みそ文

新春お買い物券

本日接客したお客様は、年配の女性の方。売り場作業中の私に向かって、「ちょっと、ちょっと」と、声をかけてくださる。「なんかよくわからんで、教えてほしいんやけど。この券は、今日使って買い物できるんか?」と、紙切れを見せてくださる。その紙切れは、私の勤務先で配布中の「新春お買い物券」。年内のお買い物千円につき三十円券を一枚お渡しするもので、その券が金券として使用可能になるのは、来年の一月二日から十一日まで。金券の表面中央にも、そのように記載はしてあるのだが、ご高齢のお客様には少々見えづらい文字の大きさかもしれない。

「いつもありがとうございます。こちらの金券は、ここにも書いてありますように、来年の一月二日から十一日までの間に、一枚三十円として、お買い物のお支払いに、ご利用いただけます」
「ありゃ。来年になってからなんか。何日か前に来たときに、買い物したら、この券をもらったで、早く使ってしまわな、思って、今日なら雪も降ってないし、自転車に乗ってわざわざ来たのに、今日は使えんのかね」
「ありゃりゃ。それは、ごめんなさい、です。こちらの券は、年内はまだ使えないんですよ。わざわざご来店くださってありがとうございます。でも、また、どうぞ、年明けてから、雪が降ってないお天気のよい日に、ぜひいらしてください。お待ちしております。そのときに、こちらの券を、忘れずレジにお出しくださいね。枚数分のお値引きをいたしますので」
「そんなんいうてもなあ。私はもう、何歳やと思ってるんや?」
「何歳でいらっしゃるんですか?」
「今八十九歳や。来年には九十になる。八十九歳にもなると、来年の一月十一日まで、生きてられるかどうかわからんやろ。死んでしもうたら、この券も使えんやろ。来年いつ死んでもええように、今年のうちに、この券使っておきたかったのに、使えんとはなあ」
「うわ。八十九歳ですか。ええっ? なのに、ご自分で自転車に乗って来てくださったんですか?」
「そうや。若い者がおれば、車に乗せてきてもらうこともあるけど、今日は一人やったからな。でも、うちの若い者がうるさいからな、車の少ない道しか乗られんのやけどな。事故にでも遭ったら相手の人に迷惑や、いうて、若い者がうるさいんや。けどなあ、ずっと家でじっとしとったら、どんどんボケていくけんなあ。できるだけ、ちょくちょく出かけるようにしとるんや。それでここにもよう寄せてもらうんや」
「そうですか、ありがとうございます。いや、すごいです。八十九歳で、こうやって、お一人でご来店くださるなんて。とにかくですね、せっかくでしたら、少なくとも来年の一月十一日までは、頑張って生きててください。そして、ぜひご来店ください。そして、この三十円券をご利用ください」
「そうやな。この券、こんなに、何枚ももらってるんやしな。せっかくやったら使いたいしな。頑張ってみるわ。雪が降っても、若い者がおれば、車に乗せてきてもらうし、雪が降ってなかったら、自分で自転車で来るし」
「はい。お天気のよい日を選んでいらしてください。十一日までであれば、お急ぎにならなくて大丈夫ですから」
「あんまり雪が降らずにおってくれたらええんやけどなあ」
「ほんとですねえ。スキー場中心に降って、この辺はあんまり降らずにいてくれるといいですよねえ」
「ほんまや。雪降ったら、自転車乗るのおおごとや」
「いえ、お客様。雪降ったら、自転車乗るのはやめてください」
「やっぱり、そうか。うちの若い者にも、そういうて止められるんや」
「はい。私も止めます。こちらの券を無事にお使いいただくためにも、雪が降ったら自転車には乗らない、って、心に決めてください」
「ありゃりゃ。皆がそう言うんなら、じゃあ、雪が積もって凍ったら、自転車乗るのはやめとくわ。降っても積もってなかったら、自転車乗っても大丈夫やから、様子見て、でも、できるだけ、うちの若い者に頼んで車に乗せて来てもらうわ」
「はい。ぜひ、ぜひ、そうしてください。お願いします」
「じゃあ、今日は、チラシに載ってる安いぶんの、貼るカイロ、と、体がカサカサして痒いときの塗り薬だけ、買って帰るわ。急ぎでないものは、来年になってから、この券で買うで」
「はい。ありがとうございます。またよろしくお願いします」
「来年また来るけんな。ありがと、ありがと」

どうか、今日のお客様が、年が明けたらまもなく、全ての新春お買い物券を、無事ご利用くださいますように。そして、来年の今頃に、また、今日のお客様に今日のように、「私が何歳やと思ってるんや。九十歳や」と、自慢していただけたならば、きっと私は、嬉しさのあまり、売り場でしばし、痺れてしまうだろうなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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