適当な鍵盤を押したり、と、二人ともやりたい放題。うかれたむむぎーは踊り疲れてへろへろになって、居間でぜえぜえうつぶせる。愉快なひと時。

しかし。鍵盤の何箇所かに、謎のシールが貼ってある。この手のシールを持ってるのは、そして、この手のシールを貼るのは、間違いなく、みみがー、だ。

「ねえ、みみ。みみは、このピアノがみそちゃんのだって知ってる?」
「ええ? でもこのぴあの、わたしがうまれたときから、ずっとここにあったよ。じゃけん、みみのじゃとおもう」
「それがねー、ちがうんよー。このピアノはね、私が小さいときにね、サンタさんが持ってきてくれちゃったんよ」
「ええ? じゃあ、なんで、みそちゃんのいえじゃなしに、ここにあるん?」
「ええとね、私はね、ずっと前はね、ここで、みみのおじいちゃんと、みみのおばあちゃんと、しめじと、やぎと、それから、お仏壇の中のおばあちゃん、つまり、みみのひいばあちゃんと、六人で住んどったんよ」
「みそちゃんは、ひっこしたん?」
「そうなんよ。大人になって、結婚して、引越して、ここには住まんようになったけど、ピアノは大きすぎて重すぎて、よう運ばれんかったけん、ずっとここに置いといてもらっとるんよ」
「ええっ、じゃあ、このぴあのは、みみのじゃあないん」
「うん。これは、私と、みみのお父さんと、やぎちゃんが、小さいときに、ピアノを習ってたときに、いっぱい練習したピアノなんよ」
「ええええ? わたしのおとうさん、ぴあのひけるん?」
「そうよ。大きくなってからは、たぶん全然弾いてないけどね」
「しらんかった」
「そういうわけでね、このピアノは私のなんじゃけん、勝手にこういうシールをベタベタ貼らないこと! わかった?」
「えー、でもー、はったほうがかわいいよ」
「みみやむむぎーがピアノを弾きたくて、大切に弾くんだったら、貸してあげるけど、シールが貼ってあると指の滑りが悪くなって、私が弾きにくくなるから、もう貼ったらだめです」

がきんちょ相手に難しすぎる説明だけど、がきんちょなりに納得して、「わかった」と言うから、「じゃあ、私がいないときには、ピアノのこと、大切にしててね。ときどき拭いてあげたりしてね」と頼んでおく。

だから私の実家には、今も私のピアノがある。そして今でもたまに弾く。サンタさんがくれたピアノ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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