みそ文

繋がる万歳

季節の変わり目ということもあるのか、職場の売り場編成の変更や、商品のリニューアルや、なんやらかんやらいろいろで、毎日、仕事をこなしてもこなしても、やるべきことが際限なく、目の前に現われる。商いは止まらない列車、という言い回しがあるけれど、止まらなくてもいいからせめて、ちょっと速度を落としてはいかがかしら、と思いそうになることがある。

私だけでなく、同僚皆が、息切れ気味に、それでも、その日のキリのよいところまで、時間内に、精一杯の仕事を片付けて帰ってゆく。そして各自、少しでも手が空いたなら、自分の担当部署以外の売り場作業のお手伝いに励む。それぞれがそれぞれの勤務時間を終えて帰ってゆくときには、皆一様に、もうこれ以上は働けません、な疲労した空気を身にまとい、「お疲れ様でした。お先に失礼します」と挨拶する。けれど、各自、その直後には、各家庭での日常業務に取り掛かるのだ。子どもの習い事などの送り迎えをしたり、食材の買出しをしたり、掃除をしたり、洗濯物を片付けたり、夕ご飯を作ったり家族に食べさせたり、宿題を見てやったり、学校での話を聞いて相槌を打ったり、夫婦で会話したりいろんな相談をしたり、身内のままならない様々な事情に頭を抱えてみたり。商いが「止まらない列車」であるように、各自の日常も、やはり、「止まらない毎日」なのだ。それでも、各自が話す事情と、話さない事情の、両方に思いをはせながら、嬉しい出来事には喜び、たいへんな事情には応援と見守りの気持ちを送る。

先日は、私が売り場の作成作業をしていたら、三時半で勤務を終えた同僚が、「プライベートなことなんですけど、ちょっと聞いてもらっていいですか」と話しかけてきた。同僚の説明によれば、彼女の夫の勤務先も、不景気の影響で、賞与や給与の減額や、場合によっては解雇もあり、従業員皆がセンシティブになっているとのこと。中には抑うつ症状を呈する従業員も少なくない状況に至り、会社としてもこのままではいけないと、幹部従業員に対する、心理学研修が義務化されたのだそうだ。彼女の夫も、幹部従業員の一人として、企業カウンセラーからの講習を定期的に受けて、自宅では宿題を行う。習ったことの実践を、部下たち同僚たちに対して、積み重ね行う。そうして、部下たちと職場全体の集中力や生産性が保てるような環境作りに励んでいるのだそうだ。けれど、その話の内容の厳しさとは裏腹に、同僚の表情は柔らく、むしろやや上気していて、少々興奮気味に語る。

「それがですね、夫がその講習を受けてからというもの、私に対しても、子どもたちに対しても、物の言い方や表情が、これまでと全然違うんです。今まで、私がいくら注意しても、言うことを聞かなかった人が、これまで私が注意してきたこと全て直したかんじなんですよ。私は、同じことを言うのでも、言い方や間の取り方や声の勢いを気をつけるだけで、聞くほうの気分は全然違うんだから、って言ってたんですけど、夫は、とげとげしい言葉の使い方をすることがちょくちょくあって、私も子どもたちも、夫が仕事から帰ってくると、知らず知らずのうちに警戒する、というか、ひどいときには、げんなりしたりもしてたんです。それが、今は、夫の物言いの穏やかさに、私も子どもたちも和む、というか。今までは何か言うと、すぐに攻撃的な物言いをする人だったから、なんとなく、話をしないようにしないようにしていたところがあったのが、今は、私も子どもたちも、なんでもないことで、おとうさん、おとうさん、って話しかけるようになって、それに対して夫が返してくる言葉も穏やかだから、ちゃんと会話が続くんです。なんか、うれしくて、うれしくて。私の言うことは聞けなくても、カウンセラーの先生に言われると、真に受けることができたんですかね。金銭的には、うちも年収減ってるし、つらくないわけじゃないんですけど、そのつらさを補って余りある、っていうんですか、心の平安が得られている気がして、不謹慎かとは思うんですけど、私としては、不景気万歳! リストラありがとう! っていう気分なんです」
「そうなんですよねえ。不景気やリストラや、それ以外にもいろんな不本意な種類の出来事って、資本主義経済的観点中心で見るとデメリット中心に見えやすいんですけど、大局的な視点っていうんでしょうか、ちょっと俯瞰を意識するというんでしょうか、そういう見方も踏まえて捉えると、メリットとしてのエネルギーもそこにはちゃんとあるというか、そのデメリットがある程度極まってこそ生じたり存在したりするメリットのようなものって、けっこうあるんですよねえ」
「ああ。やっぱり、そうなんですか。どうやら先生ならこういうことに詳しいかと思って、確認してみたかったんです。やっぱりそうなんですねー。なんかうれしい。安心しました。今回のことで、そう思って、これまでのいろんなことを振り返ってみたら、なんとなく、あれ、そういえば、あのときも、あのときも、嫌だ嫌だと思ってばかりいたことと、そのあとに起こった自分にとってメリット的な出来事は、実は繋がっていたんじゃないかって、思って。あのときには、自分では気づいてなかったけど、今にして思うと、あれがあったからこそっていうような、自分にとってのメリットも見えてきたような気がして。まるで電気が電線を伝わるみたいに、パズルがいっきにぱぱぱんって解けたみたいに、自分の中で繋がった気がしたんです」
「あらまあ、そこまで、わかっちゃいましたか。バレちゃあ、しょうがないですね。そうなんです。実はエネルギーってそういう特性があるみたいなんです。という私もまだまだ研究中なんですけどね」
「やっぱり? やっぱり! でも、そのことを、出来事や感情のエネルギーの特性のようなものを知った上で、出来事や感情に向き合うのと、知らずに出来事や感情の中にいるのでは、気持ちの余裕とか、自信というか丈夫さみたいなものが、全然違うんじゃないかと思ったんですよ。仕事するにしても、プライベートの生活をするにしても」
「そのとおりだと思います。実際違うと思います。余裕のような、落ち着きのような、根拠のない安心感のような、ハッタリも含めて、なんかそういうものたちが、ある意味力強さを持ちます」
「ですよねー。あー、すっきりー。聞いてくださってありがとうございました。もやもやしてたものが腑に落ちるって、面白くって気持ちがいいんですね。そうか、そうか、そうかー。納得、納得ー。なんか、年をとるっていいですねー。時間が経つことで見えてくることやわかることって、きっとたくさんあるんですねー。じゃ、お先に失礼します。お疲れ様でしたー」

と、同僚は、晴れ晴れとした表情で、家族に供する大量の食材の袋を両腕に抱えながら、にこやかに帰っていった。同僚が独自に体験し、勝手に気づいて腑に落ちて得た、ある種の人生の喜びの、その瞬間に立ち会えるのは、全然派手ではないけれど、かなり打ち震える感動を伴う事態であるのだなあ、と、私の中でも何かが繋がり貫くような感覚を、四肢全身で感じながら、黙々と作業を続けた。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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