みそ文

厳しい指導

熊本で暮らしていた頃。当時夫は自転車通勤をしていた。私の通勤は車で片道35分くらい。当時も夫は、私よりも早く家を出ていて、ごみが収集される日には、ごみ出し作業をしてくれていた。私にとっての熊本は、ほぼ年中、暑いか暖かいか。だから、当時のいろんな出来事を思い出すときも、それがいつの季節のことなのか、記憶があまりはっきりしない。季節は不明だけど、とにかく、その日は「燃やせないごみ」を出す日であった。

出勤前の夫に向かって、「今日は燃やせないごみの日。玄関に置いてあるやつ。」と言うと、夫は「わかった。出しとく。」と元気よく応えてくれる。「ありがとう。よろしくね。いってらっしゃい。」と、夫を見送り、私は自分の出勤準備を続ける。一通り準備が整って、さあ、出かけましょう、と、社宅の階段を下りる。駐車場は階段を下りてほんの少しだけ歩いたところにあり、そこに行くまでの途中にごみの収集場所もある。私が通りがかったとき、ごみ収集場所では、同じ社宅に住む他の家の成人女性たちが立ち話をしていた。私は、そこに人がいればはいつもそうするように、「おはようございます」と挨拶しながら、通り過ぎようとした。いつもなら、その成人女性たちも、ただ「あ、おはようございます」と挨拶を返してくださるだけなのだけど、その日は少し違っていた。

成人女性のうちの一人が、「どうやらさん、ちょっと、いいかな。」と、私を呼び止めて、「今日は燃やせないごみの日なんやけど、缶のごみと、瓶のごみが、間違って出してあってな。どこのおうちが間違えはったんやろうか、いうて、話しててんけどな。見おぼえとか、こころあたりとか、あるかな。」と、社宅内公用語(当時の夫の勤務先の公用語でもある)である広義の関西弁で話しかけながら、缶の入ったごみ袋と、瓶の入ったごみ袋を、指し示してくださる。その中身は、明らかに、我が家で消費したり活躍したりしたあとの、缶や瓶たちであった。当時は、「プラスチックごみ」という分類はまだなくて、「燃やせる」「燃やせない」「ビン」「缶」の4種類のみの分別で、それぞれ透明のビニール袋に入れて、別々の回収日に出すシステムだ。それなのに、別の日に出すはずの、見覚えのある缶とビンの袋が、「燃やせないごみ」の一群とともに、そこに、ある。

「あっ。それ。間違いなく、うちのです。すみません。すみません。今朝、夫が張り切って、ごみ出ししてくれたんですけど、私が用意した、燃やせない、以外のものも、なぜか出してくれたんですね。気を利かしてくれたつもりなんでしょうか。すぐに持って帰ります。夫が帰ってきたら、厳しく厳しく指導しておきますんで。いやあ、ほんと、すみません。」と、私は、ビンと缶の袋を持ち上げる。すると、成人女性たちは口々に、「そんなん、厳しく叱ったりしたらあかん。」「そうや。だんなさん、ごみ出すだけでも偉いねんから。」「たぶん、だんなさんにとっては、缶も瓶も燃やせないの仲間やってんやわ。実際燃やせへんしな。」「今夜も、怒ったりしたらあかんよ。ちゃんと、やさしゅうに言うてあげんねんで。」と、助言をくださる。私は「ありがとうございます。わかりました。やさしゅう言うようにします。」と言いながら、缶と瓶(重い)を、いったん、自宅専用倉庫に保管する。今朝、夫は、わざわざこの倉庫を開けて、これを出してくれたのねえ。これまで何度も、缶の日に缶ごみを出し、ビンの日にビンごみを出してきたのに、いったい何がとりついて、不思議なことをしたのかしら。と、いろいろ一人で考えながら、でも、とにかく出勤しなくちゃ、と、車へと向かう。成人女性たちは、間違いごみの謎が解けて、スッキリされた様子だ。私は再びごみ置き場のそばを通り過ぎながら、「ありがとうございましたー。いってきまーす。」と声をかける。女性たちも「いってらっしゃい。気いつけてなー。」と応えてくださる。そうして、私は、運転を開始する。道中、今日も暑いなあ、と思いながら、いろんなことを考える。もしも、あのごみを出し間違ったのが夫ではなく私だったら、成人女性たちの言い様も、また異なってたような気がするなあ。出し間違ったのが、私ではなくて夫だったから、成人女性たちは、よりいっそう、寛容で寛大な気分になったのかもしれないなあ。

夜になって帰宅して、夫も帰ってきて、話す。
「今朝、燃やせないごみの日だったけど、燃やせない以外の、缶と瓶も出してくれてたやろ。他のおうちの人たちが気づいて、出勤前の私に教えてくれはってん。」
「あっ。そうか。しまったー。」
「そうやろ、しまった、やろ。でね、私が、夫が出してくれたけど間違えてますんで、今夜厳しく指導しときます、言うたら、厳しくしたらあかん、ごみ出すだけでも偉いねんから、やさしゅう言いや、いうて、指導してくれはったよ。」
「あぶない、あぶない。」

あぶないのはおまえじゃ、という思いも、湧くには湧いたが、そうか、怒ったり、叱ったりしたら、あかんかってんな、というよりも、なんというか、こういうことは、怒ったり叱ったりしても、せんないことやねんな、と、私は何かを学習した。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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