みそ文

文体道場

年末年始に帰省したときに、文体の規則性について、更なる学習を求めてみた。夫の実家に泊りがけで遊びにきて、冬休み宿題中の、夫の甥っ子たち(中二と小五)に頼んで、国語の教科書を見せてもらう。現在の学校教育でも、国語教科書(縦書き日本語)では、台詞を「カッコ」で閉じるときには、句点をつけて閉じてある。「横書きではどうなのか知りたいな」と私が言うと、上の甥っ子のたるるが、「横書きならこれかな」と、英語のテキストを出してくれる。「あ、ありがと。でも、知りたいのは日本語の横書きなんよ。数学か理科か社会があったらうれしい」と言う私に、「教科書はないけど、ドリルならある」と全教科のドリルを見せてくれる。

あたりまえではあるのだが、数学や理科や社会の文章に、台詞は、ほぼない。私があまりに熱心に教科書やドリルに見入っていて、宿題しづらくなったのだろうか、甥っ子たちは、外に出て、どすどすどす、と、バスケットボールを始める。

私は、そうかあ、困ったなあ、どうしよう、何か台詞があるものがないかな、と思いながら、義実家内をうろうろと物色する。ほどなく、本棚に置いてある、義実家では本当に数少ない文庫本と目が合う。他は義母が愛用する料理の本だったり、コレステロールをどうこうする本だったり、交通安全教則本だったりするのに、その隣に、芥川龍之介、夏目漱石、武者小路実篤(以上、新学舎文庫)各一冊と、星新一(新潮文庫)二冊とが同列に並ぶ。

あらまあ、こんなところに、いいものがあるじゃない、どれどれどれ、と、手にとって開いて見る。武者小路氏、夏目氏、星氏は「句点なし」。芥川氏は「句点あり。」。年が明けて、私の実家に移動してからも、甥っ子や姪っ子たち(私の弟夫婦の子どもたち)の本をいろいろと見せてもらう。結局、いつの時代でも、縦書き横書きともに、「句点あり。」「句点なし」両方どちらもあり、らしい。

では、私はどちらにしよう、と、ほんのしばし考えてみて、そのときそのときの気分でいこう、と、あっけなく、さくっと決める。ひとつの記事中に両方をむやみに混在させたりはしないだろうけれど、みそ文全体としては、「句点ありのカッコ閉じ。」の記事もあれば、「句点なしのカッコ閉じ」もありにする。ひとつの記事の中でも、長い文章中の台詞は「句点なし」で閉じて、対話形式で続く会話は、ひとつひとつ「句点あり。」のカッコ閉じにするかもしれない。統一性がなくて気持ち悪い気がしないでもないけれど、この世で人として生きてゆく上において、それが気持ちよいかどうかは、私にとっては、さして重要なことではない。だから、そのへんは、だいたいでよしとする。なんとなくな、私の感覚だけれども、「句点あり。」で台詞を閉じると、その話者の、その言葉の、意思や重量や輪郭がよりくっきりとずっしりとしたものになるような気がする。だから、そんなふうな話を書くときには、「句点ありカッコ閉じ。」で、打鍵数少なめで書きたいときには、「句点なしカッコ閉じ」で。とはいえ、これまで何十年もの間、世の中の文章に、そんな差があること自体に気づくことなく、日本語文章人生を送ってきた私のことだから、これからも、それほどたいした意志や重量や輪郭を意識することなく、ひょろひょろと、なんとなく機嫌よく、文章を書いてゆくのだろうな。

そういうわけで、過去記事編集については、編集済みのものはそれはそれで、今後編集のものについては、基本上記にのっとって、校正作業を進めていく、ということで。製本準備作業、がんばろう、私。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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