みそ文

家内制手工業

我が家の年賀状作成は、家内制手工業だ。官製はがきとして印刷されている部分以外は、すべて手作業。パソコンもプリンターも写真も印刷屋さんも利用しない。

干支のデザインを夫が考え(デザイン画集から選ぶ)、色ごとの版木を、複数枚、彫る。まず、この段階の作業だけで数日以上を要する。彫りは、もっぱら夫の仕事だ。夫はビジュアル的なものを、まだ何もないところから形にしてゆく作業が、好きだし、上手なのだ。夫の頑張りで版木が彫りあがったら、刷りたい色を決める。色に関するセンスも夫のほうが秀でている。この色で刷ろうと決めたら、途中でその色がなくっても、また同じ色を数色の絵の具を組み合わせて再現できるのだ。その点私は、だいたい何事においても「一期一会度」が高く、「過去を振り返らずひたすらに前向き」なため、たとえ脳髄が震えるような絶妙な色合いを創り出すことができたとしても、二度とその色を再現することができない。自分がどうやってその色を創り出したのか、思い出すことができないのだ。だから版画の色についても、夫の采配に任せる。版画に用いる色は、絵の具を数種類混ぜて水で溶かしたものや墨汁。一応一枚の版木に一色を基本としてはいるけれど、場合によっては、一枚の版木に二色、色が混ざらないような位置で同時に用いることもある。刷りの段階に入ると、活躍するのは私だ。一枚の版木に、筆で色を塗ってから、版木の端にある「けんとう」という切り込み部分にはがきの角を合わせてのせて、バレンでこする。色のついたはがきを版木から剥がして、上向きにして乾かす。この作業をひたすら繰り返した後に、今度は別の版木に別の色を塗り、先に乾かしておいたはがきをのせる。そしてまたバレンでこすり、はがきを版木から剥がして、乾かす。これで二色刷りの完成。一色では意味を成さなかった色合いや図柄が、意味のあるものとして、ぱしっと決まる瞬間だ。

そうして、すべてのはがきを刷り終え、乾きも終えたら、今度は私が、筆ペンで、一枚一枚に「謹賀新年」と書く。そこまでの全ての作業が終了したら、夫は夫で、私は私で、年賀状を出す相手と自分の住所と名前を、一枚ずつ手書きする。そうして、あて先の人各自にあてて、版画のそばにメッセージを書きこむ。こちらに住むようになってからは、「雪かきがだいぶん上手になりました」だとか、「魚がおいしくてご機嫌です」だとか、元気に機嫌よく暮らしていますよ、ということが伝わる近況報告が中心だ。

しかし、こうして、年賀状一枚完成させるまでに、時間も手間もかかる作業をしているため、枚数はこなせない。しかも、寄る年波とともに益々、数をこなすことがつらくなってきた。だから、何人かの若手(といっても皆私前後の年齢なのだが)の人には、「メールで年賀のご挨拶するね」と、甘えさせてもらうことにして、はがき作業の数を減らして、今はなんとか続けている。おかげで、これなら私も、日本の年賀状文化から離脱せずに生きてゆけるかもしれない、と思える状態になってきた。「だったら、自動印刷にすればいいじゃん、自分」という思いも、湧かないわけではないのだが、夫も私も、なぜか頑なに、手書きにこだわるようなので、本人たちがこだわる間は、好きにさせてやろうと思う。

念のために言っておくと、この全て手作業の、家内制手工業システムは、誰かに強制されているものでもなければ、報酬のある労働でもない。夫と結婚してすぐの頃、一番最初に作成した「新住所のお知らせはがき」だけは、カメラ屋さんで写真と一緒に文章も印刷してもらったものを用いた。写真は新婚旅行先のトルコの民家で、地元の大人や子どもたちに囲まれてもみくちゃになっている中の、どれが夫でどれが私なのか、頑張って探してね、という一枚にしてみた。けれど、それ以降の年賀状は、どちらからそう言うともなく、自分の関係者の分は自分で書く、しかも手書きで、という暗黙の了解が、なぜか成立してしまった。家庭内で印刷しようと思えばできるワープロもパソコンもプリンターもなかったわけではないのだが。夫が版画を始めるまでは、夫はなにやら自分で絵を描き、私はスタンプやシールで飾りつけた年賀はがきを使ったりしていた。ある日夫が、教育テレビで、たまたま版画講座を目にして以来、版画に興味を持ち、実際に彫ってみたところ、その出来上がりが、たいへんに上手で、これは毎年、どうやらくんの版画を年賀状にしようよ、私は彫るのは苦手だけど、刷るのはきっと上手だよ、ということになり、現在の家内制手工業が始まった。

そして実際やってみると、夫の彫り技は、年々向上し、初期の頃には諦めていたような細かい図柄もラクラク彫れるようになってきた。一方、刷りの技に関しては、夫よりも、私のほうが、繰り返し作業のための環境の整え方が上手で、サクサクと着々と、素早く、刷り上げる。しかも、これも年々の積み重ねで、版木の木目を美しく見せるコツも、なんとなく掴んできた気がする。

とりあえず、干支を一巡したら、もう、残りの人生は、同じ版木を使い回せばいいよね、と私は思っていたのだけれど、夫は「いやいや、二巡しよう。二十四年分あれば、一生使いまわしても、殆どの人にバレんはずじゃけん」と言う。私としては、別にバレても、何の問題もないのだけれど、夫は自分の彫り技術の向上を嬉しそうにしているし、私も新作は楽しみではあるし、自分で刷り上げたときの「どうだっ!」な気分も、刷ってる最中夫に対して「私の刷り技に嫉妬してもいいよ」と思ったり言ってみたりするのも、それなりに愉しめる間は、家内制手工業システムも、まあ、いいことにして、続けてみる。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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