みそ文

膝の痛みに絵の力

とっても年配の男性のお客様。ビタミン剤のコーナーで、あれを見たり、これを見たりと、迷っておられるご様子。「何かお探しでしょうか?」と、声をかけて差し上げてみる。「うーん。膝が痛いのには、どれがいいかと思って見てるんや。」

年の頃は、八十歳前後だろうか。数週間前から、膝の痛みが気になりだした、とのことである。それまでの八十年間(想定)、膝に痛みがなかったというのもおそるべし、であるのだが、とにかく、そのお客様は、数週間前から痛くなって、病院で湿布はもらっている、写真で骨には異常はなかった、何か飲んだら、もっと早く楽になるのではないか、と考えて来てみた、とのこと。ビタミン剤がいいだろうか、コンドロイチンがいいだろうか、いろいろ考えておられるようだが、それはそれで考えるとして、とりあえず、今の痛みをどうにかできるものはないか、とのお言葉に、それでは、コンドロイチンなどが効いてくるまでの間の繋ぎとして、一時的に、「痛み止め」(鎮痛剤)も飲んでみられてはどうでしょうか、と、提案してみることにした。

鎮痛剤コーナーは別にあるのだが、お客様と並んで立つビタミン剤と腰痛神経痛関節痛関連コーナーの並びに、「アンメルシン鎮痛錠」という商品を置いている。成分は、イブプロフェン、という鎮痛成分。頭痛生理痛のときに使う「イブ」(イブAじゃないほう)とまったく同成分同容量である。特別強力な鎮痛成分というわけでもないが、一応成人(十五歳以上)限定成分で、市販品の中では、まあまあ鎮痛効果がしっかりしている方かな、というかんじだろうか。この「アンメルシン鎮痛錠」、有効成分としてはイブプロフェンだけなのであるが、添加物としての表記にグルコサミンとコンドロイチンが入っているのが、「イブ」とは異なるところだろうか。しかし、グルコサミンにしても、コンドロイチンにしても、たった一回や二回飲んだだけで、その効果が劇的に現れるものではなく、しかも、有効成分ではなく、添加物である。お客様にお奨めするには、心もとない気がして、なかなか推売に至らずにいた。パッケージには、人間の膝の絵が大きく描かれており、目立つ字体の文字で「膝の痛みに!」と書いてある。しかし有効成分は、ただのイブプロフェンだけ。箱側面の効能効果の欄には、ごくごく普通の鎮痛効果として、神経痛、腰痛、頭痛、生理痛、咽頭痛、歯痛、関節痛、などなどが記載されている。どう考えても、ごくごく普通の鎮痛薬だ。

けれども、じーちゃんのこころには、このパッケージデザインが、ぐぐぐっ、と来たらしい。「これで様子見てみるわ。」と、なんだかえらく乗り気である。「ビタミンやコンドロイチンは、これを飲んでから考えるわ。」そしてこうも言われるのだ。「病院でも飲み薬が出てるんやけど、全然効かんから、ここに来てみたんや。」

え? 貼り薬だけではなかったのか?
「病院では、湿布だけではなくて、飲み薬も出てるんですか?」
「そうなんや。飲んでみたけど全然効かんから、売薬買って飲んでみようと思って。」
「えーと、ですね、病院のお薬は、痛み止めや炎症を和らげるお薬が出ているのではないですか?」
「そうや。そう言うてはったわ。」
「では、ですね、このアンメルシン鎮痛錠の成分と、病院の痛み止めの成分が、全く同じではないにしても、働きとして、重複する可能性が高いです。胃や肝臓のことを考えると、併せて飲むのはよくないです。」
「ああ、それなら、だいじょうぶや。病院の薬は、二回くらい飲んでみて、全然効かんから、もう飲んでないんや。」
「え? 何日分くらい出てましたか?」
「んー、二週間分やったかな。」
「お客様。それはですね、膝の痛みというものは、長年の使い痛みや、軟骨の擦り減りや、いろんな背景がありますので、薬を飲んで、すぐすぐに、痛みがなくなる、というのは、難しいことなんですよ。」
「そうはいうても、今まで長年痛んだことがないからなあ。」
「それはすばらしいことなんですが、いったん痛くなったときには、お薬も一回や二回飲んだだけで、すぐに痛みがなくなるとは思われないで、気長にじっくり取り組んでみていただけませんか。」
「薬なんて、一二回飲んで効かん薬は、薬じゃないやろう。」
「いえいえ。症状や目的にもよりますが、その人の体が十分に反応するまでに、何日か、何週間か、あるいはもっと、かかることもあるんですよ。」
「そんなもんは薬とちゃうやろ。」
「とにかくですね、病院のお薬を飲まれるのであれば、このアンメルシン鎮痛錠は飲まないでいただけますか。」
「それは、だいじょうぶや。病院の薬は効かんから、もう飲んでないし。これからも飲めへんから。」
「成分的なことを考えると、こちらのアンメルシン鎮痛錠よりも、おそらく病院の痛み止めのほうが、痛み止めとしてのランクは上だと思うんですが。」
「いやいや、あれは効かん薬や。心配せんでも一緒に飲んだりせんから。これをもらっていくわ。」
「そうですか。ではですね、一回に飲む量と、一日に飲む量は、箱の横に書いてあるこれです。痛みがある程度落ち着かれたら、一日三回と書いてあっても、無理に三回飲まなくてもいいです。一日最高三回まで、と思って、一日一回でも二回でもいいですから、調整してみてくださいね。」
「わかった。わかった。」
「あの、くれぐれも病院の薬とは」
「わかっとる、わかっとる。病院のほうのは飲まんから、だいじょうぶやって。」

そうかあ。病院で処方される薬の何割かは、こうやって飲まれないまま、効かないことになるのねえ。

そしてその翌日。高いところの作業をするため、脚立にのぼっていた私の側を、年配男性が通りすぎられたので、いつものように声をかける。「いらっしゃいませー。」するとそのお客様が、とてもにこやかに軽やかに、「おお、こんちは。」と声を返してくださった。なんだかとても親しげだ。えーっと、誰だっけ?知ってるお客様だっけ?考えながら作業を続けていたら、そのお客様が、ビタミン腰痛関節痛関連コーナーでなにやら探しておられる様子が、高いところから見えたので、脚立を降りて行ってみる。

「こんにちは。何かお探しですか?」
「ああ。昨日買った、アンメルシンの痛み止めが、すごーくよく効いたんや。一回飲んだら、そのとたんに、ぴたあーっと、痛みが止まったんや。やから、同じものを買いに来た。もう、これがあれば安心や、思うてな。」
ああ!昨日のあのじーちゃんだ。
「まあ。それは、よかったです。そんなにぴたっと効くなんて、よほど体との相性がよかったんでしょうか。」
「そうなんやろう。やっぱり病院の薬は効かんけど、売薬はよう効くわ。」
「昨日お買い上げくださった、アンメルシン鎮痛錠は、一番上の段のここに置いてあります。」
「おお。これこれ。」
「もしも、ここにないときには、こちらの(てくてくてくてく)、痛み止めのコーナーの、下から二段目のここにも、同じものが置いてありますので、こちらもご覧くださいね。」
「おお。ここにもあるんか。じゃあ、もう一個もらっとくわ。」
「え、でも、昨日買ってくださったばかりで、また二箱も買ってくださって、だいじょうぶですか?」
「心配せんでも、決められた数より、多く飲んだりせえへんから。再々買いに来るのは面倒やろ。これがあれば、もう病院にも、行かんでええくらいや。」
「そうですか。薬が効いていて痛みがなくても、立ち方や歩き方、体重のかけ方など、膝の負担を考えてやる工夫は続けてくださいね。」
「わかっとる、わかっとる。」

痛みがなくなったからなのか、昨日のじーちゃんに比べると、本当ににこやかで軽やかだ。しかし、成分は、ただのイブプロフェンなのに、一回飲んだそのとたんに、効果が現れたということは、それはきっと、おそらく、外箱に描かれている「膝の絵」と、「膝の痛みに!」というコピーが効果を発揮したのであろう。同じ成分の「イブ」を奨めて、飲んでみてもらったとしても、あのシンプルな白い外箱では、同じようには効かなかったのではないかと予想する。

お薬を使うときに、それがどこにどのように効くかを、自分の中でイメージを持つことは、とてもとても重要だ。その点、たしかに、病院で処方される薬には、イメージを促すようなイラストもついてないし、治癒力を喚起するような、魅惑的なコピーも書かれていない。痛み止め、は、いろいろな部位を対象に使うものではあるけれど、患者さんの訴えに応じて、気になる患部のイラストをつけて、ここに効いていくんですよ、と説明をするのも、効果を高めるひとつの手法かもしれない。効能効果の説明文も、淡々と「痛みと炎症をおさえます。」と印刷するだけではなくて、その人が、喉の痛みでかかられたなら、手書きで大文字で色ペンで「喉の痛みに!」と書き加えてみる。膝の痛みでかかられたなら、「膝の痛みに!」と書いてみる。あるいは、「膝シール」「喉シール」など貼ってみる。同じ鎮痛剤だとしても、あえてそうしてみることで、イメージの喚起が促され、より効果が現れるなら、それもそれで、薬効のうち、なのかもしれない。イメージ喚起。医療用医薬品も、一般用医薬品も、まだまだ展開の余地ありかも、と思った出来事であった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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