みそ文

互角の精神

囲碁修行中の夫が、実家の父(夫の父)と対戦するときには、ハンデをつけてもらっている。ハンデをつけてもらうということは、それなりに円滑にゲームを進めるために、公式な手加減を事前に与えてもらう、ということだと、私は理解している。けれど夫は、「ハンデはつけてもらっても、おやじと俺は互角だ」と言う。私には、夫が言うその理屈がどうにもよくわからなくて、どうしても腑に落ちなくて、この人はいったい何を言っているのかしら、と、不思議に思い、常々疑問を感じてきた。

それが、ふと、少し前に、なんとなく、夫が「互角だ」と言うのは、もしかして、「気持ちで負けない気概」なのかな、と思いついた。勝負はたいてい何事においても、勝つつもりで、あるいは、結果に勝敗があるとしても互角に闘い合う気持ちで、臨むことが大切なものだ。そういう意気込みや心意気は、上達のための基本であり、動機(モチベーション)の維持や高揚にも繋がる。他人と自分の格差に対する冷静な認識が必要なときはあるだろう。けれど、それは本人が本人の中で噛み締めていればよいことで、対外的、言霊的には、「互角」という自分が目指すイメージを、現在形で言葉にし続けることで、その現実を引き寄せる部分もおおいにあるような気がしてきた。

夫は、オンライン囲碁ゲームをしながら、ときどき、「うわーっ、つええええー(強い)!」と感嘆や驚嘆の声をもらす。夫の対戦相手が強豪なのか、それとも観戦中の対戦者たちが互角に強豪ぞろいなのか、と思い、「誰が?」と問うてみる。夫は「俺」と答える。

誰か先生について習っていたり、小さな子どもであったりすれば、師匠や先達の年長者などから、「わあ、上手いなあ」と、頻繁に声をかけてもらっては上達を促してもらえるのかもしれない。けれど、夫は、先生についていないし、小さな子どもでもない。だから、夫は、自分の上達を促すためにも、自分で自分を賞賛して鼓舞するという技を日々使っているのだな、きっと。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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