みそ文

繋がる願いと役割と

大河ドラマ「龍馬伝」を見ていたら、龍馬さんが「黒船を造ったら、自分の家族皆を乗せて、世界旅行に出かけたいのだ」という意味のことを家族に語り、彼の家族の人たちが皆、「それはいいね。たのしみだね。行ってみたいね」という主旨の反応をしていた。

これがどうも、私の泣きのツボに、ずっぽし、と、はまったらしく、涙腺から大量の涙が噴き出す。ドライアイの治療をしたくなったときには、このドラマのこの回のこの場面を見れば大丈夫だ、と思うくらいに大量に。

ドラマの中のことだから、当時の実際の人たちが、龍馬さんとご家族が、異国への旅を夢見たかどうか、今となってはわからない。けれど、現代に生きる私たちは、そうしようと思うならば、家族揃って異国への旅を実現することは、ある程度以上に可能だ。旅の同行者の組み合わせも、家族だったり、親戚だったり、友達だったり、いろいろ選ぶこともできる。旅の計画を前にして、「どうしよう」「こうしようか」と話し合うことも、旅行当日をわくわくと待ちわびつつ、荷造りや準備をすることも、旅先で目にするもの口にするものに感嘆しあい、笑い合うことも、できる。そんなひとときひとときが、当時の彼らの思いの多くを、叶えて実現化したものであることを、今宵、突如、唐突に思い知る。今までだって、それなりに、そういういろんなできごとを、いつだって、ありがたいなあ、と、思い感謝していたけれど、連綿と続く人類の中では、いつも、誰かが、いつかの誰かの、思いを叶えていることを、思いを満たしていることを、強く噛み締めて、安堵する。そして、人類と人生に、安心と信頼を覚える。私が生きている間には、自分の願いが叶った形を、この体と、このこころで、感じることはできないことも、きっと少なくないだろう。けれども、おそらく必ず、私ではない、いつかの誰かが、叶った思いを体感し、その喜びを十分に味わってくれるはず。実現化したものが十二分に行き渡り、もはや、体感も味わいも喜びも、彼らの意識から外れ去ってしまうほどに、願いは叶うのだ。だから、私はいつでも、憂うことなく、ひたすらに、生きてゆけばよいのだ。

何かを唐突に、思い知ったり思い至ったりしたときには、こころが大きく振動する。場合によっては涙も出る。今夜の私をこういう思いに至らせたという、それだけでもう、大河ドラマ「龍馬伝」に関わった全ての人たちは、この世における大役を果たしたことになると思う。私も、自分で気づくところでも、自分で気づかないところでも、この世における自分の役割を、ちゃんと果たして生きて死んでゆけますように。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (111)
仕事 (161)
家族 (301)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん